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閑話 王都の情景




 暗く、よく人の判別も付かない、小部屋の中。 とある極秘の会合が開かれていた。


 男達は、強い酒をあおりながら、上手く行かない計画に苛立ちを隠せずにいた。


 その中に一人、高位の貴族らしい男が居た。 豪華なソファーに深く腰を下ろし、紫煙を燻らせながら、手に持つグラスを呷っている。


 むっつりと沈黙を守りつつも、頭の中では今の状況をせわしなく考えていた。


 自分達の意を汲む者達が、ミサーナ王太子妃殿下に近付く事が出来なくなって、もう三ヶ月にもなる。 王太子の動向がまるで入ってこなくなった。 王太子が住む、マリオン宮の中の様子がまるで分らなくなっている。 警備が強化され、今まで様に行かないのだった。 唯一の情報である、宮殿の侍女達の噂話では、王太子妃が部屋に閉じこもり、健康状態が良くないらしいという事だった。


 その事は、自分の策だったので、当然と言えは当然なのだが、如何せん確証が無い。 侍女達の噂話は意外と真実に近いモノが有るのだが、自らの手の者による確認は取れていない。 その事が苛立ちを余計に煽っている。 


 ふぅ っと、紫煙を吐き出す。 考えるべき事はまだまだある。 商会を介し、王国の経済を握る事についても、些か問題が出始めていた。 商会に力を持たせるため、野心的な商会長に多大な便宜を図って来た。 が、ここ最近、その商会の ” 裏側 ” の仕事に支障が出て来たのだ。


 多額の出資金を出し、便宜を図り続けて居る商会。 そのキンランド商会の ” 裏側 ” の仕事の場である辺境領で、特に実入りの大きい一部の業務に障りが出て来始めたのだ。 あの忌々しい、エスパーニア辺境伯爵の所領だけでなく、本領の周囲に配されている、全ての辺境領でだ……


 今後の策を練ろうと、今宵の会合は早くから始まってはいるが、良い案などそうは出ない。 苛立ちと共に、強い酒を呷るに留まっている……




 ^^^^^




 渋い顔をしながら、強い酒を呷っている、恰幅の良い男。 キンランド商会、商会長を長年勤めあげている男が、その場におり、重い体を椅子に預け、手に持つグラスの中の琥珀色の液体の香りを楽しんでいた。 今の状態が続く事は、許容できない。 目の前の高位貴族に何らかの譲歩をさせて、良い条件を引き出さなければならない…… 心の中の冷徹な表情とは裏腹らな、人好きのする笑顔を顔に乗せながら、言葉を紡ぐ……




「如何でしょうか、奴隷の売買を王都内で許可してもらえませんか…… 辺境領のオークションハウスが、軒並み摘発されましてな。 大打撃を受けておるのです…… 『貴族』のお客様から、次は何時かと、再三の申し入れもあり……」


「ならんよ、奴隷売買は表向き王国では禁止されている。 どこか他の場所は無いのか? 王都では、余りに目立ちすぎるぞ?」


「そこを閣下の御力で……」


「出来るとすれば、我が領内だな…… しかし、巡察隊がこの頃、頻繁に出入りしていると、報告が来た。 奴等の目をすり抜ける事は、容易では無い」


「ならば、巡察隊にまいないを渡し……」


「将軍である、あの(・・)ヒルデガンド侯爵の息の掛った部隊だ、露見したら、こっちが危ない」


「ムムム……」




 強い酒を更に煽る、恰幅の良い男。 頭の中では、独り言が回る…… ” 頃合いか? ” と。 「狡猾」と言われ、「悪魔」と謗られている ” その男 ”の、鼻はよく効く。 危険な香りと、財貨の香り…… どちらも、かれの胸に陶酔感を抱かせるモノだった。 


 しかし、今宵の会合は、財貨の香りが極めて薄い上に、危険な香りが今までになく強く感じていた。 ここ 三ヶ月の間、自分が作り上げた、巨大な商会が何者かによって、削り、そがれ、バラされている…… 結束の固さを誇る商会に楔が幾つも打ち込まれている様な……



 そんな、気がしていた……



 ” いずれにしろ、このままでは、良くは無い。 レーベンハイム侯爵にだけ頼っていくのは、些か危険かもしれん。 どうにか、宰相ウインストン公爵に繋ぎがとれないものか…… ”



 酒に濁った眼を、薄暗い天井に向け、誰にも聞こえないような溜息をそっと吐き出していた。






 ******************************






 フルリンダル学院において、ハリーストン第四王子の評判はすこぶる良い。





 品行方正、頭脳明晰にして、驕る事も、尊大に振る舞う事も無く、思慮深く優しいと、評判であった。 さらに、その外見は、実母である、アラフレア王妃によく似ており、輝く金髪に透き通った肌、何をしていても、人目を引くような整った顔立ち。


 光の貴公子と、呼ばれる程の人物であった。


 時折見せる、憂いを帯びた表情に、学院の女生徒達は、身分の上下を問わず 心を奪われ、一時でも良いから、彼の側に居る事を望んでいる。 しかし、彼の周りには将来の側近と目される、高位貴族の子弟が常に侍っている為、容易に近付く事が出来ない。


 遠目に彼を見る目に、熱が籠るのは必定であった。


 ハリーストン第四王子の周りに侍る四人。 常に四人の者達に囲まれ、周囲の雑念から程よい距離を取る事が出来ていると、彼は思っている。 彼等をして、ハリーストン殿下の壁と呼ぶのだった。 そう、ハリーストン第四王子は、学院という箱庭の中で更に小さな側近と言う名の揺り籠の中で暮していた。


 四人の側近とは…… 


 〇 ヒルデガンド将軍の孫である、ミストナベル。


 元はフルリンダル学院に学籍を持つ、子爵位を賜っている貴族であったが、祖父である将軍の勘気を被り爵位を剥奪された。 とある事件で、父親である軍務長官も同様に爵位、職位を剥奪され、祖父の領地の隅で蟄居中だった。 ミストナベル自身、フルリンダル学院退学させられた為、本来ならば、彼の側に居る事は出来ない筈であったが、学院の教官、高位の貴族、そして、周囲の信頼を置く者達からの嘆願により私設警護官として、ハリーストン第四王子自信が任命し、常に付き従うようになって居た。


 〇 マクシミリアン=ヨーゼフ=マクダネル子爵


 ミストナベルの父、元軍務長官であったバルバルド=イミーズ=ヒルデガンド元伯爵の友人でもあり、現国王陛下の学生時代の側近と名を馳せた、レイモンド=エルビン=マクダネル侯爵の二男。 頭脳明晰な彼は、フルリンダル学院において、座学では常にトップの成績を収めている。 その反面、武芸には余り興味が無い。 ミストナベルと共に、ハリーストン第四王子の側近として、常に側に侍っている。


 〇 ヘレナベル=ミスト=ルシアンティカ準司祭


 神官長を父に持つ、教会において強い影響力を持つ者であった。 祖父、父と二代続けての神官長の座を得ている為、「次代の神官長」と、貴族の間では噂されている。 父によりより広い視野を得るという目的で、他の貴族の子弟同様、フルリンダル学院で勉強している。 その為、一般の準司祭と比べ、貴族社会に精通してもいる。 ハリーストン第四王子の高潔にして、純真な人柄に惹かれ、彼と行動を良くとる様になり、今では側近の一人として周囲に認知されていた。


 そして、ハリーストン第四王子が、唯一側に居る事を許している女性……




 グローリア=メイ=フルブランド 伯爵令嬢




 彼女の姿が常に彼の側にあった……


 愛くるしい顔、庇護欲をそそる表情、なにより、ハリーストン第四王子を一心に見詰める、その瞳。 キラキラとした光あふれる瞳に魅了されたように、ハリーストン第四王子もまた、麗しい笑みをその顔に浮かべる。 他の三人の男達もその様子を楽し気に見詰め、邪魔するモノを威圧と共に排除していた。


 嫉妬に狂う周囲の御令嬢達の、視線をいとも簡単に跳ね除ける彼等。


 嫉妬されている事すら、彼等の鉄壁の壁の中にいる二人は気がついて居ない。 壁の中には、甘やかな香りしか存在しない。 見詰め合う二人の間に、他の人間の存在は無いのかも知れない。


 麗らかな、陽の光降り注ぐ、フルリンダル学院の中庭。 今日も彼等は彼等の世界の中で、彼等にとっての ” 有意義・・・ ” な、一時を過ごす。 芽生え育つ慈しみと、愛情…… 


 彼等を止める者は、だれも…… 居ない。






 ******************************






” 王に愛されて居るのは、間違いないの…… 四人の王子が何よりの証拠…… でも…… ”




 そう、呟くように言うのは、アラフレア=ミスト=ランドルフ。 この国の最高位の女性であり、常に敬われる立場の女性。 彼女の望む事は、何でも実現する。 宝石も、ドレスも、何もかも、欲しいと思うモノが有れば、何でも手に入った。


 でも……


 と、彼女は呟く。 満たされない。 どこまでも、何もかも。 自分が国王陛下の側に立つ事は、信じて疑わなかった。 アメリリア=フラール=エスパーニア辺境伯令嬢が、国王陛下の御婚約者だとしても、最後に国王陛下の側に立つのは自分だと自負していた。 


 しかし、アメリリア辺境伯令嬢は、アラフレア自身の目からしても、素質、努力、能力はもちろんの事、その容姿に至るまで、王妃として立つに十分以上の存在であった。 ……怖かった。 ……恐ろしかった。 国王陛下との未来を見る事が出来無くなる事が……


 そして、実兄である、モリアーティ=ドルド=レーベンハイム侯爵に訴えたのだった。




 ” ルードヴィック様の側に立ちたいの。 あの方以外に、わたくしの伴侶はいらっしゃらないの。 お願い御兄様、あの人の側に立つ為に、力を…… 力を貸して…… ”




 彼女の願いは、叶えられた。 モリアーティ=ドルド=レーベンハイム侯爵の力に依って。 そして、彼女は重い頸木を その細い首に掛ける事になった。 本来の聡明さと引き換えに愚鈍さを身に纏い、国王陛下の側に立つ事と引き換えに、兄 モリアーティ=ドルド=レーベンハイム侯爵の言いなりになる事を……



 受け容れた。



 もう、後戻りなど出来はしない。 全ては兄の云うがまま。 その地位にしがみつく為に、そうしなければならないと、自身の意思を押し包み……




 満たされぬ想いは、何故なのか。




 ふと、自分に微笑んでくれた アメリリア辺境伯令嬢の顔が目に浮かぶ。 常に優しく、常に真摯に、常に慈しんでくれた、好敵手(ライバル)



 「 殿下の御心が、貴女に有るのならば、致し方御座いません。 わたくしの想いは、貴女の想いほど純粋では御座いませんから…… 確かに、殿下の事は愛しております。 しかし、それと共に、この国も、この国の民も同様に愛しているのです…… 殿下への想いの深さでは、アラフレア様に及びません。 仕方のない事なのです………… お幸せに…… 」



 彼女と最後に逢った時の言葉が、脳裏に浮かぶ。 運命と云う物に翻弄された ” 彼女は ” 諦めと共に、王宮を去った。



 ” 勝った ”



 と、その時は思った…… しかし、それ以降―――


 彼女は心の底から、微笑む事が出来なくなった。 誰よりも王妃に相応しい方…… 誰よりも、国を想い、民を慈しんだ御方…… 私にも出来るとその時は確信していた…… やって見せると、王宮を去るあの方の背中に誓った。 陛下を助け、この国を護り、民草を慈しむ。 彼女の様に、いいえ、彼女以上にと。





 だが、どうだ!!!





 今にも泣き出しそうな、表情を浮かべる自分。 そんな自分を映し出す鏡…………


 手に持ったティーカップを思い切り投げつけた。


 粉々に砕け散る、豪華な鏡……


 鏡の有った場所に、有るのは漆黒の闇……





「コレが……わたくし…… なにも…… なにも無い…… 何も出来ない…… わたくし…… ゴメ…… ン…… ナサイ…… 」





 呟くように口に出る、悔恨と嘆き。 その呟きは、誰も聞く事は無く、豪華な「王妃の間」の闇に吸い込まれていった。







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[一言] 誤記と推定されます箇所 第四王子自信が任命し、 →第四王子自身が任命し、
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