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22. 伯爵令嬢は使者の訪問を選択する





 領都クナベルでの生活は平穏に満ちている。 ロッテンマイヤー女史の課題は大変だけど、やりがいもあるし、色んな意味で力が付くんだよ。 今日も今日とて、帝国公用語での御茶会。 話題は帝国辺縁域での通商関連の法律について……




 もう頭が、こんがらがるね。




 ロッテンマイヤー女史の辞書に、「容赦」 とか 「寛容」 なんて文字は絶対ないな。 欠陥辞書だよ、まったく!! 


 でもさ、こんなキッツい授業もあと少し…… 





 来月には私、十七歳になるんだ。





 そしたら、ロッテンマイヤー女史の授業も終わりを迎えるんだ。 そして、大人の仲間入り。 この国では、十七歳になると、大人として扱われるんだ。 だいたい、十五歳でデヴューして、二年間の訓練期間を経て、はれて、大人の仲間入りって寸法なんだけどね。


 わたしの、デビュタントってね、ほら、戦場の騎馬突貫だったでしょ? だから、貴族の令嬢としてはちょっとね。 ロッテンマイヤー女史は、朗らかに笑いながら―――




「フリージアお嬢様でもすの。 一筋縄で行かないと思っておりました。 デビュダントで、隣国との和平交渉を纏め上げる手腕は、わたくしとしても鼻が高いですわ」




 などと、仰られるんだよ…… めっちゃキツイ目で、睨みつけられながらね…… 私が騎馬突貫した事を、御爺様に怒った事を昨日のように思い出せるよ…… アレは、怖かったな。 二個方陣を前に、全力で突貫をかけて居る時よりも…… 恐ろしかったもんなぁ……


 今では、いい思い出だよ…… こうやって、色んな教えを受ける事が出来るのもあと少しだものね……


 十七歳になって暫くすると、王都へ行かなくちゃならないんだ。 結婚式なんだよ。 私とハリーストン第四王子とのね。 あと、四か月ってところかな…… 私がさ、十七歳になる前にって、ロッテンマイヤー女史の教育が、一層熱心になって来てるんだよ。 ははは、有難いね。 でも、眠いよ。 


 詰め込まれる知識に、脳ミソが追いつかないよ…… でも、ここで弱音は吐けないよね。 だって、渾身の教育なんだもんね。 ロッテンマイヤー女史が全力で来るなら、私は全力で応えてみせるよ。 それが、女史に対する何よりの御礼だと、そう思っているのよ。




 でしょ? 先生?




 ******************************




 ここ最近、将軍閣下経由のお手紙にお返事が無くなったんだよね。 これって、やっぱり、アレかな? 王都では、順調に私の排除計画が進められているって事で、良いのかな? 将軍閣下がねぇ、なんか、物凄く恐縮されててね。 お手紙のお返事、なんと今では、将軍閣下から来てんのよ。


 まるで、将軍様が私の婚約者のようにね。 王都でのアレやコレやとか、内密なお話とか…… 王太子夫妻が仲睦まじくしてるのとか…… ご自身の御長男が、蟄居している将軍閣下の御領地でゴソゴソして、さらなる閣下のお怒りを買ったとか…… まぁ、そんな感じ。 私も、辺境領の事とか、ここら辺で ” おいた ”してる商会を叩き潰したとか、その辺をぼやかしながら報告したりね。




 はぁ…… なんなんだろう?




 ほら、もう直ぐ十七歳だというのに、御父様からは何も便りが無いのも、ちょっと不気味。 その上、婚約者であるハリーストン殿下からの 「 贈り物 」 が、全くないのも気にかかるんだ。 私が辺境領に居る事は、知ってる筈なのにね。 夜会にエスコートする必要も無けりゃ、存在すら忘れるって事か? 


 まぁ、一度もきちんとお逢いしてないからね。 あっちの感覚じゃ、完全な政略結婚って訳だ。 それも、見ず知らずの相手ときたもんだ。 手近な、見目麗しい女性に、関心が行くのも不思議じゃないね。 それが、婚約者の異母姉妹であったとしてもね。


 なんか、本格的に王都に行きたく無くなったよ…… マリッジブルーてな問題じゃ無いもんねぇ…… あっちの人達の一部にとって、私は本気で消えて欲しい人物なのかもしれないよね。 ねぇ、レイさん。 どう思う?



 《 きっと、そういう人達も、居るんでしょうね。 ―――だいたい、あのボンクラ王子、取り巻きに問題抱えてる人しか居ないものね! その取り巻きに 「 目の敵 」 にされてるからね、フリージアちゃんは 》


 《 ……でしょうね。 でもそれが、殿下にとって、心許せる人なんだから、仕方ないよ 》


 《 …………フリージアちゃん、「一つの分岐点」が、近々あるの 》


 《 分岐点? なにそれ 》


 《 貴女が決断する事が有るのよ 》


 《 何を決断するの? 》


 《 この国の為に何を成すのかって言う、決断 》


 《 ……なんか、重いね 》


 《 貴女の未来への決断でもあるの 》


 《 なんか、ハッキリしないね? どうしたの、レイさん。 いつもと違うよ? 》


 《 ……ごめんね、はっきりした事、言えないんだ。 貴女にハッキリとした未来なんて無いもの。 だから、貴女が自分で決断して、自分で未来を切り開いていくしかないのよ。 私が持っている ” 記憶 ” なんて、今の貴女の事を何一つ物語っていないわ。 だから、貴女は貴女の決断をしなきゃならないの。 なにもせずに、流れに任せてしまうと、一見無限にある様に見える「貴女の未来」は、貴女の行動いかんで何通りかの未来に収束しちゃうのよ 》


 《 決まっている未来? 変な話だね 》


 《 王都の状況が、貴女の「行く道」に干渉しているって事ね。 ……ごめんね、こんな言い方しか出来なくて 》




 申し訳なさそうな、そんな声。 「 王都の状況 」って、ポロっと零したレイさん。 つまりは、私を排除する為に色々と画策している奴等が居るって事ね。 その裏をかくのか、それとも、真正面から粉砕するか……って事かな? どのみち、ハリーストン殿下との婚姻は消えてなくなるって事なのかもね。


 あぁ、そんな事、これっぽっちも憂いてないよ!


 私は、私らしく在りたいし、その為の努力なら何でもする。 そして、私を愛してくれたみんなに、幸せになってもらいたい。 心豊かに暮らして欲しい。 その為になら、たとえ王都から追放されても良い。 結婚相手に恵まれなくったっていいもの。



 この地で、この地の人達の安寧が私の望み。 



 結局、私らしい生き方って…… 辺境の子の生き方なんだよね。 どう転んだって、王都のお貴族様の様には暮らせないもの……


 でも、レイさんが言った、分岐点…… そして、言葉を濁したレイさんの言い方…… なにか、重大な出来事なのかもしれないよね…… そう、三歳の頃、私がお母様について、静養地に一緒に行くって決めた時のように……ね。




 ******************************




 ある日の事。 ロッテンマイヤー女史との御茶会の席で、彼女から言われたんだ。





「フリージア様は、もう直ぐ十七歳に御成りになります。 わたくしの御役目も、その時に終わります」


「ええ、ロッテンマイヤー女史には、ひとかたならぬご厚誼を賜り、深く感謝申し上げます」


「いいのですよ、わたくしは、わたくしの使命の為に此処に来ました。 そして、その使命は全うされたと、思います。 …………あの、ですね 」


「はい?」




 珍しく、本当に珍しく、ロッテンマイヤー女史が口に出す言葉を迷っている。 なんだろう…… とっても、言いにくい事なのかな?




「ほ、本国の者より…… 「使者が立つ」と、伝えられました」


「はい?」


「お受けに成るかどうかは、フリージア様次第では御座います。 …………わたくしと致しましては!」


「ちょっと、待ってください、ロッテンマイヤー様  本国と仰られると、その…… ローレンティカ帝国の事ですの?」


「えっ? え、ええ? フリージア様に置かれましては、わたくしが何処から派遣されているのかを御存知なかったと…… 」


「ええ、御爺様より、御婆様の伝手を頼り、とても優秀な先生をと言う事でしたので。 どの国の御方とも、伺っておりませんでしたわ。 でも、薄々はローレンティカ帝国の方であるとは、思っておりましたが……」


「……ほんと、リンデバーグ殿は、大切な事は何一つ、フリージア様に仰っていないのですね! 仕方ありません。 ご説明いたしますわ。 わたくしが何者であるか、そして、本国からの《申し出》の事も……」





 ^^^^^^




 五歳の頃からずっと一緒だった、ロッテンマイヤー女史。 ずっと、私を教育してくださった、とっても凄い御方。 礼儀、マナー、算術、会計術、領地経営、外交、法学…… ありとあらゆる、王妃教育と言っても過言でない位の、高度な教育を私に授けて下さった、偉大な先生。



 女史の本名は、ロッテンマイヤー=フォン=アフト=エデュケット



 かなりの御年であるなとは思っていたけど、エレノア御婆様の乳姉妹とは思わなかった。 ローレンティカ帝国 皇帝陛下を御守する、十二の大公家の一つ、「九の宮」大公家。 その末姫様だったのが、御婆様である、エレノア様。 そして、生まれながらにして御学友として侍る事を定められたのが、ロッテンマイヤー様だった。


 エレノア御婆様の乳姉妹として、姉妹同様に育ち、教育の名門であるエデュケット家の者として、常に側に立ち一緒に「学び」、「悩み」、「歓び」、「成長」した。 良き友とし、高みを目指す仲間とし、いたずらをし一緒に怒られ…… 幼少の頃から、淑女と言われる御年まで…… 常に同じ道を歩んでいたそうよ。



 どうりで博識な訳だ……



 帝国でも屈指の教育家として有名なエデュケット家に置いても、彼女の右に出る者は居ないとまで言われていたんだそうね。 ちょっと恥ずかし気にそう云う彼女は、なんとも言え無いね。 この国と、隣国との戦乱において、親書を携えてローレンティカ帝国を出るまで、御婆様と一緒に行動されていたそうよ。



 そして、戦場で恋に落ちられた御婆様。



 ローレンティカ帝国で、その報を受けてなんとも言えない気持ちになったそうなの。 御婆様はその身に受けた、” 力 ” の為に、ローレンティカ帝国でも重要人物として、それはそれは丁重に遇せらていたそうなんだけど、対価に ” 力 ” を振るう事を求められ……



 エレノア御婆様が、徐々に消耗していく様を、間近で余すところなく、見詰めても来ていたんだって。



 ” いずれ壊れてしまう その前になんとかしないと ” と、色々と思い描いては居たけれど、どれも現実的ではなく、悶々と過ごしていたんだそうよ。 でも、エレノア御婆様は御自分で道を切り開かれた。 愛しく思う方が出来た。 御爺様の側から離れ難く、なにより、その方の住まう辺境の地に心を奪われた。


 そう聞いた時、 ” あぁ、エレノア様はご自身の在り方を見出された ” と、安堵すると共に、一抹の寂しさも覚えられたと仰ってたわ。




 ” ロッテンマイヤー、お願いが有るの ”


 ” なんなりと、お申し付けください ”


 ” 私の子が…… 貴女の力を必要とすると、思われた時、 ……助けて欲しいの ”


 ” 当然に御座います。 何時いかなる時にでも、お申し付けくだされば、何としてもお伺いいたします ”


 ” あぁ、やっぱり、貴女に頼んで良かった。 ロッテンマイヤー…… 私の姉妹。 お願いね ”




 ローレンティカ帝国を出国する前に、御婆様と交わされた遠き日の約束。 そして、私が五歳の時、御爺様の要請に応じ、帝国の重要な役職を振り切る様に辞し、この辺境へとやってこられたという訳だったんだ。 はぁ…… なんか、ホントに愛されてんね、私……




「わたくしの事は以上に御座います。 帝国との取り決めにより、フリージア様が十七歳になるまでと定められた、教育期間。 わたくしなりに、精一杯勤めて参りました。 わたくしの目から見ても、フリージア様は十分に《王妃》と成られたとしても、問題無いと思われるまでに成られました……」


「勿体なく…… 全ては、女史のお陰に御座います」


「……エレノア様とのお約束、違わずに済んだと、安堵しております。 が、先日、本国より至急便にて、『 照会状 』が参りました」


「『 照会状 』?」


「はい、フリージア様の「御力」についての照会で御座います。 エレノア様は当時、最高の「御力」の使いて。 故に、戦争当事国同士の仲介に、皇帝陛下より直々に、陛下の名代にと命ぜられました。 それ以降、「九の宮」の「御力」を強く引き継ぐ御方がご誕生になっておりません」


「……どこから、わたくしの ” 力 ” の、情報が?」


「この領は、常に帝国の監視下に置かれております。 エレノア様が嫁がれた事実が、未だにそうさせています…… 何かしらの網に、探知されたと思われます。 わたくしは、帝国籍を持つ者。 帝国の照会状には、嘘偽りを書くわけにはいきませんでした」


「そうですか……」


「でも、フリージアお嬢様! わたくしは―――、わたくしは、お嬢様の意思を無視してまで、事を進めるべきでは無いと!! 強く強く進言致しております!!! ……であるならば、お嬢様が ” 諾 ” と、仰れば、あちらから、フリージア様を見極める為の御使者が参られる…… と、そう伝えて参りました。 わ、わたくしと致しましては!」


「……ロッテンマイヤー様。 女史は、わたくしに、とても良くして下さった。 貴女がわたくしの事を一番に考えて下さっているのも、良く判っているつもりです。 しかし、わたくしもまた、貴女が大切なのです。 ……よく考えてから、お返事いたします ……前向きに検討いたしますわ」


「も、勿体なく……」




 そうよね、御婆様が壊れるかもしれない程、追い詰められ、そして、逃げ出して来たのが、ローレンティカ帝国。 御使者を迎えるとなれば、ヘタすりゃ連れてかれちまう可能性だってある。 そしたら、取り込まれて、御婆様の二の舞になるんじゃないかって、そんな事を危惧されて居るのよね。


 で、でもさ、私…… 一応、これでも、この国の王族の婚約者だから、そう易々と帝国に連れてかれちゃうって事には成らんと思うのよ。 だからさ、ココは、ロッテンマイヤー女史の顔を立てるって事で、逢ってみるべきじゃないかな。 その方が、良さげだし……





 二日…… いや、一日待ってもらおう。





 レイヴン達の意見も聞きたいし……


 御爺様にも、相談しなきゃだし……


 ほんと、婚礼前なのに、なんで、こんな目に会うのよ!





 あぁ、婚礼前だからいいのか!!







 どうとでも、成るしね。





 レイさんの言っていた、「分岐点」って言う意味、





 何となく、理解出来た。






 レイさんの記憶の中にある、御伽噺…… 乙女ゲームのストーリー。 フリージアはそのストーリーの中では、バッドエンドオンリー、完全無欠の悪役令嬢だったのだが…… 僅か三歳の頃の一つの選択が、彼女の立場 考え方を大きく変える事に成った。


 その精神に同居する、おっさん淑女レイさんが存在したためか、それとも、別の理由からかは、今となっては判らない。 が、彼女は選択する事で、乙女ゲームのストーリーから、逸脱する存在となった。


そして、結婚式に先立つ事四ケ月前。


もう一つの大きな分岐点が、彼女の目の前に現れた。 御伽噺の中では ほぼ語られなかった、大帝国である、ローレンティア帝国。 そして、ロッテンマイヤー女史の存在。 さらに、ローレンティア帝国からの使者。 使者は…… 何を知り、何をする為に来るのか?


フリージアの運命の分帰路が大きく音を立てて切り替わる。 



頑張れ、負けるな、我らが姫様。



物語は加速します。



次回 使者の問い掛け  ( 予定です…… 予定ですってば!

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