第74話 魔王の冒険
王子が帰ったので俺と勇者は暇をしていた。この世界は今の所安定しているのだ。それに俺はこの世界を発展させようとか、より良い世界にしようとは思っていなかった。よその世界から来て何も知らない人間が他所の世界の価値観を振り回して騒ぎを起こすのは良くないと思っていたのだ。産業革命なんて起こしたら人口爆発が起こって資源争奪戦が起こるのは確実だからな。
「暇っすね、魔王さん」
「そうだな、こっちじゃ仕事無いしな」
「冒険ってしてみたくないッスか?」
「冒険者はまだやった事ないな~、この世界に冒険者とか有るのか?」
「隣の大陸に有るらしいッス。冒険者ギルドが有るから、登録すると冒険者らしいっすよ」
「面白そうだな、でも俺は弱いから無理っぽいぞ」
「任せるッス!俺は勇者っす、今度こそ活躍して見せるッス!」
その時はいい考えだと思ったんだ。こっちの世界に帰って来たけど余りにも平和すぎて毎日サキュバス達とお茶をして遊んでいるのにも飽きて来ていたのだ。思えばこれが間違いの元だったんだな、公務員辞めた時みたいなもんだな、この後延々とブラック企業が続くと分かってたら辞めなかっただろうな~。
次の日、4天王やサキュバス達に黙って勇者と俺は魔族の街から脱出した。勿論書置きは置いて来た、3か月程隣の大陸を調査するって名目にしておいた。
「いや~何かドキドキするッス、美人の冒険者とか居ると面白いっすね」
「サキュバス達より美人は居ないと思うぞ、それに冒険者って短期の契約社員だよな」
「も~、魔王さんって夢が無いっすね!ワクワクしないんですか?」
「そんな事言われてもな~」
ラノベでは転生した連中が冒険者になって冒険するわけだが、その理由が金の為とか強くなりたいとかハーレムを作ってモテたいとかだもの。俺は魔王だから偉いし、こっちでも向こうの世界でも商売が上手く行ってるから金有るし、ハーレムなんて俺の部屋にはサキュバス達がウジャウジャいるのでどうでも良いしな。強くなるのは無理だし、そもそも強い部下が沢山居るから俺が強くなる必要も無いのだな。では何故勇者と一緒に冒険者に成りに隣の大陸に行くのかと言えば、ただ退屈だったからなのだ。
「どうやって隣の大陸に行くんだ?船かな?」
「西の国から船が出てるらしいッス、1ヶ月位掛かるらしいッスよ。たまに事故って沈むそうッス」
「ハハハ・・・笑えね~な」
魔王城から金は持って来たのだ、金貨と宝石の詰まった袋を持ってきたので3か月位は生活出来ると思うが駄目なら冒険者で稼げば良いな。これぞ異世界って感じだ。俺も勇者もこっちの世界の服を着れば普通の人間と見分けはつかない、二人とも目立った特徴も無いし身長も175センチ位なので大きくもなく小さくも無かった。それで目立たず船に乗る手続きをすることが出来た。
次の日に隣の大陸行きの船に乗り込んだ、二人で金貨5枚だったが2人部屋の上級船室だったのでしょうがない、雑魚寝の一番安いヤツは銀貨2枚だが、臭くて貧乏な連中と一緒に雑魚寝するのは無理だ。飯は1日2食で朝と夜に硬いパンとスープが出るとの事だった。
「魔王さん、結構揺れるっすね!船ってこんなに揺れるんですね」
「おい俺は魔王じゃ無いぞ、腕輪ちゃんは置いて来たからな」
「マジっすか!それじゃあ魔力変換出来ないっすね。大丈夫なんですか?」
「さあな、俺は今は普通の人間だ。お前だけが頼りだな、宜しく頼むぞ」
「大船に乗ったつもりで居て良いッスよ、俺は勇者っす!」
今の俺は魔王では無くなっていた、毎日腕輪ちゃんに見られているのにウンザリした俺は、腕輪ちゃんが飯を食ってる隙に逃げ出したのだ。腕輪が無ければ俺は魔王でも何でもないただの人間なのだ。それでも一応冒険の準備だけはしておいた、魔力変換で一応武器は貯めこんでいたから冒険に出る時に持てるだけの装備は持ってきたのだ。
「船旅って退屈っすね」
「ああ、周りが海だから何処にも逃げ場がないもんな」
他の乗客よりもかなり贅沢をしている俺達だが、それでも酷い待遇だった。臭い水や硬いパン、パンには虫が湧いているので食べる時にはパンを叩いて虫を追い出して食べるのだ、そしてスープはボロボロの野菜クズに塩漬けの豚肉がメインで後は魚が出る位だった。腕輪ちゃんが居れば何でも好きな物が出せるが今は我慢して食べるしか無いのだな、まあ冒険者なんてこんなものだ、ホームレスみたいなものだからな。
「何してるんですか?毎日分解して組み立ててるっすね」
「銃の手入れだ、油さして磨かないと海の上じゃ直ぐに錆びるからな」
「そんじゃ俺も剣の手入れをするッス、なんか錆びが出て来たっすよ」
海賊が出てくるわけでもなく、船員に襲われもしない平和な船旅なので俺は毎日銃の分解整備をして暇つぶしをしていた。今では真っ暗な中でも2分で分解して組み立て出来る位ににはなっていた、この銃の標準組み立て時間は知らないが昔訓練を受けた時にも早い方だったのでそれ程遅くもないはずだ。
夜は勇者に水を桶一杯に出して貰い、温めて身体を拭いていたので俺と勇者は綺麗な方だった、他の連中はすえた匂いがして船の中は酷く臭かった。勇者って言うのはこの世界では本物のチートキャラで強いだけではなく簡単な魔法も全種類使える化け物キャラだった。
「勇者ってスゲーな、冒険者になったらモテモテだぞ」
「へっへっへ、そうッスかね(笑い)」
そうやって退屈な時間を1か月程送っていてらやっと目的地に着いた。大陸の名前はアルガルドと言うらしい、アルガルド帝国が治める人間の大陸だ。俺の大陸に住んでいる人間もここから渡って来たのだそうだ。この大陸には魔族や獣人は殆ど住んで居ないという話だった。さて冒険の始まりだな。