第9話 開戦2日目 夜
さて昨日の夜に十分な睡眠を取れていない東の軍勢は朝から動きが鈍かった、そして昼過ぎには食料不足の影響からか益々士気が低下しているように見えた。相手が弱ってるのはとても良い事なので更に弱ってもらう事にした。
「バルド!出撃準備せよ!」
「はい魔王様!いよいよ突撃ですか。」
「そうだ、だが直ぐに帰ってこい。」
「はあ?直ぐに帰って来るのですか。」
「そうだ。何回も突撃のふりをして相手を疲れさせるのだ。そして立てない位に弱らせてから総攻撃だ。皆殺しにするのだよバルド。」
「分りました魔王様、魔王様の謀略は俺には分かりませんがやってみます。」
今まで亀のように魔王城に閉じこもっていた俺の軍勢は突如門から討って出た。籠城戦だと勝手に思い込んでいた東の軍勢は奇襲を受けた形になり右往左往している間に相当数打ち取られてしまった。バルドの軍団は大型で気の荒い魔族ばかりなのでこういう力押しは得意の様だった。そして相手がこちらの攻撃に対応するようになってきたらさっさと城に引き上げて来て休息を取らせた。
「どうだバルド?手ごたえは。」
「魔王様、あいつら弱すぎますな。何時もより更に弱くなってますぞ。」
「そうかそれは良かった、ゆっくり休め。あいつらが油断した所をまた叩くぞ。」
「お任せ下さい魔王様。」
それから俺はシルフィーネの所に行って飛べる魔族を借りに行った。東の軍勢に更にプレッシャーをかけるのだ。
「シルフィーネ、空を飛べる魔族を貸してくれ、空から攻撃する。」
「魔王様、ドラゴン達は全て西の軍団攻撃に行きましたので強い者は残っていませんが・・」
「いいんだ、なるたけ高く飛べて物を運べる連中が欲しい。」
「?」
「空から西の兵隊に物を落として攻撃したいんだ。落とすのは石が良いな。相手の矢とか投げ槍とかも有るけど勿体ないからな。」
それから俺は空を飛べる魔族を100人程借りて西の軍団に嫌がらせを開始した。西の軍団はまた城から突撃を警戒して城門ばかりを気にして空は誰も見ていなかった。そりゃそうだ今までは空から攻撃してないからな。だが今からは空も警戒してもらう、警戒に必要な疲労は2倍ではなく2×2の4倍になるのだ、これは人間の感覚が対数的に影響を受けるためだ。
「いいかお前達、敵の矢が届かない所から石を落とすのだ、別に当たらなくても構わないぞ。石が無くなったら戻って来て又石を拾って出撃だ。一番上手く石を当てた奴は俺が褒美を出すぞ。」
はっきりいってこれで相手が倒せるとは全然思っていない、火炎瓶とか酸とか毒を使えば効果的だが自分の森を破壊しまくるのは流石に気がひけた、負けそうなら当然やるが今は火炎瓶も毒瓶も用意が出来ていなかった。うむ、両方密かに用意しないといけないな、後から作らせる事にしよう。
「魔王様、1個当てました。」
「おお、偉いぞ。もっと当ててやれ。」
「魔王様、当たりませんでした。」
「なに気にするな、石なら幾らでも有るからな。じゃんじゃん落とせば当たるはずだ。」
空を飛ぶ連中が結果を報告しに来る、当たり前だが当たらない。そりゃあ上から石が振って来るだけだから上を見ていれば避けられる。それほど大きな石でもないので兜や鎧を着ていたら被害はほとんど無い、ただむき出しの手足や頭に当たると被害が出るので無視は出来なかった。中には陣地を捨てて森の木の下に避難する連中も出て来た。
「バルド、出撃だ!あいつら上ばかり気にしてるぞ。」
「了解、魔王様。汚い所がスゲ~です。」
せっかくあいつの突撃を楽にしてやろうと嫌がらせをしてやったのに酷い言われようだ。2面から攻めるのは普通だぞ、むしろ正面から攻めるのは馬鹿だ。しかし、これで東の軍は昨日から休まる暇もなく緊張してるのでそろそろ疲れが出てるだろうな、人間は緊張が緩むと途端に疲労感が出て来るからな。アドレナリンが出ると反動が有るから長期戦は淡々と戦わないといけないのだ。
「魔王様、帰ってきました。100人位しか打ち取れませんでした。」
「よしよし、さっきと合わせて500人位だな良い感じだ。もうすぐ夕方だバルド部隊は休ませろ。明日の朝からは忙しくなるぞ。部下たちに良く言っておけ。」
「さて昨日は夕方からは静かに防御していたが今日からは違う、せっかく長時間緊張して貰ってるのだからもっと緊張してもらうのだ。用意は良いかなオルカ?」
「はい魔王様。あやつらが打ち込んで来た矢や投げ槍を全部集めております。」
「よしよし、あいつ等にちゃんと返してやるのだオルカ。」
「魔王様、西の部隊を攻撃して参りました。」
「おお、シルフィーネ。どうだった?」
「ドラゴンによる奇襲で食料等を焼き払いました。しかし、兵士共はほぼ手つかずですが良いのですか?」
「それで良い、食い物が無ければ前進出来ないからな。食い物を集めるのに時間が掛かるだろうな、2万人分の食料を集めるのにどの位の時間が掛かるか想像も出来んな。」
「西の部隊の前進はかなり鈍ったはずだ、これで東に集中できる。後は魔王城の周りを綺麗にするだけだな。オルカ頼むぞ。」
「昨日のうっぷんを晴らさせてもらいます魔王様。」
夕方から交代したオルカの部隊は全方向に弓や投げ槍で攻撃した、東の軍勢は壁から弓や投げ槍の届かない所に下がってしまった。そして相手が下がるとオルカの部隊が出撃して相手を少しずつ削っていった。相手が集結して来ると城の中に帰って来るのだ。結局城門の傍に大部隊を置いてこちらに対抗するしか無いと考えた東の軍団は魔王城を全面で取り囲むのを辞めて、城門前に兵を集中して配置しだした。
「よしよし、阿呆共が集まって来たな。」
「魔王様、いかがいたしますか?」
「することは決まってるだろ?」
野戦部隊のクロード達を呼んで油をたっぷり持たせてやった。東の兵隊達は城門の前に集まってるのでやりやすい。食料も大部隊の中で大事に守ってる様だ。そうだよな、人間不安になると群れるよな、大事な物は守ろうとするよな。無意識にそうするんだこれは仕方ない事なのだ。そしてそれを意図的に作り出したのは俺だ。昨夜から睡眠と食料の不足して疲れ切った兵士達が寝入った真夜中に。野戦部隊が周り中から火をかけた。それほど乾燥した森でも無かったが生木が燃える煙と炎で東の兵士達は大混乱に陥った。勿論この混乱に乗じて、野戦部隊は食料の焼き討ちと、指揮官の排除をドンドンやっていた。夜明けまで大混乱が続いていたがやっと夜明け位に火が消えてひとまず森の中は納まった様に見えた。
「魔王様、今戻りました。残りの食料は焼き払いました。指揮官らしき者も100人程打ち取って参りました。」
「良くやったなクロード、上出来だ。良い祭りだったぞ。人間共の悲鳴がここまで聞こえていたぞ。」
「これで奴らは食い物が無くなりましたな。何を食うつもりでしょう?」
「さあな、夢とか理想とかを食うのだろうな。勿論腹は膨れないがな!ハァ~ハッハッハ!」