第94話 勇者とギルマス
次の日早起きした勇者はギルドに向かった。俺はマーガレット達とこの街の見学だ、魔剣使いのギルマス相手に俺が勝負になるわけないので最初からギルドに行かないのだ。それに盗賊から分捕った馬が6頭もあるのがとても困るのだな、馬を預かってもらうと6頭で一日3万ゴールド程取られるのだ。早く売るかマーガレットの領地に連れて行くしか無いのだ。
「とりあえず馬をつれてマーガレットの領地に帰るか?馬は金が掛かりすぎる」
「そうだな、盗賊の討伐料は後から貰う事にしよう。領地なら馬など幾らいてもタダで養えるからな」
「それに子供達もそろそろ移動させたいからな」
ここの生活は変化が大きすぎて計画を全く立てられなかった。全部行き当たりばったりで決断したからだが、仲間がどんどん増えてゆくのだ。サラリーマン時代は毎日変化のない生活が続いているだけで何年経っても年を取るだけだったから楽だった、まあ面白くは無かったけどな。
「おいマーガレット、俺の何処が悪いんだろうな?仲間や物がドンドン増えていくんだが?」
「何だ気がついてなかったのか、意外と魔王も抜けてるのだな」
「俺が間抜けなのは自覚してるぞ、昔から変わり者だったからな」
「魔王は兎に角逃げないからな、何にでも手を出すからだ。その結果盗賊を討伐したり女を助けたり、馬が増えるのだな」
「よくわからんな、俺に分かるように言ってくれ」
「アタイが教えてやるよ」
「おう、アリアか。教えてくれ」
そこからアリアに教えてもらった事は俺は周りの人達と違うって事だった。盗賊に襲われた他の人は戦わないで震えていただけ、盗賊が逃げても追いかけないし殺さないし戦わない。危険から逃げるのが普通で立ち向かったりはしないって事だった。そして普通は盗賊を追い払ったら安心してそこで終わり、後は街の衛士に報告して終わり。自分で殲滅して人質を助け出して盗賊の宝をぶん取る様な奴は居ないって事だった。
「成程~、つまり俺はやり過ぎたわけか。それで結果的に色々な物が付いて来たって事か、納得した」
「あんた、自分がやり過ぎって思ってなかったのかい?」
「うむ、全然思ってなかった。初めて気がついた、教えてくれてありがとう」
「やっぱり変わってるねアンタ」
自分が何か変だなって思う事は有ったが、何処が変なのかは良く分からないのが人間なのだな、直ぐ傍に友人でも居れば教えてくれるだろうが、俺はボッチだったから誰も教えてくれなかったしな。自分で何でも出来たから友達要らなかったしな、まあ彼女は何時もいたけど俺に文句を言う女は余りいなかったな、俺も彼女に文句を言ったりしないからな、人間って何処か悪い所が有るのは当たり前だから、変な所は個性として受け入れていたからな。
馬が増えたので街で中古の馬車を100万ゴールドで買った。馬2頭で引っ張る立派な奴だ、どんどん財産が増えていってる。盗賊から分捕った馬は結構いい馬だったので売れば金になるが、マーガレットはナイトの末裔なので馬好きだった。彼女に騎士団でも作ってやろうと思って売らなかったのだ。騎士は居ないが彼女が今から育てれば良いのだ。
「私の騎士団用に馬をくれるのか、気前が良いな」
「お前が自分で作れマーガレット、子供たちを今から鍛えれば5年位で立派になるぞ」
「流石我が嫁だ、将来の事を考えているのだな!私も鼻が高いぞ!」
馬をやったらマーガレットが大喜びだ、自分の騎士団を持ってるのは貴族でも男爵以上だからな。タダのナイトなら自分が馬を持ってるだけだ。自前の騎兵を持っていれば周りからも賞賛される、借金まみれの貧乏領主からすれば夢の様な変化だ。まあ、借金を返すのが先なのだが、何とかなりそうだしな。どれ勇者の様子を見にギルドに行ってみようかな。
「大変っす!まずいッス!困ったっす!」
「何だ一体?お前が困るわけないだろう」
「いや、マジで困ってるっす!助けて下さい」
「もしかして負けたのか?」
「いや、勝ったッスヨ簡単に。それが拙かったす」
勇者は凄く口下手なのだ、馬鹿じゃないのに人に説明するのが苦手なのだ。自分じゃFランしか出てないからだって言ってたが嘘だ。高卒でも口が上手い奴は幾らでもいるし東大卒の馬鹿も居た。こんなのはタダの馴れなのだ。そこで最初から順を追って話してもらったらこんな感じだった。
朝言われた通りにギルドに行ったら10人位の冒険者がいた、自分も列に並んでいたらくじ引きが始まった。クジを引いたら10番だった、何をするのか分からないが皆についていったらギルドの闘技場だったのだそうだ、そこで並んでた連中と順番に試合して1番になったら10万ゴールドとギルドマスターへの挑戦権が与えられるのだそうだ。
「そこでトーナメント試合して勝ったんだろ?」
「いや、メンドくさいから全員に喧嘩売って9対1で戦ったっす」
「何でそんな事したんだ、無茶だろう」
「朝飯食ってなかったから、早く終わらせようとしたっす。トーナメントとか時間が掛かって面倒っすよ。どうせ俺が勝つから早く終わらせたかったッス」
周りの冒険者に喧嘩を売って9対1で戦ったが、ほんの2分で全員ぶちのめした勇者は見事にギルマスへの挑戦権を得たそうだ。そして戦うのが面倒だから10万だけ貰って帰ろうとしたのだそうだ。ギルマスに勝ったりしたら嫌がらせを受けるかもしれないと思ったからって言ってたな。
「金だけ受け取って帰れるわけないだろう、挑戦者を選ぶためにわざわざ金かけてるんだから」
「そうなんすよ、俺もそう言われたッス」
仕方ないからギルマスと勝負してやったけど、攻撃を全部躱したら怒り出して身体強化の魔法を使ってきたのだそうだ。
「成程、ギルマスって魔法が使えたんだな。そこでお前が本気を出してやっつけたって訳か」
「いや、全然本気じゃね~ス、魔王さんのクソ汚い攻撃から比べたらチョロかったから全部躱してやったッス」
「そりゃあ嫌な勝ち方だな、相手が傷つくぞ」
「そうみたいっすね、何か泣いてたッス」
ギルマスが泣き出したが賞金を無理やり貰って受け取りにサインしたのがつい先程なのだそうだ。つまり勇者はギルマスを泣かしたから何とかして欲しいって言ってるわけだった。
「え~っと、つまりお前はギルマスを何とか宥めて欲しいって言ってるのか?」
「そうっス!女が泣くとどうして言いか分からないッス!魔王さんなら慣れてるから大丈夫そうッス」
「何か引っかかる言い方だな、まあ慣れてると言えば慣れてるけどな」
「これ賞金の1000万ッス、あげるから何とかして欲しいっす」
「探したぞ!婿どの!」
ギルマスを探そうとしたが、向こうからやって来た様だ。なんだか紙切れを振り回して走ってきた。
「結婚式の予定は何時にするのだ、婿殿」
「何の事っすか?ギルマスさん」
「何を言っているのだ、婚姻届にサインしてとぼける気か!」
「え~と、ギルマスさん婚姻届を見せてもらえますか?」
ギルマスが振り回していた紙を受け取って見てみたが、俺と勇者は字が読めないのだな。そこでマーガレットに見てもらったのだが、この帝国の正式な婚姻届だったらしい。つまり勇者がサインした時点で勇者とギルマスは夫婦になったのだ。まあ、これを役所に提出してからが公式な夫婦なのだが、貴族階級用の公式用紙に間違いないらしかった。
「これは公式な婚姻届だ、間違いない」
「当たり前だ、私がインチキなどする訳ない!」
「だそうだぞサトウ、お前サインしたんだよな」
「サインはしたけど、俺は字が読めないから金の受け取りと思ったッス」
「え~と、ギルマスさん。こいつが夫で良いんですか?」
「うむ構わんぞ、このままでは私は一生独身になりそうだからな。強くて見た目が普通なら大丈夫だ」
どうやらギルマスは崖っぷちにいたらしい、自分より強い奴と結婚するはずだったが、予想以上に自分が強すぎて相手が見つからないので毎週大金を掛けて強い相手を探していた様だ。この世界では15か16歳で結婚するのが普通みたいだから、ギルマスの年では普通の結婚は難しかったんだろうな。
「おめでとう!サトウ、幸せになれよ!」
「「「「「おめでとう!」」」」」
「え~!マジっすか、ひで~ッス!」
「でも、ギルマスって美人でスタイル良いよな」
「それはそうッスけど・・・」
「辺境伯の長女で生まれも良いよな、おまけにギルマスで魔剣使い。物凄く優良なキャリアウーマンだぞ。普通ならこっちから土下座で頼む相手だぞ」
「・・・・でも・・・」
「お見合いで結婚したようなもんだ、結婚なんて勢いだぞ。お前なら大丈夫だ。このくらいしっかりした嫁の方が良い、間違いない!愛されてる方が幸せだぞ!」
「愛されてるっすか・・・そんなの初めてっすね。ちょっと嬉しいっす」
崖っぷちのギルマスと女好きの勇者はこうして結婚する事になった。この機会を逃すと勇者もギルマスも一生独身コースに成りそうな気がしたのだ。それに嫁さんもらうと勇者も落ち着くだろう、実力のある男なのだきっと大丈夫だ、俺の勘は良く当たるのだ。外れたら謝ろうと思う。