19. 伯爵令嬢と大聖堂の奇跡
王都ハイランドにある、大聖堂。
晴れ上がった青い空の下、白く聳える祈りの城。 いやぁ、流石、王都ハイランドにある、教会の総本山だこと! 凄いよ、豪華よ、これ見れただけで、王都に来たかいがあったよ。
高い的にはステンドグラスが嵌って、キラキラしてるしね。 こんな豪華な聖堂って、王都以外ではみれないもんね。 なんか、ルンルンになるね。 長い幅の広い白い階段を、えっちらおっちら、歩いて上がっているのよ。
この階段には、貴賤の差は無いって言うのが建前。 王族様達は、王城から裏道通って、入口まで、平坦な道を歩けるらしいんだ。 なんか、ブー だよ、ブー!
でも、この建物を見たら、そんな事なんて、どっか飛んじゃうよ。 凄いんだもん。 ほんと、凄いんだよ! 思わずレイさんに、呼び掛けちゃったよ!
《 レイさん、こんな素敵な建物、見た事ある?》
《 ……ええ、あるわ 》
《 ええええ! 何処で? 私 記憶に無いよ!!》
《 フリージアの記憶には無くても、私の記憶に有るのよ。 御伽噺の挿絵でね 》
《 そ、そうなの 》
《 ええ、楽しんでいるのは判るんだけど、ちょっと、気を付けてね 》
《 どういう事? 》
《 この大聖堂でね、御伽噺で重要な事が有るの。
《 な、何かな…… 》
《 御伽噺の中でね貴女の異母姉妹が、この大聖堂で光の精霊様を顕現させるの。 御伽噺の中の貴女が、癇癪を起して、貴女の異母姉妹につかみかかって、罵倒してる時ね。 光の塊が降臨して、中から光の精霊様が顕現するのよ。 貴女の異母姉妹の身体は光を纏っててね、彼女を伝説の「 聖女様 」 と、位置づける出来事なのよ 》
《 へえ、その子、そんな「 力 」有るんだ。 結構、魔力持ってかれるよ、アレって。 あぁ、精霊様の方から来られたら、そうでも無いのかな? 》
《 判らないのよ。 その辺りの事情が。 貴女の異母姉妹には、「九の宮」の血は一滴も流れていないわ。 そんな人に精霊様を降臨させる 「 力 」 が、有るとは思えないのよ。 なにか…… 違和感があるの 》
《 でも、御伽噺では、降臨、顕現させるんでしょ? 私が出来るんだから、その子だって…… 》
《 無理よ。 容易く出来るような事ではないもの…… なにか有る筈なの。 ―――私は、感情を爆発させた貴女が原因だと思うのよ。 御伽噺では、其処の所はぼやかされててね。 貴女の異母姉妹が 「 聖女様 」 ってのが、前面に押し出されて、精霊様の顕現が何故その時に発現したか、だれも詮索しないの…… ココで、貴方になにか「良くない事」が、起こりそうなのよ 》
《 あっ!! 》
《 どうしたの? 》
《 もしさ、この「予見」が当たるとするとね…… 》
《 うんうん 》
《 私、初めて、異母姉妹に会う事になるの! どんな子かなぁ~~ 》
《 あ、貴女って…… そうね、フリージアって、そういう人だったものね。 なんか心配して損しちゃったわ 》
そうよ、初めましてだよ!! まぁ、その前に神官長様の審問と、ハリーストン殿下に御会いしなくちゃなんないけどね。 王都に着いてから、三日目。 そう、今日も今日とて、お仕事なんだよね。 御領地の神殿で起こった顕現を証せないといけないのよ。 その為には、神官長様とお話…… つうか、審問なんだよ。
私が何を見たのか、どんな状況だったのかとかね。
勿論、辺境の境界の司祭様とは別々にね。 口裏合わせて虚偽申告出来ない様にね。 まぁ、時々有るんだって。 教会の司教様と、貴族の人が口裏合わせて、「 奇跡の認定 」 を、受けようとする事がね。 でもさぁ、嘘ついたって、すぐにバレるんだよ。 だってね、その審問するの、オンドルフ=ブアート=ルシアンティカ神官長が自らするのよ?
嘘つくなんて、あり得ないでしょ?
神官長ってね、世襲じゃ無いの。 精霊への真摯な祈りが認められて、任命されるの。 枢機卿って人達が集まってね、みんなの意見を纏めて、それで推挙されて国王陛下がお認めになるの。 そりゃ、人が運営している組織だから、何かしらの恣意的なモノは有るんだけどね。 でも、やっぱり、そこは「教会」っていう、世俗とは離れた世界でしょ?
だから、あんまり高位貴族さん達の思惑は入り込め無いって言われてるわ。
ルシアンティカ神官長は珍しく、彼の親御さんも神官長として長らくその御役目についていた方なの。 親子二代続いた事って、珍しいんだってさ。 特にルシアンティカ神官長には厳しい目が付き纏ってたんだって。 なにか邪な事をしたりすれば、一発で露見するんだって。 それでも、枢機卿さん達が、全会一致で推挙されたって事を考えると、とっても信仰厚い人って事になるんだよね。
だから、彼が神官長になってからは、ズルする人は激減したのよ。
” なんでも、お見通しだぁ~~~ ” っていう、目で見られるらしいのよ。 だから、嘘はいけない。 実際に見た事と聞いた事だけをお話するのよ。 簡単なお仕事よ。 やましい事が無ければね。
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「審問の間」には、ルシアンティカ神官長を含む枢機卿さん達が、十二人も居たんだ。 皆様、生真面目で、厳かな表情をされているの。 私がその部屋に通されて、着席してから入ってこられたのよ。 私には従者一人付けて貰えないの。 単独の審問なのね。 判った……
「それでは、オーベルシュタット辺境領、領都クナベル アンタークテ神殿における、精霊様の顕現に関する審問を執り行う。 フリージア=エスト=フルブランド 精霊様に誓って嘘偽りなく、証言する事を誓うか?」
「誓います」
「宜しい。 では、まず初めに――――」
ルシアンティカ神官長のご質問が始まったの。 顕現された日、場所、状況の報告を求められたの。 覚えている限り、しっかりとお返事するのよ。 まぁ、最近の事だから、忘れて無いけどね。 精霊様の御名前とか、どんな姿をされていたのかとか、色々と御尋ねになったわ。 綺麗な女の人だったし、まず忘れないわよ。 眼を見て答えるの。 だって、なにも疚しい事ないもの。 事実をお話するだけだもの……
「フリージア、最後に一つ聞く。 他の精霊様について、どんな御姿かご存知か?」
「いいえ、神官長様。 わたくしは、精霊様の御顕現を初めて見ました。 とても、高貴な御姿でした。 初めての事ですので、他の精霊様がどんな御姿をしていらっしゃるのかは存じ上げません。 御顕現の後、領都の図書館で、精霊様についての文献を読ませて頂きましたが、精霊様の御姿について書かれたものはありませんでした」
そうなのよね。 どんな精霊様がいらっしゃるかの文献は有るんだけど、どんな御姿をされて居るのかは、一切記載されていないのよ。 顕現する度に違う御姿なのかな? ちょっと不安に思うじゃない。 本物の精霊様かどうか……
「わたくしは、大地の精霊 ” グランダニア ” と、名乗られた精霊様を見ましたが、あの方が、本当に大地の精霊様であると、確信をもって言い切る事は出来ません。 ただ、彼の高貴な御方がそう仰いましたので、そうであると信じるまでです」
「ふむ…… 大地の精霊 ”グランバニア ” 様と確信を持てないという根拠は?」
「はい、わたくしが見て、聞いた事柄は事実です。 しかし、それは、あくまでも、彼の高貴な御方がそう云われただけに御座います。信ずる事は出来ますが、確証が持てないとは、そういう意味に御座います」
「なるほど。 フリージアは、見た事、聞いた事を正しく伝えようとしている…… ご自身の主観を極力排しておられるという訳ですね」
「御意に。 わたくしの意思による、” 願望 ” では無く、この審問に応えらる、 ” 事実 ” をお知らせしたく思いました」
「よろしい。 よく理解しました。 これにて審問を終わります。 ご苦労様でした。 結果は後日、アンタークテ神殿へ知らせましょう。 ―――ご心配には及びませんよ」
「有難うございました」
よし!! 通った!!! 多分、「奇跡の認定」は降りたね! やったね、司祭様! これで、大手を振って、精霊様降り立つ教会って名乗れるよ!! よかったよね! 万々歳だよね!! はぁ~~~、お仕事、全う出来たよ……
さて、今度はっと! あぁ、こっちね。 モリガンに連れられて、別室に移動。 ちょっとした応接室ね。 ここで、待ってれば、ハリーストン殿下がいらっしゃるって寸法ね。 わかった、静かに待ってるよ。
王都に出て来る前にね、お手紙書いたんだ。 日程と、予定とをね。 お逢い出来る日を、お待ち申し上げます! ってね。 まぁ、礼儀だよ。 外交辞令だよ。 別に期待なんてしてないよ。 だって、お忙しいでしょ? でもさ、お返事が有ったんだよ。 それも、特急便の魔導通信でね。 簡潔に、予定を入れてくれたんだ。
ダイストロ=マリアーク=ヒルデガンド将軍閣下の通信兵から伝達だったよ。 軍事通信だったら、ほぼ即日届くもんね。 へぇ…… あの人がねぇ…… どこまで、本気なんだかっ! って、思っちゃったよ。 なにせ、言動不一致をされるんだものね。 何かと理由を付けて、やっちゃいけない事を、横車押してるのよ。
王族ってだけに、誰も制止できないし、また、利用されてもいるんだよ。 遠い、辺境の地からでも、よくわかるよ。 はぁぁぁ…… そう云う方が、私の婚約者。 あと、一年程で、婚礼なんだよねぇ…… なんか、ねぇ……
じっと待つの。 モリガンが、時間を気にし始めてるの。 この後の予定もびっしり詰まっているもんね。 だって、中々出てこない王都だから、御爺様とか、ミネーネ様とか、色んな方にお願いされている案件がたっぷりあるのよ。 会わないといけない人とか、行かなくちゃけない場所とかね。
この後の用件って…………
「大聖堂、祈りの間にて、王太子妃殿下、並びに ミストラーベ公爵夫人 と、御一緒にお祈りを捧げて頂きます。 特にと、念を押されております故、遅参は許されません」
「……そう。 時間の余裕はいかばかりなの?」
「あと、三十分ほど……」
「短時間の御顔合わせという事に成りましたね」
「予定時間を随分と過ぎても、いらっしゃいませんから……」
「そうね、お忙しんだと思うわ」
「御意に…… しかし、もうそろそろ、お嬢様も……」
「判ったわ。 また、次回って事に成りましたわね」
そう云って、立ち上がろうとすると、扉がノックも無しに開かれたの。 ちょっと、虚を突かれたよ。 え、誰? 何しに来たの? ハリーストン殿下の先触れ? にしては、豪快に無礼噛ましてくれてんのよねぇ?
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軍服と見間違うような、良く出来た式服を着た、デカい男の人が、目を怒らせて立ってんのよ。 ほんと、不躾。 部屋の入り口に立って、怒気をみなぎらせててね。 モリガンが思わず戦闘態勢に入っちゃったよ…… アレ解くの大変なんだぞ? ほんと、だれ? って、顔を見ると、見た事有る様な……
「貴様が此方に来ていると聞いて来た。 何故此処にいる!!」
また、デカい声だ事! そんなに叫ぶように言わなくったって、聞こえてるわよ。 あぁ、思い出したよ。 大天幕の中で、ガタガタ震えて、色んな汁漏らしてた、お馬鹿さんじゃん!
「ミストナベル=エイランド=ヒルデガンド様に御座いますか。 御久しゅう。 此方には、ハリーストン殿下に呼ばれてまいりました。 たしか…… 貴方は、殿下の私設警護官に成られたと聞き及びますが? 殿下の先触れでしょうか? にしては、不躾な方ね。 それで殿下は、こちらにいらっしゃるのかしら?」
「お前のような女狐に、大切な殿下を逢わせる訳にはいかぬ!!! 殿下には大聖堂に向ってもらった。 あぁ、ヘレナベル=ミスト=ルシアンティカ準司祭がご案内している。 此処は聖堂だ、俺の警護は必要ない。 だから、お前に一言、言いたくて来た。」
「……そうで御座いましたか。 では、わたくしに、なにを仰りたいので御座いますか?」
「お前のせいで、爵位を失った。 父上も軍務長官の地位と家名を失った。 おかげで、我が家は没落したんだ!!! この、悪魔め!!! お前の様な者が、尊きハリーストン殿下に近づく事など、俺が許さん。 近づけば、この剣の錆にしてくれる。 何処となりと行け!! 再び、俺の前に出て来れば、容赦はしない!!!」
馬鹿だ。 こいつ、本当に馬鹿だ。 この婚約は王家の方から言い出した事。 私からじゃない。 そっち側から見たら、私は極悪人に見える様だけど、この国も「法」から見れば、お前らが極悪人だ。 温情を以って、見逃されているって、なんで思えないかなぁ…… 脳ミソまで、筋肉製なのか? 法典、規則、諸々の約束事…… 理解してないんだろうなぁ……
あっ、なんか、ヤバそうな雰囲気がする。 主にモリガンから。 ちょっと、手を揺らして置くよ。
冷たく、冷え切った目で、ミストナベルを見てたんだ。 ん? さっきなんか、おかしげな事言ってたよな。 たしか、ヘレナベル=ミスト=ルシアンティカ準司祭が連れてったって…… 神官長様の所の長男さんじゃないのか? 準司祭って、そんな役職も貰ってるって事は、もう聖堂の司祭の一人ってことだろ?
いいのか? まぁ、政治的に第四王子ってのは、其処まで重要な立場じゃないし、友人関係ならば、見逃してもらえるのか? しかし、王族の側に付くってのは、教会関係者として、マズくないのか? 世俗の権力と容易に結びつくって事で、たしか、司教になるまでは貴族、王族の側に付く事は禁じられていた筈だよね。 一心に精霊様への祈りを捧げよって、そう教会では教えられてる筈……
ん? どういう事? レイさん、なんか知ってる? 知ってたら、教えて欲しいなぁ…………
《 ヘレナベル=ミスト=ルシアンティカ準司祭は、貴女の異母姉妹の取巻きの一人。 心の闇を彼女によって癒されているわ 》
《 へっ? 準司祭なのに? 特定の女性と親密になっていいの? 》
《 そうよね、おかしいわよね。 でも、それが御伽噺の筋立てなのよ。 「 聖女様 」に付き従う、敬虔な神官って事になるわよ、きっと…… 》
《 ……予見なの? 》
《 たぶんね。 排除された筈の、ミストナベルが、貴女の前に居るのも、きっとそうね。 王都では、御伽噺が随分と 「 力 」 を、持っているみたいね 》
《 ……そうなの 》
物思いにふけってしまった。 焦れたミストナベルが、私に向って吠えるのよ。
「何をぼっとしている!! コレだから、愚鈍な辺境の者は好かんのだ!!! さっさと出て行け!!!」
いや、お前が此処から出て行けよ。 扉の前でデカい体、晒してんじゃねぇよ。 ぶっ飛ばすぞ? でもまぁ、いいや。 ここで遣り合う時間が惜しい。 私には色々と、しなきゃならない事が有るんだ。 ばっちり、カテーシー決めとくよ。 これ以上ないって感じでね。 本来する必要も無い事なんだけど、淑女の礼として、しといてやるよ。
ぷんすか怒りながらも、ミストナベルは、大聖堂の中で何かすると、ハリーストン殿下に迷惑が掛かるってのは理解してたみたい。 踵を返し、大股でお部屋を出て行く。 そこには一片の礼儀も作法も無い。 あぁ、奴は貴族の誇りすら無いんだ。 殿下…… あんなの、周りに置いといたら、いずれ足を掬われますよ?
モリガンに至っては、剣呑な気配を、なんとか押し隠そうとしてたよ。 呆れ果ててたんだね。 私だってそうだから、よく理解してるよ。 アイツの云った言葉は、本来なら手討ちにしても、問題は無い程なんだからね。 大聖堂の中で良かったじゃん。 命拾えて…… これが、他の場所だったら、確実に首が落ちてたよ。 モリガンの殺気が薄く、鋭く伸びてたんだ。
ハンドサインで、押さえてたんだよ。
其れすらも、判って無いよね、奴は。 おめでたいね。 だから、爵位失うんだよ。 ホントに、ホントに、馬鹿だね! さぁ、私達の時間だ。 もう、馬鹿の相手するのやめよう。 お仕事の時間だしね。
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時間通り、約束の場所。
王妃殿下と、公爵夫人がお忍びで来られる、大聖堂の祈りの間。 高位貴族様たちも入れない一角に、私はご招待されていたんだ。 モリガンも、流石について来れない場所。 ちょっと薄暗くて、静かで、……さむい。 聖壇の方に向ってのみ、開かれる個室のような場所なんだよ。 静かに待ってるの。 聖壇の奥に、五色の聖布が垂れているの。 窓から、僅かに風が入り、ゆったりと聖布が揺れる。
五色には、定根、金剛、精進、清浄、忍辱の意味が込められているんだって。 聖壇の周りには、清々しい風と、清浄な空気が取り巻いているんだ。 正に、精霊様に祈りの捧げる場所。
そんな場所に、にぎやかな一行が入って来た。 口々に、軽口を叩き、静謐な空間を汚染していく。 おい、こら、お前ら。 此処はピクニック会場じゃねぇぞ? 口を慎め!! そう、心の中で念じるくらいの音量と、騒々しさだったんだ。
にも拘わらず、誰も注意すらしない。 という事は、注意出来ない立場の方々か…… 私の立つ場所からは、彼等の姿は良く見えない。 だって、聖壇の方向いてんだんもん、この小部屋。 チラりと姿が見えた。 明るいゴージャスな金髪で、光を帯びた様なドレスを纏った女性を中心に、これまた、キラキラした空気を纏った、見た事のある人影の四人の男達。 まだ、後ろの方に一杯いる気配はあったんけど、姦しいのはその五人。
ガヤガヤとした話を総合すると、学院の授業の一環で、精霊様にお祈りに来たらしい。 高貴なる人と御一緒出来るのは、大変名誉な事だとか、云ってるからねぇ………… 誰が其処に居るのか予想は付いたよ。
そうだよ、ハリーストン殿下のクラスの人達だったよ、祈りの間に入って来たのってね。 それに、聖壇近くに居たのが、当のご本人とその取り巻き達。 それと、お気に入りの女性かなぁ………… と、言う事は、あのゴージャスな金髪の女性が……
――― グローリア=メイ=フルブランド 伯爵令嬢 ―――
私の異母姉妹って事ね。 よ~く、見ておこう! ふむふむ、成る程。 ん? あのドレスの生地…… あれ、発光シルクじゃない? まだ、王都でも、ごく少数の反物しか売りに出て無かったような…… 発光シルクの生産地って、アントーニア王国の西部…… 例の迷宮の近くに一ヶ所だけよ。 それも、生産が始まったばかりで、まだ試供品しか出回ってない筈。
そもそも、あの発光シルクの糸を作り出せる ” グロークローラ ” って魔虫は、迷宮の深い場所にしか生息して無くて、生きたまま捕獲して持ち帰るのに 物凄く苦労したって聞くよ? あれだけは、辺境領の商人に、取り扱わせて呉れなかったもん。 良く知ってるんだよ。 だってね、アントーニア王国の商会ギルドの商人が、試供品を我が国の王都ハイランドに持ち込む際に、オーベルシュタット辺境領、領都クナベルに、一反だけ ” 見本です ” って置いてって呉れたんだよ。
大事に大事に、取ってあるよソレ。
それを、惜しげも無くふんだんに使ったドレス………… 一体、幾ら掛ったんだ? 街道丸ごと一本分とかに相当するんじゃないかな? それを、法衣伯爵令嬢が着てるの? 有り得んでしょ…… いや、百万歩譲って、誰かに贈ってもらった…… って考えたら…… 幾ら高位貴族でも、そうおいそれとは手が出ないでしょ。 つまりは…… 王家…… くらいしか、思い浮かばないね……
チラリと見えた男性は、にこやかに笑うハリーストン殿下。 その腕に手を絡ませているのが、グローリア=メイ=フルブランド伯爵令嬢。
ほほぉう! そう来たか。
レイさんの予見…… 御伽噺だったら、ここで、私が激昂してつかみかかる。 そんな暴挙を彼等は見て、さらに私に嫌悪を覚える。 うん、そうだったよね。 でもさ、私、怒って無いし、悲しくも無い。 どちらかと言うと、 ” あぁ、やっぱりね。 ” って感じだったよ。
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小部屋でその様子を伺っていると、王太子妃殿下と、公爵夫人が入ってこられた。 私をにこやかに見られた後、騒いでいる学生たちに、困った表情を向けられたのよ。
「子供じゃ無いんだから……」
ぼそりと呟く、ミストラーベ公爵夫人。 結構、年は近いと思うんだけど、流石は一児の母。 落ち着いてるよね。 まぁ、なんだ、ほっとこうよ。 今日は、ミサーナ王太子妃殿下の為にお祈りしようって、来たんだから。
是非とも、健康な男児を。 母子ともに健康で健やかに居られますようにってね。
そうこうしていると、ルシアンティカ神官長が入ってこられたんだ。 ミサの時間が始まるんだ。 清らかな鐘の音が、祈りの間に響くの。 その音を聞いて、私は静かに膝を付き、両手を胸の前で組むの。 高貴なる方々の後ろでね。 この場所だったら、誰にも見られないんだ。 だから、一心にお祈りできるんだよ。
五色の聖布がはためくの…… やっと静かになった祈りの間。 私は精霊様の気配を感じつつ、お願いしたんだよ。
《 どうか、王太子妃殿下に御子を。 辛く苦しい道を歩まれてきた、ミサーナ様に光を、授けて下さい。 お願い申し上げます。 この国の未来に光を伏し願奉らん 》
身体が熱い。 何かに同調する。 一気に魔力が減少するの…… わかる。 かなり、大量に持っていかれた。 や、ヤバい!! これ、例の奴だ!!! 意図せずに、またやっちまった!!! あの時と同じだ!!
清浄なる空間で、真摯に祈ると―――― 顕現するんだ!!
こ、これが 顕現の切っ掛けだったんだ…………
五色の聖布が大きく風を孕んだかと思うと、光の塊が降臨したんだ。 そう、アノ時と同じ。 そして、同じように、光の中から、一際 美しい女性が生まれて来たんだ。 黄金の髪、抜ける様に白い肌。 この世のモノでは無い、美しく神々しいお顔…… 薄衣を身に纏われ、にこやかに辺りを見渡すのよ。
そして、小部屋の方に顔を向けられたの。
頭の中に直接響くように声がする。
” そなたたちの、真摯な祈り、確かに受け取った。 この国の未来に祝福を! 祈り捧げられし真摯な思いに報いを。 我が名は光の精霊 ” ルーチェスリヒト ” 巫女の願い、聞き届けし我が、汝の想いを受け、彼の者に祝福を授け、 「 加護 」 を与えん ”
ワンワンと頭の中に響き渡る声。 にこやかに微笑まれる、光の精霊 ” ルーチェスリヒト ” 様。 精霊様の視線の先に私が居るんだよ。
あ、有難うございます!!!! う、嬉しいです!!!
って、精一杯のお祈りを捧げるの。 王太子妃殿下の身体が、ボンヤリと輝くのよ。 うん、加護の光だよね、それ……
光の精霊様の視線の先に私が居た事に気が付いたのは、ミストラーベ公爵夫人。 バッって感じで振り返られてね。 私自身がボンヤリと五色に発光してんの、見てらっしゃるのよ…… 頷くしか無いよね。 がっちり、ミサーナ王太子妃殿下に光の精霊様の加護が掛かったんだもんね…………
「フリージア……」
「この事は、ご内密に…… 騒がれたくは、御座いません。 教会関係者にも…… なにより、あの方々に…………」
私の視線の先に居たのは、私の異母姉妹。 発光シルクが、光の精霊様の後光を受けて、眩しく光り輝いているの。 周囲の生徒達、それに、神官さん達が、大騒ぎしてんだもの…………
「「「 聖女様だ! 」」」
「「「 聖女様が、光の精霊様を召喚された!!! 」」」
んなわけ無いよ。 召喚なんてねぇ…… いつも、私達の周りにおわす、精霊様が特殊な環境と魔力で、顕現しただけの事。 そう、常におわすのよ…… 常にね。 だから、信仰は真摯に、厚く、そして絶え間なくって事なのよ。 眼に見えるモノだけが全てじゃない。 より深く、より広く…… 心を無垢にして、一心に祈るのよ……
でないと…… ああなるの……
「「「 聖女様!!! グローリアは、聖女様だったんだ!!!! 」」」
喧騒に包まれ、興奮の坩堝と化した大聖堂、祈りの間。 いまも尚、心安らかに祈りを捧げているのは、私と、ミサーナ王太子妃殿下の二人だけ。 精一杯の御祈りが終わり。 徐々に光の粒になって、虚空に溶け込んでいく光の精霊様。 その様子をご覧になったていた、ミサーナ様が呟くように仰ったのよ。
「ねぇ、ティアーナ。 フリージアが祈ってくれたのよ。 私の為に…… この国の未来の為にね……」
「ええ、御義姉様。 ……そうね。 フリージアが、加護を導いてくれたのね……」
「勿体なく…… そうであれば、嬉しいですわ」
そんな私達を、見詰めていたのは……
騒がしい祈りの間の、聖壇に佇む、オンドルフ=ブアート=ルシアンティカ神官長だったの。 私の事は良く見えないけど、ミサーナ様、ティアーナ様の事は良く見えたらしいの。 深々と、頭を下げ、王太子妃殿下に臣下の礼を捧げてたのよね…………
そう、加護を受けられたのは、ミサーナ王太子妃殿下。 私は、ただ、祈っていただけなんだよ。 今回も、これで押し通そう! うん、そうだね。 それが、私にとって、私の平和。
私らしい選択って事よね。
祈りの間に轟く、「聖女様」を称える声。
アレは……
多分…………
勘違いするね。
きっとね。
物語は、加速します。
次回、辺境に戻って。 (予定は未定。