第96話 イザベラ
マーガレットの領地に帰った俺はコツコツと地道に畑を耕したり、牧場を作ったりしてのんびりしていた。旅と違って疲れたら休息したり川で魚を釣ったりする田舎暮らしだ、ササクレだった精神も落ち着いてきた様だ。勇者夫婦はすごく仲が良くて微笑ましかった、いい年なのにまるで高校生カップルの様な感じなのだ。
「魔王さん、ありがとうございました」
「何だ改まって、お前が敬語を使うとは珍しい」
「いや~、イザベラと結婚させてもらって感謝してるッス。
「お前らすごく相性が良さそうだもんな。お似合いだ」
「俺もそう思うッス」
2人ともお互いを大事にしてるのが傍から見ていても分かるほどのカップルだった。森の中で1週間程モンスターの討伐をしても仲が良いって事は相当な相性の良さなんだろうと思う。まあ、俺の世界で言えば同棲しても仲良く生活してる様なもんだな。ウブな男は女の事を別の生き物って思ってる様だが、同じ人間なんだから腹も減ればトイレにも行く、怒る事もあれば泣くことも有るのだ。それに恋人と嫁は違うし、嫁は母親では無い別の人間なのだな、ここら辺が理解できないと結婚生活は破綻するのだな。
「しかし、魔王さん達夫婦は貫禄っすね。安定感がすげ~ス」
「そうか?」
「遠慮がまるでない所がスゲ~っす!熟年カップルに見えるっす」
勇者が結婚したので俺は少し羨ましかった、それで自称俺の嫁というマーガレットに一緒に暮らそうかって聞いたら、「そんなの当たり前だ」って言われたので一緒に暮らしだしたのだ。あいつは本気で俺と夫婦になったのだ。
「誰が熟年だ、私は17歳だぞ」
「あっマーガレット、悪い意味じゃ無いっすよ。もう長年一緒に居るように見えるって意味っす」
最初は俺みたいな変人じゃなくって「普通の旦那の方が良いぞ」って言ってたのだが、「借金まみれの私を嫁にする普通の男など居ない」って言ってたな、それに領主といってもどうせ先もない一番下っ端だから生きていくだけで精一杯だったらしい。どっちにしろ「私は、お前に付いていくから諦めろ」って言ってたから夫婦になったのだ。マーガレットらしい豪快さだった。
「なんか知らんが、マーガレットは俺の傍にいるらしいぞ」
「ふふふ、一生傍に居てやるから覚悟しろ」
「ハハハ・・・なんか怖いっすね。・・・魔王さんは平気みたいっすけど」
「こんなの大した事ないぞ。来世も一緒って言われてた事が有るからな」
「・・・・・・魔王さん、色々経験し過ぎっすね・・・苦労したッスね」
「同情するな!マジで凹むから」
確かに色々苦労した、普通の人間の何倍も苦労した気がする、でも俺は直ぐに忘れるのだ、根が馬鹿だから自殺もせずに平気な顔して生きてきたのだろうな、俺は痛いとか怖いって感情が無いから死ぬことなんて何とも思わない欠陥品だからな、何時か必ず死ぬから後悔しないように生きてきただけなんだな。
「それは凄いっすね、俺はまだ死にたく無いっす」
「そりゃ大変だな」
「いや大変じゃ無いっす、普通っす」
「でもな、人間って必ず死ぬんだぞ。その時に笑って死ねないじゃないか」
「魔王さんって笑って死ぬ気っすか!」
「当たり前だ、俺はな、笑いながら死ねる様に頑張ってきたんだ」
「任せろ魔王、私が看取ってやるぞ」
「おう!マーガレット、頼むぞ」
「ははは・・・付いて行けないっす。貫禄有り過ぎっすね・・」
マーガレットの領地に帰ってきて1ヶ月ほど畑を耕したり、子供達と遊んだりしていたら結構形になってきた。俺の精神も充電出来たようなので金を稼ぐクエストをそろそろ始めようかと思ってた矢先に変な連中がやって来た。騎馬10騎に従者が20人程の辺境警備隊だ。
鳥が火を吐いている旗を掲げた騎兵がこちらにやって来た、結構装備の良い感じだ。こんな辺境に警備隊が来るのは珍しい、そもそも警備隊を初めて見た。そして先頭にいたひときわ立派な装備をした巨漢が俺の方によってきた。
「ここの領地の者か?領主の館はどこだ」
「領主の館はこの道の奥、馬で30分位の所です」
「そうか、案内を頼む」
「分かりました、ご一緒しましょう」
俺は驢馬のロバートに乗って騎士団の先頭をとことこ歩いて行く、剣も槍も持ってないし驢馬に乗ってるので全く警戒されてない、地元の領民としか思われていないようだ。それに晩飯のオカズの魚を釣っていただけだしな。
「騎兵が来るのは初めてですが、何か有ったのですか?」
「別に何もない、我らはグリフォン騎士団だ。イザベラがこの領地に居ると聞いて来たのだ」
「イザベラのお知り合いですか?」
「ワシはイザベラの兄だ、結婚したとか聞いたのでな、相手の男を見に来たのだ、お主イザベラの夫の事を知っているか?」
「はあ、知ってます」
「どんな奴だ?イザベラより強いのか」
「かなり強いですね、見た目は弱そうですが」
この騎士団はイザベラの領地の騎兵団だった、辺境伯はかなり裕福らしく装備も整っていて結構強そうだった。まあイザベラも脳筋だから領主も脳筋なのかも知れない、兄はかなりの巨漢で180センチを軽く超える男だった、体中傷だらけで実戦経験も豊富そうだ。
騎兵団が近づいて来たのに気づいたマーガレットが屋敷から出てきてこちらを見ている。旗を知っているのか警戒してる感じはしない。
「やあマーガレット、イザベラのお兄さんを案内したよ」
「うむ、グリフォン騎士団と言えばこの大陸でも有名な騎士団だ。イザベラ様の兄は騎士団長とか言っていたな」
「我らの事を知っているなら話が早い、私はイザベラの2兄のアルファード、イザベラに会いに来たのだ」
「イザベラ様は今、森の魔物退治に行っています。もうすぐ戻られるはずです」
「そうか、それではここらで野営をしたいが、構わんか?」
「どうぞご自由、大したもてなしは出来ませんが」
「うむ、世話になる」
イザベラのお兄さんを領主の館に招いて、話を聞いてみた。イザベラが結婚して街を出たと言う情報を聞いたイザベラの領地は大騒ぎになったそうだ。なんと言っても領主の長女なのだ、本来なら領地を上げて結婚式をして領民全員に知らせる事態なのだ。それを事もあろうに誰にも知らせずに勝手に結婚して、男と駆け落ちするなど言語道断だって事だった。それも相手の男はタダのC級冒険者だと聞いて、領地の騎士団を連れてイザベラに直接確かめに来たのだそうだ。
「成程、確かに。ご心配ですな」
「そうなのだ、イザベラの事を考えると心配で心配で・・夜も眠れんのだ!」
「イザベラさん愛されてますね」
「当然だ、我が辺境のアイドルなのだ。全領民から愛されておる。結婚の知らせを聞いて兄上と父上は泡を吹いて倒れた位なのだ」
「・・・それは、大変でしたね・・・」
「可哀想なイザベラ・・・きっと騙されておるのだ。ワシがイザベラを助け出すのだ!」
イザベラの2兄はドンドン興奮して真っ赤な顔をして怒り出した。どうやらイザベラ大好きなシスコン野郎の様だ。
「でもイザベラさんが強引に婚姻届にサインさせたみたいでしたよ」
「そんな事はない!イザベラは男嫌いなのだ!何せワシらが毎日男の悪口を言って男嫌いにしたからな!」
「え・・・何故そのようなことを?」
「可愛いイザベラは誰にもやらん!イザベラは我らの永遠のアイドルなのだ!」
イザベラは無くなった母親そっくりなのだそうだ。だから父も兄たちもイザベラを何処にもやりたくないのだそうだ。だから毎日洗脳して男嫌いにして、男に襲われても平気なように毎日武術を教えていたのだそうだ。元々才能が有ったのか、護身用に領地の宝の魔剣をやったら物凄く強くなって手に負えなくなったらしい。公爵との婚姻も全員反対だったので、イザベラが公爵の息子をぶちのめした時も兄弟で宴会をして祝ったそうだ。それでも公爵に逆らったので罰として領地から追い出した事にしてギルマスにしたのだそうだ。ギルドを買い取るのに莫大な金を払ったが、イザベラの為なら平気だそうだ。こいつらイザベラの為なら何でもする連中だった。