その10
ある帰り道の事だ。
私は手伝ってくれたお礼に、というわけではないけど
二人を途中まで見送った。
「ちょっとコンビニいくついでに。」なんていう嘘を吐きつつ
私は少しでも長く二人と話していたくて肩を並べて歩いた。
見慣れた横断歩道を、見飽きた自動販売機を、同じ光景を眺めながら歩いた。
「じゃぁ、またよろしくな。」
「お疲れ様」
「じゃぁな。」
普段通りを言い合って二人を見送ったあと私は来た道を一人で帰る。
そして、その帰り道だ。
その帰り道の道中で私の普段通りに不意に邪魔が入った。これからの私の道に横から割って入って来た。
その横暴さに私は吹き飛ばされたんだ。
まただ。また私は夢を見ているらしい。
何もかもに白い靄でも掛かっているようで、
何度も何度も何度も何度も・・・
血が出てしまいそうになるほどに目を擦るが、何も見えない。
だから何も見えてなどいないんだろう。
身体はフワフワとしていて重力も引力もへったくれもないような感覚だ。
起き上がろうにも、まるで風邪でも引いてしまったときのようにダルい。
暑くもなく寒くもないけれど、そうフワフワする。
耳に海水でも詰まってしまったようだ。
聞こえるはずの、聞こえてきてもいいはずの音が私には届かなくて
それがひたすらにもどかしい。
心が置いてきぼりに、一人ぼっちになってしまったような気分だ。
両手をがむしゃらに、すがるようにして
私は何かを掴もうとする。
だけれど、掴めてもいいだろうはずのものは、私の両手には大きすぎたのか、多すぎているのか、すり抜けていく。
「此処はどこだ・・・何も見えない・・・」
漏れ出す声は、どこかに消える。
「皆・・・どこにいるんだ・・・」
溢れ出す涙は、コバルトに溶ける。
「なぁ・・・私はどうすればよかったんだ・・・?」
伸ばす両手は堪らなく短くて、溢れそうになるほど心許なくて、腹立たしい。
『僕にだってわからないよ・・・』
ふいに声が聞こえる。聞こえてきた。
『教えてくれよ美月・・・。僕はどうしたらよかったんだ・・・』
どうしてだ。どうしてだ。どうしてだ。
目の前の彼は震える声で何度も繰り返した。
息を切らして、酷く疲弊した顔して、手も足もボロボロになって泥だらけになって、立ち尽くしている。
「・・・・・・・・・」
あぁ、ダメだ。
まったくセリフなんて思いつかねぇよ。
折角、あれだけお金貯めたのに、みんなで旅行に行こうと思っていたのに、折角、大人になったのに・・・
何もないや・・・。
身体から染み出していった熱量と同じようで、夢も希望も何もかも・・・。
抱えてきたもん全部なくなった・・・。
折角・・・・折角・・・・折角・・・
「畜生め・・・」
ようやく搾り出すようにして出てきたセリフが、こんな器のちっちゃい悪態だなんて
こんなときだというのに、私ってやつは肩透かしもいいとこだ。興醒めだ。
「あぁ・・・あの時、お前が私を選んでくれてたらなぁ」
きっと、こんな事にはなってなかったんじゃないかなぁ。
とてつもなく大人気ない八つ当たりだ。
『いつまで経ってもお前ってズルいよなぁ・・・』
イカサマだよ。
と言われた。
何も言い返せないままに、そして私はまた夢を見始めた。
身体から熱量が滲み出て、逃げていってとても寒い。
だけど、もう何がなんだかわからなくて、何もかもを忘れてしまいそうだ。
しかし、今はそれでいいやという気にさえなっていた。
目の前で猫が一匹、通り過ぎて
そして消えていった気がした。
まるで、私みたいだ。