7 触れたものはマシュマロのように
「…あれ?」
クレアフューナが目を覚ますと、そこはどこかの部屋だった。見覚えのある作りなので、きっと寮なのだと考え付くには少し時間がかかった。
自分の部屋ではない、誰かの部屋…辺りを見回すと目に入ったのは、見覚えのある剣。ここはラスフィードの部屋だ。
「私、どうして……」
ゆっくりと記憶を手繰り寄せる。確か、お菓子屋に行きお菓子を作る所を見ていたら、泡立て器の魔宝石が光り出して…。
「爆発したのに、どうして無傷なの?」
自分の体を見てみると、多少砂ぼこりで汚れてしまっているが、怪我はしていない。かすり傷程度だった。
あれほどの大きな爆発でこの程度なんて、夢なんじゃないかと思ったクレアフューナは、思い切り自分の頬をつねった。ひりひりと痛くなる頬は、夢じゃないことを告げる。
「そうだ、ラスフィは!?」
「ここにいるよ、クレア」
隣の部屋からマグカップを持って、ラスフィードは現れる。どうぞと持ってきたマグカップをクレアフューナに手渡す。マグカップからは甘いハチミツの香りがしたホットミルク。ありがとうとお礼をいい、1口頂く。丁度いい甘さと暖かさが体身体に広がっていく。
「美味しいわ、ラスフィ」
「良かった…」
ラスフィードはクレアフューナの頭をそっと撫で、そのあと力強く抱き締めた。急にどうしたのだろうと少し混乱する。
そっとラスフィードの名前を呼ぶと、小さな声で良かったと呟く。
「…クレアが、目を覚まさないんじゃないかって…死ぬほど心配した」
「そんな、おおげ、さ……」
冗談で言っているのだろうと、クレアフューナは笑いかけようとするが、真剣な表情にクレアフューナも笑うのをやめた。
「君は…あの時、何をしたんだ?」
「え……?」
「…爆発の時」
「ラスフィが、助けてくれたんじゃ…ないの?」
首をかしげ、ラスフィードを見つめる。ラスフィードの表情から、自分が何かしたのではないということは、はっきりとわかった。
だからといって、クレアフューナ自身何をしたのかなんてわからなかった。
「…魔法は、衝撃を中和することは出来ても…防御することは出来ない」
「でも、私達は…」
「あぁ、無傷なんだ…」
だから不思議なんだと、ラスフィードは呟く。あの場所には自分とクレアフューナしかいなかった。自分がやっていないならもしかしてと思っていたが…。
「クレアに身に覚えがないなら、俺達が運良かっただけかもしれない」
ラスフィードは優しくクレアフューナに笑いかけ、手を握った。クレアフューナもラスフィードの手を握り返す。
クレアフューナはラスフィードが無事で良かったと、安堵の溜め息をつくと、左手にはめてある指輪が目に入る。
「あ…」
「クレア?」
「私…ラスフィを守りたくて、魔力…発動させてた」
やり方なんてわからない、使い方もわからない。ただ魔力を発動させて願った。守りたくて、守らせてと一生懸命に祈った。
なぜだかはわからない、ただ本能が咄嗟に行動に移した。そして、魔力が反応してくれた。
「私のラスフィへの思いが、奇跡を起こしたのかな…なんて」
そんなことあるわけないかなと続けようとすると、真っ赤に照れているラスフィードの顔が目に入る。
あまりに恥ずかしかったのか、クレアフューナと目を合わそうともしない。クレアフューナもそんなラスフィードにつられて顔を赤く染める。自分は何を恥ずかしいことを言ったのか、穴があったら入りたいっ!
「そんなこと…急に言うなよ」
顔を背けたまま、視線だけクレアフューナに向ける。ごめんねと謝り、話題でも変えようとクレアフューナが息を吸うと、ラスフィードが先に話し出す。
「…本気に、するだろ」
「え……」
「クレアが、俺だけのこと思って…特別に思っているって」
ラスフィードは、クレアフューナに向き直り、そっと頬に手を添えた。クレアフューナは真剣なラスフィードの視線から目を背けることが出来なかった。まるで、ラスフィードの魅了の魔法にかかったように目が離せない。…離したくない。
「ラスフィ…」
「どうなんだ、クレア。お前は俺を…どう思っているんだ」
そんなこと、急に聞かれても困るとクレアフューナは、小さな声で反論した。自分の頭に、胸に、心に聞いてみる。前世で振られ、転生しても振られ、自分が本当に相手のことが好きだったのかすらわからないのに、今の気持ちなんて…本当にわからない?
ラスフィードのことを思うと胸が苦しくて、熱くなって…。
一緒にいると楽しくて幸せで。
少しでも、かわいく見せたくて。
自分のこと見て欲しくて。
失いたくなくて、そばにいてほしくて…。
そばに、いたくて……。
「私、私は……」
「…言葉で表せないなら、こっちに聞くまでだ」
「ラス……んっ」
ラスフィードはずっと頬に添えていた手を、顔のラインにそって動かし、そっと顎を持ち上げて、自分の顔を近付ける。
そして、優しくクレアフューナの唇に自分の唇を重ねた。キスなんて、初めてじゃないのにクレアフューナはドキドキが止まらない。
柔らかなマシュマロのような唇が、自分の唇に当たっている、挟まれている。深く、重なってくる。
砂糖菓子のように甘いキスが、何度も何度も角度を変え襲いかかってくる。
「ん…んんっ………」
「………クレア、甘い」
「ラスフィ、ちょっとま……っ!」
話す時間すら与えないキスの嵐に、クレアフューナは酔いしれる。
お前は俺をどう思っているんだ…その答えが、明確にクレアフューナの中に現れる。
「体は、正直…だな」
「ラスフィ…私、私は……んっ!」
「……言わなくても、わかったよ。俺も、好きだ」
ー†ー
翌日。学園内では3つの話題で持ちきりだった。そしてその話題すべてに、クレアフューナが関わっていた。
クレアフューナとライトハルクの婚約が破棄され、新たにライトハルクはファイアリと婚約した。
サボり魔で落ちこぼれのクレアフューナが、図書館棟に現れた。
そして、クレアフューナがラスフィードと婚約したという3つだった。
話題に上がった4人の当事者がいるクラスには、なんとも言えない空気が漂っていた。
勝った気でいたファイアリは、鼻が折られたような悔しい表情で。
光と闇の関係でライバルであるライトハルクは、憐れみの表情で。
これからは俺が守るとそれがパートナーであり、婚約者である使命だと心に決めたラスフィードは、凛々しく覚悟を決めた表情で。
自分を選んでくれた人を幸せにしたいと決めたクレアフューナは、しっかりと前を向き未来を見据える表情で。
その周りは巻き込まれたくないと、恐怖の表情で。
「クレア、体の調子は大丈夫?」
「えぇ平気よ。ありがとう、ラスフィ…」
「これからが大変になる、だが…しっかりクレアを支えていくから」
「私も…私だけが貴方に出来ること、見つけていきたい」
「…頑張ろう、2人で。クレア」
「はい、ラスフィっ!」
ようやく糖度が上がってきました。
次回話もなるべく早くに上げたいと思います。