留守番
そんなある日
家に帰るとテーブルの上に紙が置いてあった。手に取ってみると、
「光と紫へ
お父さんとお母さんは旅行に行きます!夕食は冷蔵庫に入れてあるので食べてください。明日の朝からは机の上にあるお金を使って食べといてください。戸締りよろしくね。
母より」
母さん達が突拍子もないのは今に始まった事じゃないから慣れたものだけど、紫が家に来てからは初めてになるのか、紫には話しておかないと。
「ただいまー」
紫が帰って来た。
「おかえり、紫。今日から父さんと母さんは旅行に行っていていないので、今日からしばらくは2人きっりになるから、よろしく」
忘れないうちに用件を伝えると
「えっ!」
紫は顔をしかめた。
「そんなに露骨に嫌な顔されるのは、傷つくんだけど」
確かに頼りになる兄ではないけど。
「いえ、違うの、ただ、ちょっと驚いて、そう驚いただけ」
紫を追求したいがそれよりも重要な事がある。
「そんな事は置いといて、先に風呂入ってくれ、とっとと服を洗わないと」
母さんがいなくなると家事をしなくてはいけないから、面倒だ。
「慣れてるのね?」
「母さん達が唐突に旅行に行くのは今に始まった事じゃないからね」
中学校に上がる頃から、両親は少しずつ旅行に行くようになったから、もう3年ぐらいはこんな感じなのか。
「そう、なら先にお風呂に入らせてもらうわね」
そう行って紫は脱衣所に行った。
そして脱衣所から顔だけ出して
「そうだ、他に誰もいないからって覗かないでね、お兄ちゃん!」
「の、覗くか!」
「ふふふ、別に覗いても良いんだよ?」
「だとしても覗かない!」
「そう」
そう言って紫は風呂に入っていった。
ため息が溢れた。妹にからかわれる兄って普通なんだろうか?
取り敢えず、冷蔵庫の中にあった夕食を温めて紫を待っていると、紫が風呂から上がってきた。
「それじゃ、風呂入って来るから先に食べといて」
「え? そう、なら先に食べとくわ」
僕が風呂から上がると紫はリビングにはいなかった。
僕は仕方なく1人悲しく夕食を食べ、家事を一通り終わらせ、部屋に入る事にした。僕が部屋に入ると僕の部屋には紫がいた!
「なんでここにいるんだょ…」
紫のいつもとは違う儚げな表情に僕は声を細めた。
紫は沈黙を断ち切ってたどたどしく言葉を紡いだ。
「笑わないで聞いてね」
「うん」
僕は紫を促した。
「怖いの、1人で暗闇の中にいると、辛かった事とか思い出して、怖いの。だから、今日は一緒に寝て」
「ちょっと待って!なんでわざわざ僕が一緒に寝ないといけないんだよ!いつもどおり1人で寝ろよ!」
余りに急な提案に僕はお茶を濁そうとするが
「いつもは藤、お母、藤子さんと寝てるの」
紫の『いつも』を実現する事は無理だった。いや、待て、それなのに母さんは紫を置いて旅行に行ったのか!
「いや、だからって僕が一緒に寝る理由にはならない!」
僕は開き直った。
「ね、お願い、お兄ちゃん」
二人の間を沈黙が通り過ぎた。
「ああ、わかったよ、ただし今日だけだからな!明日からは1人で寝ろよ!」
ああ、そうだ僕は兄って言葉に弱い、普通の兄が何処まで妹の面倒を見ているのかわからないから『兄』って言葉を使われるとしなくてはいけない気がする。
だから、僕は紫を拒めなかった。
次の朝、僕が起きると、紫は既に起きていて、トーストを焼いていて、昨日の事は何もなかった様に振る舞っている。
僕もいつも通り振る舞い朝食を食べ終えると。
「こっちきて」
いつの間にか制服に着替えた紫が玄関から、呼んできた。
「どうしたんだよ?」
そう言いながらも僕は紫に近づくと、
紫の唇が僕の頬に触れていた。
「昨日は、ありがとね」
そう言うと紫は走って家から出て行った。
蛇足かもしれないが、結局、紫は母さん達が帰って来るまで、毎日僕の部屋で寝た。でも、僕はそんな嫌じゃなかった、だってもう、紫は僕にとって、可愛い妹になっていたのだから。そう、紫はもう僕にとって大切な家族になっていた、でもそう思っていたのは僕だけだったのかもしれない。