13. 伯爵令嬢は傍聴する。
本領軍の増援部隊の大天幕。
いや~~デカいね。 増援部隊の宿営地で この大天幕を見た時、” 辺境領軍の戦力が心許ない ” って、思われてたと、そう思っちゃったんだよね。 実際は違ったけどね。 本領軍の増援を束ねていらしたのが、なんと将軍閣下と、第一軍団の皆さま。 その上、近衛騎士団の一隊まで、御同行されていたんだ。
すごい、大物が出て来たって事。 それも、急を聞いて駆けつけたんじゃ無く、最初から予定されてたみたいね。 だって、将軍閣下直卒よ? そんな簡単に動かれるような方じゃ無いもの。 つまり、この練兵と野外実習は、王国本領の人達も、とっても注目してたって事よね。
将軍閣下…… ダイストロ=マリアーク=ヒルデガンド侯爵閣下。 本国軍の将軍閣下で、随一の偉丈夫を誇る、戦場の鬼才。 先の国王陛下とも幼いころからの盟友で、剣をもって王国に仕える御仁だ。 将軍閣下直卒の増援…… というか、こっちが本命なんじゃないの?
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目の前にいる、初老の御仁は、幾多の戦争を勝ち抜き、王国に盤石をもたらしたと、国王陛下自ら、将軍という軍務の最高位を授けられたと聞くの。 まぁ、高位貴族様だから、この頃は色んな足枷がついて、かつての様に自由に動かれるような事は出来なくなったって、聞いてたんだけどね。
そんなヒルデガンド閣下、ちょろっと、御爺様ともご関係が有るの。 いや、御爺様夫妻 揃ってと言うべきかな。 新進気鋭の頃、戦いの最中、御爺様と共に戦野を駆け巡られた時期があるの。 とある戦争で、戦野に共に立たれていたことがあったんだ。
戦争は軍団同士の激突って様相でね。 御爺様も、ヒルデガンド侯爵閣下も傷を負いつつも、それでも、王国の為に戦い抜かれていたんだ。 そんな、余りに凄惨な戦争だったもんだから、巨大な帝国でもある、ローレンティア帝国から、 ” この悲惨な戦争の停戦の為、仲介者を送る用意が有る” と、ローレンティア帝国皇帝直筆の 「 親書 」 が、来たんだ。
戦いは、六ヶ月を超え、戦死者も双方一万を超え、落としどころも見つからないまま、ダラダラと続く事に、両軍とも厭戦気分が蔓延していたんだ。 そこにこの親書。 御爺様も、ヒルデガンド侯爵閣下も、内心喜んだそうだよ。
やって来たのが、ローレンティカ帝国の末姫様 「九ノ宮」様で在らせられる、エレノア=ウリス=ローレンティカ様。 可憐なその御姿は、傷ついた両軍の将兵達には眩しく見えたそうよ。
停戦条件を整え、両軍の指揮官と、エレノア様が調印するって段階で、あちらの国の一部「跳ね返り」が、その調印式が行われる天幕に、強襲をかけて来たんだ。 あちらの司令官も驚いていたって。 結構な数の相手の兵が雪崩れ込んだ天幕は、まさに阿鼻叫喚。 弱気の司令部を誅するって、変な思い込みも手伝って、調印式に出ている、司令官級の人達を皆殺しにするつもりだったらしい。
でも、流石にその頃から、白戦鬼って異名をとっていた御爺様。 副官の赤鬼ミネーネ様と一緒になって、暴挙からその場の皆を救おうと剣を取られた。 その際、御爺様はローレンティカ帝国の方々、ヒルデガンド侯爵閣下は、相手国の高級指揮官達を御守りに成られた。
結果は―― まぁ、御爺様達の辛勝。 ボロボロには成ったけれど、取り敢えずは鎮圧で来たんだって。
その時、生まれたのが御爺様と、御婆様のロマンスなのよ…… ヒルデガンド侯爵閣下は、微笑ましくその様子を見守っていたらしいわ…………
結構、有名なラブロマンスらしくて、御爺様の御領の中では、誰だって知ってる様な、そんなお話。 そりゃ、御領主様が、帝国の「九の宮」なんて、トンデモナイお姫様を娶ったんだもん、脚色含めて話は広がるわよ。 御領の視察の際、散々聞かされたよ。
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だから、割と関り深いのよ、この御仁とは。 でもまぁ、直接お知り合いって訳じゃ無いし、本国に戻られて重鎮として、国王陛下の御側に立つようになってからは、御爺様ともあまり連絡を取っておられなかった筈よね。
その将軍閣下である ヒルデガンド侯爵閣下が、増援部隊の指揮官として、いらしたんだもの…… ちょっとびっくりよ。
「辺境領軍、指揮官殿だな。 まずは礼を言わせてもらおう。 よくぞ、ハリーストン殿下を助け出して下さった。 幸いにして、大きなお怪我をされてはいないようだが、それでも、あの混乱の中から、よくぞ無事に助け出してくださった」
「辺境領軍は、本国よりの依頼を遂行したまでです」
「女性? なのか、貴官は」
「申し遅れました、わたくし、祖父 リンデバーグ=フォン=エスパーニア辺境伯爵より、この度の護衛部隊の指揮官の任を与えられました、フリージア=エスト=フルブランドに御座います。 お見知りおきを」
そう云って、面体付の兜を脱ぎ、小脇に抱えたんだ。 ざぁぁって、感じで、結いが解けた、濃い琥珀色の髪が流れ落ちる。 もう、魔力も体の中に納まったし、いつも通りよ、いつも通り。 両脇には、これまた ” いつも通り ”、エルクザードと、マエーストロが侍していてくれる。 ついでに軽歩兵姿のモリガン迄いてくれたよ。
「!! そうか、貴女か。 フリージア殿。 御噂は、リンデバーグの書簡で聞いていた。 ――――エレノア様の面影があるな」
「左様に御座いますか? わたくしは御婆様を存じ上げておりませんが、お話はよく伺っておりますわ。 わたくしの外見が、” 仰る通り ” で、あれば嬉しい事に御座いますわ」
「そうか、エレノア様とは…… 御面識が無かったのか……」
「残念な事に。 侯爵閣下よりのお言葉通りであれば、これからは鏡を見て、御婆様を偲びたいと思います」
「うん………… そうだな。 ――――今回の事は王国の責。 この事態を引き起こした者達に処罰を与えなければならない。 王都では横槍が入る。 この地、この場において、儂、自らの手で、断罪せねばならん。 そうでなければ、わざわざリンデバーグが、直接、儂に魔導通信までして来た甲斐が無いからな。 うやむやにして、フリージア殿の行いを無にする訳にもいかん。 貴女を危険に晒した事、本当に申し訳なく思う」
う~ん、なにか、考えておられるようだね、ヒルデガンド侯爵閣下。 何やら不穏な空気を纏ってらっしゃる。 いや、思い過ごしかな?
「すまんが、貴女にもこの場に居て貰う。 事の顛末と、その断罪を見て貰わねば、あやつに申し訳が立たんからな」
「あやつ?」
「リンデバーグ=フォン=エスパーニア辺境伯爵よ。 貴女に危害が及んだという事で、あやつに殴り飛ばされたくは無いからな」
御顔に苦い笑みが浮かぶ。 いや、まて、御爺様。 相手は、王国の侯爵閣下だぞ? いや、そうか、辺境領軍のみんなは、御爺様の子飼いであり、大切な領民。 領民思いの御爺様なら、さもありなん。 ふぅぅぅ、こりゃ、また、たいへんな御役目頂いたなぁ…… 事の顛末を、御爺様にきちんと報告しなくちゃね。
こうやって、なし崩し的に、戦時軍事裁判もどきに、同席する事になっちゃったんだよ…… はぁぁぁ、なんだかね。
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司令部大天幕に呼び出されたのは、ハリーストン殿下に付き従ってた、エライネン上級指揮官。 それと、幕僚四人の方々。 新兵達を纏めていた、ナニセンノ中級指揮官を筆頭に五人の中級指揮官達。 まずは軍務側って事ね。
事情聴取が始まったの。
辺境領軍との邂逅場所に到着した彼等は、天幕を展開し急造駐屯地を作り上げたんだって。 今回は、新兵の練兵と一緒に、フルリンダル学院の野外実習も組み込まれているから、通常の倍以上の大所帯になってたんだって。
それでね、フルリンダル学院の方々から、それはもう、沢山の要望が伝えられたのよ。 なにせ、今回の野外実習には、第四王子ハリーストン殿下もご一緒されているし、学院の教師も、生徒も、その多くが高位の貴族家の関係者。 さらに、例年通り、高位貴族の令嬢様もご同道されている始末。 軍としても統制がつかなくなりそうなので、流石に御令嬢様方は、分派したとの事。
あれ? じゃぁ、何処に居るの? 御令嬢様達って……
「御令嬢様方に置かれましては、宿営地の天幕にお泊り頂くわけにはいきません故、ブライトンの街にて、お泊り頂く事に成りました。 宿屋と、教会を抑えました。 監督官として、十数名の女性教師と、女性兵を充てております」
「編成、宿営地の設営、指揮系統の維持に関して、此処までは上々とという訳か。 聴けば、辺境領軍の護衛部隊が到着する前に、この度の事が起こったと聞く。 何があった」
「はい、閣下。 正直に申し上げます――― 」
事の発端はね、一部高位貴族の生徒さんと、新兵さんが、自分達の力を過信しちゃって、「待機命令」も「行動制限区域」も、何もかも無視して、「 魔物狩り 」を、始めちゃった事なんだよ。 なんか、ハリーストン殿下に「いい所」を、見せたかったらしいんだ。
そりゃ、判るけどさぁ…… 絶好の機会だしね。 でも、その判断はまずいよ。 学生さん達だけなら、暴走した、若い生徒さんの 「 暴挙 」 って事で済ませられるけど、新兵さんもグルって事でしょ。 思わず眉間に皺が寄っちゃったよ。
命令違反、規範逸脱、反抗罪…… グルグルと、罪状が頭の中で廻るんだ。 その罪に対する、罰はいわゆる極刑なんだ。 辺境領では、上官の命令は神の言葉とせよ――― なんて事、言ってるのよ? 意見具申は大いに結構。 しかし、いったん命令が発せられたら、たとえそれが、死守命令でも遂行しなきゃならないんだよ?
王国の新兵さんって…… どうなってんの?
わたしの疑問は、直ぐに氷解するのよ。 エライネン上級指揮官の云う事には、その馬鹿やらかした新兵達って、貴族の子弟達でね、ついでに言えば、高位貴族の御令息達である生徒さん達のお家の係累の人達らしいの。 まぁ、顔見知りってところかな。
主家の御令息の命令は、違える事が出来なかったってことかな? まだまだ、娑婆ッ気が抜けてなかったんだね。 そんで、そんな一隊というか、烏合の衆が、魔物暴走警報が発令されている、ミズガルデアの森の中に突っ込んでいったんだと。
まだ、辺境領軍が到着する前の自由時間だって、そう解釈したらしいのよ。 馬鹿ねぇ…… 王都を出発した時点から、野外実習も、新兵練兵も始まっているって言うのにねぇ…… 隣に座っている、エルクザードと、マエーストロの表情も、物凄く嶮しいモノに変わっているのよ。 そうね、辺境の常識じゃ、考えられないものね。
定時点呼の時に、居ない事が判明してね、それから、騒動は加速するのよ。 学院の先生達は、一応危険な森が近くに有ると認識をしていたらしく、直ぐに周囲の捜索に出ようとしたって。 馬鹿なのね。 うん、かなりの馬鹿。
軍の護衛部隊の指揮権って在るじゃない。 それをまるまる無視するって…… それも、率先してやって来たのが、アノ、魔術教師ロドリゴデトリアーノ=エステル伯爵 私の中では《ロドリゴ》って呼び捨てしてるアイツ。 本気で首を刎ねてやろうかって思ったくらいよ。
「魔術教師として同行されている、上級職王宮魔導師のエステル伯爵殿が、辺境伯軍の魔法騎士達を動員しようとしておられました…… 止める間も御座いませんでした。 幸い、辺境伯軍の魔法騎士殿は、軍令通りに我らを護り、あやつの話などは、最初から聞いてはおりませんでしたが、流石にアレは、いかな上級職王宮魔導師でも、無茶が過ぎます」
溜息と共に、エライネン上級指揮官がそう零してんのよ…… もう、なにも言いたくない。 つまりは何? 生徒の暴走が引き金になった、今回の騒動。 まるっきり止める気も無く、それに乗じて自分の興味を優先する上級職王宮魔導師。 もう、ひっちゃかめっちゃかね。
「森に入った、生徒と、新兵が魔物に追われ、命からがら逃げだして来ましたが、何名かの生徒が、その者達の退却を援護する為に、森に留まったと報告が御座いました」
「森に留まったのが、愚孫か…… 愚かな……」
はぁぁぁ? 愚孫? どういう事?
「左様に御座います。 ミストナベル=エイランド=ヒルデガンド子爵殿です。 その事を聞き付けられた、ハリーストン殿下が、助けに行くと……」
「止めなかったのですか? あの方は王族。 前線に出る事は、余りに無謀。 それをお諫めするのも、貴方の職務に有るのでは?」
思わず口を出しちゃったよ。 だってそうでしょ? 殿下は王族。 護られるべき方。 それを如実に表して居るのが、今回の練兵、及び、野外実習の最高指揮官として任じられたって事でしょ? なんで、上級指揮官の人が止められなかったのよ。 個人的武勇とか、そういった物は、あの方には必要ないわ。
ヒルデガンド閣下が口を開くの。
「殿下は、愚孫を側近として任じられていたな…… 側近が、何を考えている。 息子は、何を孫に教えたのだ? 信じられぬほど、愚かな…… 辺境領軍の指揮官殿が居なければ、無駄死にも良い所だ…… コレは、捨て置く事は出来ぬな。 ん? まて、逃げ出した馬鹿者達の盾になり、森に残ったと言ったな」
「はい」
「つまり、最初の命令違反をした連中の中に、愚孫もいたという事か?」
「……御意に」
「……愚か 余りにも愚かな……」
あぁ~あ、ダメだね、これ。 ハリーストン殿下は、王族だ。 処罰の対象には成らない。 でも、そいつは、問題なく処罰対象だね。 いくら殿下が嘆願したとしても、重罰は免れないよ。 ……てか、重罪に問えるのか? 将軍閣下の孫だぞ? 知らない…… わたし…… 関係ないもん!!
沈痛な面持ちで、ヒルデガンド閣下がエライネン上級指揮官に告げるの。
「貴殿らは、本来すべき職務を放棄し、殿下の暴走を止める事も、混乱を治める事も出来なかった。 本来であれば、軍籍剥奪の上、処刑する所だが殿下を最後まで御守した事、生徒達を全員生還させた事を鑑み、上級指揮官の権限を剥奪、下級指揮官に降格させる。 他の参謀職の者達についても同様に、その任を解く。 軍籍は置くが、最下級兵として 今一度 鍛え直せ」
「……温情、痛み入ります。 罰を真摯に受け止め、王国の一兵としてこれからも、務めさせていただきます」
まぁ、そうね、順当ね。 徒に処刑すれば、有能な人を失ってしまうし、人心は離れる。 きっと、将軍閣下は、時を見て昇官させるね。 経歴には、大きな傷がついたけどね…… まぁ、ハリーストン殿下の覚えもいいから、そこまで悲惨な事には成らないと思うけどねぇ…………
でも、学院の先生と、生徒達は、そうはいかないかもね。
この後、その人達と会うのか……
気が重いよ。
退出していい?
ダメ?
大事を取って、先に帰還された殿下……
ちゃんと、元気になられたかなぁ……
はぁ…………
ほんと、気が重いよ
事情聴取と軍事裁判って事ですね。
一応、軍務関連は、将軍様の御威光と権能で、処罰されました。 可哀想な中間管理職のエライネン上級指揮官殿…… 今回、フリージアちゃんは、傍観者の立場です。 ほんと、見てるだけです。
ハリーストン殿下も、フリージアちゃんがきちんと癒してあげたようです。 無事に後方に下がられた御様子です。
それにしても、学院の人達は何をやってんでしょうね?
因みに、フリージアちゃんは、王都の学園に入る事はありません。 多くの辺境の貴族さん達は、遠く王都の学園に勉強しに行くより、自領で勉強する事を選びます。 まぁ、そのせいで王都では辺境貴族の子弟を軽く見る風潮にあります。 王都で勉強するのは、上昇志向の強い人達ばっかりで、かれらの、ギラギラ感から、王都の貴族さん達は、「田舎者」と嘲りを受けてたりします。
重いモノを背負っているフリージアちゃん。 頑張れ、負けるな、我らが姫様!
物語は、ちょっとゆっくりとなります。
次回、フルリンダル学院の人々 (副題は未定