第1話 現状確認
「傷が塞がって抜糸したから退院ね」
「・・・はい」
怪我してから1週間後、担当医からそう言われたので晴れて退院することになったが、その時の彼女に目が完全に捕食者としての目をしていたのですぐに退院することにした。
じゃないと、夜な夜な俺の寝室に入り込んで性的に食われてしまうからな。
と言うことで、急いで病院から出てくると柔らかい日差しが道路を照らすのと同時に、見たくないものまで俺の視界に入ってきた。
「「「「退院、おめでとうございます!若様ー!」」」」
「だーかーらー!そういうのをやめろと言っているダルルォ!?」
病院の前にいたのは、俺の退院を祝うプラカードを持った女性が十数人もいて、俺の姿を確認すると声を揃えて歓迎してくれた。
しかも、彼女達の後ろには黒塗りの高級車が停まっていてそれが余計に悪目立ちしている要因になっている。
平凡な頃の記憶もある俺にとっては、なるべく目立たずに家まで帰るのはベストだったんだがこうなっては致し方なしって感じだ。
「ささっ、車を準備しましたのでお乗りください」
「今度からは地味にしてくれよ?只でさえ、裏稼業全体の風当たりがひどくなっているんだからさー」
「前向きに検討させて頂きます」
俺を車に案内したリーダー格の女性が、俺の愚痴に相づちをうちながらも余裕の笑みを崩していないことから多分、俺の要求はスルーされるんだろうけど恥ずかしいので早く車に乗った。
彼女達は、俺の母親が指揮する暴力団である武蔵黒澤組の構成員であり、関東最大の広域指定暴力団の一員として働いている。
武蔵黒澤組の歴史は古く、家にある歴史書などでは鎌倉時代からあったらしいが実際のところはわからない。
ただ、はっきりしているのは明治時代に当時の政府主導で行われた建設ラッシュの中で、着実に支配地域を広げていったと言うことだ。
傘下の組織は2~5次団体まであり、構成員は5800人で準構成員は約8600人だと言われ、合計の人数が約1万4400人だと聞いている。
一説には、北海道にまで進出してロシアンマフィアとタメを張っているとのことだが詳しくは知らない。
その一方で近年、警察の取り締まりの強化で暴力団が直接、店のケツを持つことが難しくなってきているので名前や形を変えて持つことが多くなってきているという。
今回の送迎も、表向きは一般企業の社長の親族を家まで送ることとしているので騒ぎを起こさない限り、警察は手出しができない。
そんな訳で、自宅に向かうとそこは見慣れたマンションではなく、門が開いている広い庭付きの高級住宅に入っていった。
(しかし、本当にでかい住宅だよなぁ)
この1週間、記憶の整理をしていくと俺は時間のズレが殆どないまま、15歳に若返って転生したらしい。
つまり、転生前の時間軸では2017年の5月に大学3年生で事故に遭ったのだが、転生後の時間軸は2017年の3月上旬に階段を踏み外したらしい。
おまけに、暴力団のリーダーの子供と言うことで質の高い教育を中学卒業まで受けさせられたのと、中学生の時に何度も女性から性的暴行を何度か受けそうになったので、女性に対しての恐怖心が拭えずに自殺を図ったと記憶している。
性的暴行の時に、並大抵の奴だったらそこでトラウマになっているレベルで搾り取られた結果、その時点で死にたいと思うようになったと思う。
何故、そういう風に思っているかというともう1人の俺が踏み外したのと同時に、並行世界において俺もトラックか何かで撥ねられたと考えているからだ。
その偶然があったからこそ、少なくとも俺は異世界転生を果たしたからこの際、平凡な人生なんて捨ててヤクザみたいな生き方もしてみようと思う。
どうせ、表社会で平凡を装っても家族がヤクザと言うことはいずれにしてもバレるから迷いはなく、自分が考える最良のやり方で裏社会で生きていきたい。
そう思っていると、玄関らしい所で車が止まって付き添いの人が扉を開けてくれたので、普通に降りると玄関で待っていた3人の女性が俺を出迎えてくれた。
「恵介君、大丈夫!?致命的な怪我をしてない!?」
「彩愛ちゃん、彼は大丈夫ってお母さんが言っていたでしょう~?」
「思った以上に元気そうでよかったわ」
最初に、かなり心配した口調で俺に聞いてきた女性は長女の彩葉で皆のお姉さんではあるが心配性なのが玉に瑕かな。
次に、のんびりとした口調で彩愛を止めているのが次女の琴音で、彼女自身が怒る場面が殆ど見たことがないほどおっとりとしている。
最後の、俺の母親とよく似た口調でそう言ったのは珠緒でいわゆるツンデレという類いの性格をしていると思う。
と思うというのは、ここ数年間は彼女とあまり会話をすることがなかったので詳しくは知らないんだ。
そのため、同じ学校に行くことになったら1つずつ、お互いのことを知らないといけなくなるかもしれない。
そのため、俺は冗談半分でこう言った。
「恥ずかしながら無事に帰ってきました!」
それを聞いた彼女達は一瞬、ポカンとした表情になったがすぐに自分の感想を俺にぶつけてきた。
「ちょっと~?こういう時はもっと真面目に答えるべきでしょ~?」
「そうですよ~。恵介君は時折、変な冗談を言うから困るのです~」
「まぁ、元気そうなら何よりだわ」
そんなことがありつつ、俺は姉妹に抱きつかれながら家へと帰っていった。
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彩葉達と夕食を食べた後、自室に戻ってパソコンで色々と調べたら俺が持っているもう1人の俺の記憶と大体、合っていることがわかった。
まず、この世界の男女比は1:30と圧倒的に女性の方が多くて、女性優位の世界が構築されているという点だ。
こうなった理由は、未だにわかっていないがそれによって女性による男性への犯罪が多発している。
痴漢や性的暴行、監禁や誘拐などの犯罪が多発しているので政府としても本気で対策を講じている。
実際、俺に性的暴行を与えた女性グループは全員が通報があった当日に、警察によって逮捕されて3年間の刑務所送りになっている。
その一方で武蔵黒澤組は裏稼業だけではなく、様々な業界に姿形を変えて支援やケツ持ちをしているので、マスコミなどを中心に暴力団に対しては強い発言できないようになっている。
また、この世界の日本は地盤が安定していて地下資源が多いらしいが関東にある発掘現場の殆どを武蔵黒澤組が取り仕切っているため、警察も構成員を告発するのには躊躇するらしい。
と言っても、法律を犯した構成員に対しては的確に逮捕して適切な処罰しているため、表立って犯罪行為を行うつもりはないとのことだった。
それが今、俺のいる世界の現状だった。