その4
私はあまり電車には乗らない。
どころか、自転車に乗るような機会すらあまりない。
どういうわけだか、私が通っていた幼稚園も小学校も中学校も、そして高校もそんなものが必要にならない程に
別に家から遠いわけでもない場所にあった。
にも関わらず何故だかロードバイクがある。
これは、中学を卒業した際に父親からのお祝いという事でプレゼントされたものだ。
が、そんな宝の持ち腐れとなってしまったロードバイクが苔むしてしまうような有様になったあたりで、
私は今、電車に乗っている。
久方ぶり・・・んー、以前に乗ったのは確か高校2年の夏くらいになるのだろうか。
修学旅行という事で海水浴場に行ったのを覚えている。
そんなに前の事でもないんだけれど、果たしてその久方ぶりの電車は
その乗客は、なんと私一人である。少なくとも私が見る限りではだ。
右へ左へ、あちらこちらへと揺れる列車の優先席に腰掛て車窓から外を見ると
電化柱に遮られながら、橙色の空に私が「ザ!夏って感じだな!」と叫びかねないような絵に描いたような入道雲が彩られていた。
どうせ乗客は私一人しかいないのだから、優先席でいっそ靴を脱ぎ捨てて膝立ちしながらはしゃいでても可笑しくないんだけれど、
今はなんだかそんな気分になれなかった。
『それはなんでだ?悪いものでも食べたのか?』
「・・・・・さぁな。よもぎに怒られそうだから・・・かな。」
反対側の優先席に、全く行儀の悪い座り方をする髪の短いセーラー服の女の子は、偉そうに訊いてくる。
私よりも背が低く、ということはきっと私よりも年下であるにも関わらずだ。
虚勢を張ってか、私も偉そうに対抗した。
『ふーん』と興味なさそうに相槌をうつ。興味ないなら訊くな。
『どこか行くのか?それとも迷子?それとも自分探しの旅とかか?』
「そんなカッコいいもんじゃねぇよ。・・・いや、最後のはちっとばかし掠ってるかも。」
地元から3駅程離れた目的地は、それだけでもすっかり景色は違っていて山道だった地元を遠くにして海が見えてきていた。
時間は少し遅いけど、本日の目的は面接だ。
先輩に教えてもらった製造工場の面接。つまり、就職活動というやつだ。
『なんだつまらなそう。そのまま皆と大学いけばいいのに』
遂には彼女は優先席に寝そべりだした。しかも土足で。
「大学も大学でつまらなそうだけどな。いいんだよ私はこっちの道で。余計な茶々を入れないでくれ」
『基本的に馬鹿だもんね。仕方ないね。』
「年下の女の子相手でも顔面パンチ出来る私を私は尊敬するな。」
そう言って迫ると、彼女はまるで猫のように優先席からヒラリと飛び降りた。
『はぁ、勿体ねぇ勿体ねぇ。やれば出来る子なのにな。』
そう言って私のそっくり娘は電車を降りて行った。
面接官にあっさりフラれた帰りは、どうもちょうど電車が行ってしまった後だったらしく
そして、次の電車まで暫く時間があった。
寧ろ市バスの方が先に到着してしまったので、私はそちらを利用する事にした。
まぁ、気分転換というやつだ。
利用した事のないものに触れる事は、ちょっとした冒険心を擽られて
コンビニに陳列された新商品に挑戦するのと同じような感覚に陥る。
市バスに乗ったら次はブルジョワぶってタクシーに挑戦しよう。
本当は将来的には新幹線とか飛行機とか、そうだ気球とかもいいなぁと妄想だけが一丁前に膨れ上がっていく。
まぁ、その辺りは社会人になってお金を貯めたらだな。
そして、どうせなら気球に乗るときは三人で乗りたい。
「全く、幸せな奴だなぁ」
と私は自分へツッコむ。
まだまだ遠い遠い未来予想図に、頭空っぽで手に何も持ってない私の迷子は続く。