25. 伯爵令嬢、王城への誘い
辺境領の端から、王都までは一週間かかるんだ。 遠いよね。 辺境領内の街道は、なんとか「整備」が出来たけど、接続してる本領の道は相変わらず、ボロボロのまま。 辺境領内は結構順調に運んでいた行道も、本領に入った途端に遅くなるんだ。
問題だよね、コレ。
ボンヤリと窓の外を眺めつつ、馬車の中で溜息をつくんだ。 なんか、行きたくないよ。 王都に行けば何かしら有るんだから、ほんと行きたくない。
《 レイさん…… 「御伽噺」って、何処まで本当になるのかな 》
《 う~ん、どうかな。 御伽噺の中の貴女と、今の貴女じゃ違い過ぎるし、どんなに冤罪でっち上げようとしても、土台貴女の事を知っている人が限られて居るものね。 今回の…… ほら、婚姻式の前に出席する事になってる学院の卒業式? だっけ? アレだって、御伽噺の中じゃ、貴女は学生だったでしょ? 》
《 そうだよね。 今は、ハリーストン殿下の婚約者として、彼が卒業するのを祝うために行くんだものね。 同い年だけどね…… 御伽噺の中の私は、驕慢で傲慢な婚約者様で、異母姉妹を徹底的にいじめてたんだっけ? 》
《 そうね。 その通りよ 》
《 私、異母姉妹の顔すら、朧気なんですよね、今は 》
《 選択したもの…… フリージア自身の決断でね 》
《 そっかぁ…… ねぇ、レイさん。 やっぱり、断罪とかされちゃうと思う? 》
《 まぁ、そうね。 フリージアちゃんと、あの娘を入れ替える為には、なにかやらかすとは思うけど…… 難しいわよね。 何て言うか…… 前提条件っていうか、根底から状況をひっくり返すような事でもない限り、あちらの思うようには成らないと思うの 》
《 でも、背後にはモリアーティ=ドルド=レーベンハイム侯爵閣下が糸を引いて居るのよね 》
《 ええ、かなりの影響力を持っているのよ…… なにか、やらかしそうね 》
《 ―――私の事を知っては居ても、私の事を良く知らない。 容姿を含めてね。 逢った事がある人って、割と限られてるし…… 使えるかな…… 》
《 なにか思いついたの? 》
《 うん、あっちが仕掛けるなら、私も――― ってね。 もし引っ掛かったら、あちらの人達、私について、何も調べていないって事…… もしそうなら、軽く見られてるって事…… 試金石みたいなモノね 》
《 いいわ、やっちゃいなさい! もし、何かあれば、私も力を貸してあげるから! 》
《 嬉しいわ。 でも、そうならない様に努力するね 》
頭の中の会話は、ちょっとだけ、気分を落ち着かせてくれたの。 いま、思いついた事を実行する為には、協力者によく説明しないとね。 罠を張られているんなら、罠を喰い破る為の牙はいるもの。 ね、モリガン。 ちょっと、相談が有るんだけど、いいかな―――
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私の乗る馬車が、オーベルシュタット辺境領、領都クナベルを出発したのは、大物さん達が皆出立してからだったの。 まず一番先に領都を出られたのは、将軍閣下御一行様。 御爺様がしたためた、青鬼ベルガを継嗣として立てる為の請願書を携えて、王都に戻られたの。 これで、オーベルシュタット辺境領の最大の問題は解決したんだよね。
王都のボンクラ貴族達には、辺境領の領主就任は荷が勝過ぎるもの。 彼等の為でもあるのよ。 ある程度、荒事の知識と経験が無いと ほんと、簡単に……死んじゃうんだよ? だから、この人選は、ある意味王都の貴族さん達への救済処置みたいなモノだよね。
間違っても、法衣貴族である、御父様がこの領の領主様になろうものなら、まず一年以内に死ぬね。
魔物に殺されるか、飢えて死ぬか、領民に反旗を翻されるか…… どのみち碌な事に成らない事は確かだよね。 だから、御爺様も決して御父様を継嗣に指名されなかったんだよ。 まぁ、お母様とご結婚されてから一度も、オーベルシュタット辺境領に来た事すらないものね。 それだけとったって、無理に決まってんじゃんね。
次に領都クナベルを出られたのが、ライオネス=レオン=シンガーデリクト様御一行。 行く先はランドルフ王国、王都ハイランド。 つまりは、私と行先は一緒ね。 ただし、あちらは、一級国賓だよ。 物凄く丁重にお迎えされる筈。 この日程を決めるのに、かなりの時間を取られたと、将軍閣下がお話してくださったの。
王都側での受け入れ準備とか、歓迎舞踏会とか、この際だからって、関係各所に通達が回って各種事前協議なんかの予定が組まれたそうね。 だって、「一ノ宮」様の御側近様よ! お話出来る機会なんて、早々無いものね。
何故か、とってもいい笑顔で、御出立されたのよ。
「フリージア様。 王都にてお逢いしましょう。 その時の貴女のお立場がどういった物で在れ、帝国は貴女を臣民として受け入れます。 大船に乗ったつもりで、ご安心召されよ」
「勿体なく。 そうならぬ様、一層の努力を致します」
「……ふふふ、楽しみでは有るな。 それでは、また!」
馬車の扉が閉まる時に見せた、何とも言えない笑顔が気になったよ。 レイヴンがそっと耳打ちしてくれたんだ。
” 主よ、あの方は、王都で何が行われようとしているか、御存知のようだ。 帝国の「目と耳」は、王都はおろか、王城にまで深く潜り込んでいる。 俺も度々、目にして来た ”
” そう…… でしょうね。 情報収集は怠りないって事よね。 国力の差がこれだけあるのに、用心深い事ですね ”
” それが、ローレンティカ帝国と言う国だ。 ネズミを全力で狩る、獅子の様な物だ。 窮鼠が何をしでかすか、知っているからな。 エレノア様の事が、よほど堪えていると見える。 事態を軽く見て、「帝国の至宝」が、その懐から飛び出してしまったのだからな ”
” 取り戻す為に? ”
” それも…… ある。 が、今はまだ様子見と言った所か。 主に降りかかる「火の粉」を、どう捌くかを見るつもりやもしれんな ”
” ……また、ですの? ”
” あぁ、 ” また ” だ ”
何かと言うと、周囲の人は私を「試す」事ばかりする。 いい加減、キレそうね。 でもね、乗り越えると良い事が有るのよ。 ほら、お願い聞いて貰えたり、領都クナベルに戻ってよく成ったりね…… だから、今回も頑張るわ。 ええ、頑張りますとも。
領都クナベルを最後に出立したのは私と御爺様。 これで、何事も無ければ、あちらで結婚式だからね。 御爺様も親族席に座るんだよ。 随身にエルクザード、マエーストロ、それに、アーリアが付いて来てくれるんだよ。 爵位持ちだし、一騎当千だし、持って来いだよね。
領の人達が、大きく手を振って見送ってくれるのよ。 みんな私がお嫁に行くって、信じてるからね。
”” お幸せに~~~!!! ””
”” 姫様~~、嫌になったら、何時でも帰っておいでよ~~~!!! ””
””” ここは、姫様の御領だからねぇ~~~~ ”””
御爺様、苦笑いしてるよ。 領地の人達の方が、素直で、直接的で…… 本領では考えられない位、私達と近しいんだよね。 ねっ、御爺様! この人達の笑顔を護りたいの。 何としてもね。 理不尽は吹き飛ばす! そのくらいの事が出来ないと、この辺境では暮らしていけないものね。 ね、みんな!!
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馬車の中で詳細にモリガンと打ち合わせたんだ。 王都に着いてからの事をね。 特に、フルリンダル学院の卒業パーティについてね。 あちらでは、また、王城でお世話になるんだ。 見知った人達に、見知ったお部屋。 それに、それを手配してるのはレイヴンときたもんだ。
私の事が、外に漏れないんだよ。
だから、多くの人達は、” 辺境領から、田舎娘が精一杯オメカシして出て来た ” くらいにしか、取られていないのよね。 そうそう、私がなんで王城に御世話になってるのかって、御爺様に聞いてみたんだ。 ほら、もしかしたら御爺様が王都にタウンハウス持ってるかもしれないじゃない。 御父様の所には行けないんなら、御爺様のお家にでも行けばいいじゃん。 なんて思ってたの。
「辺境伯はタウンハウスなどと云う物は、持っていない。 王都に出てくることも稀だからな。 無駄なモノは持たん。 慣例により、辺境伯が王都に出てくるときには、王城に滞在する事になっておるのだ。 気を揉むな。 フリージアは、紛う事無きエスパーニア辺境伯の家族だ。 堂々と王城に滞在する事ができるのだ」
だってさ。 知らなかったよ。 ふぅ………… まぁ、その方が私にとっても都合が良いんだけどね。 有難く、滞在させて貰おう…… 王城にね。
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王都ハイランド 王城ガルガンティア宮にやっと到着したんだ。 一応此処で、御爺様とは別々になるのよ。 御爺様は辺境伯のお部屋に。 私は、私に用意してもらっている「豪華なお部屋」に行く事に成るの。 お部屋について一息入れてたら、ミサーナ王太子妃様と、ティアーナ公爵夫人からカードが届いてたの。 近々、とってもいい事が有るらしいの。
詳細は教えて貰えなかったけど、文面から歓び事って事は判ったのよ。
ハハ~~ン、アレか? モリガンの ” 知り合い ” が、いい仕事したってことか?
そのお知らせ、マジ待ってます!!! 王国の未来に、輝く希望の星―――― 待ってますよ!!!
その前に、ちょっと憂鬱なお仕事しなきゃね。 そう、学院の卒業パーティに出席するんだよ。 でもさ、ハリーストン殿下から、何にも無いのよ。 卒業パーティってさ、確か…… 舞踏会形式だったよね。 そんで、公式にはパートナー必要だよね。 でもさ、なんにも言って来ないのよ。 つまり、一人で来いって事ね。
もう一つ、殿下は私の婚約者なのに、公式行事であるはずの、卒業パーティへ出席する為のドレス一着、御飾り一つ、贈ってこなかったのよ。 一輪の花も無いの…… ……どういう事? 私はすでに婚約者じゃ無いっての? だったら、なんで、婚姻儀式の為の用意持って来てんの? それも、自前で……
きっと、なにか、やらかすね。 間違いないね。 でもさ、私にだって考えがあるんだ。 もしさ、あの人達がきちんと私の事を調べていたら、絶対に嵌らない罠だけどね。 でもね…… 多分、嵌ると思うよ。 私の顔を知ってるのって、ほんの数人だし…… それに、何時も着てる襤褸ッちい服じゃ無いもんね。
唯一、知ってそうなのは…… ミストナベルぐらいか…… さて、奴の目がどれだけ確かか、見ものだね。
今夕、「 ご招待 」 されている卒業記念パーティ……
さて、どうなる事やら。
楽しみと言えば、楽しみだね。
何処まで引っ張ろうかな?
どんな大物が出て来るかな?
手ぐすね引いて……
待っててあげる。
罠が張り巡らされているであろう、卒業記念パーティ。 エスコートも贈り物も無い、そんなフリージアは一計を案じる。 ただ、それは、フリージアを知ってさえいれば避け得るような簡単なモノ。 彼女が自ら試金石と言うその牙は、張り巡らせた罠を破る事が出るのか?
戦塵を浴び、数多の戦いを潜り抜けて来たフリージア。 眼に見える罠は、罠ごと葬り去る。 常に精一杯を、常にあらん限りの力を以て事に対峙してきた彼女。
頑張れ、負けるな、我らが姫様!
物語は最終部分に突入します!
次回、卒業パーティにて (ホントだよ、マジだよ、ちゃんと更新するよ……