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10. 伯爵令嬢は辺境にて、正規の指揮権を振るう






 オーベルシュタット辺境領、領都クナベル 辺境伯の御城から程近い、緑豊かな丘陵地帯にお墓はあったのよ。



  今日は天気もいいし、用事のついでに、「お墓参り」 にでも行くか! って事で、レイヴンと、モリガンを伴って、辺境伯の陵墓にやって来たんだ。 あぁ、勿論、騎馬でね。


 横座りじゃ無いよ?


 ちゃんと、軽騎兵姿だよ?


 だって、この後 用事もあったし、この頃、魔物の目撃情報が絶えないんだもの。 護衛についてくれたのが、何時もの二人。 計五人で、お墓参りなんだ。 風が気持ちいいんだ。 吹き抜ける風に、精霊様の息吹を感じるんだよ。 陵墓には歴代の御当主様のお墓も在るし、家族の皆さんのお墓もある。 皆さん、この辺境を愛し、領民を慈しみ、幸せに暮らせるように、心を砕いた方ばかりだったのよ。




 でもね、時の流れは残酷でね。




 何時しか陵墓に入る方々もその数を減じ…… 直系の血筋の、最後の一人に、、私がなっちゃったのよ。 そして、一番最近に此処に来られた方達のお墓に花を手向けに来たんだ。 二人の墓石は並んで立っているの。 


 御爺様が愛し抜かれた奥様。



 エレノア=ウリス=エスパーニア辺境伯夫人



 御爺様と、御婆様の間に生まれた、ただ一人の娘。



 アメリリア=フラール=エスパーニア辺境伯令嬢



 御二人のお墓なんだ。 


 私が今この世界に生きているのは、この御二人が居たから。 だから、感謝と共に安らかな眠りを祈らずにはいられない。 特にお母様にはね。 辛い現実に心を壊してしまわれたお母様。 ボンヤリと虚空を見詰める、光の無い瞳には、心が震えたわよ。 何がこんなにさせちゃったのか。 どうして、こんなになるまで、追い詰めちゃったのか。


 状況は大体わかっているんだ。 ロッテンマイヤー女史からも聞いているし、辺境伯のお屋敷の皆も、ちょこっとだけどお話してくれる。 結婚する前は、穏やかで、ちょっと、静かすぎるくらいの、内向的なお嬢様だったんだ。 私とは大違いね。 幾重にも折り重なった、人々の思惑に翻弄され続けた人生だったんだよ。


 私なら…… って、考えちゃうよね。




 《ねぇ、レイさん》


 《何かな、フリージアちゃん》


 《御母様、もう苦しんで無いよね》


 《そうね…… 祈りましょう、アメリリア様の為に。 それしか出来ないもの》


 《……そうね そのとおりね。 御婆様の胸で眠ってらっしゃるのよね》


 《お話を伺う限り、そうでしょうね。 人一倍 繊細なアメリリア様を、人一倍 気遣って居られたものね》


 《―――お二人に、平穏な永久(とわ)の眠りを……》




 花輪を墓石に捧げ、その前に両膝を折り、手を組み祈るの。 私の後ろでレイヴンとモリガンも同じように祈っているわ。 この人達にとっても、御婆様は前の御主人って言ってたしね。 エルクザードと、マエーストロも、膝を折って祈りを捧げ居る…… 御婆様の事を思い出してんのかなぁ…… とっても、優しい方だったらしいしね。




^^^^^^



 お昼はピクニックスタイルで取ったんだ。 デカいバスケットに、厨房の料理人さんに作ってもらったランチを詰めてね、持って来たんだ。 よく整備されている、陵墓の中でね、お昼にするの。 燦々と降り注ぐ陽光と、精霊様の息吹を含んだ心地よい風の中ね。




「お嬢は怖くは無いんですか?」


「なぜ、怖がる必要があるの? 此処は、エスパーニア辺境伯爵家の陵墓でしょ? ご先祖様達が見守ってくれている場所よ?」


「お嬢…… 普通はそうは思いませんよ? お墓なんだし……」


「アンデッドなんかに成りませんよ、ご先祖様達は。 もし、仮にそうなったとしても、きっとご先祖様達は領民の為に戦うわ」


「そうでしょうかね」


「そうよ、御婆様が貴方達に襲い掛かると思えるの? こよなく愛したこの辺境領の民に、危害を加えるとでも?」




 私が心底不思議そうに、エルクザードと、マエーストロに訊ねるとね、レイヴンが大笑いするんだよ。 




「騎士ともあろうあんた達が、そんな事で怖れを感じるとはな! 御主人様が言われた通りだ。 エレノア様は決してアンデッドになど成らぬよ。 あの方が何かになるとすれば、精霊女王になるやもしれんがな!」




 そう云って、大笑いしながら、手に持ったバケット(お昼ご飯)に齧り付いてたんだ。 高い笑い声が陵墓の中に響き、辺りの可憐な花達をさざめかせていたのよ。 精霊様にもご満足して頂いたみたいね。





************************************






 あの紛争から一年。






 御爺様のご領地で、みんなと一緒に、街道の整備とか、水路の整備に日々を費やしていたのよ。 もちろん、ロッテンマイヤー女史とのお勉強は続いているの。 私が十七歳になるまで続けてくださるそうよ。 成人の日までね。 


 今はね、ローレンティカ帝国の礼法を中心に、周辺二十四ヶ国の言葉と風俗、禁忌、礼法なんかを日々勉強しているの。 今じゃ、ロッテンマイヤー女史との会話はよその国の言葉ばっかりよ…… 


 そうそう、私が十六歳になった日に、御爺様が特別な誕生日の贈り物を下さったの。 モノじゃないんだけどね。 本当に特別なモノ。 辺境伯、辺境領軍の指揮官権限なのよ。 御爺様は言うの―――





「儂と同じく、この領と領民を愛しているお前に、守るための権限を渡す。 儂も年老いた。 一人では限界がある事を、先の紛争で他ならぬ、フリージア、お前が教えてくれた。 お前ならば、上手く使えるはずだ。 存分に権利を行使し、貴族たる義務を遂行せよ。 よいな」




 御爺様が認めてくださったの。 十六歳にして、女性だけど、辺境伯の軍の指揮権貰っちゃったんだよ。 相変わらず、脳筋思考だなぁって、思ったけど…………



 思ったけど……



 素直に嬉しかった。



 今までも、領内の警備とか治安維持とかに、口出してたけど、これできちんとした「形」になったって事ね。 なにか問題が起これば、私の号令で軍が動けるようになったのよ。 責任重大よね。 だって、命を預かったんだものね。





************************************




 私が軽騎兵の格好で、お墓参りしたのには、理由があるのよ―――。 




 王都から、領都にお手紙が届いたのよ。 なんだか仰々しい、いろんな部署が絡みついた、ご連絡ね。 御爺様の御顔の皺が、深く深く刻み込まれてたの。 そのご様子から、面倒な事を王都から頼まれたのだと思ったわ。


 その内容を聞いたのは、御爺様の執務室の中。 側近さんとか、財務官さんとか、執政官さんも困った顔して居並んでいたんだ。 投げ出すように、高位貴族さん達の紋章付き「お手紙」を、テーブルの上に放り出されたの。




「本領の連中は、何を考えているのか、全くわからん。 新兵と、学生の演習に、辺境領北端のミズガルデアの森を使うと言ってきおった」




 思わず絶句する私。 なんでかって言うと、その森、今、魔物暴(スタンピート)走警報(アテンション)が、発令中なのよ。 何それって言う人も居ると思うよ王都では。 でも、この辺境領では、割と良く聞く警戒警報なんだ。


 この警報はね、森の中の魔物達のバランスが崩れて、大量の魔物が湧き出す事を差すんだよ。 冒険者さん達が、大型で強い魔物を狩り過ぎると、中型、小型の魔物が湧き出すんだ。 ほら、狐を狩り過ぎると、森のネズミが大繁殖するのと同じ……


 最近はあんまり無かったんだけどね、魔石の需要が伸びて、大型の魔物の討伐が頻繁に行われて居るのよ。 バランスが崩れ始めて、街道沿いにも、中型の魔物が姿を現す事になって来たんだ。 まぁ、時間が立てば、大型の魔物も湧いてくるから、それまで森から出さない様に、森の浅い所に結界石置いて、対処してるんだけどね。


 でもさ、今回は今までになく大きな魔物暴走に成りそうなんだ。 一部結界石が破られる事態も発生しているんだよ。 警備隊も巡察隊も、ココの所出ずっぱりでね。 負傷者も多くは無いけど、出ているんだよ。  そんな所で、演習? 馬鹿じゃないの? それが引き金になって、森が溢れたらどうするの?


 新兵と学生じゃ対処は無理よ。 




「周辺の安全を守って欲しいと依頼が来ておる」


「取り止めるべきです。 魔物暴(スタンピート)走警報(アテンション)が、発令中です。 王都の人達も、その事を知れば……」


「知った上で、言って来ておる。 丁度良い訓練になると」


「そ、そんな……」


「認識が甘いか? その通りじゃな。 各所から…… 勅命寸前の命令が出て居る…… これだ」




 お願いという呈は取ってはいたけど、紛れも無い命令書。 やんごとなき立場の方も同行されるらしい。 さらに付け加えて、王都フルリンダル学院からの要望で、生徒の護衛に、魔法騎兵を付けてくれって言ってきているの。



 ほんと、お気楽だわ。



 魔法騎兵は戦闘力あんまり無いのよ。 彼女達が担うのは、兵站と通信。 そして、この領だけなんだけど、魔法兵器の運用…… それを直接護衛に使うの? 何の為に? 要請文書を見ると、要望を出した教師の共同署名の欄に、アイツの名前が一番頭にあったんだ。


 上級魔術教師 ロドリゴデトリアーノ=エステル伯爵


 アイツか…………


 魔法騎兵なら、アーリアと私が弄り倒して作り上げた、簡易【身体強化】魔法の魔方陣の運用してるって踏んだか…… 自分のモノにするつもりか…… 自分で開発しろよ、他人の成果を盗ろうとするなよ……


 剣呑な光が瞳に浮かんだんだろうね、御爺様が咳ばらいを一つ―――





「フリージアの思っている事は、誠に至極の事だな。 しかし、発令されてしまっておる。 受け入れ態勢を作らんとな」


「拒否は……出来ませんものね……」




 御国に忠誠を誓っている手前、国王陛下に近い所から出た命令に背くわけにはいかない。 御爺様の苦悩が手に取る様に判るわ。 事前情報なしに吹っ掛けられた、紛争みたいなモノね。 今から出来るだけの手を打たないといけないって事ね。



 理解したわ




「編成は?」


「動ける即応部隊を全部、投入する。 あそこは危険だ」


「ええ、第三遊撃隊、第十五歩兵大隊、第二槍兵隊、第六、及び、第七弓兵隊…… ですか」


「そうだ。 予備として、儂の近衛騎馬隊を付ける。 魔法騎兵はアーリアの隊に任せる」


「……大盤振る舞いですね」


「これでも、少ない位だ。 あの森の警戒度は、今までになく高い。 すでに結界石四個が破壊されている。 ありあわせの結界石で穴埋めしているが、どれ程持つか判らない」


「本領からか、他領からお借り出来ないかしら」


「無理だな。 他領にも当たってみたが、ここ最近、他領でも、あちらこちらで、魔物暴(スタンピート)走警報(アテンション)が発令されて居る。 余裕は無い。 本領の連中は、そんな事すら知らぬよ。 結界石の備蓄は、辺境領よりも少ない…… 人の手で如何にかするしかないのだ」


「…………指揮命令系統は?」


「あちらは、あちら。 辺境領軍は独自だ。 ―――本来ならば、儂が指揮を執る筈なのだが、あいにくと、辺境領の当主共との会合がある。 その上、他の魔物暴(スタンピート)走警報(アテンション)が発令されている地域の事も有る。 動けんのだ」


「つまりは…… わたくしが指揮官と言う事に?」


「頼めるか? あ奴等が無茶をせぬ限り、安全は保たれる。 また、あちらにも辺境の事情に詳しい者が同道すると言って居る…… どうだ」


「……謹んでお受けいたします。 初期配置等は……」


「あちらの要望通りにな…… 下知は下した」


「万が一、有事の際には……」


「フリージア。 お前に全権を委任する」


「承知いたしました。 初期配置等、確認させて下さいませ」


「此処にある。 十分に注意せよ」


「御意に」




 ふぁぁ…… 半個軍団の指揮権かぁ………… 重いなぁ………… という訳で、護衛部隊の指揮を執る為に、本領の新兵と、フルリンダル学院の学生達の混成部隊が演習を行う、辺境領北辺、ミズガルデアの森に向かう事に成ったのよ。 集結日時の一日前に到着するように、領都クナベルを出発したんだよね。 


 時間に余裕があったから、道すがら、陵墓に在る、御母様と御婆様のお墓に、花を手向けに寄ったんだ。 その時には、まさか、あんな事になってるとは、思いもしなかったんだ。


 レイヴン、モリガン、エルクザード、マエーストロ それに 私は…… 呑気に、合流地点に向かって、騎馬を走らせていたんだよ。





******************************






 ザッッ―――


 ”! 敵、包一。 中型、ニ十体――― 小型、少なくとも・・・・・ 六十体。 防御線崩壊。 ひ、姫様!! 助けて!!!”


 合流地点まで、あと三十分って所だった。 魔法騎兵アーリアの悲鳴が、長距離通信で入って来たの。 行く先、合流地点であろう場所から、白煙を引いて青空に伸びる信号弾が三発



 続いて、黄色信号弾が、二発



 さらに、赤色信号弾が、四発



 十分に展開していない、護衛隊に、魔物暴走が襲い掛かったんだ。 一気に緊迫した空気の中、私達は一刻も早く現場に到着する為に、騎馬に拍車を当てる。 繋がっている、アーリアの長距離通信を利用して、その場に居るであろう、全軍に檄を飛ばす。




 ” 指揮官到着まで、あと十分。 全員抜刀! 全周囲防衛陣にて、現場を保持。 負傷者、魔法騎兵を中心に円陣を取れ! 後、九分。 耐えろ! 今、行く!!! ”







のんびりから、急転直下。 今回のお話、結構殺伐としております。


何やら本領の者達が色々とやらかしたようです。 それを治める為に、フリージアは知力体力の限り、戦う事になってしまいました。 がんばれ! 負けるな! 辺境領のお姫様!!


物語は、加速します。



次回、婚約者と戦場で出会う (予定は未定)

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