初噺 【匕首に鍔】
プロローグや幕間と言ったものは有りません
「」は会話
『』は二つ名などの囲い
──は心情
[]はドア越しの声
これらが主に使われるものです
あと傍線の連なりもあります
金属のぶつかる音が響き渡る。心がざわめき、緊張する音だ。
「もっと確り歩け!」
男が怒鳴る。
男の持つチェーンの先には一人の人間がいた。手と足には枷が繋がれており、首には奴隷首輪が付けられていた。
男はチェーンを強く引く。繋がれた者は前のめりになり、転けそうになる。
蝋燭の明かりのみが道を照らしている。
ただ二人のみで歩く廊下は冷たく、吐き気がする。
枷で繋がれている奴隷の服はボロボロで、頭にフードをしている。顔が確認しずらい。服から見える手と足は少し汚れている。長い間風呂にも入っていないのだろう。裸足で石の地面を踏む。
長い廊下に終わりを告げるかのように男が足を止める。
それに釣られ、奴隷も止まる。
「いいか?お前は今から競りに出される。絶対主人に抵抗するな。分かったな!」
男の威圧に負けるように奴隷は頷く。
男はそれを確認し、ドアを開ける。会場の極光に照らされ、ボロボロの服とフードが目立つ。
「さて皆様!これが最後の売り物でございます!」
男はチェーンを引き、奴隷を舞台に登らせる。
舞台に上がる奴隷。絶えず下を向いている。顔は見えないが、雰囲気でも希望を無くしていることは分かる。
男は司会者にチェーンを渡し、去る。
「こちらかなりの上物でございます!」
司会者はそう言って奴隷のフードを剥がした。
競りを楽しんでいるもの達から歓声の声が上がった。
「こちら、南関大陸の魔族でございます!」
魔族。それは魔法を得意とした人種のことであり、ある地域では『魔女』、『魔人』とも言われ、恐れられる存在だ。しかし、それとは反対に奴隷としての働きがとても良い。奴隷として捕獲するのは困難を極めるが、それほどの価値はあるとされている。
それに南関大陸の魔族となるとかなりの上物になる。奴隷として買われている南関大陸の魔族は片手の指で数えても指が余る。それに加え女性の魔族と来れば極上の性奴隷にかなりの働き力を持っている。
「それでは五万チェックから始めます!」
司会者の言葉に次々と言葉が舞う会場。
二十万チェック、百万チェック、五ヴァリス、十ヴァリス、五十ヴァリス。
魔族の奴隷を取り争う中、一人の者が立ち上がり、声を荒らげた。
「五百万ヴァリスだ」
その言葉に会場が静けさを漂わせた。
「五、五百万ヴァリス!これ以上、はたく者は居ませんか!?」
司会者の問いかけに誰も応えようとしない。それもそうだろう。五百万ヴァリス、王族でもそこまでの大金は持って居るものは極わずか。
そして、競りの終わりを告げる木槌を叩いた。
「五百万ヴァリスで落札です!」
落札が決定された。魔族の少女は顔を上げる気にもなれなかった。自分を買った人は誰なのか、それよりもこの先どうなるかが不安で仕方が無かった。
「そこの貴方!こちらへ!」
司会者の言葉で舞台に向かってくる者。全体的に黒い服を着ており、髪も黒一色に染っている。若い見た目にイケメン質の顔付き。確実にモテる男という顔だろう。
「こ、これは覇王様!」
覇王、世界に十二人しかいないというある物を覇者並に極めたものだけが座れる玉座にいる神にも等しき者だ。
「今ここで五百万ヴァリス払おう」
覇王はそう言って指を鳴らす。すると、魔法陣のようなものが出来、あっという間に金貨の大金が落ちてきた。
「こ、これは、ありがとうございます」
司会者が息苦しそうに言葉を詰まらせる。
「この娘はこのまま貰って帰るぞ」
覇王の言葉に司会者は頷いた。それを確認し、覇王は魔族の少女を抱き抱えた。
──え……?
抱き抱えられ、混乱する少女。それを何ら気にせず、覇王は口を開いた。
「テレポート」
覇王の言葉を最後、覇王と魔族の少女の姿が居なくなった。
◇◇ ◇◇
魔族の少女は目を見開く。そこに広がる光景は立派な城だった。
覇王は魔族の少女を下ろし、口を開く。
「俺の名前はオーバーロード・フロンティア・カセドラルだ。君は?」
オーバーロードの問いかけに少し混乱する少女だったが、大人しく口を開いた。
「…………名前は…無いです」
少女の言葉にオーバーロードは少し驚いたが、少し考え、言葉を出した。
「では、俺が付けよう。名前が無いと不便だろ」
オーバーロードはそう言って考える。
「……あの…私はこれから……どうなるの、ですか?」
少女の純粋な疑問にオーバーロードは少し考え、それから言葉を放った。
「そうだな〜、俺の家族になる、かな?」
オーバーロードの言葉に少女は驚きと共に涙を流していた。
「お、おい、なんで泣いてる。そんなに嫌か?」
オーバーロードの言葉に少女は首を横に振った。
「……い、いえ…とても……嬉しいです」
オーバーロードは少女の顔を見て、何かを察したように口を開き、少女の名を言った。
「……アイリス」
オーバーロードの漏らした言葉は少女の耳に届いた。
「……アイ、リス?」
「あぁ。お前は今日から″アイリス″と名乗れ」
オーバーロードの言葉に少女は頷いた。
「……承知、しました。私は今日から、アイリスです」
オーバーロードは少女、基アイリスを抱き抱えた。
「そんな体じゃ疲れも癒せないだろ。風呂でも入るといい」
アイリスはこんな生活が待っているとは思っても見なかった。奴隷は本来働かされるだけの″道具″に過ぎない。だが、オーバーロードは違っている。奴隷である魔族を利用しようというよりも家族として受け入れるという感情が湧いている。それは魔法を使えるアイリスからも読み取れていた。
「これがタオルと石鹸だ。確り体の汚れを落とすといい」
オーバーロードはアイリスにタオルと石鹸を渡し、風呂場へと案内する。
広い城だ。アイリスはボロボロの服を脱ぎ、広い浴場の湯に浸かる。
「…………温かい……」
アイリスは湯の温かさに感動していた。
石鹸を使い、身体を洗う。汚れていた足や手は綺麗になり、白肌が姿を見せる。
アイリスは十分に体を洗い終え、アイリスは湯から上がり、オーバーロードから貰ったタオルで体を拭く。
「……モフモフ…」
アイリスはタオルに顔を埋める。
初体験のことが多く、アイリスは少しワクワクしていた。買い取られたという事も少しだが忘れられた。
アイリスは体を拭き終え、服を着る。
「……この服、南東島にある逆弱木の感触がする…」
逆弱木、材質が良く、服にも使われるとても優しい木だ。女性の服として活用されることが多い。
「…………あの人、優しい…」
アイリスはタオルと石鹸とボロボロの服を持ち、外に出る。広い廊下に地面を覆う紅い絨毯。
「お、出てきたか」
オーバーロードがアイリスを待っていた。
「…お風呂、ありがとうございました」
「感謝なんて良い。それより、君の部屋を決めておいたから。ついて来い」
オーバーロードはそう言って先頭を歩く。アイリスは城の中を見回しながらあることに気づいた。
「………あの、貴方様は、一人で住んでるんですか?」
「あぁ。俺は色々と研究してるからな。もしそれで死者が出たら嫌だし。そう思ってたけど、一人が寂しくなってな。思い切って競りに顔を出したら君が売られてたってわけだ」
オーバーロードは言葉を止め、一つの部屋の前に着いた。
「ここが、今日から君の部屋だ」
オーバーロードはドアを開いた。部屋はとても美しく、装飾もされていた。大きなベッドに机、天井には危険を抑え目にされた光電石が使用されたライトが設置されていた。
アイリスは部屋に入り、部屋を見渡す。
「ここで好きなだけ気を休めるといい。夕食時になったら呼びに来る」
オーバーロードはそう言ってドアを閉めた。
アイリスはベッドまで歩き、横になる。
「……こんかフカフカで気持ちいい寝る場所初めて。あの人に出会えて良かった。確か、名前は、オーバーロードって」
アイリスは身に覚えがない。聞いた記憶もない。だが、覇王の内の一人。
──新しく覇王になった人なのかな
アイリスは想像しながら目を閉じる。緊張していたせいかかなりの体がだるく感じていたアイリスは直ぐに眠りにつくことが出来た。
……
………
…………
「お前なんか要らねぇんだよ!」
髪を掴まれ、後方に投げ飛ばされるアイリス。その投げ飛ばした男は酒をがぶがぶ飲む。
「あぁぁぁ。くそ、酒がねぇな。お前、早く酒取ってこい。逃げたら殺すからな!」
アイリスは男に激情をぶつけられ、震える体をいなして酒を取りに行く。男から見える距離にある酒入れ。
アイリスは絶対に逃げられない。どうしたって逃げられることは出来ないのだ。
「ちっ、何ちん垂らしてんだよ早くしろや!」
怒鳴り散らす男の声に身体をびくつかせながらアイリスは酒を男に届ける。
男は慎重に酒を手に取り、それからアイリスの腹を蹴飛ばす。
「ったく、お前が長く持ってると、味が落ちちまうだろうが」
男は酒をまた飲み始める。
その時だった。
その家のドアをこじ開ける音が鳴り響いた。
「なんだ!」
男は驚き、立ち上がる。
「逃げられる前に捕まえろ!」
捕獲者の声だった。男は完全に恐怖し、酒を持って逃げた。
アイリスはその場に置いて行かれ、捕獲者に捕えられてしまった。
「なんだ、この娘、ボロボロだぞ」
「いい親に当たらなかったんだろう。運が悪かったんだ」
アイリスは涙や声を上げず、代わりとして生きる希望を…捨てた。
…………
………
……
「…ス……イ…ス……アイ…ス」
アイリスの耳に乗り込んでくる声。優しく、そして落ち着く声だった。
「……アイリス」
アイリスはゆっくりと目を開いた。
「大丈夫か?急に涙なんか流して」
アイリスは左手で右目を拭う。確かに涙を流していた。
「す、すみません」
謝るアイリスの声が何処か震えていた。それ感じ、オーバーロードはアイリスの頭を撫でる。
「怖い夢でも見たんだな」
そんな優しいオーバーロードにアイリスは嬉しさの限りが溢れ出し、涙を流しながら初めてオーバーロードに笑顔を向けた。
「ありがとう、ございます」
アイリスの感謝の言葉と笑みにオーバーロードは笑みを浮かべた。
「感謝されるようなことじゃない。さ、夕食にしよう。君もお腹が空いているだろう」
オーバーロードはアイリスの手を引き、ベッドから立たせる。
「行こうか」
そんなオーバーロードがかっこよく感じ、アイリスは頬を桃色に変えて頷いた。
「はい!」
元気な挨拶が部屋に響き渡る。
◇◇ ◇◇
部屋を移動したアイリスとオーバーロード。長い廊下を歩き、一つの赤いドアの前に立つ。
オーバーロードはノックし、ドアを開いた。
「やっと来たか、遅いぞ」
「……なんでいる」
そこには一人の男が椅子に座って待っていた。
「お?いい女だな。お前の嫁か?」
「そうではない。また飯でも食いに来たのか?お前の分はないぞ」
「ケチくせぇこと言うなよ」
男は椅子から立ち上がり、アイリスの元まで歩いていった。
「俺様は、エンペラーロードってんだ。見たところ南関大陸の魔族だな。君は?」
「わ、私は…アイリスです…」
エンペラーロードと名乗る男は手を顎にあて、アイリスをじっくり観察してから手を差し出した。
「俺様は『霹靂の覇王』って言われてる。また顔を合わせる機会も有るだろう。宜しく頼むぜ」
エンペラーロードから差し出された手をアイリスは小さな手で握った。
「よ、宜しく御願い、致します」
「礼儀がなってていい女じゃねぇか。本当に嫁じゃねぇのか?」
エンペラーロードの問いかけにオーバーロードは軽くそっぽを向く。
「貴様なんぞに関係はない」
「お?反応が変わったな。やはり嫁として引き取ったんじゃねぇのか?本当のこと言えって。俺様とお前の仲だろ?」
「いつからそんな仲良くなった?それより、飯の邪魔だ」
オーバーロードにそう言われ、不機嫌そうにドアに向かうエンペラーロード。
「いつまでもは誤魔化せないぞ。お前のその思いやりは、時に者を砕く」
エンペラーロードはそう言い残し、部屋を出た。
「変な邪魔が入ったが、夕食にするか」
アイリスはオーバーロードの腕を掴み、顔を見上げる。
「……どうした?」
「覇王様は…私をお嫁にするために……買い取ったんですか?」
少しの間沈黙が走り、それからオーバーロードが口を開いた。
「もしそうだとして、君はどうする?」
オーバーロードにそう言われ、アイリスは少し考え、それから答えた。
「覇王様の為に、全力を尽くします」
オーバーロードは目を見開く。
又も静寂が起きたが、オーバーロードは掴まれていない左手でアイリスの頭を撫で、笑みを向けた。
「それは、楽しみにしてるよ」
オーバーロードの微笑んだ顔が、アイリスにとっての幸せになっていた。
「はい!」
「ここに立っていても仕方ないし、夕食にしよう。アイリスは先に席に座って」
オーバーロードはアイリスを手招き、椅子に座らせる。
大きな長机に椅子が二十四個、そのうちの一つはとても装飾されていて、いかにも王が座る玉座のよう。
その玉座に一番近い席にアイリスを座らせる。
「王族のような机だが、飯は通常の食卓と変わらないからな」
オーバーロードはそう言って指を鳴らす。
すると、机に料理が現れた。至って普通の料理だ。少しの手間はあるが、それ以外は平民の食事とは変化がない。
だが、アイリスからすればこれだけで贅沢のひとつなのだ。
「こんな料理初めて見ました」
アイリスの言葉にオーバーロードは驚き、飲んでいたスープを喉に詰まらせた。
「ゴホッゴホッ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
気を使い、アイリスがオーバーロードに問いかける。オーバーロードは掌を突き出し、大丈夫ということを伝える。しかし、そこでアイリスが体を震わせていることに気付き、オーバーロードは手を引いた。
「…………何か、嫌なことでもあったのか?」
オーバーロードの問いかけにアイリスは首を横に降ってしまう。
「嘘は良くないぞ。そうしていると、生き物など簡単に滅びる」
オーバーロードはコップに入っている水を飲み、アイリスに言葉を投げかけた。
「教えて欲しい。アイリスの身に何があって、どうして競りなんかに売られたのか」
アイリスは震える体と青ざめる顔、額を通る冷や汗を強め、回答出来なくなっていた。
オーバーロードはかなり心配した顔をしていて、とてもアイリスのことを思っている。オーバーロードはアイリスの頭を撫でる。
次第にアイリスの恐怖はいなされ、漸く話せる様になった。
「……教えて、くれるか?」
アイリスは頷き、話し始めた。
今まで受けてきた仕打ち、どんな生き方をしていたか、どうして競りに出されたのか。
アイリスは涙と震える声を抑えることなく、尽くを話した。オーバーロードは一言一句聞き逃さず、しっかり聞き入った。
全てを言い終えたアイリスはもう立ち直れないという顔で絶望を表していた。オーバーロードはアイリスの頭を撫で、優しい声で言った。
「良く、頑張ったんだな」
オーバーロードのその一言は、アイリスの胸に刺さり、絶望から希望への道標を作った。
「……覇王様は、お優しいのですね…」
アイリスの言葉にオーバーロードは笑みで返した。
「俺も昔、そうだったからな……」
小声で放たれたその言葉はアイリスの耳には届かなかった。オーバーロードは椅子に確り座り、フォークを手に取った。
「早く食べよう。冷めては美味しくないからな」
笑顔で放たれたオーバーロードの言葉にアイリスは涙を拭い、笑みで頷き返した。
別品との共同投稿です
投稿頻度が速いとき、遅いときがあります
お許しお願い申し上げます
(別作の息抜き程度ですので面白いかは保証しかねます)