その6
また同じ夢を見ていた。ような気分だ。
走りつかれて冬なのに身体が、その寒さを追い越してまるで蒸しタオルにでも包まれているように暑かった。
私が走ってきた背後を見ればよもぎは勿論、蓮の姿すら見えない。
「ほら見ろ、やっぱり私の方が足が速い。」
所々雪が積もっていて、まるで作りかけのミルクパズルのようなアスファルトを振り返り私はそう偉そうに呟いた。呟いてやった。
サイズの合っていない長靴まで履いてのハンディーキャップ付きなのに、やっぱりアイツ等じゃ私には追いつけないんだな。
折角だから、ゴール地点に見立てた学校の校門まで来て二人が着たら目の前でタッチしてやろう。
そんな悪知恵、意地悪を思いついてほくそ笑む。
そう思っていると、身体に纏わりつく体温が少しずつ失われて
だんだんと寒さが蘇ってくる。
「はぁ・・・・・・」こんな事なら手袋くらいしてくるんだった。
横断歩道の先にはいつも当たり前のように見かける自動販売機があったのを思い出し私はポケットに手を突っ込む。
「・・・・・・・・・・。」
チャリっと数枚の小銭が小さい音を立てた。
私はすぐにそれをポケットに戻し、そのままポケットの中で両手を暖める。
こんなところでは使えない。
こんなところで使ってしまうと、本来の目的が達成できなくなってしまう。
だから私はポケットの中で両手を暖めると同じに目をギュっと瞑り寒いのを我慢した。
自動販売機で暖かいココアを買って飲みたいのをグっと堪えた。
そして、二人が私に追いつくのをひたすらに待った。
『買ってしまえばいいじゃん。そんなにそれが大事なのか?死んじゃうぞ?寒くてお前死んじまうかもしんねぇぞ?無様にもな』
傘を差して悠々と雪が積もったベンチに腰掛たそいつは言う。
サイズの合っていない堅苦しいスーツで身体を覆っている。紺色のネクタイをしているものの胸元は少し開けてなんだかチャラい。
なんだか不良みたいだ。
『そんなところでケチケチしたって、そんな意地は犬も食わねぇぞ?お姉さんはそう思うんだけどな。これ助言な。』
「オバサンは寒くないのかよ?」
『お姉さんは寒くねぇよ』
女の人はデリカシーも無視して「オバサン」と呼ばれるととても気に障ると聞いた。が効かなかった。
『そんな金、大人になりゃいくらだって稼げるんだぜ?大人になって仕事をすりゃ車だって家だって買えちまうくらい稼げるぜ?だから凍え死にする前に
ここいらで、そのポケットに仕舞いこんだ小銭で身体を温めておくほうが利口なんじゃねぇのかな?』
お姉さんは賢いからそう思うんだが?っというように彼女はそう続けた。
賢いから。頭いいから。そのセリフが余計に私を苛立たせた。
私はこういう理屈っぽい大人が大嫌いだ。
「余計なお世話だよ。アンタだってコートも羽織らないで寒くて死ぬんじゃないのか?」
『ありがとな。だが私はお前みてぇなヒョロヒョロじゃないからな。お前らみたくこの程度の寒さでくたばる様な常識的さはねぇな。そんなものはタバコの吸殻と一緒に捨ててやったさ』
よくわからない言い方をする。
しかし、こんな寒いのに大人なんかの回りくどい物言いに頭を使う余裕はなかった。
『まぁ、だけどそいつはお前の金だ。夢を叶える事を選ぶのも、ココでくたばるのもお前の自由さ。だがモラトリアムなんてない。それは忘れるなよ?』
最後にじゃぁなと付け加えると彼女は横断歩道もない道路をマナーだの交通ルールだの関係ないという風に歩いてわたっていった。
目が覚めると、蓮とよもぎが私を揺すって名前を呼んでいた。
まるで、映画の中で遭難した人みたいだ。
ほら、「寝るな!寝たら死ぬぞ!」というあれだ。
どうやら私は蓮たちが追いつくまでに眠っていたらしい。
蓮は怒っていたし、よもぎに至っては心配して救急隊に電話まで掛けようとしていたようだった。
テンパっていて警察や消防隊に電話が繋がってしまっていた。
さすがに申し訳ないと思って謝った。
お前等だって悪いんだぜ?私に全然追いつけないから・・・。なんて思った。
次からは気をつける。なんて約束したけど、結局この時の事は多分今でも許してくれないんだろうな。
二人を家に呼んで、その日は三人でいつも見たく漫画や小説を読んだりして過ごした。
その日は大雪になってしまって、二人は帰れなくなってしまったので、なんだか修学旅行のようになった。
「クリスマスみたいだね」
私と蓮が枕投げをして騒いでいるところで
雪が深々と降り続けるのを窓から覗きこみながらよもぎが呟く。
「この時間は、きっとサンタさんからの贈り物かもしれない」
「よもぎって時々、ロマンチストだよな。」
私がそんな風に言うと、よもぎは不思議そうな顔をした。
多分、この子のそれは天性のものなんだろう。普通言わないだろう。
「美月がガサツなんじゃないか?美月がそうじゃないってだけで、きっと世間的にはよもぎみたいな感じが普通なんだよ」
「多数決のはなしだろ。それは」
どさくさにまぎれて人を変人に仕立て上げるな。
「変人ではなくても馬鹿ではあるだろ?」
「だけどこの前の数学のテストは蓮より高かったぜ?」
「古文は僕が勝ってた。」
「それは間違って一年の時の教科書のテスト範囲勉強してただけだ。単純なミスだろ。」
「やっぱ馬鹿じゃん。なんで途中で気付かないんだ!?」
「アハハハハ。でもドングリの背比べみたい。」
素の笑い声でそんな事を言ってくれる。つまり、どっちも馬鹿だって事が言いたいのだろう。
確かに、よもぎからすれば大した差ではないのだろう。
学年トップクラスの成績なのだから・・・。
「サンタさんって凄いなぁ」
再びそんな風に呟くよもぎ。
コイツは一体何歳までサンタさんを信じられるのだろう。
いや、ひょっとしたらずっと信じ続けるんだろう。そう私は思った。
そして、ずっと尊敬し続けるんだろう。
ある時、よもぎは言った。
「サンタさんみたいになりたいんだ。」と、
凡人には天才の言いたい事は分からない。理解できない。
「・・・・・なれるかな」
そして、よもぎが将来どうしていきたいのか、どういう選択をしたいのか
差し出されたスマホ端末のおかげで氷解するのに時間は掛からなかった。
「なりたきゃ、なれるんじゃね?」
「・・・・・・・頑張ってみる。あ、蓮にはまだ言わないでね。」
「言わねぇよ。別に。」
言うなと言われれば。言わない。
それから私はよもぎが小説家を目指す手伝いをしはじめた。
「私、本を書いてサンタさんみたいな存在になりたい。」
そんな事を言った。




