18. 伯爵令嬢は、大事な人を癒す。
肚の探り合い。 チョットとした言葉の、軽い殴り合い。
まぁ、そんなもんだよね。 ほら、高位貴族さん達からすれば、伯爵令嬢なんてものは、吹けば飛ぶような存在なんだよね。 ちょっと威圧懸ければ、すぐ泣くし。 きちんと圧迫すれば、失禁して気を失うのよね。 レイヴンが言ってた。
やんちゃな、男爵令嬢とか、子爵令嬢が、公の舞踏会なんかで、高位貴族さんのトンデモ圧力に屈して、泣きながら、夜の街に消えてったって事が、何例も有るんだとさ。 受け止めなければ、自身の転落。 かといって、反撃すれば、御家断絶の危機。
いやぁ~~~ 女の闘いって、こうでなくっちゃね。 言葉の刃による、致命傷の奪い合い。 まぁ、外交戦ってのは、まさしくコレなんだけどさぁ。 予期してなかった、 ” 御茶会 ” に、ちょっと焦ったよ。 まぁ、肚さえ括れば、どうって事無いしね。 この方々が直接手を下すわけじゃ無いし、不敬をやらかさなければ、御不興を買わなければ、まぁ命の安全は保障されるよ。
人物的評価はされないけどね。
今、この中庭にいるのは、王太子妃殿下、公爵夫人、それと私。 侍女はかなりの距離をとっているんだよ。 いわゆる人払い状態ね。 つまりは、探り合いながらも、それを公にするつもりは無いって、意志表示なわけだよね。 王太子妃殿下の個人的な御茶会にご招待されてるって寸法ね。
多分―――
多分だけど、この尊い身分の方々は、私の事を自分たちの目で「見極めよう」と、されているんだと思うのよ。 レイヴンからね、もらった情報があるんだよ。 王妃殿下が外交関連の御茶会を開催できないって言う事情でね、そっちの関連の行事は、このお二方が担われているってね。 つまりは、この方々は、外交交渉の最前線に立たれているって事。
そりゃ厳しい目にも、なるわよね。 このままいけば、第四王子の妻になる私。 その私の力量を図る上で、最良且つ最短な方法は、実際に ” お茶会 ” に招き ”実際と同じような肚の探り合い ” を、すること。 私のすべきことは、不敬にならず、話題を回し、情報を引き出しながらも、自分の事は言わないって技能なんだよ。 下手こきゃ、王妃殿下がしなきゃならい事をする為にね。
普段の、お二方の相手は、 ” 海千山千の古強者の他国の外交官 ”
生っちょろい事してたんじゃ、あっという間に食い込まれて、この国がトンデモナイ不利益を被る事態にもなりかねないんだ。 まぁ、生きた ” 見本 ” が、国王陛下の御傍にいらっしゃるからねぇ。 相当、危機感を覚えていらっしゃるのね。 判るわぁ~~~
だからこその、会話の ” 殴り合い ” なのよ。 嫌じゃないよ、こういうのって。 ヒリヒリするような緊張感が、戦場で万軍と相対している様な気分になるもん。 最初はビビったけど、理由さえわかれば、対処は可能。 ロッテンマイヤー女史の薫陶はここに成果が出てるんだ。 困難な立場になれば成る程、闘志が湧き出してくるんだ。 やっぱり、何処まで行っても、私は ” 辺境の子 ” だよ。
少し、雰囲気が変わったんだよ。 そう、空気感がね。 私の事を「侮り難し」って、判断されたんじゃないかな。 優雅な御茶会の中、押せ押せムードのお二人が、慎重になったのは、その証拠。 にこやかな微笑みの裏で、私を試しつつも、なかなか尻尾を出さないから、そう認識しつつあると思うのよね。
―――私が十分な王族教育を受けて来たってね。
ははっは! ロッテンマイヤー女史の課題は、こんなもんじゃねぇぞ?
^^^^^^
最初にさぁ、お茶菓子を勧められたじゃん。 ここには私たちしかいないんだ。 侍女さん達ですら遠ざけられているんだ。 という事は、私が尊い方たちの毒見をしなきゃならんって事だ。 その証拠に、お二方は、私が食べたものしか、召しあがらない。
だから、私はテーブルの上の茶菓子を一通り頂いたんだよ。 おいしいしね。
でもさ、” 毒見 ” の役割、忘れちゃいないよ。 掌に、【毒検知】の魔方陣を描き出して、ナプキンで目隠しして、その上にまず茶菓子を置いてから食べるようにしてるんだ。 この魔法はレイヴンとモリガンに教えてもらった。
ほら、前に御爺様がお隣の国の侵攻を撃退した褒美に、王城に招かれた事あったでしょ? あの時の晩餐会に、レイヴンたちが使ってた魔方陣なのよ。 使えるやつなのよ。 毒殺を避けるうえでは、とっても有効な魔方陣なの。
でね、お二方にわからない様にそれ使って、全部一通り確認したのよ。 お茶もね。
” 毒 ” は、検知されなかった。 まぁ、そうなんでしょうね。 当然よね、私たちに出す前にきっちりと調べてあるはずなんだもんね、意図的に使用人さん達の誰かが、とっても高位の人の命を受けて混入させなけりゃ、普通の手順じゃ 「 毒を仕掛ける 」 なんて事出来はしないものね。
” 毒 ” は、検知しなかったけど、 ” お薬 ” の気配があったんだ。
マドレーヌに仕掛けてあったんだ。 ごく弱いモノだけど、蓄積型のお薬。 長期間、ちょっとづつ摂取し続けていれば、効能はバッチリ出るやつ。
《避妊薬》 なんだよね、それ。
お薬関連の知識は、ロッテンマイヤー女史じゃなくて、モリガンが教えてくれてた。 王族の教育の中でも重要な事柄って事でね。 これは、ロッテンマイヤー女史にも言われていたんだ。 その道の一人者って事で、モリガンが先生になってくれてね。 いや~~~参ったよ、あんときは。 耐毒性を持つ為に、色んな毒を、食事とかおやつとかに仕込まれてね。
危ない奴もあったんだ。
” 御自分で検知できないと、死にますわよ? お嬢様? ”
ってさ、おなか痛くなって、ウンウン唸って脂汗流してる私に、にこやかに微笑みながらそう言ったモリガンの貌。 忘れる事なんてできないよ…… そんなモリガンが、教えてくれた厄介な「お薬」の一つが、コレだったんだよ。
お話の合間に、王太子妃殿下も、公爵夫人下も ” 男の御子 ” を、望まれているってのが、わかってるんだ。 誰かの差し金だなぁって、思ってね。 さりげなく、マドレーヌだけは、お二方から遠ざけてたんだ。
「そのマドレーヌも、美味しそうですわね」
「ええ、王妃殿下の者が持ってきてくれました。 王妃様からの御心遣いだそうですわ」
「ならば、頂かないと いけませんわね」
にこやかにそんな事言ってるよ。 ダメだよ、それ食べちゃぁ…… 言おうか、言うまいか、めっちゃ悩んだ。 でも、悩んでも答えなんか出ない。 悩んで、悩んで、悩み切ったところで、御爺様のお言葉を思い出したのよ。
” いいか、フリージア。 何か判断に迷うことがあった時には、この国に何が必要かと考える事だ。 自然と答えは出てくる。 人が何を想おうが、お前の中で何が必要か判断すればよいのだ。 この国と民の為に出来ることを成す。 いいな、それが肝要だ ”
そうね、この国は安定してると思うわ。 でも、未来は不確定。 その最たるものが、王太子様に男御子がいらっしゃらない事。 つまり、私がここで沈黙を護ると、国の未来の為にはならない。 そう、だから言わなくちゃならないのよ。
「大変失礼では御座いますが、こちらのマドレーヌは、お二方に置かれましては、召しあがらないで頂きたいのです」
「あら? 何故?」
「わたくしは、このランドルフ王国の民で御座います。 王家に忠誠を誓う臣下でも御座います。 王家の未来を担う方の誕生を心からお待ち申し上げています。 そのマドレーヌをお召し上がりになると、未来を担う方を失う事になりかねません。 差し出がましいとは思いましたが、言上いたします」
テーブルに付いたまま、着座での最高礼をお二人に捧げるの。
顔を見合わせ、眉間に深い皺を作りながら、お二人は頷かれるの。 憂慮すべき事態が進行中って、お判りになったみたいね。 御二方のお身体を害する…… いや違うね、王国の未来を潰す策謀って奴にね。
「フリージア、このマドレーヌの中に何が入っているの?」
「答えて。 この場には私達三人しかいません。 はっきり言って構わないわ」
「お恐れながら……申し上げます。 そのマドレーヌには、特殊な「お薬」が入っております。 微量ですが、恒常的に摂取されますと…… ご懐妊の可能性が著しく下がります」
「!!!!!!」
「!!あの方は!!!!」
二人の御顔が青ざめるのよ。 「あの方」って言われるところを見ると、指示を出された方に、御心当たりがあるようね。 まぁ、私も想像は付くんだけどね。
王妃殿下だよね、それって。 あの方、ご自身の実家の連枝の御身内から、王太子様の側妃に我が娘をって、云われてるもんね。 あの方、ご実家大事だもんね。 そのうえ、王妃殿下のご実家の方々って、絶大な権力をお持ちのくせに、さらなる権を得ようとされてるって、有名だもんね。
はぁぁぁぁ
なんだよ、ココは…… 姑が、嫁に、不妊薬飲ませるって…… 王国を潰したいのか? まったく………… 私の言葉に、顔色が青くなる御二人。 そう云えば、御成婚の後、直ぐに懐妊された王太子妃様。 体調不良で、残念な事になっちゃってったんだっけ…… その後、五年…… 現在に至るまでご懐妊の兆しなしって言うのも、あの方の……
そんな事を考えてたら、ちょっと意識飛ばしてた。
「あ”ぁぁぁぁ」
あっ、ヤバい!! 王太子妃殿下の様子がおかしい! 耐えて耐えて、耐え抜いていた何かが、崩壊したって感じだ。 公爵夫人も、オロオロとしてね、周囲に目を配って、侍女達を呼ぼうとしてる。 私も素早くモリガンを呼んだよ。 でもさ、ここは極私的空間。 医務官だって、薬師官だって、常駐してないんだよ。
ほんとヤバいよね。 今ここで、王太子妃殿下が人事不肖になったり、暴れ出しちゃったり、感情を爆発させちゃったりしたら、それこそ王妃殿下の思う壺だよね。 王国の社交外交にだって、甚大な被害が出るんだよ。
……ランドルフ王国、存亡の危機……
ふと、そんな言葉が頭に浮かんだの。 ならば、私が成すべき事は一つね。 ” 王国が危機に瀕する時、辺境の民は危機に立ち向かわん ” 御爺様の薫陶は、私の一番大切な心の根っこになってるのよ。
「ミサーナ様、お気持ちを しっかり持ってください。 失礼とは思いますが、緊急の時です。 お許し下さい」
「え”ぇぇぇぇ、あ”ぁぁぁぁ」
言葉に成らない、王太子妃殿下の声。 怒りと悲しみに狂気が混ざり、自分を失いかけているのよ。 見た事有るんだ、こんな人。 戦場でね、手足を失った兵士が、そんな目をしてた。 だから、同じ事をするのよ。 席を立ち、王太子妃殿下の前に膝を付く。 そして、両手で王太子妃殿下の手を握るの。 刺々しい魔力が手を貫く。
「ティアーナ様、ベルグラード王太子殿下をお呼び下さい。 モリガン、ガーラムの抽出液、持っていましたね。 此処へ」
ティアーナ様は、侍女達へ内宮に連絡を取る様に言いつけ、心配そうに此方を見ている。 モリガンはどっからか、一本の緑色した小瓶を取り出した。 ラベルを確認する。 ほら、ちゃんと持ってるよ、この子。 ガーラムって言う、鎮静効果の強い葉っぱの樹が有ってね、その葉から抽出したモノは、「眠り薬」の効能を強く持ってるのよ。
私の意図を読んだ、モリガン。 彼女は小瓶の蓋を外し、ミサーナ様の鼻の下に当ててくれたの。 引き連れた様な表情の王太子妃殿下から、強張っていた体から、力が抜けた。 手に当たってる、刺々しい魔力も、幾分和らいだ。 よし、やるぞ!!
薄ボンヤリとしたミサーナ様の魔力に同調する。 段々と色がはっきりして来る。 薄紅色………… 綺麗…… いや、いや、そんな事言ってる場合じゃねぇ!
同調した魔力を確認してから、自分に 【状態異常探知】 を掛けるの。 うわぁぁぁ、出るわ出るわ!!! 何重にも掛けられた薄い呪い。 身体の中に巣食う、色んなイケない「お薬」の残滓。 酷く損傷しているお腹の中…… というより、赤ちゃんが育つ場所……
何しやがった!!!
こなくそ!!!
私、今、とっても怒ってるよ。
女性を! 御国にとって、とっても、とっても、大事な人を!!!
許せないよ!
精霊様! 私に力を。 この類まれな高貴な方に、癒しの力を!! 全てを癒し、健康で健やかなお体に、戻してください!! ” ……異物を外に放出し、欠損を復活せしむ。、魔方陣展開、起動陣収束。 魔方陣…………発動! ” 外に出ない様に、口の中で唱える魔法。
【身体強化】
私の身体から、薄緑色の膜が紡ぎ出されて、王太子妃殿下と一緒に包み込むの。 痛みとか、苦しみとか、綯交ぜになって、私に入って来る。 王太子妃殿下が受けられていた、この痛み、この苦しみ。 耐えるよ。 耐えてみせるよ。 積年の苦しみと、体内に蓄積されていた、” 毒素 ” が、私の【身体強化】で、分解されて昇華される…… ジリジリとした痛み。 でも、それは彼女が癒されている証拠。
吸い込まれる私の魔力。 そうね、これを成す為に、消費されるのは私の内包魔力だもんね…………
私の周りからも、昇華する光の粒が立ち上る。 魔力が王太子妃殿下の中の ” ワルイモノ ” を喰いつくすまで、それは続くの。 当然、肉体も損壊するわ。 でも、損壊すると同時に、再生もするの。 有るべきモノが有るべき場所に。 私の魔力を糧に、再生していくの。
――――この力は、御婆様から引き継いだ力。
目覚めたのは、ハリーストン殿下と最初にお逢いした、あの森の端。 後で、レイヴンが教えてくれた。 「九の宮」の力は、癒しの力だったんだって。 平時においても、戦時に置いても、「九の宮」の力は望まれる力。 でも、対価として支払われるのが、自分の魔力。 過ぎたる癒しは、私を壊すって…… だから、出来るだけ使わないように。 隠すようにって…………
非常事態だったんだから、仕方ないじゃない!!
モリガン、そんな心配そうな顔しないで。 大丈夫だから。 私は、大丈夫よ! だけどね、ちょっとぉ~。 ねぇ、背中支えてくれない? 力が抜けて、倒れそうなのよ…………
******************************
魔力が、王太子妃殿下から、押し返された。 よし!! 修復完了!!! 後は体力が戻られたら、健康で健やかな お身体になるよ。 魔方陣は霧散したの。 役目を終えたからね。 この魔方陣の欠点は、修復が完了するまで、閉じない事。 大怪我とか、瀕死の人には、使っちゃダメなのよ。 私が死ぬか、蘇るかって事になっちゃうでしょ? 私だって、死にたくないもの……
王太子妃殿下は、きっと清々しい筈。 何が起こったのか、お判りに成られていない様ね。 ボンヤリとした瞳で私を見詰めてるのよ。
「フリージア?」
「はい、ミサーナ様」
「何をしたの?」
「精霊様にお祈り致しました。 ミサーナ様に癒しをお与え下さいと」
「それだけ……なの?」
本当の事を言っちゃうと、後々面倒になるよね。 モリガンがそっと手を背中に添えてくれているんだけど、その手から、” 誤魔化せ!! ” って、言葉が流れ込んでるんだ。 そうするよ……
「はい、祈りました。 ミサーナ様のあまりな境遇に、精霊様が癒しをお与えに成ったようです」
「そ、そう……なの」
「はい。 健やかなるお身体に、戻られたと。 精霊様の御加護が頂けたと。 そう信じております」
じっと、目を見詰めてそう言うのよ。 身体の痛み、不調が、拭い去られる様に取り除かれている筈なのよ。 健康体になったし、酷く痛んでいた、お腹も復元した。 体調も万全に戻っている。 後は、ベルグラード王太子殿下の御寵愛さえあれば、再びご懐妊出来るわ。 確実にね。 ふぅ…………
ボンヤリとした視線が力を帯び、身体の其処から漲る力に気が付いたみたいなの。
そしてね――――
一筋、彼女の頬に涙が流れ落ちたの。
なにか、途轍もない事が、ご自身の身の上に起こったと、そう理解されたのよ。 よし、こうなったら最後まで面倒見よう!! モリガンにそっと耳打ちするの。
「モリガン。 「毒物」と「お薬」それに、妊婦に精通する、「良き人」を存じませんか?」
「心当たりがあります」
「では、王太子妃殿下の主事医務官として、御側にあげて下さい」
「御意に」
その言葉に、公爵夫人が目を丸くしてるの。 まぁ、言っちゃなんだけど、レイヴン、かなり王宮に食い込んでいるよ? 文書の改竄とか、裏仕事、とっても得意なんだもん。 ちょっとだけ、手の内見せてみた。 私が静かに頷くと、公爵夫人も同じように頷かれた。
そうね、これで合格かな?
半ば強引に、味方につけたって感じ? まぁ、いいよね。 これで、少なくとも敵には成らないと思うよ。 少なくともね。 なんか、抱き付いて来た、王太子妃殿下の背中をそっと、そっと、優しく撫でるの。
彼女は、気を張って、強がって、懸命に生きているんだもの。
少しは…………
少しくらいは優しくしたって、いいよね。
大丈夫ですよ、王太子妃殿下……
わたくしが、ついて居ます…………からね、ミサーナ様。
王宮の御茶会でトンデモナイ事に成りました。
罠と、色んな思惑を丸ごと飲み込んだフリージア。 自身に危険の及ぶ ” 力 ” を使っても、助けなければならないと人と、認識した、王太子妃ミサーナ=マーガレット=ランドルフ。 彼女のこれからが、王国にとってとても大事と認識した、フリージアの渾身の癒し。
薄々、その事に感ずいた、ミサーナは、何も言えず、只、フリージアに抱き付くのみ……
公爵夫人も、フリージアに同調し、王家の未来を護る力になると、決心したようです。
頑張れ、負けるな、我らが姫様! 辺境の子は何時も力強く、王家の未来を護り抜きます。
物語は、さらなる加速を始めます。
次回、大聖堂での出来事。 (予定は未定




