17. 伯爵令嬢と、優雅な御茶会
どうしようか………… 私の心情的にはいきたくないよ。 良く知らない人だもん、婚約者様。 御爺様に殿下からのお手紙を渡したのよ。 御爺様の執務室が沈黙に包まれるんだ。
おもむろに顔を上げた御爺様がね――― 言うの。
「フリージアは、王宮がどんな場所か、知っているか?」
「いいえ、話には聞きますが、良く知りません」
「で、あろうな。 儂としては、あまり、お前を送り出したくは無い。 この手紙を読むに、お前の婚約者殿は王都に居住する貴族たちのバランスを一番に考えているな。 自身が何を成そうとしているのかが、全く見えんな。 手紙の内容と来たら、謝罪と、喜びと、猜疑…… 未来に対する展望のかけらもない。 その上、あの王宮にお前を呼び出そうとしている。 ……馬鹿な奴め」
「では、わたくしは?」
行かなくていいなら、行きたくないよ、そんな場所なんか。 御爺様のご領地がいいよ。 まだまだ、ロッテンマイヤー女史の課題だっていっぱいあるんだしねぇ。 沈黙がまた、執務室を覆うの。 でも、今回はそんなに長くない。 口を開いたのはレイヴン。 私の 「 眼 」 と 「 耳 」。 今は王都の情報を集めてもらっているんだ。 だって、何が起こるか分かったもんじゃないもの。
おもむろに、レイヴンが、あちらの状況を、特にハリーストン殿下の周辺の状況を報告してくれたんだ。
「あの男。 王都の中では、年若き王族としては、評判が良い。 よく人の話も聞くし、道理もわかっているとな。 ――――俺にはそうは、思えんがな。」
「なんだ、何かあったのか? レイヴン、よくきかせてくれ」
御爺様が、珍しくレイヴンに声をかけるのよ。 御爺様にも、御爺様の 「 眼 」 と 「 耳 」 が居る。 結構活躍してるって、ミネーネ様が仰ってたよ。 でもね、御爺様はレイヴンの能力を、高く評価されているらしいの。 御爺様の情報網に引っかからない情報なんかを、いとも簡単に取って来るってね。
ミネーネ様なんか、偶にほしい情報が有ると、私に聞いた来たりするんだよ? 明らかにレイヴンに探って欲しいって事でしょ? まぁ、吝かではないわよ。 彼って、何事も無いかのように凄い情報持って帰って来るんだもん。
「あぁ、我が主が危険に陥った原因になった、アノ子爵…… 蟄居が解かれた。 第四王子の私設護衛官って事で、今も側にくっ付いてやがる」
「なに! ダイストロから、奴等一家は侯爵位を剥奪して、王都辺縁部に押し込まれたと言ってきたぞ?」
「我が主に手を挙げた馬鹿…… ヒルデガンド伯爵閣下はな、その通りだ。 ヒルデガンド侯爵領の片隅の屋敷に押し込まれて、鬱々と暮らしているぜ。 でもな、アノ子爵は別だ。 伯爵閣下の奥方様の実家に一時的に避難して、アイツの仲間が懇願してな、若さゆえ、未熟な判断であった…… とかなんとか理由付けして、家名もそのままに、第四王子の側に戻ってきやがった。 まぁ、学院の学籍は抹消されているから、学生としてでは無く、単に私設護衛官なんだがな。 学院内では、武芸にばかり力入れてたから、さして変わりは無いってところか。 それどころか、今じゃ、常にべったりだ」
「……なにを考えておるのだ? そんなモノを側付きに留め置くとは、一体……」
「まぁ、第四王子のお気に入りの側近って訳だよ。 アイツ純然たる味方が少なぇしな。 心許せる者を近くに置きたいって事じゃねぇか?」
「この手紙に書いてある事と、やっている行動が違うように思えるが?」
「上辺を取り繕うのは、王都の人間に取っちゃ、息をする様なもんさ。 その矛盾に気も付かねぇ」
「…………以前、お前が言っていた、王妃殿下の動向については?」
「なんも、変わっちゃいねぇ。 御ままごとのような御茶会で、身内に利益誘導してるぜ、相変わらず。 色々と言動が怪しくてな、外交問題に発展しそうになるからってんで、外向きの御茶会は開催もされていねぇよ」
「……フリージアが王都に行くとすれば……」
「あぁ、まず間違いなく、王妃殿下の洗礼を受けるな。 まぁ、あっちにはあっちのやり方は在るし、俺の手下も潜り込ませているから、どうって事はねぇけどな」
「そうか…… 」
御爺様にこれだけ、乱暴な口調で話せるなんて、レイヴンの怖いもの知らず! 御爺様も、気にしてないって所が、ちょっと気には成ったけどね。 そっかぁ、やっぱりお手紙だけじゃ、どんな人か判らないって事ね。 婚約者様の人となりなんかは、もうちょっと、お手紙のやり取りをしてみないとね。
じゃぁ、今回は見送りだね! 良かった!!
私のあからさまにホッとした顔を見て、ミネーネ様が口をお開きに成ったのよ。 ちょっとした絶望と共にね。
「お嬢様は、王都に出向かねばなりません、旦那様」
「理由を聞かせて貰おうか」
「はい、理由は先日行われました収穫祭 最終日の事に御座います」
「精霊様の御降臨…… か」
「あの場に居た貴族籍が有る者は、お嬢様只一人。 教会の司祭が、奇跡の認定を受けたいと申しましてな。 王都ハイランドにある、大聖堂のオンドルフ=ブアート=ルシアンティカ神官長に奏上したそうなのです。 あちらから、その証に貴族籍にある者の証言が必要と言って来た次第に御座います」
「フリージアだけだったのか?」
「あいにくと、あの日、あの場所に臨席されていた貴族籍を有する者は、お嬢様お一人でした。 手は尽くしましたが、いかんともしがたく。 でっち上げようかとも思いましたが、なにせ、精霊様への証に御座いまして、虚偽は許されないのです。 教会に…… では無く、精霊様にに御座いますので」
「……やっかいな。 断ること…………は、出来んな」
「御意に」
一気に形勢は、「王都に行く事」に、なっちゃったよ。 うへぁぁぁぁ………… やだなぁ、行きたく無いなぁ…… でも、領の人達が ” 奇跡の認定 ” を、欲しがってるのは判るよ。 いくら精霊様自ら ” 加護 ” を、お与えになって下さったとは言え、そこは、やっぱり教会ってモノが介在するもんね。 教会が正式に認定した、 ” 奇跡 ” なら、大手を振って、それを宣伝できちゃうもんね。
ココは、精霊様が顕現した教会です! ってね。 信者さんも多く集められるし、寄進の金額だって、大幅に増大するもん。 何処ともに、資金繰りには、切羽詰まってるって感じだし。 世知辛いねぇ~ いいよ、判った。 行くよ、王都に。 王都ハイランドの大聖堂に、 ” 私、見ました!! ” って言いにね…… はぁ…… これも、貴族の勤めかぁ…………
で、お手紙を書いたのよ。 殿下にね。 「 用が有って、王都に出る事に成りました 」 ってね。 その用事ってのも、ちゃんと一緒に書いておいたよ。 連絡はきちんとして置いたら、あっちだってなんか考えるでしょ!
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どうして、こうなった?
なんで、私が…… 王城ガルガンティア宮の中庭で、御茶会に出席してるんだ?
なんで、ミサーナ=マーガレット=ランドルフ王太子妃殿下と、ティアーナ=バーティミール=ミストラーベ公爵夫人って言う、未来の御義姉様達と、テーブルを囲んでいるんだ?
「さぁ、フリージア、遠慮はいりませんよ。 わたくしの事は、ミサーナと呼びなさい」
「そうですわよ、フリージア。 御義姉様同様、わたくしの事は、ティアーナとね」
「えっ、は、はい。 ミサーナ様、ティアーナ様。 本日は御茶会にお招きいただき、光栄の極み。 卑賎なる我が身に過ぎたる光栄。 誠に有難き思召しに御座います」
「そんな、固く成らないで。 ちょっとした、御茶会なんだから。 ハリーストン殿下から、貴女が此方に来られるって聞いて、お時間作ってもらったのよ。 さぁ、クッキーでも如何?」
そんな事言ったって、緊張するさ。 めっちゃ、物腰柔らかいけど、目の奥に値踏みする光が宿ってんのよ。 王家に相応しいモノかどうか、見極めようとね。 そんな事は先刻承知してるんだけど、物凄い美女二人よ…… 平凡な私の顔が、強張って行くのに、時間は掛かんないわよ。
いくら、将来的に、” 兄嫁さん ”に、当たる方々とは言え、今の私がこんな場所に居て良い訳がないのよ。
だって、王太子妃と、公爵夫人だよ、お相手? ロッテンマイヤー女史に授けて貰った、マナーはココでも完璧に機能してるんだけど…… してるんだけど…… 御二人が、妙に砕けているんだよ。 まるで、秘め事の様に、クスクス笑いながら、それでも、目にはそうで無い光を宿しながら……
どうすりゃいいのよ!!!
青いお空の下。
とっても美味しいクッキーを頂きながら、
ティーカップを優雅に持って、
頬に笑顔を張り付けて、
相手の真意が何処に有るのかを……
探り探り、お相手するのよ!!!
おい、呼び出した当人は、何処に居るのだ!!!
いきなり、女の戦場に放り込むって、
何かい? ハリーストン殿下、私の事、嫌ってるのか?
そうなのか?
じゃぁ、こっちもその気でやるぞ?
私は、その日。
何かに対して、宣戦を布告してた。
物語は、急速に回転していきます。
王太子妃と、公爵夫人。 王族の中でも超重要人物からの呼び出し御茶会。 迷宮の中のラスボスとの会話。 胃がキリキリと痛むフリージアに、安息の場所は有るのか? それとも、戦い抜いて、自ら安息の場所を作り出すのか。
頑張れ、負けるな、我らが姫様。
物語は、加速します。
次回、 大いなる流れの淀みで…… ( 予定は未定です




