閑話 王城の迷宮 迷宮の中の魔物
国王陛下…… 私はどうすれば良いのですか?
弟達に対し、どれだけ詫びれば良いのですか?
末弟に対し、何をしてやれば良いのですか?
なぜ、私が王太子として、立っていられるのですか?
何故、臣下を抑えられない者が、階の上に立てるのですか?
国王陛下…… 父上…………
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ランドルフ王国
王都ハイランド
王城 ガルガンティア宮
多くの者にとって、入る事すら難しい、憧れの王城、ガルガンティア宮
しかし、其処に入る事を許されている高位貴族達、そして、なにより、その場所に住まう 王家の者達が、ガルガンティア宮を差して言う言葉がある。
王都のガルガンティア宮と。
その迷宮の主たる ルードヴィック=フェールタール=ランドルフ四世 ランドルフ王国の国王が、迷宮の奥深くの「王の間」において、今日も苦悶に満ちた表情を浮かべていた。
窓から見下ろせば、城内の美しく整えられた花園を含む中庭。
幾人かの貴人が歩いているのも見て取れた。 執務室で、どうしようもないくらいの息苦しさを感じ、逃げる様に「王の間」に戻ってきたは良いが、自分を取り巻くモノは何一つ変わりはしない事に、苦い表情を浮かべている。
突然、甲高い罵声が、彼の耳朶を打つ。
その声の主は、自分の妃…… アラフレア=ミスト=ランドルフ王妃の物であることを認識すると同時に、陰鬱な表情が彼の顔に浮かび上がる。 この部屋に入る事を許したのは、彼が本当に心を許せる者だけだ。 そんな部屋の中に、ルードヴィック以外の男が、佇んでいる。
押し黙り、君主の苦悩を受け止める様に、唯々、その場に侍っていた。
王国宰相 シドニアン=エラルーシカ=ウインストン公爵
その人だった。 遠く昔、王家から臣籍降下し、代々、王国と王を支える家系と成った、ウインストン公爵家。 一族の中でも、とりわけ実力があり、さらに、青年の頃、ルードヴィックの側近として使えた、シドニアン。 そんな彼を、宰相として任じたのは、ルードヴィック。
心を許せる、古くからの友。
常にこの国の「国王」としての役割を果たしている、ルードヴィックにとって、 「 王の間 」 の中だけは、その役割を離れ、シドニアンとの間に、昔のような友人関係に戻れるような気がしていた。 心休まる場所を、少なくとも一つは持てた事に、ルードヴィックは精霊に感謝を捧げている。
「シドニアン…… 何処で間違ったのであろうか……」
「陛下……」
「やめてくれ、この場所では、以前の様にルードヴィックと呼べと、言っている」
「……ルードヴィック。 先代国王陛下が期せずして、成した事だ。 貴方のした事では、断じてない」
「父上が ” 得られた ” 男児が、私一人というのが、一番の問題なのだよ」
「そうだな、後は全て姫御子様であったな」
「あぁ、その通りだ。 王家の血を自分達の家の中に取り込もうと、大貴族達が挙って婚約を申し込みに来ていたな。 それも生まれたての姫御子にな……」
「王子は王家の為に、姫御子は家臣の家の繁栄の為に…… か?」
「先代、父王は、そう考えられていた。 いや、歴代の王は誰も皆、そう考えていたのだ。 王家は、全てを血族と成し、強力な王国を作ろうとされたのだ。 それが、どれ程の軛となるか…… 判っておいでだったのだろうか?」
ルードヴィックの視線は、未だ中庭の花園に向けられたままであったが、その瞳に映るのは過去の情景だった。 煌びやかな王宮の舞踏会。 美しく着飾った妹達。 彼女達に手を差し伸べる、高位貴族の継嗣、嫡男達…… 自分の隣に居たのは、美しく、聡明な、幼少の時に決められた婚約者だった。
「…………なにも、不満は無かったのだ。 アレが、ずっと側に居てくれると、そう思っていた。 しかし、力を持った有力な者達にとっては、居て欲しくない者であったのだ……」
「陛下の御側に立つ者は、純血のランドルフ王国人以外には、望まれませんでした。 この国において、純血の王国人で有るという事は、何よりも重要視されます。 わたくしもそう教え込まれております。 あの方は、ローレンティカ帝国の末姫様の血を引く御方。 わたくしの父も排除の手を貸していたと…… そう、聞き及びます」
「得難い姫であったのだぞ? 困難に当たっても、声を荒立てることなく、最善を探る。 過去の知恵を良く理解し、法も情も全てを考慮に入れられる…… 我が側に立って、我と共に歩むには、誠申し分の無い姫であった……」
「しかし、純血の王国人では、御座いません」
「純血の王国人がそれ程、優れた者とは、思えんがな……」
甲高い叫び声が、また、ルードヴィックの耳朶を打つ。 この国の高位貴族が、それ程までに大切にしている純血の王国人の妃がアレだ…… 気位が高く、ちょっとした事に激昂し、容易く他人に乗せられる…… 危険があまりにも多い為、他国の者達との「王妃の茶会」も組めない。 王妃は国内の近親者達と多くの時間を過ごしているに過ぎない。
彼は、 ” 共に歩むというような、そんな甘い夢を、散々に打ち壊してくれた ” と、胸の内でそう呟いた。
父、先の国王も、国内の有力貴族の総意と言う事であれば、言う事を聞かざるを得ない。 国王が国王たらんとすれば、その手足は有力貴族達に他ならない。 先の国王は手足を説得する事が出来なかったのだ。 ならば自分が! という、気概も無かった。 当時の側近達も婚約者の挿げ替えに賛同していた。 自ら説得する余地すら無かったのだと、自分を納得させていた。
「王太子がな……」
「はい」
「我に問うのだ」
「はい」
「臣下を統率できぬ者に、王太子が務まるのか…… と」
「はい」
「石礫を、投げつけられた様な気になった」
「…………はい」
” 自分の代では、どうしようも無かった事を、息子の代で如何にかしようとなどと考えるのは、不遜な事なのだろうか…… ” と、つい自問してしまう。 王太子と成った、第一王子ベルグラードには、自由な考えを持って欲しいと、敢えて王族教育の一部を除いて教育した。
純血重視の部分だった。
しかし、ベルグラードの見初めた相手は、純然たるランドルフ王国の、純血たる高位貴族の令嬢。 自分が最も 「 信 」 を置く、シドニアン=エラルーシカ=ウインストン公爵の愛娘…… 敢えて、婚約者を置かずに、王子自ら選択せよと…… そう告げたにも関わらずだ!
しかし、幸せそうな第一王子と、シドニアンの娘の姿を見て……ルードヴィックは彼等を 「 見守る事 」 を、自分に誓った。
仲睦まじい、王太子とシドニアンの娘。 国を挙げての盛大な結婚式を執り行い、そして 第一王子ベルグラードは、正式に王太子となり、充実した生活の中で一つの命が生まれた。 ベルグラード王太子と、その最愛の夫人の間に、一つの命が降臨したのだった。 魔法医師の検診で、最愛の夫人に宿った命が、男児であると判明する。 宮の中は、歓びに満たされた。
第二王子である、ヘリオスが、まだ生まれてもいない御子を気遣ったのも、その時期だったなと、ルードヴィックは思い出していた。 というのも、第一王子であったベルグラードと、第二王子であるヘリオスは年も近く、方向は違うが、互いにとても優秀であった。 優秀であった為に、彼等の後ろに有力な貴族が立ち、互いに牽制し合っていたのだ。 エスカレートすれば、王国を割る事まで、視野に入るほどに……
その事を、第二王子ヘリオスは 深く憂慮していた。 彼は、第一王子ベルグラードこそ、次代の国王に相応しいと常々考えており、ベルグラードを支えるという目的の元、それまで研鑽を積んで来たのだ。 兄王子が、愛しの君と結婚し、父国王陛下より、王太子として立太子する事を宣下された時、ベルグラードは誰よりも祝福した。
そして、皇太子妃のお腹の中に宿った新たな命。
王家は安泰であると、ヘリオスは安堵し、そして、王位継承権を返上の上、臣籍降下を決心した。 これ以上、兄王太子の脚を引っ張るがごとき策動の旗頭にされるのは、御免だったのだ。 しかし、その決心は次期尚早とも言えたのだった。 ” 不幸な事故 ” さえなければ、英断ともいえる彼の行動。 しかし、現状は混迷の原因となってしまった。
” …………生まれては来なかったのだ、あの御子は………… ”
身重の王太子妃。 愛する妻を気遣い、外にも出さぬように、大切にしていたベルグラード王太子。 しかし、悪意は小さな隙間を、ちょっとした綻びを、決して見逃しはしない。 気が付いた時には、全てが終わっていた。 悪意が ” 毒 ” の形をとり、王太子妃の食事に混ぜ込まれた。 料理場も、毒味も、衛士も全てを巻き込んでの策動は…… 成功してしまった。
幸いにして、王太子妃の命は救われた。 代わりに、王家の未来を担う小さな命の火が消えた。
激昂し、怒りに我を忘れた王太子によって、関わった全ての者達に ” 死 ” が、命じられた。 調理人も、毒味も、衛士も、そしてそれを命じた者達も。 策動の原因は、第二王子派の一部の暴走であった事が判明している。 第二王子を後押ししていた、高位貴族は彼の ” 英断 ” に、心を打たれヘリオスと共に、ベルグラード王太子を支えると、そう誓ったにもかかわらずだった……
彼等、ヘリオス派の高位貴族に与する、中位貴族、更にその下の下位貴族の者達が、上位貴族の内心を慮って、実行したに過ぎなかった。 この事により、ヘリオス派の多くの高位貴族がその権威を大きく落とした事は、火を見るより明らかであったのだが……
それ以降、王太子妃に妊娠の兆しは訪れず……
そのまま、毒殺劇を発表する事は、余りにも影響が大きいと判断され、” 不幸な出来事 ” と、して、発表されたのだった。 王太子夫妻の居る宮は、火を落としたかのように、静まり返り…… 王太子は心を病み………… 現在に至る。
余計な策謀のお陰で、今も尚、王家周辺は落着かず、その隙を突いて臣下である貴族共の良からぬ動きは、さらに活発化するに至る。 抑える力も無く、ただ、流さるままに国事を執り行う、国王と王太子。 自嘲の笑を浮かべならが、つい口に出るのは――― 愚痴だっかのか。
「…………至らぬ王なのだな…… ハリーストンにも…… 苦労を掛ける………」
「陛下……」
望んだ姫との婚姻は許されず、王太子は心を病み、第二王子はそんな王太子を心配するあまり、行動を自重し、貴族共を抑えられず………… 望みは第四王子ハリーストンと、幼くして彼の婚約者となった小さな娘。 自分が望んだ 「 辺境伯爵の姫 」 の娘……。 母親と同じ、濃い琥珀色をした髪を持つ、聡明な、澄んだ瞳の―――
フリージア=エスト=フルブランド
もし、ここで、ハリーストン第四王子と、あの娘との婚姻が破れるような事にでもなれば………… もう、この国の 《 王家 》 は、持たないかも知れない…… 自らの血族とのみ親交を深める王妃。 その血族の者達も、今では王家並みに振る舞う事が多い。 国の安寧、民の平穏よりも、自らの栄耀栄華を望む彼等に、託せるモノなど無い。
「アレは…… 王妃の器では無いのだ……」
誰に云うでもなくそう呟く、国王 ルードヴィック=フェールタール=ランドルフ四世。 しかし、その言葉を聴いたのは、宰相 シドニアン=エラルーシカ=ウインストン公爵。 彼は生粋の純血主義の男だった。
ルードヴィックの口から漏れた言葉。
その言葉を受け、現状で考えられる手を打てるだけ打つと、そう心に決めた。
王妃の器で無いのならば、全力で排除するまで。 純血でない者を、王族に迎え入れる事など出来ない。
彼の決心。
ルードヴィックが心から望む新たな血を、全力を以て排除するという皮肉。
王城の迷宮には、魔物が棲むという。
眼に見えない、声も聞こえない、誤解と妄信という、魔物が……
今日も大きく……
育っていく…………
ものっそい重い、閑話です。
お届けするもの、ちょっと途惑われるくらいの ” ブツ ” です。
こんな中に、フリージアが突入する訳です。 あれくらいお転婆で無けりゃ、簡単につぶされてしまいますよねぇ。 王国首脳部は、馬鹿の巣窟ですが、一部には有能さんもいらっしゃいます。 国王陛下も、国民の安寧を望んでらっしゃいますし…… 力が無いだけで。
頑張れ、負けるな、我らが姫様。
物語は、加速します。
次回、王太子妃に招かれる です。 (予定は未定