第97話 勇者のフルパワー
次の日マーガレットと朝飯を食べていたら何やら外が騒がしい。多分昨日のシスコンのお兄さんが何かやってるのだろう。
「朝っぱらから元気な事だな」
「ははは、何やらサトウ殿をボコボコにする訓練をしてる様だぞ」
「相当怒ってたからな、国に妹を連れて帰る気みたいだな、まあ無理だけど」
「帰ってきたら戦争だな!傍から見てる分には面白い。修羅場って奴か」
一方家の外では騎士団が戦闘訓練を行っていた。騎士10騎で一人をボコボコにする訓練だった。補給部隊はご丁寧に周りで弓の練習だ。これはサトウ達が帰ってきたら騎兵10騎で攻めながら弓で牽制する演習なのだろうと思う。シスコンの兄貴は目をギラギラさせながら部下に命令していた。部下の方は余りやる気が無いようだ、まあ人間一人相手に騎兵10騎と弓兵20人はやり過ぎだと思うのが普通だ。
「貴様ら!殺す気でやれ!だらだらするな!」
「「「「イエッス!サー!」」」
「あ~・・・お兄さん。殺されると困るんだが・・・」
「何だ貴様か。勿論泣いて謝れば殺しはせん。ワシは妹が帰ってくればそれで良いのだ」
「泣いて謝らなかったらどうなるんだ?」
「ふふっふふ、ちょっと手が滑るかもしれんな・・・」
「もしかして、イザベラに旦那が出来たら全員殺る気か?」
「舐めるな!旦那になる前に殺ってやるのだ!」
何だかイザベラも大変そうだ、こんなのが身近に居たら男嫌いになるだろうな。どうりで最初に見たときは目が怖かったはずだ。毒親&毒兄だった訳だ。しかし、困ったな。イザベラを連れ戻そうとするとサトウがマジギレするのは確実だ、大事な嫁を簡単に手放す奴じゃないし、死ぬまで戦うだろうな・・多分マジギレした勇者はこの大陸中の軍隊を殲滅する事ぐらいは簡単にやりそうだ。止めるには古龍かシルフィーネ位のパワーがないと無理だな。しかし今から呼ぶのは無理だし、そもそも俺は魔力が無いから通信玉も使えないしな。
「お~い、マーガレット。どうしようか?サトウが怒り出したら止められないぞ」
「大丈夫だ、あいつは主殿の言うことなら従う。間違いない」
「普通ならそうなんだがな・・・イザベラが取られるとなると話は別だな・・多分俺が言っても無理」
「何時もの様に上手いこと誤魔化せば良かろう。兄を今の内に始末するとか・・・」
「・・お前・・変わったな」
「当然だ!魔王の嫁だからな!」
マーガレットは豪快に俺色に染まった様だ、自分がやる分には何とも思わないが、ここまで冷酷に言われると何だか少し怖いもんだな。・・ああ・・成程・・それで俺は周りの連中に怖がられてたのか・・確かに怖いな、虫けらを叩き潰すのとまるで同じ感覚で周りを破壊するのだからな・・そして後悔も懺悔もまるで無いのだ、歩く時に蟻を踏んづけても何とも思わないのと同じなのだ。成程俺は魔王なのだな、始めから人間として壊れていたんだ。
「どうした?魔王、遠い目をしてるぞ」
「いや、俺ってもしかしたら悪人なのかなって思ってな」
「ははは、悪でも善でもどちらでも良いぞ。私は魔王に付いていくだけだ!」
馬鹿ってのはある意味最強だな、善だの悪だのは立場の違いでしか無いからな。せいぜい悪事を働くときは大声で善だって叫ぶ事にしよう、その方が楽だからな。どうやら俺とマーガレットはお似合いのカップルだったようだ。はた迷惑なカップルだが、出来るだけ周りに迷惑をかけないようにしよう。
「帰ってきた様だぞ!外が騒がしい」
「了解!」
家の外に出てみると勇者夫婦を騎兵が取り囲み、その周りに20人の弓を構えた兵士がいた。サトウが怒り狂っていると思ったがイザベラが物凄い目つきで怒っていた。周りの騎兵や弓兵は恐怖で凍りついて動けない様だ。嫁の激怒を見た勇者も青い顔をして直立不動だ、初めて見る嫁の姿に驚いているのだろう。まあこういうのは慣れだからな、その内に嫁が泣いたり怒ったりするのに慣れるだろう。
「兄上!そこに座れ、ぶった切ってくれる!」
「ままま・・待ってくれイザベラ!イザベラちゃんは騙されてるんだ、お兄ちゃんと帰ろう」
「黙れ!バカモンが!文句が有るならかかってこい!」
「・・・そんな~、こんな事を言う子じゃ無かったのに・・・」
シスコンの兄はイザベラが激怒しているのに気がついてイザベラの足にすがりついて泣いていた。周りの騎兵も気まずいのか目を合わせないようにしていた。成程、この世界でもこういう所は一緒なんだな~等と俺は思っていた。人間って何時でも何処でもあまり変わらないものだな、まあ歴史書を見ても何千年も同じことを繰り返すのが人間ってものだからな、人間ってこういう生き物なのだろう。
「魔王さん、俺どうしたら良いっすか?嫁が怒ってて怖いんですけど・・・」
「身内の喧嘩に他人が入るとエライ目に会うぞ、静観するのが一番だな」
「そんなもんッスカ?何とかして欲しいッス。何時もの様に適当に誤魔化して欲しいッス」
「基本的に嫁の味方しないと見捨てられるぞ、それは分かってるのか?」
「勿論俺は嫁の味方ッス!敵は皆殺しにしたいっすけど・・兄さん殺すと後が怖いっすよ」
成程こいつは俺と違って常識が有るようだ、幾ら怒っていても後の事を考えるとは頭が良い。後先考えない俺とは大違いだな。イザベラはそろそろ止めないと不味い位に怒ってるし、そろそろ俺が介入しないと騎兵を殲滅しそうだった。彼女にしてみれば折角掴んだ幸せを壊す奴は敵でしかないのだ。
「もはや言葉は無用!抜け兄上!」
「イザベラちゃん落ち着いて、一緒に帰ろう。兄上や父上も待ってるから」
「まだ言うか軟弱者が!魔剣バイパーの餌食にしてくれるわ!」
「お~いイザベラ、ちょっと良いか・・話が有るんだが・・」
「何だ魔王、身内の事に口出し無用だ!」
「まあ聞いてくれ、お前ら夫婦にいい話だから」
「・・夫婦とか言われると・・何だか恥ずかしいな・・」
あれだけ怒り狂ってたイザベラだが、夫婦の2文字でおとなしくなった。作戦成功、だが今度は兄貴が顔を真っ赤にして怒り出した。
「何が夫婦だ!儂等はそんな事認めんぞ!そんな小僧に大事なイザベラを渡すものか!」
「何だと兄上!私の旦那を侮辱する気か!」
「え~っと、お兄さん?」
「何だ貴様に兄等と呼ばれたくないわ!」
「・・・・・・・」
段々腹が立ってきた、折角上手く収めてやろうとしてるのに・・・コノガキ・ヤッチマウカ・・・と思って居たら、騎兵が兄貴を守るように寄ってきた。俺が殺気を放っているのに気がついた様だ、結構な精鋭の騎士の様だ、俺の嫁のマーガレットも俺の隣にやってきて抜刀した、これはもう戦争だな・・俺が上手く場を収めるのは無理だな、調子に乗ったようだ何時もの様に力ずくで場を収める事にした。
「サトウ!剣を抜け!フルパワーを見せてやれ!」
「了解ッス!」
勇者は魔剣グングニルを抜いてドンドン魔力を高めていく、嫁が見てるので何時もの手抜きの魔力じゃなく本気の戦闘モードだ。本来なら勇者なので光属性の白いオーラを纏うはずなのだが、俺と一緒に居るせいなのかそれとも元々邪悪なのかは知らないが真っ黒なオーラを纏っていた。全身から物凄い瘴気をまとったオーラを出し更にバチバチと青白い火花を散らして目を赤く輝かせて立っている。少しでも動けば殺される事が分かるのか騎兵や弓兵は指一本動かさない。そしてそれを見た俺は更に勇者を煽ってやった。
「そんなもんか!本気を出せ!イザベラが取られるぞ!」
「ぐぬ~!!!」
イザベラが取られると言う言葉を聞いた勇者は青筋を立てて怒り出した、赤く輝いていた目は今度は青白く輝いている、全身から膨大な殺気が吹き出して周りの人間は泡を吹いて倒れだした、魔力に慣れていない人間は魔力酔するのだ、魔剣は真っ白に輝いて今にも爆発しそうだ。もう今では気絶してないのは騎士団長のアルファードと俺たちだけだ、イザベラは目を輝かして旦那である勇者を見ていた。
「森にフルパワーで攻撃しろ!勇者の力を見せてやれ!」
「ぐおおおお~!!!」
どう見ても悪役にしか見えない勇者はグングニルから真っ黒な斬撃を森に放った、放たれた斬撃は森に着弾した瞬間大爆発を起こしキノコ雲を上げた。爆発の衝撃波と熱気で俺達は結構吹き飛ばされた。森は半径500m程消滅して偉く深い大穴が開いていた、もう少し近かったら俺達はやばかったかも知れない。流石ドラゴンや魔王と戦うために生まれてきた勇者だ本気を出すと戦闘力だけは物凄いものだ。
「いててて、大丈夫かマーガレット」
「私は平気だ、魔王が一番ボロボロだぞ。平気か?」
「大丈夫っすか?やり過ぎたッス」
「やり過ぎ位が丁度良いのだ!カッコヨ良かったぞ婿殿」
「えへへへ~、そうッスか」
勇者のフルパワーを見たイザベラの兄貴は気絶していた、今頃になって自分が相手にしていた人間が化物だと気がついた様だ。まあこれだけの力を見せたら後は説得するのが楽で良いな・・脅迫かもしれんがな。
とりあえず地面に転がってる兄上を屋敷に運んで介抱してやるか、晩飯でも食いながら2人の行く末に付いて話し合う事にしよう。