16. 伯爵令嬢と初めてのお手紙
ハリーストン殿下へのお手紙は、将軍閣下経由にしてもらった。 どこかで、誰かが止めているのは、何となく理解してたし、レイヴンのお話で、殿下には私からのお手紙は一切届いて無い事も、裏が取れたんだ。
まぁ、婚約者の義務ね。
ちゃんと繋ぎを付けられるように、努力したって「証拠」にしとこうと思って、御爺様に許可を貰って、将軍閣下にお願いのお手紙を書いたんだ。
御爺様の口添えもあって、ご了承いただいたんだけど、まぁ、忙しいお方だから、殿下とお会いになられた時に渡してくださる事になったんだよ。
季節がらのご挨拶を含め、体調を聞いたりね。 ほら、アノ時、ほんとにヤバかったんだからね。 それにさぁ、殿下の御立場は、今 とっても微妙なんだよ。 王太子殿下に御子がお生まれになってないし、第二王子はすでに臣籍降下されちゃってるし、このままの状況が続くと、いずれどっかの高位貴族が殿下を担ぎ出すのは目に見えてるもの。
レイヴンから、すでに一部の貴族がそんな動きを見せてるって、報告もあったしね。 だからこそ、ハリーストン殿下が命を懸けて仲間を助けるなんて、無茶はしてはいけないのよ。 それにね、アノ時、最初に無茶したの、殿下の側近の方だって「お話」を伺っているのよ。 ちゃんと、そう云った所もよく言い聞かせないといけない立場におなりになられるのよ?
殿下のお兄様に当たる、王太子殿下…‥‥ レイヴンの話からすると、ちょっと大変みたい。 お母様と同じような感じだって。 心配よね。 それに、王太子妃も塞ぎがちって聞くし‥‥‥ 過度の重圧がかかっているのか、誰かが良からぬ事を画策しているのか………… そこんところはわかんないけど、ハリーストン殿下には、王太子様を、支えてあげてほしいと思ってるのよ。 ホントよ? そんな事も書いちゃったわ。
お説教じみた、お手紙になっちゃったけど、まぁ、そこは、ほら、私だって腹たててたんだもの、許してほしいわ。 三、四回は、将軍閣下経由で「お手紙」を出したんだけど、やっぱりまた、お返事は頂けなかった。 既成事実として、手は尽くしてるってカッコにはなってるけど‥‥‥ ちょっと、寂しいわね。
《 レイさん、やっぱり、私‥‥‥ 嫌われているのかなぁ 》
《 貴女を嫌うような人なら、こっちから、捨てちゃいなさいよ。 》
《 でも、カッコよかったよ? 》
《 あんな青臭い、イケメンがいいの? へぇぇ 》
《 い、いや、で、でも、 私、婚約者だし…… 》
《 えぇぇぇ~ そんなの切っちゃっても、そのうち、いい事あるよ~♪ 》
レイさんと、そんな軽口を言い合ってたのよ。 気になるのよ。 仕方ないじゃない。 あんなカッコイイ人、そうはめったにいないんだもの…… そんな私の様子を、ロッテンマイヤー女史は微笑みをもって見守っていてくれるし、モリガンは表情を無にして、あっちの情報を伝えてくれてたしね……
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収穫期に入った御爺様のご領地。
やっと、本当にやっと、水路の整備とかが追い付いて、今年は豊作になったんだ。 ミネーネ様にくっ付いて、あちこちの町や村に、状況を確認について行ったのよ。 なにか出来る事とか、要望とかを聞きにね。 出来ない事も一杯あるけど、それでも、いずれしたいことばかり。
出来るとなれば、一気にした方が効率もいいし、ご領地の皆さんも喜んでくれるもん。 何が御領地の皆に必要か、十分に聞き取りをして、大きな目で網を掛けるように計画するのよ。 大事な事よね。 みんなで豊かになろうね。
収穫の繁忙期が山場を越え、そろそろ、風が冷たく成って来たなぁって、思える頃。 ご領地の皆さんが待ちに待った季節の到来。 そう、収穫祭があるの。 ご領地の中のあちこちの町や村で、その年一番の出来の農作物とか、お肉とかをね、大地の精霊様に捧げて、感謝の祈りを捧げるお祭りなの。
以前は、貧相なお祭りだったんだけど、年々、収穫量が向上、品質だって良くなってきたんだ。 お祭りの目玉である、野外料理がどんどん豪勢になって来てるんだよ。 私も楽しみにしてるの。 ほんと、お隣の国と和平条約が結べてよかったよ。
領都でも大きなお祭りになったの。 この時ばかりは、領民も貴族も関係なく、思いっきり楽しむって事になってるのよ。 もちろん、私もその中に入ってるのよ? 精一杯楽しみ、大地の精霊様に祈りを捧げる。
領都の大きな教会でね、お祈りするのよ。 ” 今年は、豊作でした。 ひとえに精霊様のお導きに御座います ” ってね。 私の内なる魔力が震えるの。 なんか、よくわかんないけど、何かと共振してる‥‥‥ みたいな。 レイヴンに教えてもらった、相手の魔力と同調する、あんな感じ。 そしたらさぁ、ステンドグラス越しの柔らかな光しかなかった聖堂の中にね、煌々とした光の塊が出現したのよ。
その光の塊の中から、圧倒的な存在感を放つ、女性が一人「光」から生まれて来たの。
もう、びっくりよ!
声ならぬ声が、聖堂で祈りを捧げていた人たち全てに聞こえたらしいの。 驚いた顔をした、領の人達。 一番びっくりしてたのは、聖堂の司祭様ね。
” そなたたちの、真摯な祈り、確かに受け取った。 この地に祝福を! 祈り捧げられし真摯な思いに報いを。 我が名は大地の精霊 ” グランダニア ” 我が 「 加護 」 を、授けん ”
一瞬の沈黙の後、聖堂内に大歓声が上がったの。 精霊様が顕現して、加護をお与えくださったのよ!! こんな奇跡は、聞いたことない。 私も大興奮してたんだ。 ふと、大地の精霊様の視線が私に合ったの。 妖艶なのに、穢れの無い、なんとも不思議な微笑みだったの。
帝国じゃぁ、ちょくちょく精霊様の顕現があるって聞くけど、王国での顕現って聞かないよね。 文献には数百年前にあったとか書いてあったけどねぇ。 その時は、「聖女様」が、いらして真摯にお祈りを捧げてたとかなんとか…… 民話になるくらい、昔の事よ? 何が精霊様の御光臨の引き金になったのかは、未だにわかっていないのよ。
ねえ、レイさん、何が要因だと思う?
《 フリージア、貴女が呼んだのよ、あの精霊様を 》
《 えっ? 》
《 貴女の感応力が、精霊様の顕現を促したの 》
《 で、でも、私一人の祈りじゃないよ? 御領のみんなの祈りなんだよ? きっと、そうだよ。 ね、そうだよね! 》
《 貴女って子は…‥‥ そうね、そう言う事にしときましょうか…… 》
レイさんが、控えめに、でも、しっかりとした口調で、私にそう言ったのよ。 レイさんの言葉によると、私が無意識に大地の精霊様と《 感応 》しちゃってて、そこに祈りを乗せちゃったから、精霊様がとても喜ばれたんだって。 ヤバいよね。 こんな事が、司祭様なんかに知れたら、何言われるやら! 隠しておかないと!!
皆と同じように、歓声を上げて、皆と同じように祈りを捧げて、皆と同じように、聖堂を後にしたの。 皆の祈りに紛れ込むようにね!!!
領都での収穫祭は盛大に、そして、真摯な祈りに満ちて終わりを告げたんだ。
楽しかったなぁ
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うひゃぁぁぁぁぁ!!!
ついに、来たよ!!!
お手紙のお返事が!!!!!
将軍閣下経由で、ハリーストン殿下ともお手紙のやり取りが出来たんだ!!!! やっと、やっと、お返事が来たよ!! 十年だよ、六歳になって、きちんとお手紙が書けるようになってから、週一回出してたお手紙。 十年目にして、始めて来たよ!!!
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―――収穫祭が終わって、二、三日してからね、御爺様に呼び出されたんだ。 なんか、やらかしたかなぁって、思いながら、御爺様の執務室に向かったんだ。 でね、そこに居たのは、御爺様、ミネーネ様、ロッテンマイヤー女史、モリガン、そして レイヴンの五人だったんだ。 みんな、なんか生暖かい目で、私を見てるんだよ。
私の部屋にモリガンが、 ” 居ないなぁ ” って思ってたら、こんな所に居たんだ。 いつも、無表情なモリガンもまた、なんか柔らかい笑顔で私を迎え入れてくれたよ。 厳めしい顔を ” 作っている ” 御爺様が私を見詰めながら、分厚い封書を渡してくれたんだ。
宛名は、婚約者殿って、書いてある。
裏を見て、ふぅって、感じで息が漏れた。
封蝋が王家の紋章。 で、個人紋章である添え紋が一緒に目に入って来たんだ。 鷹と剣の紋章は、言わずもがな―――
第四王子、ハリーストン殿下の紋章だったんだ。
皆が見ている前で、若干震え気味に封蝋を開けるんだ。 封筒の中から出て来たのは、分厚いお手紙だったんだよ。 流麗な文字が目に映ったの。 流れるような文言が、するすると頭に刻み込まれるんだ。 待ちに待った、お手紙。 眼はずっと綴られた文字を追っているの。
御爺様の執務室の中で聞こえる音は、私がお手紙を繰る音だけ。 音読なんて、する訳ないよ! 残念でした!!! 御爺様! あとから、見せてあげるよ。 心配しないで!
内容はね―――
時候の挨拶から始まり、これまで お返事を書けなかった事へ対する詫び。 私からの手紙を将軍閣下から受け取ったのがつい最近だった事。 これからは時間を作って将軍閣下の執務室を定期的に訪れる事にする事。 王宮の中では、誰が敵で、誰が味方か判らないので、私からの手紙は全て将軍閣下の執務室に保管される事。 そんな事が、最初の三分の一につらつらと綴られていたんだ。
うん、判るよ。 その判断は間違いじゃ無いよ。 今までずっと送り続けて居た、私からの手紙はどっかの誰かに握り潰されていたんでしょ? 王子殿下への「親書」を握り潰せる権力を持った人が居るって事じゃない。 御自分が持ち歩くと、私とお手紙のやり取りが有ると露見するし、きっと、王宮の中でその事は殿下にとって、危険でも有るんだろうなぁ って、想像できるよ。
中程からは、私の ” お説教じみた事 ” に対する返信があったのよ。
例の事に関しては、ご自身が軽率であったと、認識されているようで、安心したよ。 でもね、そんな文言が続く中、仲間を想う気持ちが強いのが良く判った。 滲みだす、御意思を読み解くと、殿下ご自身の味方を早く作る事が必要だった為って事ね。
いやぁ、そうは云ってもねぇ。 アレは無いわ。 アレは。 目的の為に手段を問わないって、どうよ? この国にはきちんとした成文法が存在するのよ。 高貴な貴族の方々の良いような ” 法 ” ではあってもね。 軍法もまた、その延長線上にあるの。 こっちは命掛かってるから、強い強制力が有るのよ。 それを、自分の目的の為に捻じ曲げるのってのは……
頂けないよね。
最後の方にね、本音がチラリ、チラリと見え隠れしてるね。 一度も正式に会った事も無い私。 王都に住んでもいない私。 学院の状況も、王城の状況も、全く分からない筈なのに、手紙の中でまるで隣に居る様に、殿下を取り巻く状況に精通しているって、驚かれていたのよ。 ” よくぞ知っていてくれた! ” って言う嬉しさと、 ” 何故知っている、何処から情報を得ている ” って言う 「 猜疑 」 が、綯交ぜになってんのよ。
私………… 伊達に王族教育受けて無いよ。 情報の収集は必要不可欠なんだと、骨の髄から理解してるよ。 だから、レイヴンもいるし、モリガンもいるんだよ。 私の…… 私だけの 「 眼 」 と、 「 耳 」 でも、これは教えてあげない。 教えたら塞がれちゃうかもしれないもん。 そうしたら、” 御友達 ” の、命に危機が迫るかもしれないもん。
やだよ、そんなの。
大事な、大事な、友達だもん。
手紙を読み込んでいる私の事を、なんかニヨニヨ笑いながら、執務室の中の人達は見ていたんだよ…… あぁ、そんなに見詰められたら、読みにくいって!
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このまま婚約が破られず、私が十八歳になったら、ハリーストン殿下のお嫁さんになるのかなぁ……… 殿下の爵位って、どうなるのかなぁ………… その辺、どうなんだろ? 第四王子って 何事も無ければ、臣籍降下するし、めぼしい公爵家の名跡だって王国には もう無いから、多分、御爺様の跡を継いで、辺境伯爵になるんじゃ無いのかなって思ってたんだよなぁ……
この王国では、地位的には公爵家と互角な辺境伯爵家だから、十分、ハリーストン殿下の落ち着き先になるしね。 御爺様は、あの何にもしない御父様を「継嗣」には絶対に指名しないだろうし、そうしたら、私の「お相手」が辺境領の辺境伯爵の継嗣に指名される可能性が一番高いもんね。
私と結婚すると、漏れなく辺境伯爵の爵位が貰えますよ? ってか? でもね、そうは云っても、この辺境領は一筋縄ではいかない所なのよ。 伊達に辺境領って言われてはいないのよね。 幸薄い土地、幾多の魔物の巣、王都からも遠く野盗、山賊、悪い人達も沢山いる………… だから、あんまり旨味は無いのよね、王都のお貴族様にとってはね。
ちょうといい感じのピースなんだよ。 ハリーストン殿下ってね。
私だって、貴族の端くれだから、結婚に愛が伴っていないのも、重々理解している。 理解しているんだけど、出来れば「お相手」とは、上手くやっていきたいとも思うのよ。
私だって夢見るもの…………
家族って言う、幸せを…… ね。
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お手紙の最後にね…………
爆弾が仕掛けられていたの…………
いや、ちょっと待て。
手紙の遣り取りって、コレが初回だぞ?
なんで、この人……
” 冬になる前に、逢いに来てほしい ”
って、言っちゃえるわけ?
そんな事言ったって………………
準備とか…… 心の準備だって……
さて、動き出しました。
辺境領で伸び伸び暮らしている、我らがお姫様は、ついに御婚約者よりの書状を受け取りました。
満を持してのお手紙です。 やっと、殿下にお手紙が届いた事から、固着した状況は動きだしました。
高位貴族の思惑。 国王陛下の望み。 純血派と開放派。 様々な思惑を孕んだ、王都にフリージアは呼ばれてしまいました。 御婚約者ハリーストン殿下からの控えめでは有りますが、強い強制力を持った、お願いです。
頑張れ、負けるな、我らが姫様。
物語は、加速します。
次回 王宮の御茶会にて (内容については、未定ですよ?