4.伯爵令嬢が残った訳
物凄~く、物凄~く、怒られた。
あんなに怖いロッテンマイヤー女史、未だかって見た事無かった。 まぁ……ね。 そりゃ、一歩間違えば死んでたもんね。 そんで、最後にぎゅ~~~って抱き締められた。
なんだか、とっても、胸が熱くなったよ。 ロッテンマイヤー女史は、私がいるサナトス城塞にまでくるなんてね。 本当に心配かけちゃったよ。 本来ならば、彼女は絶対にオーベルシュタット辺境領、領都クナベルから出ない筈なんだよね。
それが、こんな東方の要害にまで、足を運ばせちゃって、本当に申し訳ないですハイ。 御爺様が私の部屋に様子を見に来られた。 そんで、ちゃんと意識が戻って、ぎゅ~~ってされてる私を見て、ホッとした表情に成られたたのよ。 でもさ、其処に ” 戦鬼 ” より怖い顔した、ロッテンマイヤー女史が睨みつける様に、御爺様に視線を合わせているのを見て、御爺様ったら顔色が悪くなられたわ。
「リンデバーグ卿。 これは如何なる子細に御座いますか? お嬢様が軍隊を直接指揮して、あまつさえ敵軍に打って出られるとは。 聞いておりませんわ、そんな荒唐無稽なお話は!」
めっちゃ怒ってる。 私にでは無くて、御爺様にね。 御爺様、珍しく小さく成ってらっしゃるわ。 ほんと、珍しい。
「女史…… 済まない。 フリージアには、このサナトス城塞に留まってもらう手筈だったのだ。 フリージアを慕って居る兵達が多数いる。 彼等の士気を少しでも上げようと…………な。 この幼子には……間違いなく、エスパーニアの血が流れて居る。 周囲の者が何と言おうと、頑として前線に……兵を直卒すると言って聞かなかった。 許さねば、単騎で突撃すると、この儂を脅しよったのだ…… 止められなかったのだ。 むしろ、褒めたくもあった…… 男児なれば……と、心の底から……」
「リンデバーグ卿!!!」
キーンって音がする位の、ロッテンマイヤー女史の非難の声。 眦を上げ、御爺様に詰め寄るのよ。 いや、嬉しいよ、私は。 褒めて貰った事なんて、殆ど無いもの。
「何が ” 男児なれば ” ですか!!! フリージア様は、ご立派な御方です。 女児、男児など、些細な事だとは、お思いに成られないのですか!!! この国に、僅か十五歳で、一軍の士気を高揚させ、果敢にも、小勢で大部隊に打って出られるような方がおられますか!!! ご自身が十五歳の時には、何をなさっていたのですか!!! 誇られるのならば、なぜ、フリージア様を誇られぬのですか!!!」
い、いや、まぁ、あのね…… そっか…… ロッテンマイヤー女史は、御爺様が私が男だったらって言ったから、これだけ激怒されているんだね。 なんとも………… 言えないよ。 でもさ、女史。 貴女さっき言ってた事と、ちょっと違うんじゃない? 女の子を前線に出すなんてって怒って無かったの?
「いと尊き御方の血を引かれる、フリージア様が戦働きをする…… そのこと自体がおかしいのです。 フリージア様の御意思で戦われたのならば、わたくしは、何も言いますまい。 きっと深い理由があったのでしょう。 しかし、フリージア様はフリージア様なのです。 至玉の珠を危険に晒したこと、そしてなにより、フリージア様を蔑ろにする、リンデバーグ卿の言葉に、わたくしは怒りを感じているのです!!! お分かりに成りませんか!!」
ん? なんだ? どういう事だ?
「私の前で、二度と、フリージア様が、男児なれば などと、世迷い事を口に出さないでくださいませ!!」
「す、すまぬ……」
あれ? あれれ? 御爺様が頭を垂れて、謝っとるぞ? よし、単純に考えよう。 ロッテンマイヤー女史は、私が戦場に出たんで、怒ってる。 うん、間違いない。 そんで、御爺様がそんな私を誇らしく思った。 ここまでは間違いない。 で、私が男だったらよかったのにと思った。 それは、まぁ、そうだよね。 こんなバカげた事をする伯爵令嬢なんて居ないもんね。 男児だったら、そりゃ武勲の誉れって、大々的に威張れるもんね。
…………でもね。
ロッテンマイヤー女史が其処に引っかかった。 私が男児ならばっていう言葉が、彼女にとっては、とってもイラつく言葉だったらしい。 …………一応は、女史に淑女と認められたって事かな? だったら、嬉しいなぁ……
ねぇ、レイさんは、どう思う?
《彼女はね、貴女が女性で、彼女の教えを十分に学び習得した事を誇りに思っているのよ。 彼女の教えは、帝国でも厳しさで有名なのよ? 知ってた?》
《まぁ、厳しかったけど、楽しかったのもあるよ? 知らない事一杯教えて貰えたしね》
《彼女の教え子達は皆王侯貴族の娘たちよ? 王妃や皇太子妃、公爵妃になる為に招聘されるんだから。 その彼女の教え子の中でも、貴女は特別なの。 そう特別なの。 自信を持ちなさい、フリージア》
《う~ん、よくわかんないけど、ロッテンマイヤー女史に認められたって事でいいのかな?》
《その認識で間違いないわ。 ちょっと度が過ぎる、お転婆さんだけどね》
なら、いいか。 これからも、宜しくお願いします、ロッテンマイヤー女史。
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私がね、このサナトス城塞に戦闘が終結しても居るのには、二つの理由があるんだ。 一つは、このサナトス城塞の教会の療養施設にいる負傷兵さん達が私を必要としていた事。 もう一つは、ロッテンマイヤー女史と一緒に来た人達が、私を必要としていた事。
一つ目の理由の根本にあるのが…………密かに引き継いだ、御婆様の表には出せない力のせいなんだ。
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私が御婆様の秘めたる力を引継いだのを知ったのは、私が魔力を扱えるのが分かった頃なんだ。 お屋敷に来てくれた、魔法騎士の人達がロッテンマイヤー女史に検査結果を伝えたらしいの。 ロッテンマイヤー女史はその結果を受けて、ふたりの ” 人 ” を、私に会わせて下さったの。
理由は、違うんだけどね。
「お嬢様は、いずれ尊き御方に嫁がれます。 その時、お嬢様は ” お嬢様の眼と耳 ” を。持たねばなりません。 今の内から、その者達と交流を持つ事は、非常に大切な事。 わたくしに心当たりが御座います故、お嬢様の御側に置かれる事を、お願い申し上げます」
って、言われてさ、引き合わされたのが、レイヴン=クロウと、モリガンのふたり。
眼と、耳って事は、影働きする人って事なのよね。 最初に在った時には、かなり不穏な雰囲気だったのよ。 特にレイヴンはね。 胡散臭げに私を見ててね。 でも、ロッテンマイヤー女史には、相応の敬意を払ってたみたいね。
「お前か、俺の主人たる資格を持つ者は」
「主人? よくわかりませんが」
「俺が、お前の力を見てやる。 ロッテンマイヤー女史の云う事だから、そこそこの力はあるらしいが、俺を従えるような力が有る様にはみえんな」
「力? よくわかりません。 どうすれば良いのですか?」
「両手を出せ」
まだ、幼かった私は、両手を差し伸べて、レイヴンの差し出した手を掴んだんだ。 お腹の中の温かい所が、ブワッって広がって、手に集中したのを感じたのよ。
「俺と、お前の違いが判るか?」
「ええ、まぁ、何となくは」
「なら、同じにしてみろ」
「! そんな無茶な!!」
レイヴンの言葉に、ロッテンマイヤー女史が怒ったように、非難の声を上げたのが印象的だったね。 でも、レイヴンは女史の声を、丸っきり無視して、私に促すのよ。 早くしろってね。 で、やってみた。 モヤモヤしたモノを感じながら、私の中の暖かいモノをそのモヤモヤとしたモノに近寄せる。 段々と、モヤモヤしたモノが輝きと色彩を放ちはじめ、やがてはっきりとした、モノに変わったんだ。
「出来る様だな。 【身体強化】を使えるのか…… なら、俺に身体強化を掛けてみろ」
ちょっと、何を言っているのか判らなかった。 身体強化の魔法って、自分に掛けるもんだよ? それを、他人に? 行ってる意味が分かんなかった。
「繋がっている手から、俺と同調してるんだから、そのまま、自分自身に身体強化掛ける様にすれば、お前を含めた、俺にも術は掛かる筈だ。 やってみろ」
「はい………… こうでしょうか?」
マエーストロに教えて貰った、【身体強化】の魔法を自分に掛ける。 手が繋がっているレイヴンも含めて自分って認識でね。 そしたら、ホントにレイヴンにも掛かっちゃったんだ。 びっくりだったよ。
身体強化魔法って、自分の身体能力を引き上げるって事なんだけど、もう一つの効果としてね、自分の治癒能力を通常の何倍も引き上げるって事も有るんだ。 戦闘中に怪我しても、身体強化魔法使ってたら、大怪我になる前に、怪我した部分を治癒しちゃうって事かな。
それだけじゃ無いんだ。 あとから判った事なんだけど、ある程度以上の力を得たら、身体の中の設計図みたいなモノを、読みだす事が出来る様に成るんだよ。 例え欠損した身体でも、その設計図は、身体の中にあるから、自分の魔力と体力を混ぜ合わせて、その欠損部分を作り出す事が出来る様に成るんだ。
現象から見れば、無くなった体の一部が蘇るって事なんだよ。
その時には、良く判っていなかったけどね。 で、レイヴンの奴、私にゾンザイに命じた事なんだけど、出来ちゃったもんだから、物凄く驚いてた。 ロッテンマイヤー女史もね。
「再来か………… ロッテンマイヤー女史、この方が 「九の宮」様の末なのか」
「レイヴン…… まさしく、その通りです。 お身体の中に、紛れもなく、あの方の血が、流れております」
「……そういうことか。 わかった。 ならば、契約を結ぼう。 我、レイヴン=クロウが 汝、フリージア=エスト=フルブランド の眼となり、耳となる事を誓う。 この契約を結ぶにあたり、汝、何を望む」
何を望む? 眼となり、耳となる人なんでしょ? 契約って事は、縛り付けるって事よね。 この私の意思に。 う~ん、そうだなぁ…… 知りたい事を調べてくれるって事なのよね。 じゃぁさ、主従関係じゃ無く、お友達って事にしておいてくれないかなぁ~ だって、その時、私にはお友達って呼べる人っていなかったんだものね。
「友達に…… 友誼を結んで貰う事を望みます」
金色の目が、大きく見開かれたんだ。 なんか物凄く驚かれた。 沈黙がお部屋の中に流れるの。 もう一人の女の人…… モリガンが大笑いを始めたんだ。
「アハハハ!! レイヴン!! こりゃ、驚いたね。 あんたと友誼を結びたいとさ、このお嬢さんは!! あの「九の宮」でさえ、あんたを縛ろうとしたのにね!! こりゃ傑作だ!! いいよ、友誼を結ぼう!! 対等の関係さ。 契約として、友誼を望むこのお嬢さんに、私は惚れたよ! レイヴン、あんたがどう言おうと、私は、契約を結ぶ。 いいね!」
「…………わたしとて、やぶさかでは無い。 その望み、契約条件とする。 幾久しく、友となろう」
ってね。 私は 「眼と耳」を手に入れただけじゃなく、なんか、御婆様の力も手に入れたらしかったんだ。 まぁ、多少の練習は必要だったけど、その力は間違いなく私の力だったよ。 まるで、伝説の「聖女」様の【癒しの力】みたいな感じとも言えたんだ。
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その力が今、必要とされているんだ。 この辺境領に平和をもたらす為に血を流し、負傷した兵隊さんの為にね。 ひとしきり怒られた後、医務官さんが私の身体を調べて、もう大丈夫と太鼓判押してくれた。 たんなる、脳震盪だもんね。 そりゃ、ちょっと休んだら問題無いよ。 幸い私の身体は頑丈に出来てるし、敵軍の征矢は、兜が、逸らしてくれたから、怪我無いもんね。
まぁ、御爺様も私がやる事には、理解を示してくれているんだけど、ロッテンマイヤー女史は、ちょっと複雑そうに見てるんだ。 本来ならば秘匿されるべき、驚異の魔法ってなわけで、表には出せない力でもあるらしいんだ。
だから、この力を使う時には、一定の制限を設けているんだよね。 そう、私を含めた、周囲の人の安全の為にもね。
一つ、私単独では、この力を行使しない。
一つ、必ず事情を知る聖職者が居る場所でしか、この力を行使しない。
一つ、患者と聖職者、そして私しかいない場所でしか、この力を行使しない。
一つ、出来得る限り秘匿する。
もし、この力が表沙汰になったら、この力を巡って争いがおこる事は必定になる。 そして、過大な期待を掛けられ、出来もしない事を要求される。 死者を蘇らせろとか、不老不死にしろとか……ね。 特に権力を持つ者には知られない様にしないと、大騒ぎになるからね。
怪我が治ったのは、聖職者さんの祈りのお陰って事にしたかったわけよ。 教会に出向いて、重傷者さん達の手に触れ、同調して、身体強化を掛ける。 一回に一人ずつね。 腕やら足やらを切り飛ばされた人も居たわ。 一生懸命に、同調して身体強化を掛けるの。
ダメな時だってあるのよ。
その人が本当に瀕死だったり、生きる希望を失ってて、活力が無かったりしたらね。 だって、私のこの魔法って、あくまで回復力の脅威的増大なんだもの。 無いモノは、増大できないもん。 それに、体力だって必要よ? 患者さんに体力が無ければ、回復が中途半端になるしね。 だから、施術前に体力回復ポーションたらふく飲んでもらってるんだ。
それでも、死んじゃう人だっている。
万能じゃないんだよ。 ただ、ちょっと、便利なだけ。 それでも、助けられる命は助けたいじゃない。 だから、頑張るのよ。 辺境領の大切な人達なんだもの。 彼等の生還を待つ人達が大勢いるんだもの。
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重傷者さん達があらかた片付いた後、御爺様の執務室に戻るの。 ロッテンマイヤー女史と一緒にね。 なんか、ずっとべったり引っ付かれて、監視されているみたい。
「御嬢様が無茶されなければ、わたくしはココには居ませんでした」
静かに怒ってらっしゃるね。 苦情は受け付けないって、顔されているから、何も言えない。 まぁ、例の力の行使は許してくださったもの。 それで御の字だわ。 御爺様の執務室の扉をノックすると、待ってましたとばかりに、扉が開かれた。
何人かの見知った人達が、執務室の中に居たんだよね。 そして、期待したような目で、私を見詰めるの。
「フリージア、お前に頼みがある」
「何で御座いましょうか、御爺様」
「学習した王妃教育を実践してもらいたいのだ」
「はぁ? な、なにを、仰ってますの?」
御爺様の周りに居た人達が、私に詰めよって来た。 青白い顔をした、ちょっと長身の財務官さんと、視線が落ち着かない、執政官さん。 ロッテンマイヤー女史と一緒にこのサナトス城塞にいらっしゃってたよね。 この方たちは、事務方の方々。
つまりは…………
御爺様の停戦、和平交渉が難航しているって事ね。 王妃教育の成果として、このややこしい、紛争を収めてくれって事かなぁ。
えぇぇぇ………… それって、どうかと思う。
「相手が、全権大使をよこして来た。 明後日、ここサナトス城塞に交渉にやって来る。 勿論、主将として、アントーニア王国、デギンズ第三王子が、名目上の交渉相手だ。 しかし、本当の相手は別に居る。 そ奴が、まぁ…………なんだ。とにかく、奴等との間に、停戦交渉を纏めねばならん」
御爺様、渋い顔しながら私に語り掛けるのよ。 控えていた二人も、神妙な顔をして、私を見詰めているんだ。 えぇ~~ 私そんな交渉出来ないよぉ~~~。 それに、私が出て行ったって、相手に舐められるだけじゃないの?
「ラフレ財務官からも エディオン執政官からも、領内が危機的状態なのは報告を受けておる。 この和平交渉が、重大事なのは良く理解はしている。 手は尽くしたつもりだ。 だが……、儂ではどうにも上手く行かん。 何が気に障るのか、こちらの要求を受けつけよらん。 小童の敗軍の将の癖にな…… 王妃教育を受け、ロッテンマイヤー女史の評価もすこぶる良いお前ならば、この危機的状況をどうにか前に進めるかと…… 大任なのは理解して居る。 お前が幼い事も判って居る。 ……おるが、この任務こそ、お前が適任だと思ってな」
しかめっ面しながら、御爺様が仰るの。 あきれた! そんな大役を僅か十五歳の私に振るんだ? いくら脳筋狂戦士からの頼みとは言え、なんで私かなぁ…… それに、こんな無茶、執政官さんも、財務官さんも、なんで、同意してるの? どうかしちゃてんじゃない? ほんとうに、切羽詰まってんの?
私が、沈黙してんのをいいことに、御爺様、私が同意したと思ってらっしゃるのよ…………
あきれて、モノが言えないのよ!!!
「頼んだぞ! フリージア!」
はぁぁぁぁ―――
いくら、食べさして貰ってるからって…………
ねぇ…………
でも、御領のみんなの笑顔を思い出しちゃったら、「 嫌だ 」って、言えないよね。
仕方ないかぁ。 頑張ってみるよ―――
その和平交渉って奴をね。
フリージアさん、色々と訳アリらしいのです。
でも、この性格はたぶん、彼女の中にお姉さんが入り込んだためでしょう。
彼女は、彼女らしく生きると決め、真っ直ぐな心に優しい灯し、自分に関わる全ての人を思いやりながら、愚直に一歩一歩、進んでいきます。
ちょっと、加速が緩くなりました!