プロローグ
「若!大丈夫ですか!?若!」
「うっ・・・」
気が付くと、近くには俺を呼ぶ女性がいて周りでは多くの人が大騒ぎで動き回っていた。
全身が痛いことから、事故に遭ったことはわかったがそれ以上に身体がピクリとも動かせないことに戸惑いを隠せなかった。
(俺はどうなっている?何があった?)
身体が動かせない上、思考もぼんやりとしているので思い出すのに苦労したがそれでも、自分のことを必死に思い出そうとした。
俺は、年は20で普通の男だった。
普通の家庭に生まれて普通の学校に行き、そこそこの成績を収めて大学を卒業した後、普通の会社に就職するはずだった。
小説にしても誰も読まないし、本としても出版されないレベルで平凡な人生が死ぬまで続くんだろうなぁ、と思いながらその日も大学に登校していた。
そして、いつものように授業を受けるの面倒だなーと思っているといきなり身体に強い衝撃が加わり、俺は空中に吹き飛ばされた。
そして目の前にはすごい勢いで迫る電柱があり、
(あっ、これ死んだ)
そう思った瞬間、俺の意識は途切れた。
その事を思い出しながら、痛みに耐えていると救急車が来たようで救急隊員がストレッチャーで俺を車に運ぶ所で、俺の意識は再び途切れた。
~~~~~~
俺の意識が浮上する感覚に気が付き、目を開けると見知らぬ天井だった。
そのため、ベットで横になっていた身体を動かそうとして、
「うっ、いてぇ・・・」
と、顔をしかめながら唸った。
すると、すぐそばの椅子に座っていた女性が声を掛けてきた。
「恵介、大丈夫か?」
「母さん、頭が痛いんですけど」
「盛大に階段を踏み外したらそうなるに決まってるだろ」
「そうだっけ?」
視野に入った女性を、俺は自然と自分の母親と認識してその会話になったので自分の記憶を探ってみる。
すると、今までの俺の記憶ではない、他の人の記憶が流入していることに気が付いたため、その記憶を辿ってみるとそいつはわざと足を滑らせて階段を踏み外したらしい。
それまでの記憶や思ったことから察するに、人口の比率がおかしいあべこべ世界に嫌気が差しての行動だった。
「完全にドジったなぁ」
「全くだ。お前が階段から落ちたとの連絡が入った時、私は今後の方針について幹部達と会議をしていたんだぞ?」
「ごめん、母さん」
俺がそう言うと、母親は立ち上がりながらこう言った。
「お前が踏み外してから半日程度だ。向こう1週間は病院生活だとさ」
「はいよ、母さん」
その言葉に、俺が返事をしたのを確認した彼女は病室から出て行った。
今の母親の対応は、親子としては冷たいものかもしれないが俺と母親はれっきとした“ヤクザ”であり、道ばたで後ろからナイフで刺されてもすぐに対応できるように訓練してきた。
そんな家族の中で唯一、男である俺が階段を踏み外したという情報が彼女に渡った時は、動揺して病院まで駆けつけてくれた。
その上、こうして俺との会話がちゃんとできていることは大丈夫だ、というサインとして彼女を受け取ってホッとしたはずだ。
すぐに帰ったのは恐らく、家に戻って俺の姉妹達に報告するんだろう。
(全く、素直になれない女性だなぁ・・・)
そう思いつつ、時間的にも遅いので二度寝することにした。