3.伯爵令嬢と中の人
微睡の中、彼女の人格が私の中に浮かび上がって来たの。 とっても、清潔感の在る、おじさまな外見なんだけど、柔らかな感じで………… ほんと、不思議な人よね。 ニッコリ、人懐っこい笑顔を浮かべて、私の前に現れたのよ。 軽く手を振りながらね。 まるで、親戚のお姉さんみたいにね…………
《久しぶり…… 頑張ったわね》
《そうね。 ” 私なりに ” だけどね》
《前向きね。 その年で、あれだけの事を成し遂げたんだもの、誇りなさいよ》
《そんな事無いよ。 みんなが頑張ったから、出来ただけ。 何か一つ、誰かがちょっとサボっただけで、全部 御和算になるような、危ない橋渡ったんだから…… 誇れるわけ無いよ……》
《そうかしら。 皆、貴方が頑張っているから、ついて来たんじゃないの? フリージア》
《だとすれば、嬉しいわね。 ちゃんと、私の事、見ててくれたんだもの》
《当然よ、” 伯爵家の戦乙女 ” なんだからね、フリージアは》
《なによ、それ………… って、また、あなたの予言なの?》
予言…………
お姉さんなオジサンが、最初に私の中に出て来た時、私に告げた、とある御話。 御伽噺みたいなモノ。 でも、その後、その御伽噺みたいなモノが、次々と現実になり始めるのよ。
お姉さんなオジサンが言うには、私達の居るこの世界は、彼女の世界に在った、御伽噺の世界に酷似しているそうなの。
お姉さんなオジサン自身、あんまり信じられないって、五歳の時に言われた記憶があるの。 私に渡してくれた、” 記憶 ” の中にも、その事はしっかりあったのよ。 でも、信じられないわよ、あんまり、非現実的でね。
その予言の中での大きなこと。 私が、その予言を信じ始めた事ってのが…………
私が、第四王子と婚約を結んだ事。
普通あり得ないでしょ? 法衣伯爵家の娘が王家との婚姻を約束されるなんて。 だいたい、そう云うのは、公爵家とか、公爵家とか、領地伯爵家とか、もっと高位の貴族の子女が約束される地位なのよ。 だって、第四王子は事が無ければ、公爵家に臣籍降下されるべき方だし、なにか事が有れば、王位にだって立てる御方なのよ?
その伴侶となれば、公爵夫人………… 下手すりゃ王妃様って事さえ考えられるのよ。 貴族のバランスから言っても、法衣伯爵家の子女が立てるような場所じゃ無いのよ。 それが、私に決まったのよ。 それも、王家の方から昔の約束を果たせって言って来たらしいの。
もう、何が何だか……
でも、お姉さんなオジサンの語った、御伽噺の状況なら、理解出来るんだ。 御爺様の奥様。 つまり私の御婆様は、異国のお姫様。 それも、巨大なローレンティカ帝国の末姫様なんだ。 「九ノ宮」って尊称がある、ローレンティカ帝国 帝位継承権九位のお姫様。 その上、ちょっと表には出せない特殊能力の保持者。
御爺様に惚れて、帝位継承権を放棄されて、嫁がれた。 でも、その時、ローレンティカ帝国の皇帝様とこの国の王様との間に約束事が交わされたの。 御婆様の子孫を王家に迎える事。 帝国との縁を結ぶ事ってね。 王家の先代様は、男児が一人だった事もあるし、この国の高位貴族の方達が難色を示して、お母様が嫁がれる事は無かったの。
で、私がその役割を担う事に成ったって事。 お母様の嫁ぎ先は、王家、及び、高位貴族の間ですったもんだがあって、妥協の産物として法衣伯爵である、御父様に嫁がれる事に成ったらしい。 でも、お母様、ちょっと心が弱い人だったから…………
御婆様がいくら心配しても、どうにもならなかったって所ね。 そうこうするうちに、御婆様はお亡くなりになり、お母様も鬼籍に入られた。 本来なら、遠い昔に交わされたそんな約束事なんて、履行される事など無い筈なんだけど、先の王妃。 現王太后様が、ローレンティカ帝国との縁に拘って、強引にこの婚約を結ばせたらしいの。
御伽噺の中では、王都に居る私が第四王子の婚約者となって、王城で教育を受ける手筈に成ってたんだって。 そして、王都でお嬢様三昧の生活だった私は、ナヨッチイ上に、傲慢な伯爵令嬢となって色々と物議を醸すんだと。 その上ね、あっちこっちの高位貴族さんの息子さん達とも軋轢を生むんだと。
そりゃ、伯爵令嬢が、高位貴族さん達の間に入ればそうなるよ。 でもって、第四王子………… えっと、なんつったけ………… あぁ、ハリーストン殿下か…… ハリーストン殿下はあんまり、私の事を良く思ってなくってね。 驕慢な令嬢だと認識してたらしいんだ。
高位貴族子弟のために、用意された学院っていうのが、王都には存在してね。 伯爵家以上の家格を持った子弟が入学できるんだと。 十歳で入学する、その学院でもやっぱり、その物語の私は色々とやらかすらしいの。 そんな中、学院に途中入学して来る女生徒が一人。 同学年でさ、見目麗しい、バインバインボディの可愛い子。
お姉さんなオジサンが言うには、その子が、ヒロインなんだと。 なんぞ、そのヒロインってのは?
《物語の中の、主人公って事よ。 その子を中心に物語は綴られて行くの。 ロマンス小説みたいなものよ?》
《へー、そうなんだ。 ねぇ、一つ教えて欲しい事が有るんだけど……》
《あら、何かしら?》
《お姉さんなオジサン。 御名前教えて欲しんだ。 何となく、呼びかけ辛くて……》
《あら、私の事? う~ん、そうね。 フリージアの中に居るけど、私は貴女じゃないから、別に名前は要らないんじゃないの?》
《でも、名前で呼んだ方が親近感が有るよ。 私だって、ちゃんと、フリージアって名前有るんだもん。 ” お姉さんなオジサン ” なんて、呼びたくないもん。 ダメかな?》
《私を…… 個体認識しちゃうと、混ざるよ? 私と…………》
《ちゃんと、認識した方が、きちんと人格が別れるんじゃないの?》
《うーん、その辺は如何かなぁ…… 記憶を共有してる訳だし…… でも、貴女がそう云うなら、いいわ、教えてあげる。 私の認識では、「レイ」………… 他人からは「レイジ」って呼ばれてた。 貴方ならどう呼ぶ?》
お姉さんなオジサンが、認識している名前がレイなら、レイでいいよね。 言いやすいし、覚えやすい。 なんか、レイジって呼ばれたくなさそう。 男性名称みたいだし…… やっぱりお姉さんだもんね、いくら見た目が清潔感溢れるオジサンだったとしてもね♪
《レイさん、ありがとう。 やっぱり、ちゃんと名前で呼ぶ方が良いよ。 レイさんの事、理解出来るもの》
《そう、レイって呼んでくれるの…… 嬉しいわ》
《でね、レイさん。 そのヒロインって言うの、私の姉妹………… 姉ってどういう事?》
《そうね、貴女には辛い話に成るんだけど…………》
レイさんは、教えてくれた。 御父様にはやっぱりパートナーが居られたんだ。 それも、高位貴族の………… 公爵家の二女さん。 その人にゾッコンだって。 でね、王家からの王命には背けないんで、お母様を娶ったんだって。
でもまぁ、お母様はあんな人でしょ? お母様が、私を孕んでからは、御父様は、完全にお母様と没交渉。 役目は終わったと言わんばかりにね。 お屋敷にも帰らず、その公爵家の二女さんの元へひたすら通ったらしいんだ。
更に悪い事に、公爵家の二女さんとは、お母さんを娶る前からの関係でね。 お母様が妊娠した前後にその方も妊娠したって事なんだよ。 生まれ落ちた日は異母子の方が早かった。 三ヶ月差で彼方がお姉様。 私が二女。 でも、王家の手前、公爵家の二女さんは愛妾って事になってたから、愛妾との間に出来た子供は貴族籍に乗せられない庶子って事になるんだ。
だから、相変わらず、私が長女って事でね。
で、その子が学院に入学できたのは、お母様が亡くなって、晴れてその公爵家の二女さんが後添えとして、御父様に嫁がれたからだって。 で、その子は、庶子から実子として転籍されて晴れて伯爵家の長女に成ったんだと。 つまりは、私は二女に成った訳だ。
伯爵家の長女様から、いきなりの二女。 ” 荒れたなぁ~~~ ” って訳ヨ。 その子の事を イジメる イジメる。 家庭内の事で、他人も手を出せない。 御父様はその子を溺愛してるし、私を疎んでいる。 でも、私のバックには脳筋狂戦士の辺境伯が控えているから、表立っては何も出来ない。
周囲は腫物を触る様に、私の相手をしてたんだって。 諫めもせず、矯めもせず。 ただ、ただ、荒ぶるに任せてて、その成り行きを見ていたんだと。 深慮遠謀って奴さ。 機会を伺っていたんだよ。 周囲の者達が皆ね……
で、二年後、辺境伯領のお隣のアントーニア王国がいきなりオーベルシュタット辺境領に戦争を吹っ掛けて来た。 王国は寝耳に水。 国軍の動きは悪く、辺境伯たる御爺様の頑張りに掛かっていたって訳。 御爺様、必死に戦って、戦って、戦い抜いて…………
でも、オーベルシュタット辺境領の領都陥落。 御爺様死亡。 ついでに、諸家郎党全滅………… エルクザードも、マエーストロも、アーリヤも、みんな みんな 死んでしまったのよ。 私は後ろ盾を失ったって事。
其処からは、転がり落ちるんだ。
その事変が起こる前に挙行された、王城舞踏会のデビュダントで、イジワルの限りを尽くした私に対して、異母姉を含む周囲の反撃が始まるの。 そんで、今まで我慢してた御父様も私を切り捨てに掛かるの。 さらに、継母の御実家が後押し。 ハリーストン殿下は、私の驕慢さにうんざりしてたから、国王陛下に頼んで、婚約者を異母姉に変えるのよ。
表面上は、同じ伯爵家からの嫁入り。
そして、この国の高位貴族は、ローレンティカ帝国からの干渉を受けづらくなるから、諸手を挙げての賛同の意思。 更に私の態度から王太后様も諦めたってのが、決め手となったのよ。
私がやらかした【数々の暴虐】と【悪辣な計画】が明るみに出てね。 学院の卒業パーティの時に、断罪されるんだ。 それが、可笑しいの。 外国の留学生も、そのご家族も居る中、高らかに宣言されるのよ。 婚約者の挿げ替えをね。 喚き散らす私。 冴え冴えとした、ハリーストン殿下の声。 断罪に回る殿下の側近。 そして、殿下に庇われる異母姉。
後ろ盾の無い私。
孤立無援。
余りに無茶ばかりしていた私は………… 全ての人に見捨てられて…………
哀れ……断頭台へ
って訳。
ランドルフ王国 国王陛下は、私 フリージア=エスト=フルブランドの貴族籍、王国籍を剥奪、只の罪人して一週間、牢にぶち込んだ後、王都引き回しの上、断頭台へ送ったのよ。 その一週間の間で、王都にいるすべての人に対して、私のやらかした事を高札に書いて各辻に立てたの。 引き回しの間に、石を投げ付けられて、ボロボロになって…………
断頭台で、頭を落とされる前に、殆ど虫の息。
ハリーストン殿下が特別に、私に引導を渡してくれたんだ。
「お前の行った所業は、これでも生ぬるい。 後悔し、懺悔し、お前の血筋が絶える事に絶望するがいい」
だとさ。 ホントに何てことをやらかしてたんだ………… 憎み切られているよね、これって…… ランドルフ王国は万々歳よ。 ローレンティカ帝国へは、名聞も立つし、干渉も切れる。 昔の約束は反故に出来るし、後腐れも無い。 ついでに、ローレンティカ帝国の末姫の血筋もこれで絶え、これ以上この問題で両国が悩む必要が無くなる。
将来に渡っての最終的、かつ、完璧に問題が解決したって事ね。
めでたし、めでたし…………
って、わけあるかい!!!!
《じょ……状況は…… レイさん…… まだ、この予言…… 生きてるの?》
《…………残念ながら、王都部分は、そのままよ…………》
《……そう……なんだ…………》
《で、でもね、フリージアちゃん! 辺境領の方は全く別の道を歩いてんじゃん! それに、最初の選択で、フリージアちゃん、物語と違う選択したでしょ!!》
《えっ?》
《思い出して!! 私と最初に逢う前。 まだ、この物語を知る前に、貴女がした選択を!》
えっと…………なんだっけ? なにを選択したっけ? えっと、えっと…………
《法衣貴族の貴女の御父様が御城勤めで ” 非常に忙しく ” フリージアちゃんの相手が全くできない程だって言われたでしょ。 あそこが貴女の選択だったよ。 貴方がそれでもいいから、王都に残るって言えば、王都に居られたの。 でも、貴女は、お母様に付き従って、辺境伯の御爺様の御領地に来た。 あやふやな様で、貴女の意思が通った出来事なのよ!》
《でも、お母様が心配だったし………… なんか、御父様も、王都に居て欲しく無かったみたいだし…………》
《空気を読んだって事ね。 その選択が、貴女の未来を全く違う物に変えたのよ。 王都に残り、努力もせず、驕慢に、傲慢に、誰も顧みず、ひたすら自分の事だけを考えていたフリージアは、ココには居ないの。 ココに居るのは、努力に努力を重ね、人を愛し、多くの人々から愛され、辺境領を守り抜いた、” 伯爵家の戦乙女 ” が、居るのよ》
《…………御爺様も、みんなも…… 生き抜いたもんね…… そうだよね。 誰も、死んでなんかいないもんね》
《奇しくも、貴女が、貴女自身の生き方を決めたのよ。 ” 私は、エスパーニアの血の継承者に御座います。 この体に流れる血の半分は、この辺境の大地に根差す、辺境の子の血。 その血が言うのです。 夷狄から、この地を護れと” ってね。 貴女は、物語の中のフリージアとは違うの。 そう、正反対よ。 たとえ、王都でどんな罠が張られようとも、貴女なら大丈夫。 決して物語の様には成らない》
なんか…………ね。 レイさんが言ってくれて、ホッとした。 あんな未来は迎えたくない。 私が私であるように、みんなを護り、愛し愛されているって実感できる ” 現在 ” を、私は手放したくない。 これからも、ずっと…………ね。
《ねぇ、レイさん》
《なにかな?》
《物語と大分違って来てるけど、でも、まだ、その線は残っているよね》
《そうね、この国の高位貴族の方々は、貴女の血を疎ましく思っているわ。 出来る事なら排除したいと、今も思っていると、そう考えた方が良いわよ》
《…………でしょうね。 でも、その方々の思惑に乗るのは……嫌だよ》
《今の貴女なら、どうにでも出来るでしょ? 色んな知識を持ってるんだし、それに、その血に巡る、色々な力も…………》
《……そうかな》
《『思考せよ。 されば、道は開かれん』 いい言葉よね。 私が感銘を受けた言葉の一つ。 貴女に送るわ、フリージアちゃん。 貴女の中に居る私は、何時だって、どんな時だって、貴女の味方よ? そうね、どうかなぁ。 もし、貴女が必要と思うなら、私を呼び出して…… 名前を呼んで呉れれば、こうやってお話出来る様にするわ》
《 ホント? 嬉しいなっ! こんな事、誰にも相談できないもの…… ホントに、お話してくれる?》
《ええ、いいわよ。 約束するわ。 思考は共有してるから。 何を悩んでいるのかは、大体わかるけど、こうやってお話したら、いい考えも浮かぶかもしれないものね。 あらぁ……そろそろ、起きる時間よ。 貴女の大切な人達が待っているわ。 ……これからも、宜しくね》
《うん、レイさん。 私からもお願いします。 これからも、どうぞよしなに》
意識が浮かび上がるの。 深く深く、眠っていたみたい。 でも、良かったよ。 私の立っている場所が、良く見えた。 そして、私が何者なのかも。 だって、それがわかれば、これからどう生きていくのか、指針が立てられるもの。
御伽噺は…… 誰かが夢想した、お話は…… 私の現実とは、違うもの。
―――私はフリージア。
エスパーニア辺境伯爵の孫。
オーベルシュタット辺境領の子
そして、
ローレンティカ帝国 帝位継承権九位の お姫様の孫。
脈々と受け継がれる、誇り高き人々の血。
捨てる事など出来はしない。
だから、私は――――
私は…………
フリージア として、精一杯、生きて見せる!
異世界転移、でも、表面には出てきません。
そして、彼女?は、お姉さんなオジサマです。
もう体は失って、精神体で、さらに転移して、他人様の身体に同居状態。
だから、お姉さんでいいんです! そう、良いのです!!
物語は、更に加速していきます。