第34話 勇者を捕まえた
セイロン男爵は見事に勇者を保護してきた。人間の捜索隊が勇者を捕まえた瞬間に横取りしてきたのだ。そして問題の勇者は今目の前に居る。ごく普通の日本人の様だ。
「え~、君が召喚勇者なのかな?」
「そうですが、貴方はどちら様でしょうか?」
「俺は魔王って呼ばれてる。」
「うへ!俺はここに無理やり連れて来られただけで、勇者とかじゃないです。勘弁して下さい。」
どう見ても日本人だな、20~30歳くらいの若い男だ中肉中背で普通の顔をしている。人畜無害にしか見えないんだがいきなり逃げ出す行動力は素直に凄いと思う。
「日本から召喚されたのか?」
「そうです、気が付いたら変な部屋にいて。お前は勇者だから魔王を殺せって言われました。」
「それで逃げ出したのか?」
「人を浚ってきて魔王を殺せってあんまりッス。ブラック企業は直ぐ逃げ出すのがコツっす。」
「だよな~、病気とかしたら損だもんな!いや~気持ちは分かるぞ。」
「あれ?魔王様ってもしかして・・」
「俺も半年前にこの世界に召喚されたから、俺も普通の人間だから安心して良いよ。」
「助かったッス、どうなるかと思ったっすよ。」
彼も俺と同じ時代の日本から来ていた、大学を卒業してブラック企業を転々として働いていたらしい。精神を病みそうな所も経験したので逃げ足だけは早くなったそうだ。
「こっちに召喚されてまでブラック企業だとは思わなかったッスよ。付いてないッス。」
「まあ食えよ、俺の所で働いたらどうだ?タイムカードなし、残業は有るかもだけど。」
「他に行く当てが無いからお願いするッス。でも勇者とか出来ないッスよ、俺は強くないッス。」
「良いんじゃないか、俺は魔王だけど戦った事無いぞ。」
「でも魔王様の事滅茶苦茶言ってたッスよ。酷い魔王だって、俺は怖くなって逃げ出したッス。」
「あれは俺じゃないんだ、魔族やドラゴンがやった事だ。俺は悪くないんだ。」
勇者と牛丼を食ってビールを飲みながらこの世界の理不尽さをグタグタと話す。うん楽しい、やはり話が通じる奴が居るのは良い事だ。
「こんなのどうやって取り寄せてるんすか?これって〇の屋の牛丼ッスよね?」
「これは魔力と引き換えに取り寄せてるんだ。今の所、頑張って7キロ位かな?」
「へ~、俺に魔力が有ったら協力するッスよ。まあ無いですけどね。」
「有るぞ!こやつは大量の魔力を持って居る。」
「ありゃ腕輪ちゃん、出て来たのか。」
俺の腕輪ちゃんが言うには、この勇者魔力が有るのだそうだ。それも今の時点で結構な魔力量を持っているらしい。
「お前魔力有るって、腕輪ちゃんが言ってるぞ。魔法も使えるんじゃないのか?」
「マジっすか!魔法使ってみたいッス。どうすれば良いんスか?」
「俺は魔法が使えないから分からんな。」
「サキちゃんは魔法の使い方知ってるか?」
「意識しなくても使えるから分かりませんわ。」
「根性で使えば良いだけだぞ魔王。」
脳筋のトランザムの意見は無視する事にする、しかし魔法の使い方なんて俺も勇者も知る訳無いのだ、ここの連中にパソコン渡して「さあ使え」って言うみたいなものだ使える訳無い。
「お~いリッツ、回復魔法ってどうやって出すんだ?」
「う~んとね、身体の中から魔力を引っ張り出して相手にぶつけるの。」
「だってさ。勇者もやって見ろ。」
「無理っす、魔力が分かんないっす。」
「だよな~、まあその内使えるかもしれないから練習だけはしといた方が良いだろうな。」
「綺麗なお姉さんが教えてくれるとやる気が出るッス。」
「それじゃトランザム、教えてやってくれ。」
取りあえず勇者を保護した俺は次の日からまた魔導士の街に行って営業を開始した。闘技大会の宣伝と怪我や病気の薬、そして回復魔法の使い手を雇いに行ったのだ。
「魔王様、私たちも闘技大会に出たいのですが、宜しいですかな?」
「良いよ歓迎する、魔法で戦うのか?」
「我々は普段は力を隠していますが、中々の物ですぞ。」
「へ~、ストレス解消には良いと思うぞ。」
魔導士の街も結構娯楽に飢えている様だ、この世界は兎に角暇なのだ。飯を食うだけで良いなら俺の世界よりずっと楽なのだ。つまり時間が余ってしょうがない状態なんだな。俺の世界も贅沢せずに生きるだけなら余り働かなくても生きては行けるからな。魔導士の長も乗り気になってくれたので、回復魔法の使い手を大会中に5人程派遣してくれる事になった。お返しに魔導士の街用に50人分の宿泊を無料で確保する事で話がまとまった。宿泊費は儲けそこなったが、色々飲み食いしてくれれば儲けは出るだろうと思う。
「魔王様、お帰りなさいませ。」
「おう、オルフェイス。どうかしたのか?」
「勇者が魔王様の部屋に居ると言う噂が立っております。ご存知でしょうか?」
「勇者なら俺が保護してるぞ、俺の所で働くそうだ。宜しく頼むぞオルフェイス。」
「何で勇者が魔王様の所で働くのでしょう?訳が分かりませんが。」
「あっちより待遇が良いからだ、お前だって大事にしてくれる所で働きたいだろ?」
「そりゃまあそうですが・・・でも勇者ですよね?魔王の天敵ですよね?」
「そんな細かい事気にするな!勇者でも何でも使える者は何でも使うのだ。」
次の日からまた魔族の街はにぎやかになった、そうだ勇者のせいだ。魔族の天敵である勇者が魔王の部下として働きだしたという噂が魔族の街に広がったのだ。そして俺と勇者がジャージを着て街をブラブラしていると不思議そうな顔で皆見ていた。