5.伯爵令嬢の和平交渉
ちょっと考えさせてほしいと、お部屋に戻ったの。 ロッテンマイヤー女史と一緒にね。 辺境領の状態は、多分、御爺様より私の方がよく知っているのよ。 ロッテンマイヤー女史による「教育」でね、領地経営ってのがあるの。 その生きた資料として、御爺様の御領地の全てを見せて貰ってるの。
ハッキリ言えば、広大な辺境領は経済的にかなり危ない。
歳入と歳出が拮抗してて、余力なんてないのは、財務諸表を見たら、一目瞭然。 主たる産業が農業だけなんだもの。 それも、農地はあまり整備されてない。 領内の主要街道だって、あちこちでボロボロになってて、荷馬車の通行にさえ困難を感じるくらい。 橋だって、水路だって、ズタボロ。 計画してた色んな事業も、相次ぐ紛争で滞りっぱなし。
税収も上がらず、必要な資金は年々増大してるの。
幸い、借金は無い。 つうより、誰も貸してくれない。 王都、王宮に資金の融通を幾度もお願いしているんだけど、それも芳しくない。 つまりは本気の手詰まり状態。 その上、今回の無茶な出兵だもんね。 財政破綻待ったなしなんだ。
そんな状態だから、ここ十年ほど、東隣のアントーニア王国から、何度もちょっかいを掛けられているのよ。 あちらも、国単位で財政がひっ迫してるから、土地も資源も喉から手が出るほど欲しいらしいんだ。 でも、国力はそんなに大きくないから、我が国ランドルフ王国との全面戦争にはしたくないらしいんだ。
だから、辺境領をちょこっと切り取るくらいの紛争を幾度も行って、その領土を大きくしているんだ。
ここ十年に切り取られた、辺境領は、結構広い面積なんだけど、殆ど荒野とか高地とか、湿地とかで、人がまともに住める場所でも無かったんだよ。 幾度か衝突があって、何度も軍事的には勝って来たんだけど、その度に交渉事で凹まされてきたって…… そういう事なんだよね。
本当は御爺様の御領地だった、いまアントーニア王国が実効支配している場所で問題が有るのが、タッコン湿地なんだ。 泥炭の産出地なんだけどね。 品質は良くないんだけど、量は出る。 でもまぁ、消費地に届く道がほとんど整備されてない。 更に言うと、そこ、水源地なんだよ。 バカスカ掘ると、水質が物凄く悪化するんだ。
タッコン湿地を水源とする川がってね。 そのヨード河は川幅も広いし、流量も多いの。 川向うにはセレベス高地が広がっててね。 アントーニア王国の連中が辺境領を狙う前は、そのセレベス高地の中央が国境だったんだ。
国境って言っても、ただ、だだっ広い荒れ地が広がってて、遊牧の民たちが、部族単位で移動しながら住んでる様な地域。 曖昧な国境線なんだ。 緩衝地帯…… ってのも、あながち間違いじゃない。 あやふやな、そして、大した国境警備もしてないから、アントーニア王国が目を付けたってのもある。 簡単に切り取れるってね。 ちょっと手を出したら、案の定簡単に切り取れた。 で、欲が出たって事ね。
アイツらが次に狙ったのが、アラルカン渓谷と、ここサナトス城塞都市…… 一応、軍事拠点だし、 ココを抑えられたら、辺境領都クナベルの防衛が難しくなるんだ。 というより、ほぼ防衛は不可能になる。 ランドルフ王国は其処までされないと、動かないと思うね。 基本、辺境領ってのは、そういう扱いだもんね。 あいつら、本領さえ無事ならば、いずれ取り戻せばいいくらいにしか、考えてないだろうし……
民をなんだと思ってやがるんだ!
まぁ、いいや、今はその野望を阻止するのが先決だもんね。 お部屋に戻ってから、レイヴンを呼び出したんだ。 ちょっと頼んであったことがあるからね。
「お嬢、お呼びか?」
「ええ、頼んであった、調べ物のことです。 ……判りましたか?」
「あぁ、眷属の者達も快く引き受けてくれた。 コレがお嬢の知りたい事を纏めた物だ」
そう云って、二本のスクロールを手渡してくれたの。 豪華な巻物に装丁されてるね。 ほんと、レイヴンってさぁ、こんな所がなんか大物って感じだよ。 スクロールを開けてみた。 知りたかった事が、事細かく記載されていたんだ。 流石だね。
一本は、セレベス高地の部族について。 そのまとめ役たる、部族と他部族との関係性。 まぁ、いまちょっとした交易を行っては居るけど、中々に難しい人達でね。 毛織物を中心に、絨毯やら、彫り物なんかと、穀物の物々交換をしているんだ。 でもさ、その交易で得られる物品の加工技術は高くて、王都に持ってったら、とても高い値で売れるんだよ。
この交易による収入ってのが、馬鹿に出来ない。 領の収入の結構な割合を占めてたりするんだ。 でも、紛争があると、その交易も止まる。 まぁ、経済的に息の根、抑えられてんだよ。 まったく、どうしようも無いんだよね。 だから、紛争なんて、一理も無いんだ。
もう一本は、同じくセレベス高地の北の端。 丁度、中央部。 以前の国境線上に点在する洞穴に関するもの。 難しい高原の部族との交易の最中、結構な頻度で魔物と遭遇してたんだ。 で、考えたんだ。 巣が有るんじゃないかなってね。 でも、その出現頻度が多いうえ、強力な奴等も混じってたんで、単なる巣じゃ無いって事は、何となく判ってたんだ。
でね、調べて貰ったら、やっぱりあったんだ。
迷宮がね。
迷宮が有ると、其処から生まれて来る魔物達は際限なく出現するんだ。 そして、そいつらを倒すと、魔石って言う、便利な石が奴等の身体の中から回収できる。 あぁ、種類によっちゃ、お肉やら、革やら、牙やら、角やらが良い値段で取引できるんだ。 「迷宮一つで、一国 潤う」って、言われるくらいにね。
有難いわ。 交渉事なんだから、カードは必要。
要は、相手のメンツを立てながら、こっちの要求を通す。 押し込んで引く。 駆け引きが大切。 御爺様は、真っ正直な人だから、こういった交渉事は不得手なのよ。 だからって私を引っ張り出さなくったっていいじゃん。 ホントにも― 簡単には行ってくれなさそうだよね。
「レイヴン、もう一つお願いが、有るのですが、助けてくれますか?」
「何なりと、お嬢」
「有難う。 お願いなんですが、これから、サナトス城塞に来る、アントーニア王国の使節団の方々について、調べて欲しいの。 出来るだけ早く。 誰が来るのか。 出来れば何の役割を持っているのか。 あちらの望んでいるモノは何か。 そして、何処まで本気か。 モリガンも手伝って欲しい。 時間がないの」
「判った。 判り次第、モリガンに連絡させる。 まぁ、そんなに難しい事ではないからな」
ニヤリと笑うレイヴン。 いいね、頼りにしてるよ。 さてと、色んな手を考えなきゃね♪ 私の戦争はこの日、この時から始めたって言えるかもしんないよね。 やるしか無いんだよ。 やるしか。 やるからには、絶対に和平を捥ぎ取るつもり。 そうしないと、本当に財政破綻で死んじゃうからね。
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「貴女が、交渉役ですか?」
「いけませんか? デギンズ第三王子殿下ならば、わたくしが何者かは御存知で御座いましょ?」
交渉のテーブルに着いた時、相手の事務官がとっても蔑んだ、侮った目をして私を見たんだ。 そりゃ、大人の話に、十五歳の子供が出て来て、交渉しましょっていっても、説得力皆無だもんね。 ちゃんとドレス姿になって、髪も結い上げてはいるし、お化粧もしてるんだ。 そこそこみられる筈なんだよね。
それにさ、私のこの濃い琥珀色の髪の毛…… デギンズ第三王子殿下は戦場で見てるよね。 そうだよ、あの突貫の時にさ。 ニッコリ微笑んであげたの。
「お胸の傷は癒えましたか? あと少しで、「身印」頂けましたのに…… 残念な事です」
「グッ…… 貴女でしたか。 フリージア=エスト=フルブランド」
「ええ、そうですわ。 今回の交渉にわたくしが抜擢された理由で御座いますわ、殿下」
あぁ、そうさ、死線潜り抜けた、戦場の最先端に居た私が相手になってやるって言ってんだよ? 事務官さんが、目を白黒させてるね。 まさか、あの騎兵突貫の指揮官が、十五歳の女の子なんて、思ってもみなかったってか? ちゃんと、報告しろよ、デギンズ殿下…… まぁ、かっこ悪くて、出来なかったのか? それとも、本気に取られなかったのか?
どっちにしろ、第一ラウンド、出合頭のカウンターは決まった。
アンタら負けた方。 私ら勝った方。 だから、賠償金の策定から始めますか!
「今回の紛争は、そちらから仕掛けて来られた。 ここ十年来、本来あった国境から随分東側迄押し込まれ来ておられますね。 この紛争でそちらは負けた。 では、十年前の国境線迄、国軍をお引きになるか、戦時賠償金、二千万テラン、即金にてお支払いになるか、どちらでも構いませんわ」
「出来ぬ相談だ! 二千万テランとは法外な!!!」
「あら、切り取られた領土の金額的価値と、今後出るであろう期限の利益を勘案すると、お安いですわよ? まともに計上すると五千万テラン一括払いという事になってしまいますが? これでも、配慮しておりますのよ? そちらの国庫の内容は、大体計算できますもの」
「なっ!!!」
「いつも、御爺様…… いえ、すみません、エスパーニア辺境伯爵閣下の武威を持ち上げ、賠償金をうやむやに、そして、領地を取り込まれて来たんですもの、今回はきちんと清算しませんと…… それに、今回は、そちらも本気で襲って来られたのでしょ? 二個軍団も戦場に投入されてましたもの。 兵の余力を考えれば、外征攻撃軍としては、実に三分の二の戦力の投入ですわね。 これを本気と取らずしては、我が領の戦務幕僚の資質が問われますわ? 如何かしら、ミストナーベ副宰相閣下?」
質素な事務官の服を纏ったこの男………… アントーニア王国、副宰相エラベル=ミストナーベ侯爵閣下なのよね。 若いけど狡猾で、その口車の旨さは近隣諸国に響き渡ってるの。 アントーニア王国の未来の宰相閣下では有るけど、その地位は彼には軽いとまで、言われてるわ。
つまり、彼が実質の全権大使って訳よね。
彼と、和平交渉が結ぶ事が、私の達成目標となるんだ。 まぁ、私が行った条件じゃ、絶対に飲まないけどね。
「そのような無体な要求をされるのであれば、我が国にも覚悟が御座います」
「アントーニア王国の覚悟とは? それならば、オーベルシュタット辺境領、エスパーニア辺境伯爵家にも矜持が御座いますわよ? 先祖代々において、この地に生まれ、この地を育った者達は、外敵に対し弱腰で対応するとでも、お思いでしょうか? 異な事をお考えですわね」
ギッって睨みつけたんだよ。 ちょっと、たじろいでいたね。 まぁ、戦場で纏う殺気なら、私だって纏えるもんね。 これも、エルグザードとか、マエーストロのお陰かな? まぁいいや、殺気で威圧する、十五歳女児…… あり得ん存在だよね、マジで…… でも相手は海千山千の背中に毛の生えた化け物。 そうは簡単に黙って呉れないよね。
「…………しかし、二千万テランは…………」
結局条件闘争だもんね。 折り合いがつけば、折れるな。 何も焦土と化した土地が欲しい訳じゃない。恭順させ、税収を上げ、国庫に居れるお金が欲しいんだよ。 なにせ、アントーニア王国も、エスパーニア辺境伯爵家も弱小と言えるほどの経済力しかないもんね。
おもむろに後ろに控えていたモリガンを振り返ったんだ。
「絵地図を」
モリガンが、デカい円卓に、焦点となってる辺境領東側の絵地図を広げてくてた。 アラルカン渓谷東側出口から、ヨード河、そして、セレベス高地の半分を網羅している地図。 赤い線でセレベス高地の半分辺りに一本の線が引かれているの。 其処までが本来のオーベルシュタット辺境領って事ね。 今じゃこの絵地図のほとんどを、アントーニア王国が実効支配してるんだけどさッ!
「この広大な土地を、僅か二千万テランで、贖えるのですよ? お安いとは、思えませんか?」
「……しかし、この地域は今や我がアントーニア王国の物。 今更、買えとは……」
「あら、この国境線は、ローレンティカ帝国にも承認されているものに御座いましょ? 我が国ランドルフ王国が、ローレンティカ帝国へ、国境侵犯の事実を届け、その是正をお願いしても、宜しいのでしょうか?」
そしたら、ローレンティカ帝国の兵も借り受ける事が出来るんだよ? そう云うもんなんだよ? やらないけど。 そんな事をしたら、いくらの戦費が必要になるか…… ただでさえ、ピーピー言ってんのに。 本国だって、そう易々と動いてくれないよ。
ハッタリだよ、ハッタリ。
でもこのハッタリ、結構効くんだよね。 長いものに巻かれてきた弱小国は、強国、大国の意思の前には、容易く折れるんだ。
「そんな事をすれば、エスパーニア辺境伯爵の名声も地に……」
「閣下は、名声より、民の生活を想える御方ですわよ? ミストナーベ副宰相閣下。 戦が避けられないとなれば、どんな手だって使われます。 そして、この領の民は、閣下が慈しんで育てておられる事を、身を持って存じておりましてよ? 最後の一人に成るまで、抗いますわよ…… よろしいのですか?」
「…………」
文官の意地は有るのかも知れない。 でもさ、直接戦闘した事のある人と、無い人では、目の前に広がる景色は…… 見えるモノは、全然違うってことだよね。 貴方達にとって、民は数字。 お金を生み出す為の道具。 私にとっては、血の通った仲の良い隣人。 その差よ。 顔色の悪いデギンズ第三王子殿下。 私達の遣り取りを聞いて、小さく言葉を発するの。
「半分に負からないか?」
「一千万テランと言う事ですか?」
「あぁ…… 敗戦の責任は俺が取る。 王位継承権を放棄して、臣籍降下も辞退すれば…… 俺の為の資金を流用できる。 しかし、一千万テラン程にしか成らない…………」
「殿下!!! 何を仰っているのですか!! 気は確かなのですか!!!」
「俺は、反対だったんだ。 戦争を吹っ掛け、他国を侵略する事には。 その結果どうだ。 軍は破れ、鍛え上げた兵を失う。 これ以上何を失えばいいんだ。 せめて得た国土だけでも、保たねばならん。 奇しくもフルブランド嬢が言ったのだ、民を慈しまねば、国など持たないとな。 人心を掌握すれば、国は保てるんだ。 だから、俺は継承権を放棄する。 下賜される筈の貴族籍も要らぬ。 それを、王国の為に役立てれば良いのだ」
あら、この王子、結構まともな事言うのね。 敗戦の責任を取る……か。 伊達に戦場に出てないって事ね。 もし捕まってたら、最悪、首が落ちてたもんね。 その首が、一千万テランかぁ………… その心意気は好きよ。 部下思い、母国思いの良い指揮官じゃないの。 戦闘が終わって、一番最初にしたのが、負傷兵の後送だって聞いてるしね。
でも、ダメ。 ヤダ 負けてあげない。
「お言葉ですが、殿下…… 負かりません。 此方も相応の負担を負っております」
「なっ!!!」
「ですが、貴方様の御心を聞いて、わたくし感銘を受けました。 さすれば、幾許かの譲歩を……」
絵地図のヨード河に沿って、赤い線を引く。 国境線の後退だね。
「ここを国境線といたします。 勿論、タッコン湿地は返還して頂きますわよ、ヨード河西岸ですものね。 それと、戦時賠償金一千万テランで」
唸る人達を尻目に、椅子に腰を落ち着かせ、モリガンが気をきかせて淹れてくれたお茶を頂くの。 いい香りね。 美味しいわ。 ミストナーベ副宰相閣下が血走った目で私を見ているの。 そうね、いうなれば、コノヤロー的な感じ? 最初からこの線狙ってたろって、顔に書いてあるのよ。
そうだよ。 狙ってた。 王子殿下があんな事言い出さ無ければ、ミストナーベ副宰相閣下の失言を誘い出すつもりだったもの。 うまい具合に、殿下が事を運んでくれた。 涼しい顔で、御茶を飲んでいたの。 でもさ、顔潰すだけが、外交交渉って訳ないじゃん。
ちゃんと、名聞の立つようにするよ。
「アントーニア王国の問題も、経済問題でしたわね。 いいモノをお渡ししますわ。 どう使うかは、副宰相閣下と、殿下のお気持ち次第」
最初に出したのは、セレベス高地の部族について書いてあるスクロール。 まとめ役たる部族と他部族との関係性がびっしり書かれている奴。 旨く使えば、彼等を束ね彼等の工芸品を買う事が出来る筈。 まぁ、相当の根気と知恵が必要になるけどね。 他国には無い、毛織物、絨毯なんかが手に入るんだよ? とっても高価なんだよ? どうだね!
その情報の重要性にミストナーベ副宰相閣下は気が付かれたようね。 真っ赤に怒りに満ちた顔から、赤みが引いて行く。
「これは…… よくお調べになっている。 我が国の手の者が何年もかけているが、未だ全容が伺えぬというのに…… そうか…… あの部族が取り纏めだったのか……」
交易の旨味も知ってるよね、これ。 大事な大事な基本情報だよね。 セレベス高原を失う我が辺境領には、宝の持ち腐れってやつさ。 でも、交易は国籍を問わないから、私達もあの部族から物品の購入は出来るんだよ。 まぁ、皆で幸せになろうよね。
「しかし、タッコン湿地は我が国も多額の投資をしております。 アレを返還するとなると……」
ほんとに、欲深さんだねぇ。 仕方ねぇな、とっておきの情報を渡してやるよ。 そっと、もう一本のスクロールを差し出しながら、さらに要求を突きつきけるの。
「ヨード河に架かる、アパ橋、メデ橋、ロワ橋の三橋以外は全て爆砕します。 国境監視所を三橋に置き、交易品、及び、密輸品の監視に当たります。 また、この三橋の保守点検は、両国共同にて行います。 そのスクロールには、それだけの価値があります。 この条件が嫌ならば、開けずにお返しください」
ジトッって目で、ミストナーベ副宰相閣下を見詰める。 手にしたスクロールと私の顔を見比べ…… なにか、思い切ったような顔をしてから、スクロール開いたんだ。 よし、勝った!! 内容を読んだミストナーベ副首相…………絶句しておるな。
そうだろ、そうだろ。
莫大なお金を生む、金のガチョウさんだ。 大事に使えよ。
「確かな情報ですか?」
「此処から、其処までは、馬で往復二週間。 ちょっとした冒険も兼ねて、三週間も有れば、確認できるのでは? 本調印は、三週間後。 …………デギンズ殿下、あなたは戦には負けましたが、それ以上の富を、御国にもたらしたという事になりましょう。 多少国土が削られても、その功績は大。 継承権返上も必要なくなると、思いませんか? ねぇ、ミストナーベ副宰相閣下?」
さて、どこまで、この言葉の意味に気が付いてくれるかな? 和平交渉なんだよコレ。 二度とこっちに野心を向けんなって事だよ。 そんで、国境を固定して、両国の平和を確立するんだよ。 あっちから転がり込んできた、デギンズ第三王子殿下の王位継承権返上問題も、この案で霧散するよ。 デギンズ殿下の功績にしたら、敗戦なんて目じゃないものね!
さぁ、どうする?
敗軍の将として、断罪されに王都に帰るか、それとも、迷宮を発見した王族として、巨大な富を王国に約束した英雄として帰還するか。 決断は、この場でな。 三週間の猶予期間を設けてあげる。
二人して、スクロールに書かれている情報の真偽を探ってるね。 その姿勢はとっても大事。 私が嘘ぶっこいてる可能性だってあるんだもんね。 さて、協議は此れまでかな。
「では、和平条約の本調印を楽しみにしておりますわね。 三週間後。 同刻、辺境伯爵閣下も同席で。 よろしくて?」
「あ、あぁ。 この情報が紛れもなく本物ならば、和平条約だろうと、何だろうと、全権大使として、私が調印する。 勿論 デギンズ第三王子殿下もな」
「それは良かった。 では、本日はこれ迄とさせて頂とうございます。 お疲れ様で御座いました」
さっと椅子から立ち上がり、後も見ずに、その部屋を出るんだ。
疲れた~~~~ これで、私の役目は終わったよ。 まぁ、カードは全部出しちゃったけど、恩も売れたし、なにより、和平条約締結できそうだし。
その部屋の外側で、ロッテンマイヤー女史が待ってた。 なんか、とっても嬉しそう。 かなりご機嫌なご様子。
「お嬢様。 流石に御座います。 よく学ばれました。 わたくしお嬢様のご成長を嬉しく…… 嬉しく思います」
「すべては、ロッテンマイヤー女史のお陰に御座いますわ。 長年にわたり教えを授けて頂き、感謝の極みに御座います。 わたくしは、まだまだ未熟。 今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
ふたりして、お部屋に戻るんだ。
やり通したご褒美に、ロッテンマイヤー女史のお茶にありつくとしよう。 御茶菓子だって、奮発しちゃおう! モリガンに言って、最高の茶葉出してもらおう。 なんか、とっても疲れたよ。
三週間後…………
オーベルシュタット辺境領、リンデバーグ=フォン=エスパーニア辺境伯爵と、アントーニア王国、デギンズ第三王子殿下 及び、副宰相エラベル=ミストナーベ侯爵閣下 の間で、和平条約が締結。 周辺国家も諸手を挙げてこの和平交渉を歓迎したんだ。
不穏な動きをする国家があったら、民は落ち着いて仕事出来ないもんね!
やったよ!!! 私!!! よく頑張ったよね!! ほんとに!!!
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後年―――
アントーニア王国、セレベス高原で発見された「迷宮」は、発見者 当時の第三王子 デギンズ=ダマンテ=アントーニアから名を取り、デギンズ迷宮と命名され多くの冒険者たちが攻略を競う優れた迷宮都市として発展した。
デギンズ迷宮を含む迷宮都市の名を、エストとしたのは、アントーニア西部辺境公爵である、元第三王子、デギンズ=ダマンテ=アントーニア公爵。 名の由来については、微笑みを浮かべながら、何も言わない。
辺境伯のお家は大変な権限をお持ちですが、経済的にかなり疲弊しております。
辺境伯のお爺ちゃんが、王家の王太后様の言葉を飲み込んで、孫娘の婚約を決めたのは、その辺りの事情がからんでいるかもしれません。 でも、そんな事、関係ねぇと、主人公は我が道を行きます。
物語は、加速します…… したいなぁ…… 出来ればいいなぁ……