第1話 魔王復活
月の無い晩。
足音を隠すように走る、闇に紛れる色のマントを着た数人の影。
皆、薄地のマフラーのような長い布で顔を覆い、性別も年齢も不明だ。
石レンガ造りの家が並ぶ寝静まった街並みは、どの家もドアは固く閉ざされ、明かりの灯る家など無い。
そのダートな裏路地を、街はずれへと走ってゆく。
はじめ数人だったその影は、小さな路地を経るごとに次第に数を増し、十四、五人が集団となり、街の外へと通じる外城壁へとやってきた。
三階建ての建物の影に隠れ、そのうちの一人が門の様子を見る。
「……やはり、今夜は警備の手が厚いな」
その男は低い声でつぶやくように言った。
外へと通じる門は分厚い木戸で閉ざされ、閂がかけられている。
かがり火が焚かれたその前に、門兵が左右に二人ずつ立っていた。
鈍い銀色の簡易な鎧をまとい、手に背の高さよりやや長い槍を持ったその兵士は、周囲の様子を警戒するように、中心地区へと続く石畳の広い道を見回している。
「二手に分かれて、手はず通りに……」
男がそう言うと、すぐ後ろで同じように様子を窺っていたもう一人がうなずいた。
そして、後ろに連なっていたマントを着た連中に合図を送る。
十四、五人の集団は半々になり、門兵の隙をついて門から延びるまっすぐな道を挟み左右に分かれた。
様子を窺っていたマントの男二人が、通りを挟んで合図を送る。
そして一斉に、門の前にいた兵士四人を囲むように並んだ。
「なんだ!?お前たちは!?」
突然の出来事に、門兵の一人が焦ったように言った。
そして四人それぞれに槍を構えようとした途端。
取り囲んだマントの連中が次々に両手をかざし、その手が光る。と同時に足元に門を囲むように広がる淡い赤紫色の魔法円が、複雑な紋様とともに浮かび上がった。
「こ、こいつら魔道士……か……」
門兵の一人がそう叫びかけて、そのままその場に崩れ落ちる。
残り三人も、同様に眠るようにその場に崩れ落ちた。
マントを着た連中が互いにうなずく。
そして閂を外し、門の外へと足早に出る。
門の外では同じように、門兵が六人、道を塞ぐように倒れていた。
「お前ら、先に行け!」
低い声で力強く、先ほど合図を送ったリーダーらしき男が、残りの連中に言った。
十四、五人の集団が、その男の横を通り過ぎ、街からどこかへと伸びる道を走り去る。
リーダーと思しき男は振り返って門を見た。
そして、先ほどと同じように手をかざし、その手のひらを門へと向ける。
手が淡く光り、門がゆっくりと閉まる。
内側から閂のかかる音が聞こえた。
「よし。これでいい……」
男はうなずくと、集団が走り去った方向へと、同じように駆け出した。
深い森の中。
その木々の切れ間の中心に、平らな石の台座があった。
その円形の台座には、表面に複雑な紋様を描いた溝が刻まれている。
淡い星明りの下、その直径三メートルほどの台座を囲むように、五十人ばかりの人間が集まっていた。
一様に、闇に紛れる色のマントを着、薄地のマフラーのような長い布で顔を覆っている。そして皆、明かりも持たずに台座の中心を見ている。
「まだ全員揃わないな……」
そのうちの一人が言った。
背は低く、声からして相当な高齢の女性だ。
「イオ様、あ、いえオリバー様、まもなく到着するかと……」
その隣にいた、細身の男が言った。
イオは、辺りの様子を見回した。
そして顔を覆った襟巻から目だけを出し、満天の星空を見上げた。
しばらくして、遠くから森の下草を擦って走る音が聞こえてきた。
台座を囲んでいた人々が、一様にその方向を見る。
マントを着た十四、五人が、息を切らせ、走って来た。
「やっときたか……。ハンクはどうした?」
イオの横にいた細身の男が、到着した集団の一人に言った。
「あ、あぁ。もうすぐ来る」
男は、息を弾ませて答えた。
そのすぐ後に、ハンクと呼ばれた男が、下草をかき分けて走って来た。
「すまない、遅くなった」
ハンクはそう言うと、イオの前に立ち、深々と頭を下げた。
「イオ様……(じゃなかった)オリバー様、遅くなって申し訳ありません。これで、城内にいた魔道士の同志はこちらに来ました」
「そうか、ご苦労」
イオはそう言うと、台座の端に立ち、集まった人間を見回した。
台座を取り囲んでいるマントを着た連中が、一斉にイオを注目する。
「数年の準備を経て、いよいよ今夜、魔王復活の儀式を行う!」
その声に、歓声が上がる。
「勇者気取りのバカ者が、魔王を封じてから早三十年。かつて、魔力に満ち溢れていたこの世界は、今やその魔力は半分以下になった。この世界の魔力は、魔王あってこそこの世界に存在するものであったのだ」
イオの演説に再び歓声が上がる。
「我ら魔道を行く者にとって、これ以上この世界から魔力が無くなれば、魔法、魔術が一切使えなくなる。そればかりか、現在魔法に動力を頼っている、交通網も、上下水道も、街の明かりさえも、使えなくなるのだ!……魔力が消える、誰がこの現状を予想したことか!」
台座を取り囲んでいる魔道士たちは、口々に「そうだ!」「そうだ!」と、拳を空に振り上げた。
「貴族どもはこの現状に、魔力がなければそれでも良いと言っている!それは我ら魔道士に、死ねと言っているようなものだ。このような道理がまかり通っていいはずがない!同士諸君よ、今こそ我ら魔道士の力を集結し、ちょうど三十年前封じられたこの日に、魔王を復活させるのだ!魔力を取り戻すのだ!」
その声に、「おぉー!」という、それまで以上の歓声が上がった。
赤茶けた円形の地面が、真っ暗な空間に違和感をもって浮いている。
空と思しき部分は、ただただ暗く、雲とも霧ともつかぬ靄に覆われている。
その、さして広くもない円盤状の地面の中心に、魔物どもが集まっていた。
そのうちの、フクロウのような鴉のような鳥の形をした、妙に足の長い真っ黒い魔物が、手に炎を抱えて楽しそうに踊っている。
それを、他の魔物も、浮かれたように見ていた。
下半身が蛇で上半身が妖美な女の形をした魔物が、隣に座っている大きなスプーンを持った青黒い小柄な男の魔物に話しかけた。
「ウッコー、今日は魔王様が、何やらとっておきの発表をするそうだよ」
そう言ってニヤニヤと笑う。
「ニヒヒ、なんせ三十年の節目の年だからな。二十年前が井戸だろ、十年前が月だ。ということは、今回はもしかしたら……。ラミン、なんだと思う?」
ウッコーはスプーンに乗った炎を揺らして言った。
「ウフフ。あたしは“月を光らせる”かな?だってほら見てごらんよ――」そう言って真上に浮く岩石を指さし、「――ただの石ころだろ?光りもしないから満ち欠けもしやしない。それにたまに落っこちてくるからね、ちょっと迷惑なのさ。だから改良されるんじゃないかしら?」
「オレは肉だと思うぞ!」
そう言って話に入って来たのは、身の丈三メートルはあろうかという、二足歩行の筋骨隆々とした牛型の男だ。
「ミノタさん。肉が肉を食ったら、共食いになるんじゃね?」
ウッコーが、からかうように言った。
「なんだと!オレは牛じゃねぇ。ガハハ」
ミノタはそう言って笑うと、ラミンの横にドカッと座った。
「えーえー。皆さんお静かにー」
先ほどまで踊っていた鳥型の魔物が、いつの間にか小さな台座に立ち、周囲を見渡している。
「そろそろメインイベントかしら?」
ラミンが言った。
鳥型の魔物は少し浮かれたような様子で言った。
「はい、皆さん。司会のシトラスです。今年は、我らがこの空間のはざまにやってきて、三十年になります。今があるのは、これもひとえに魔王様のお力あってのこと。思い起こせば三十年前、勇者とか名乗るクソガキ共に、表の世界から追い出され、飛ばされた何もないこの空間の歪みに、魔王様が地面を作られました。そして空を作られ……――」
空のような場所は、どんよりと靄のようなもので覆われ、先を見通すことができない。
「――あ……、空は、まだ途中でしたね。えーっと、十年前には月も打ち上がり……――」
言った矢先に、月と呼ばれた岩石は、グラグラと揺れ、勢いよく落下してきた。
そして、少し先の赤茶けた地面にドスンと落ちて転がった。
「――あ……。また落ちてきちゃった」
集まっていた魔物たちが、一様に苦笑いをする。
ミノタが、落ちてきた、ミノタの背丈と同じくらいの直径のあるその岩石を、筋肉質の太い腕で抱えると、「フンッ!」っと、力を込めて靄の中に投げ飛ばした。
岩石は、再び靄の中に停止した。
シトラスは軽く咳払いをし、気を取り直して言った。
「えー、この魔界もだいぶ住みやすいものとなってきました。むしろこの世界に来て良かったって感じですねー。さぁ、いよいよ魔王様のご登場です!魔王様、どうぞー」
下手くそな素人演芸の司会のように、シトラスがそう言うと、そのすぐ横に、真っ黒な霧が立ち込めた。
それはみるみるうちに人型になり、威圧的にそこに佇んだ。
それを見て、集まっていた魔物たちが、歓声を上げる。
「あぁ、今日も魔王様、素敵ね。あの頭の角のようなものも、可愛らしいわぁ!魔王様ー!」
ラミンが黄色い声を上げて手を振った。
「魔王様!よっ魔界一!」
ウッコーも、負けじとばかりに声を張って言った。
黒い影が、地鳴りのような低く響く声で言う。
「今日であの忌まわしい日から三十年。我がしもべの魔物どもよ。吾輩がこの歪みを魔界と名付け、地面を作り、水場を作り、月を作った。もはやこの世界は単なる歪みではなく、しっかりとした世界、魔界となったのだ!そしてこの三十年目にして、いよいよ、太陽を作るのだ!」
その言葉に、集まった百匹の魔物どもは一斉に歓声を上げた。
魔王を中心に、百匹の魔物たちが円を描くように並んだ。
そのうちの一匹、シトラスが魔王のもとに駆け寄る。
「魔王様。わたくしめが、補助をいたします」
そう言うと、魔王の横に立ち翼を広げた。
そして、魔王の周囲をパタパタと動き回る。
「そうか……(いや、むしろ、ちょっと邪魔なんだけど……)」
魔王はそう言うと、両手を頭の上に掲げた。
そして有り余る魔力を集中し、頭上に光り輝く玉を出現させる。
その輝きに、周囲の魔物どもが、一様に眩しそうに「おぉ……」と感嘆の声を上げた。
「す、すばらしい!魔王様、さすがです!」
シトラスも、眩しそうに目を細めて光の玉を見上げて言った。
光の玉は、月と呼ばれた岩石よりも大きくなり、円盤状の地面を照らした。
そして上へ上へと勢いよく浮かび上がる。
やがて月のある高さまで浮き上がると、その月にぶつかって止まった。
弾みで、月は靄の中へ弾き飛ばされ、反対側から戻って来た。
「者ども、三十年目にして初の昼間の始まりだ!日が沈むまで、月が昇ってもなお、盛大に盛り上がろうではないか!」
魔王が太陽を頭上に配し、魔物どもを見回して言った。
「おぉー!」
魔物どもの歓声が、指して広くはない魔界中に響き渡った。
深い森の切れ間。
闇にのまれたその中の台座の中心にイオが立っている。
その傍らに、ロープでグルグルに縛られた中年の女が、猿ぐつわをされ横たわっていた。
「勇者ナッシュめ。三十年前、お前が封じた魔王を、お前の血をもって封印を解く鍵とするのだ」
イオは、その三十年前に勇者と呼ばれた中年の女に片足を乗せ、短剣を掲げた。
縛られた女は、恐怖の表情を浮かべ、その向けられた切っ先を見た。
イオは、周りに立つ魔道士たちを見回し、合図を送る。
魔道士たちは等間隔に台座を囲み、両手を胸の前で合わせた。
イオのすぐ後ろ側にいたハンクが言う。
「イオさ……オリバー様、まもなく深夜。そろそろ頃合いかと」
「うむ。皆の者、全力で魔法を発動せよ!」
イオが声を張って言う。
その声に、周囲の魔道士たちが、一斉に紋様に向けて手をかざした。
その手から、淡い光が放たれる。
ハンクも同じように、イオの後ろの台座の端で手をかざし、台座に刻まれた魔法紋様に魔力を送った。
やがて刻まれた紋様が、光の線として浮かび上がる。
「魔力は満ちた!今こそ開封!出でよ、魔王アルマ!」
イオは生贄の女を見下ろすと、その胸元に勢いよく短剣を突き立てた。
女が猿ぐつわ越しに悲鳴を上げ、目を見開く。
その剣の先は女を貫通し、台座に突き刺さった。
生贄の女の身体からしみ出した血が、瞬く間に刻まれた溝を通り、外周へと広がってゆく。
突然、台座が、突き立てた剣の辺りからすごい音とともにひび割れた。
地面が唸り、浅く揺れる。
台座の周りにいた魔道士たちが、混乱したように周囲を見回した。
「封印が解かれたのだ。召喚の成功だ!皆の者、怯えるな、うろたえるな。魔王が出てくるぞ!」
イオはそう言ったが、イオ自身、大地の揺れと寄る年波のせいで足元がフラフラとし、よろけて台座から転げ落ちた。
とっさにハンクがイオを支える。
その途端、ひび割れた台座がまばゆい光に包まれた。
そして生贄の女が短剣もろとも、その光の中に掻き消えた。
太陽を、珍しそうに見上げ、魔物たちが陽気に騒いでいる。
「明るいねぇ。三十年ぶりの昼間だよ」
ラミンが太陽と自分の影を交互に見て言った。
「そうだな。ガハハ。やっぱ昼があるから夜が映えるんだよな!」
ミノタがラミンの肩に腕を回して言った。
「お祭りだからって、触るんじゃないよ!」
ラミンはそう言うと、ピシャッと、その腕を叩いた。
「魔王様!すばらしいですー。シトラス、感動に身を震わせております」
半端な大きさの太陽の真下、シトラスが自分の影と、魔王と太陽を交互に見て言った。
「うむ。太陽があれば、木々が育つ。そうなればこの地も緑豊かな土地となるだろう……」
魔王は落ち着いた低い声で、しみじみと言った。
(でも、植物の種がないんだよなー。どうしたもんか……)
不意に、太陽の光がゆらゆらと揺れた。
魔王が驚いたように太陽を見上げた。
シトラスも太陽を見上げ言った。
「ん?何でしょう?」
「空間にヒビが入った、だとっ!?」
魔王がつぶやく。
周囲にいた魔物どもも、シトラス同様、一様にポカンとした顔で不思議そうに太陽を見上げている。
突然、太陽が魔王の真上に落ちてきた。
「なっ!!」
走る閃光。
地鳴りのような大きな音が響き渡る。
作ったばかりの太陽が、大爆発を起こした。
その爆風で、声も上げる暇もなく、一瞬にして魔物どもが魔界の外に吹き飛ばされていった。
さして広くない地面は、爆風により中心部が崩壊し、ドーナツ状に外側だけが残った。
「ヒィィー!何がどうなったんだー!?魔王様ー!」
ウッコーが、爆風に飛ばされそうになりながらも、その外周に持っていたスプーンを突き立て、辛うじて掴まっている。
やがて、風の勢いが収まると、ウッコーは僅かに残ったその地面に体勢を立て直して降り立った。
そして確認するように辺りを見回す。
「……どうなったんだ?魔王様はどこだ……?」
ウッコーと同じように、外周につかまっていた数匹の魔物が、地面の真ん中に空いた穴を呆然と見ている。
「おーい、ウッコー!無事かー?」
少し離れたところから、一匹の魔物が叫んだ。
獰猛なライオンの姿をした二足歩行のその魔物は、勢いよく走ってウッコーのもとに来た。
「アイオクさん!これは一体どうなってしまったんだろう?」
「オイラもわからん。……太陽が魔王様とともに爆発したように見えたが……」
「あれは何だ!?」
どこからか、そう叫ぶ声がした。
ウッコーとアイオクはその声の方向を見た。
そこには、イカとタコを足して二で割ったような姿の魔物が、吸盤を地面に張り付けて、足の一本を地面に空いた穴の中心に向けている。
「クラケンさんだ」
「ウッコー、あれを見ろ」
アイオクが、クラケンと同じように地面の大穴の中心を指して言った。
「なんだ?」
そこには、ロープでグルグル巻きにされた人間のようなものが、もがきながら穴の中心に浮いていた。
ウッコーは炎の乗ったスプーンにまたがり宙に浮くと、その怪しげな人間のようなものの近くに寄った。
そして、その周囲を観察するようにゆっくりと回った。
「なんだ……?ハッ!お前は!」
ウッコーが驚いたように叫んだ。
「ウッコー、それなに?」
透明な羽虫のような羽を背中に生やした、妖精のような姿の魔物が、外周だけ残った地面から飛んできて言った。
「リリドナさん。こいつは三十年前、オレたちをこの歪みに追いやった表の世界の勇者だ!勇者ナメクジだ!」
その声に、グルグル巻きに縛られた人間がウッコーを睨んだ。
「モガモガ!(誰がナメクジだ!アタイはそんな名前じゃない)」
リリドナは、苦虫を噛み潰したような顔をして、縛られた人間を見た。
「うわ!ほんとだ!勇者だ。キモイ……。しかも胸に剣刺しっぱって、趣味悪いー」
そう言うと顔をしかめた。
「モガモガ!(これは趣味じゃねー!)」
「モガモガうるさいな」
ウッコーが嫌そうな顔をしてナメクジを見た。
「それ取ったらいいんじゃない?」
リリドナが、猿ぐつわを指して言う。
その言葉に、ウッコーは少し考えたような顔をした。
「……そうだな」
そう言うと、スプーンに乗った炎を、猿ぐつわの結び目を燃やすように、縛られた人間の頭の後ろ側に当てた。
焦げ臭さとともに、結び目が燃え上がる。と同時にその人間の赤毛の髪も燃え上がった。
「アチャチャチャ、アチー!」
人間はそう叫ぶと、頭を左右に振って身をくねらせた。
その拍子に、すぐ近くにいたリリドナに炎が燃え移る。
「ギャー!あちー!」
リリドナは、左右に大きく手を振った。
人間は全身に引火し、縛っていたロープも燃えて切れた。そして炎に身を包まれながらウッコーに殴りかかってきた。
「この魔物どもがー!」
「ぎゃー!」
殴られたウッコーにも引火し、燃え上がる。
三人は、穴の開いた地面の真ん中で、まるでキャンプファイヤーのように燃え上がっている。
その様子をあきれたようにアイオクが見て言った。
「何やってるんだ、あいつら……」
突然、燃えている三人に向けて水鉄砲が飛んできた。
見ればクラケンが、外周から、消火するように吸盤の足の先から水を噴射している。
炎はすぐに沈下した。
「ひぃ、たすかった……」
ウッコーのスプーンに、三人は引っかかるように乗った。
「ここは魔界か!?」
髪の毛がチリチリになり、大仏パーマになった勇者が辺りを見回して言った。
「お前、こんなところまで追って来るなんて、嫌がらせもいいところだな。勇者ナメクジ!」
ウッコーがイラついた顔をして言った。
「そうだ!そうだ!」
リリドナも怒ったように言った。
「アタシはナメクジじゃない!ナッシュだ。それに……、勇者じゃないよ」
そう言うとムッとし顔をして、ナッシュはスプーンの柄の先に胡坐をかくように座った。
そして、周りの様子と自分の身体を確認するように見る。
「……ここはやっぱり魔界か。……しかし、なんで地面にこんな穴が?……って、な、なんじゃこりゃー!」
ナッシュは、自分の胸にスリットのように空いた穴を見て叫んだ。
「あ、そこ、剣が刺さってたところ。そういえばその剣はどこに行ったんだ?」
ウッコーがナッシュの胸の穴を指して言った。
突然その短剣が頭上から降ってきた。
そしてナッシュの頭に突き刺さる。
「……」
ウッコーとリリドナは、引きつった顔でナッシュを見た。
「な、なんで……。上から降ってきた?」
ナッシュは呆然とした表情を浮かべ、頭に刺さった剣を抜きながら言った。
「こ、ここは空間が狭いから、下に行ったら上から出てくるし、西に進んだら東から戻ってくるんだ」
ウッコーが引きつった顔のまま言った。
「普通なら、こんな状態、死んでるはずだろ?アタイは死んだのか?もしかしてゾンビになったのか?」
どこからか「ピンポンピンポン」と正解を告げる音がした。
それと同時に、ウッコーが“○”と書かれた札を手に持って、ナッシュに向けた。そしてつぶやくように言う。
「正解」
「正解じゃねー!」
ナッシュは焦ったように言った。
「まー、この状態で人間だったら、逆に怖いよねー」
煤まみれのリリドナがニヤニヤしながら言った。
「……(そ、それもそうか)」
ナッシュは口をへの字にして宙を見た。
「おーい!何やってるんだ、お前らー」
アイオクが地面の外周から叫ぶ。
「とりあえず、地面に降りよう」
ウッコーはそう言うと、スプーンを動かし、アイオクのいる場所まで移動した。
外周に残った魔物どもが、その周りに集まる。
「残ったのはこれだけか……」
アイオクが、集まった十五人ほどの魔物を見て言った。
「これから、どうするかいのう?」
クラケンが周りの様子を窺うように言う。
「今回も元凶は、またしても勇者ナメクジ、こいつのせいだからな。こいつをこき使って、魔王様とほかの仲間が戻るまで、魔界を復旧させるのが良いと思う」
ウッコーがナッシュを指して言った。
その言葉に、魔物どもがナッシュを見た。
「な、なに!?新入りのゾンビかと思ったわ」
クラケンが驚いたように言った。
「ほ、ほんとだ。こいつ、よく見たら勇者じゃねーか!このやろう!」
アイオクがタテガミを逆立て、イラついた顔をしてナッシュに殴りかかる。
突然、地面に転がった岩の一つから、岩でできた腕が伸びてきて、襲い掛かろうとしたアイオクを制止した。
「まぁまぁまぁ、アイオクさん。事を荒立てるよりも、やはり魔王様が戻るまで復興を考えましょうよ」
地面の中から声がした。
「う、ウベルリさんがそう言うなら……」
アイオクは、仕方ないと言った表情を浮かべ、振るい上げた拳を納めた。
クラケンがナッシュに向かって言う。
「あんた、ゾンビなんじゃから、我らの仲間じゃ。これからは、我らの規則に従ってもらうぞ」
ナッシュは、納得いかないといった表情を浮かべつつも、どこかあきらめるように言った。
「何の因果かね。元の世界じゃ、勇者勇者って持ち上げられ、いざ魔王を封じてみれば、今度は魔力が無くなったって弾圧され……。挙句の果てにゾンビになっちまうなんて。……はぁ、つくづく勇者なんて名乗るもんじゃないね」
ナッシュは大仏パーマの髪の毛を掻いた。
そして続けて言う。
「仕方がない。もう、アタシはゾンビみたいだし、あんたらの指示に従うよ」