第92話 魔王と勇者
捕まえた盗賊にアジトの情報を頂いた俺達は、ついでに盗賊の溜め込んだ財産も頂くことにした。マーガレットの借金返済の為に都合が良い。人数が多いので結構溜め込んでいるかもしれない。アジトには勇者と俺の2名で行くことにする、余り楽しい仕事には成らないだろうからマーガレット達には見せたくないのだ、俺達の手は血塗れなので今更どうという事もないがな。
ロバートに刺さっていた矢は何とか抜いて消毒しておいた。矢尻に返しが付いてるので抜くのが大変だったのだ。
「よし、最後に一つだけ聞く。正直に言え」
「・・何でも喋るから命だけは助けてくれ!」
「アジトに女を何人捕まえている?」
「2人だ」
「マーガレットこいつの事は頼んだぞ、しっかり見張っておけ」
「分かった、逃げれば切る」
勇者が捕まてきた盗賊の馬2頭に乗ってアジトに行く。馬は尻が痛くなるから嫌いだが仕方ない。残りの連中は少し早いがここでキャンプを張るようだ、盗賊団はほぼ壊滅状態なので安心してる様だ。残りの者たちも協力して盗賊を見張ってくれると言っていた。
「じゃあ行くっすか?」
「ああ、行こうか」
盗賊のアジトは馬で2時間程の所にある廃坑の中だそうだ。入口が1箇所しかないので急襲には都合が良い場所だ、逃げ場が無いから。但し人質が居ると少し面倒だ立て篭られると膠着状態になってしまうのだ。
「作戦は有るっすか?」
「無い、音を立てずに急襲するしかないな。俺は役に立たんぞ。派手な音を立てるからな」
「任せるっすよ、勇者は伊達じゃないっす。おまけに今度は人質救出だから頑張るっすよ」
「ああ頼むよ。でもな、人質は酷い目に合ってるだろうから覚悟しておけよ」
「・・・そうっすね・・・後が大変そうっす。・・そこらへんは魔王さんに丸投げっす」
盗賊に捕まった女の末路は想像出来る。ただ助けるだけなら簡単だが、後の事は分からない。盗賊達は捕まれば死刑なのを承知でやってる連中なので、生きてる間は全力で悪事をする。馬に乗ってて尻が痛いのも皆盗賊のせいなのだ、尻の痛みやその他諸々の不満を全てかき集めて盗賊にぶつけてやる事にする。
2時間程馬に乗ってるとアジトに付いたようだ、馬は賢いので勝手に家に帰るのだ、行き先を指示する必要も無かった。
「腹減ったな、晩飯の時間だな」
「早いとこ片付けて飯にしましょう」
仲間の帰りをまってるはずなのでかなり手前で馬を降り徒歩で廃坑に向かう。案の定見張りが入口にいて座って酒を飲んでいる。情報では盗賊は4人居るはずだ、そして女が2人。
「どうする?俺がやろうか?」
「音がするから、俺が魔法で片付けるっす」
勇者だけに負担をかけるのは嫌だから俺も半分は受け持ちたいのだが、生憎俺には能力が無かった。俺に出来ることは勇者の精神的負担を軽減することだけなのだ。平たく言えば俺の命令で盗賊を討伐したと言う名目を与えることだ、そうすれば勇者の精神的負担は少し軽くなるはずだ。俺が背負える重荷は出来るだけ背負うのが年長者としての勤めだからな。
「ウオーター!」
「・・・・・・・」
入口で酒を飲みながらこちらを見張っていた盗賊が喉を抑えて転げまわっている。水魔法が当たった感じはしなかったのだが?
「なんだ今の?」
「盗賊の口の中に大量の水を出したっす。息ができなければ声も出せないっすよ」
「えぐいな・・・効果的だが」
2分ほど地面の上を転げまわっていたが静かになった。陸で溺死するとは中々器用な盗賊だった。最後の2分で今までの行いの報いを受けたのだったら良いのだがな。
「じゃあ行くっす!魔王さんはここで待ってて欲しいっす」
「何でだ?一緒に行くぞ」
「俺一人の方が早いっすよ」
「そうか・・お前だけに負担かけてすまんな」
「一応これでも勇者っすから、平気っす」
ちょっとだけ口元を上げた勇者は魔剣を引き抜いて洞窟に走り込んで行った。あいつも俺と同様ブッ壊れた人間なのかもしれないな。さぞかし元の世界では生きづらかっただろうな。
勇者が走り込んだ洞窟は静かなものだった、無音で盗賊達を片付けている様だ。人類最強が暗殺者として目覚めてしまった気がするが、な~に世の中って不思議な事が多いのだ。こんな勇者が一人ぐらいいても良いだろう。5分ほどして洞窟から勇者が出てきたが、何やら困った顔をしていた。トラブルか?
「魔王さん、終わったっすけど・・困ったッス」
「どうした?」
「女の子を2人助けたけど・・怯えて話に成らないッス」
「そりゃあそうだろう、多分酷い目に合ってたんだろうからな。男に恐怖心を持ってると思うぞ」
「どうすれば良いっすか?」
「まずここから連れ出して、女達に世話してもらおう。後は時間が解決するか・・・しないか・・だな」
2人で洞窟に入って2人の所に行く。俺達に怯えて震えている2人に声を掛けて、盗賊は全滅したことを知らせる。そして2人を助けに来たことを伝えたが信用されてない様だ。完全に男性不信に陥っている様だった。
「おい、お湯出してくれ。俺は晩飯つくるわ」
「はいッス」
今は何を言っても彼女達の心には届かないだろう、普通の日常に引きずり出すしかないので晩飯を作って体を綺麗にした。そして彼女達を捕まえていた連中の死体を見せて、もう悪夢は終わった事を見せてやった。
「こいつらがお前達の前に現れることは2度と無い。安心しろ」
盗賊の死体を見た2人は安心したのか大声で泣き出した。やっと現実を認識したようだ。泣いている女たちをその場に置いて俺と勇者は洞窟探索だ。金目の物を全て持っていくのだ。彼女達の生活の足しにしてやるのだ、金が無ければ飯が食えないからな。しかし、盗賊たちの全財産を集めても50万ゴールド程しか無かった、ちゃんと蓄える様な真面目な奴らでは無いようだ。稼いでも直ぐに使ってしまう馬鹿共だったようだ、まあ計画性が有れば盗賊などやってないだろうから仕方ないな。
「お前らどうする?帰るところが有るなら送ってゆくぞ」
「「・・帰れません・・・」」
「そうか・・一緒に来るか?俺はマーガレット領主の家来だ。マーガレット領に歓迎する」
「・・・・はい・・」
盗賊の慰み者になっていたので、もう元の所へは帰れないのだ。マーガレットの所で新しい生活を始めた方が2人にとっては良いだろう。全てを忘れる事は無いだろうが、時間が経てば少しはマシになるはずだ。
「なんか・・・切ないっすね・・」
「ああ・・クズ共の犠牲者だ。彼女たちは全然悪くないのにな」
盗賊たちの馬が有ったので全部持っていく事にした。売れば金になるし、マーガレットの領地で使ってもいいのだ。俺と勇者の後ろに2人を乗せてキャンプに向かう。俺も勇者も彼女達にかける言葉は持っていなかった。何を言っても虚しいだけだ、情けをかければ彼女たちが悲しむだけだからな。こういう時は何も言わないのが一番良いのだ、何か喋りたくなったら話を聞けば良い。後は彼女達の戦いなのだな。
結局心の平穏なんてものは自分で掴み取るものだからな、少しくらいの手伝いは出来るが俺が与える事は出来ないな、俺や勇者には彼女達に自由を与えるだけで精一杯だ。