8.伯爵令嬢と晩餐会
凄まじいって思えるほどの豪華さ。
流れる音楽。 豪華な食器。 ほっぺが落ちそうな程、美味しい お料理。
流石、王都、王族の晩餐会だ~~。
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準備して居らった王城のお部屋でね、レイヴン達が待ってたんだ。 そう、物凄く優秀な私の 「眼」と「耳」ね。 ほんと、綿密に調べてくれてたんだ。 頭が下がるよ。
「こんなこと、何でも無い。 それに、この国の警備はザルだ」
「レイヴン様、それは…… まぁ、そうですけどね。 御主人様へ危害を加えそうな奴等は、こちらに描き出して置きました。 御目を通してください。 晩餐会での飲み物には気を付けて下さいませ。 お料理については…… 目は光らせてありますので、お食べになっても構いません」
レイヴンが連れて来た人ね、御名前は、ジャックドーって言うの。 レイヴンが言うには、眷属って言ってたけど、まぁ、お仲間さんね。 そんでこの人も、私の事を御主人様って言うのよ。 はぁ…… まぁ、そういうなら、そうでも良いんだけどね。
「ジャックドー、飲み物の注意はどのようにすれば宜しくて?」
「テーブルの上の飲み物は構いません。 解毒魔方陣をテーブルクロスに仕込んであります。 ご注意とすれば、直接給仕より手渡された物を飲まない事。 一度、テーブルに置くか、テーブル上のグラスに注ぎ入れて貰って下されば、それで万事問題解決です」
「判りました。 その様に…… ジャックドー、使われるカトラリーは銀製?」
「はい、こちらには毒探知を仕込んでありますので、もし万が一、変色、曇りが出たら御口になさらないでい頂きたい」
「御爺様にも?」
「あちらは、あちらでご使用人が居られましょうから……」
まぁ、御爺様も優秀な「眼」と「耳」が付いてらっしゃるし、白戦鬼をどうこうしようって普通は思わないわよね。 それに、御爺様は御自分が攻撃されたら、即応されるもの。 いくら、平和ボケの権力闘争好きでも、そこまで危ない橋は渡らないでしょうしね。
じゃぁどうするって言われると、標的になるのは、私って事ね。
それも、即効性の毒じゃ無くて、遅効性。 もう一ついうなら、不妊薬くらいを噛まそうとするかもしれないよね。 そのくらいは――― しそうなのよ。
理由はねぇ――――
王家とその周囲の状況ってのは、ちょっとマズい感じがするのよ。 私が婚約した当時と、今じゃ状況が違うのよ、状況がね。
安泰そうに見える、今の王家はね……
王太子殿下には、第一王子で在られる、ベルグラード殿下がお座りに成られた。
ヘリオス第二王子はその補佐に回られ、ランドロープ大公として一家を建てられている。 フルブルトン第三王子は王籍を外れられ、エデンバラ王国第一王女の王配として赴かれた。
一応は安泰な王家なんだけどね。 一つ問題が出てるのが、結婚して五年になる、王太子に皇子がまだお生まれに成ってないのよね。 それでね、年の離れてるハリーストン第四王子に注目が集まってんのよ。 ほんらいなら、臣籍降下するってことで、万事丸く収まる筈だったのにね。
そう、ハリーストン第四王子をベルグラード王太子殿下の次の王太子として、ワンポイントリリーフさせちゃおうかって、そんな話が出始めてるの。 まぁ、ヘリオス=ランドローブ大公閣下がそれを良しとして無いんだけどね。
この国じゃね、一度臣籍降下したら、二度と王位継承権を復活出来ないって法が有るのよ。 ずっと昔、血で血を洗う継承権争いがあったんだ。 深く悲しんだ国王陛下がその法を制定して、王室典範にのせちゃってるからねぇ。 だから、ヘリオス閣下は、王太子として立てないんだよ。
いま現在、王位継承権を保持してるのって、ベルグラード王太子殿下と、ハリーストン第四王子だけなんだよ。 王女様は御二人いらっしゃるけど、女性には王位継承権を与えないっていうのが、王室典範に乗っかってるからね。
ベルグラード王太子殿下、頑張って下さい!!!
そんな未来の話の中で、ハリーストン第四王子のお相手に、私が婚約者としているのが不満たらたらな、人達が沢山いるのよ。 主に高位貴族の方々なんだけどね。 王太后様の肝煎りの婚約劇だから、表立っては反対できないしね。 でも、ランドルフ王国の人達って割と純血主義なのよ。 特に高位貴族の方々。
王家に他国の血が混ざるのがとてもお気に召さないの。
ほら、宰相閣下が御爺様に何やら色々とされて居るのも、私が御爺様の孫だからだもんね。 戦力としては認めているし、大事な防御壁なのは、理解されているんだけどね。 私が、領都クナベルで育って、ずっとそこに住んでいるってのは御存知なのよ。
で、今回の紛争でね…… 手出しを極力抑えて、一旦、オーベルシュタット辺境領の一部を失っても、エスパーニア辺境伯爵ごと、私を排除しようと画策したんだって。 王家とか、本領の軍持ち貴族よりも強力な、一国と渡り合える辺境伯は、脅威なんだと。
ほんと、ばっかじゃねぇの?
「嬢様、この国の連中は、何を考えているんだ? 宰相がアレなのは、一体なぜなんだ? 判らない」
「レイヴン、私にもわかりませんわ。 でも、私の中に他国の人の血が入っているというのが気に入らないのでしょう。 ランドルフ王国はランドルフ人の物。 その考えが強いのです」
「では、お嬢を婚約者などに、しなければ良かったんじゃないのか?」
「王家の思惑は判りません。 ただ、状況がそうなっているだけかもしれません。 とても、流動的なのです」
「……お嬢の警備は、中々に骨が折れそうだな……」
「ゴメンね、レイヴン。 用事が済んだら早々に辺境領に帰ります。 もう少し時間が立てば、王太子様にも、御子が出来るやもしれません。 そうなれば状況も また、変わります。 様子見ですわね」
「はぁ…… お嬢がそれでいいのならば、俺としては口を挟まない」
「ありがとう……」
色々と探ってくれたレイヴンの感想――― まぁ、そうよね。 なんで、ハリ―ストン殿下の婚約者が、顔も拝見させてもらっていない、「私」なの? 古い約束ってだけで、王太后様がゴリ押ししたって聞いてるけど、その思惑の底辺にあるものが何なのかも判んないしね……
まぁ、色々と観察させて貰いますか。
ええ、この晩餐会でね。
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美味しくお料理を頂いて、さんざん飲み食いさせて貰ったよ。 マナーに則ってね。 しっかり頂いた。 途中、妃殿下に ” よく食べるのねぇ ” って、眼で見られちゃったよ。 その位、食べたんだ。 美味しい食事は、血肉になるんだ。 魔力の溜まりだってよくなる。 こちとら辺境の子だぞ? 喰える時にはしっかり喰う。 それが当たり前なんだよね。
晩餐会は恙なく終わったよ。
表面的にはね。
食後のドルチェ頂いている時に、いろんな方が、御爺様の席に来られてご挨拶されてた。 私の事を揶揄する様なモノ言いする人ばっかりだったけど、基本知らんぷり。 だって、私に直接言ってきて無いもの。 聞こえよがしに言う言葉にいちいち反応なんて出来ないもんね。
美味しいドルチェを頂きながら、御爺様の横で、御爺様にご挨拶に来る、この晩餐会に招待されている方々のお話を伺うんだ。 まぁ、御爺様との会話の端々に、やれ辺境の暮らしは大変だの、やれ私の教育にご苦労がされているだの。 要は田舎の出来の悪い娘をよく王宮に連れて来たなって、暗に嫌味を言ってくるわけよ。
御爺様は真っ直ぐな方だから、その言葉の裏側とか、悪意なんかを良く判ってらっしゃらないんだ。 ひたすら、ご挨拶の返答にお困りになってた。 直截的に、お前の孫は、王家には相応しくないって、いわれたら、御爺様だって、いきなり暴れ出すんだろうけどね。
でも、奴等はそんなヘマは犯さない。 御爺様には判らない様に、私に向けて悪意を放つんだよ。 完全無視とか、ハンドサインとか、目配せとかでね。 しらなきゃ、何てことは無い。 でも、長年社交界で泳いでいる様な貴族の方々にとっては、その一挙手一投足は、蔑み、侮り、そして、排除すべき異分子への嫌味だって事は、どなたにも判り切った事なんだよ。
そんな様子を、王家の方々は観察しているんだ。 私がどう対応するかってね。 軽妙な反撃をするのか、それとも、怒りを浮かべ席を立つのか、はたまた、泣き崩れ駄々をこねるのか。 この国の高位貴族の皆様の御令嬢様方は、きっとそのどれかの反応を示すんでしょうね。
でも、私は違うんだよ。 そんなのは想定済み。 相手の話を細かく聞いて、その言葉の裏側と、何を対象に揶揄して来るのかを考えてるんだ。
例えば、辺境領の経済的逼迫を引き合いに、私のドレスがみすぼらしいって、揶揄して呉れちゃった、伯爵家の人は、確か交易担当の役人。 辺境伯が珍しい絨毯やら毛織物を良心的な価格で王都に卸している事を疎ましく思っているのは明白。 つまりは、その伯爵家の人、役人の特権で、私的に暴利を貪ってるって事よね。 ほら、こんな感じで襤褸出してんのよ……
よ~く、お話を聴くだけで、相手の揶揄には無反応だからね、私は。 王家の人達も呆れてるみたい。 きっと、言外の言葉を理解してないんだと思われた様ね。 期待外れって目で見て居られた。 そんな目で見られても尚、私は態度を変えなかったんだ。 ロッテンマイヤー女史の教え通り、やり切ったんだ。 必要でない場では、愚鈍と思われる方が、何倍もマシであるってね。
その態度が、気に障ったんだろうね。 ” 愚鈍な娘だ ” なんて、陰口叩いていたよ。
知ったこっちゃないね。
黙る時は黙るんだ。 ムカついても、いちいち反応しない。 でもね、わたし、執念深いんだ。 言われた事はしっかり覚えて置くよ。 あんた達が、出しちゃった襤褸、しっかり記憶に刻み込んどくね。 何らかの交渉のカードになるしね。 いずれ――― ね。
晩餐会も終わって、与えられているお部屋に戻ったんだ。
ずっと、後ろについててくれた、モリガンがとっても怒っているんだよ。 まぁ、あんな嫌味の集中豪雨みたいな中に居たんだしね。
「お嬢、あいつ等、やっちゃってもいい?」
「ダメ。 あの方々は、この国の重鎮。 それに、今やると、御爺様が疑われるもの。 ダメよ」
「腹の虫がおさまりません」
「頑張って抑えて。 美味しいお菓子、買ってくるから」
「むぅぅぅぅ」
ドレスの正装を解いて貰って、夜着に着替えるの。 そう云えば晩餐会にも、ハリーストン第四王子の姿無かったよなぁ………… 会う気無いんだろうなぁ………… ここらで、もういっちょ、こっちから歩み寄ったって既成事実作っておくか…………
「ねぇ、モリガン」
「何で御座いましょう?」
「御領地に帰る前に、一度、フルリンダル学院に行ってみたいわ」
「フルリンダル学院へで御座いますか?」
「いちども、御婚約者様の御顔を拝見した事御座いませんもの」
「……敵の確認ですね。 お任せください。 準備致します」
い、いや、別にそういう訳じゃ…… ないのよ! 単に既成事実を作りに行くだけなんだよぉ! ほら、私から避けているって、そう思われたくないじゃない! 後でマウント取るのに、必要だからなんだよ! そんな、嬉々とした目で、いそいそと動き始めないでよ、やだなー
でも、モリガンに任せておけば、大丈夫だよね。
御爺様の御領地に帰る前の、ちょっとした、イベントだよ。
そう、ちょっとしたね。
さぁ、今日はもう眠ろう。 色んな事判ったし、対処する為の種も見つけた。
あとは、時間かな。
このまま、辺境領に引きこもって、レイさんの教えてくれたタイムリミットまでを、あちらで過ごすんだ。 その期限は、ハリーストン第四王子がフルリンダル学院をご卒業される、二年後まで。 それまで、御領地の経済基盤の整備に専念するんだ。
晩餐会は、美味しいご飯だったようです。
毒物混入を懸念するほど、彼女に対する当たりは強いようですね。
でも、そんな事知ったこっちゃねぇ!
物語は加速しております。
次回、学院にて!