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その3






僕にはよもぎの様な速読スキルはない。

先日、美月の部屋に転がってる本を彼女は片付けながらも凄まじい速度で読み漁っていた。

そんなスキルを羨ましがると、コイツは照れるわけでも、かと言って別に不快に思うとかでもなく

「私にはこれしかないからね」なんて言う。

僕や美月からすれば、それは言わずもがな謙遜でしかなかった。

高校時代、いや小学生の頃から勉強は学年トップを走りぬいていて美月はもちろん、僕はいつも勉強を見てもらっていた。

夏休みの宿題なんて、その最たるという感じで手伝ってもらって「流石よもぎさん!すごいなぁ!」なんて煽てては

やはり「私にはこれしかないからね」と繰り返すんだ。

しかし、勉強が出来るからと言って必ずしも本や活字を読む速さに比例するとは限らない。

速読ドリルなんてものが存在していて、訓練したりして習得する人が居たり、もともと読むのが速い人が居たりするわけだ。

よもぎの場合は、後者だろう。

単純に容量がいいとも言えるけど、

「私からしてみれば、美月や蓮が羨ましいって思うんだけどね。」

「そんな羨ましがるようなポイントないと思うけどな?僕って、多分何にも無いよ?」

「そういうのは自分じゃわかんない事なのかもね。灯台元暗しって感じ」

先日のトランプ勝負は結局、僕が負けてしまったので、本日僕はよもぎの下僕に徹していた。

下僕と言っても、ただの夕飯の買出しを手伝っているだけなのだけど・・・。

「僕の場合、足元ばっか見てるくらいだけどね。基本的に自分の事で手いっぱいさ」

宿題や勉強だって・・・いや、それに関しては支えられないと出来ない程だけど。

そう考えると、受験勉強も宿題もそつなくこなしている彼女への羨ましいという思いが余計積み重なる。

同じく、僕の抱える買い物籠にどんどん商品を入れていく。それも、非常に丁寧に入れていく。

どっかの誰かさんでは、きっとこうは行かないだろう光景だ。

言わずもがな、僕だって無理だ。

いや、ひょっとしてこれが常識なのだろうか?

「こういうの女子力って言うんだろうな。きっと結婚とかしたら幸せな家庭を築く事が出来るに違いない」

「買い物くらいで結婚云々言ってたら大変だと思うんだけど?私だって、ただ家の手伝いでやってるだけだし。隣の芝生が青く見えるだけかもね」

困るどころか、呆れた風に言われる。

隣の芝生は確かに青く見えてしまう。

だからこそ、僕が凄いと思えるよもぎの容量の良さや、美月の人当たりの良さを青いと思えるものの、

けれども、同じようにして美月やよもぎも、僕の芝生を青く見えるのだろうか。

「私は私が出来そうなことを、ただやっただけだもの。それが、たまたま身の丈にあっててだから続けてるだけだよ」

買った商品を、僕は、よもぎが家から持ってきた緑色のマイバックに詰め込んでいくと

それを即座に丁寧に詰みなおされていく。

こういう事されると結構傷つく。本人に悪気はないんだろうけどね。

「今日、僕手伝いに来た意味あるのかなコレ。」ネガティブにもなる。

「私が出来る事は蓮や美月は出来ないけど、私も蓮や美月の真似は出来ないもの。だから羨ましいって思う」

私は二人には成れない。そう彼女は続けた。

「羨ましい。かぁ。話がループするけど、だから逆にやっぱり僕もよもぎが凄いって思うよ。」

弱音というわけじゃないけど、僕がそんな風に言うと

「色々出来るほうがいいかもしれないけど、出来ないものは出来ないからしょうがないって思うけどね。勿論、努力しないのは違うけど」

結局、よもぎは自分で商品をギュウギュウに詰め込まれたマイバックを担いだ。

勿論、卵とかも入っているのでそっとだ。

手持ち無沙汰で両手が暇になってしまい、いくらなんでも女子大生一人にあんな大荷物を持たせていいわけないと勝手に疎外感にかられ

慌ててよもぎに「今日は下僕なんだから持つよ」と申し出たものの

しかし、よもぎはそれを断った。そして、いつも通りに

「私にはこれしかないからね」と、言った。




家に帰ると僕はまるで、それがルーティンであるかのようにして冷蔵庫から麦茶を取り出し

それを氷で敷き詰められたグラスへ注いだ。

麦茶の入った容器がちょうど空になって、まだ冷たい容器は表面に水滴を残したままのがらんどうと化した。

そして、僕は次にやはりいつものルーティンというか、ついついというか

「・・・・・・・・。」

そのがらんどうの容器をそのまま冷蔵庫へ仕舞うという行動をとった。とってしまった。

よもぎが見てたらきっと僕は凄く怒られていただろう愚行だ。

先日、本の収納をしていて最終的によもぎにお説教を浴びていた美月の姿を思い出す。

しかし、ここで僕がやはりそのまま冷蔵庫に容器を仕舞ったままにしたところで、それがよもぎの耳に触れるというわけではないので

その実、関係ないんだけれど何だろうか、僕は不思議な圧力によって

いそいそと麦茶を沸かして空っぽの容器に、役割を与える。

まぁ、実際このままにしてしまうと、後々母さんに怒られることにもなっていただろうし、よかったよかった。とか思う。

「さて・・・」とまだ誰も居ないリビングの椅子に腰掛けリュックから本を一冊引っ張り出す。

先日、美月から借りてきた本だ。借りてきたというか

「この本、ちょっと棚に納まらないぞ。どうすんだコレ。」

「あぁ、ちょっと棚が足りなかったか、まぁ、仕方ないか。折角だし借りてっていいぜ?本当は持ち出し厳禁なんだけどな」

という事だったので、いやいやこれは殆ど押し付けられただけにも思えるんだが?

そんなこんなで無期限レンタルさせられた。

別に夏休みとはいえ小学校とかみたく読書感想文のような課題があるわけではないんだけど、たまには活字に触れるべきだというわけで

よもぎにも推し進められた。

その本は辞典というには薄すぎるし、かといってコミックスや文庫本というには分厚すぎるというちょっと中途半端な分厚さで

いったいどこから拾ってきたのかというような感じに色褪せていた。

『Cobalt』という作品名に、『風種千里』という作者名だけが金色で刻まれているだけで、他は目立った特徴は見られず

地味な見た目をした一冊だった。

「なんだか四字熟語みたいな作者名だな。」

ページを捲ると最初の1ページにも先程と同じ作品名作者名が刻まれていた。

が、しかし表紙とは違いこちらは作者名にルビが振られていて、ようやくその『風種千里』を『カザネセンリ』と読むことを把握した。

言われなくちゃわからないなこれは。

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