第25話 氷の魔女
魔導士の街から俺について来た魔女は面白い奴だった。サキュバスかと思うぐらいスタイルが良くて際どい恰好をした魔女だ。大体あそこの街の連中はフード付きの黒か灰色のローブを着ていて暗い感じの人間が多いのだがこのトランザムは凄く大雑把で良く笑うやつだった。
「おい、これ食うか?」
「食う!」
「お前何でも食うな。胃が丈夫なんだろうな羨ましい。」
「魔女だからな、何でも食べないと生きていけないんだ。」
「魔女って大変なんだな、それより氷魔法見せてくれ、どの位氷出せるんだ?」
「アイスウオール!」
「うお!」
部屋の中にいきなり氷の壁が現れた。高さ2メートル幅4メートルの氷の壁だ厚さは50センチ位有る。
「これで良いか、もっと大きいのも出せるぞ。」
「凄いなこれが魔法か。お前ってもしかして凄い魔法使いなのか?」
「氷魔法なら魔導士の街一番の使い手だ。」
「へ~、凄いじゃないか。なんで俺の所に来たんだ?魔導士の街で良い暮らし出来るだろう?一番なんだから。」
「駄目なのだ、氷魔法は使い前が無いから馬鹿にされるのだ。」
彼女が言うには火の魔導士は料理や鍛冶で重宝されて、水魔法使いは生活に必要だから大事にされるそうだ、そして土魔法使いは今回の様に家や道を造るので大事にされているそうだ、だが彼女の様な氷魔法は活躍する場所が無いので魔導士の街では貧乏で地位が低いのだそうだ。
「そうか大変だったな、安心しろお前にぴったりな仕事が有るんだ。しかし寒いな、氷を消してくれ。」
「出来ん、自然に消えるのを待つしかない。」
「消せないのか、じゃあ氷が解けたら水浸しなのか?俺がサキュバスに怒られるジャン。」
「うむ、だから氷魔法は嫌われるのだ。」
「せめて小さく出来ないか?こんなに大きいと困るんだが。」
「出来るぞ、ほれ!」
トランザムが呪文を唱えると氷の壁は砕けて小さくなった。と言っても元の量は変わって無いので床一面に拳大の氷が散乱しているのだが、このままでは床が水浸しになって俺が困った事に成るのでトランザムと二人で入れ物を持って来て、氷を風呂場に捨てに行った。
「氷を作るのは一瞬だが、始末するのが大変だなトランザム。」
「だから言っただろ、こういうことに成るから氷魔導士は馬鹿にされてるのだ。」
「まあ良いや、このサイズなら十分使えるからな。」
「どうするつもりだ?」
俺は自分の計画についてトランザムに話した。要は氷を使って魚を新鮮なままこの国に運ぶつもりなのだ、馬車では時間が掛かり過ぎて干した魚しか手に入らないが、氷で冷やして空輸すれば新鮮な魚が食える様になるのだ。空輸にはシルフィーネの所の大人しいドラゴンかグリフォンを借りようと思っている。
「ドラゴンやグリフォンで魚を運ぶとは豪勢な話だな。魔王ならではって奴だな。」
「そうか?重いから飛竜とかじゃ無理だろ。」
「色々ぶっとんでる魔王だな。大物なのか馬鹿なのか?まあ私が氷を作るのは問題ないぞ。」
トランザムが俺の風呂を見て入りたがったので入れてやった。石鹸とシャンプーの使い方を教えてやると勝手に入って行った。俺はその隙にシルフィーネの所に行って、俺のいう事を聞いてくれる力の強いドラゴンかグリフォンを借りに行った。
「魔王様、大人しくて沢山荷物を運べる魔獣かドラゴンが欲しいのですね。」
「そうなんだ、新鮮な魚を運ぶのに必要なんだ。運んだ魚の2割はシルフィーネにあげるから協力してくれないか?」
「力が強くて飛ぶのが好きな魔獣ならグリフォンですかね?ドラゴンは餌を食べ過ぎるので輸送には向きませんよ。」
「俺のいう事を聞いてくれるグリフォンが居るかな?」
「魔王様に逆らうグリフォンは居ませんよ。居たら私がぶち殺しますから。」
「ありがとうシルフィーネ、これはつまらない物だけど使ってくれ。」
俺は賄賂としてシルフィーネにパンツを2枚渡した。サキュバス達が履いてるのを羨ましそうに見ていたのを知っていたのだ。
「これは、サキュバス達が履いていたパンツではありませんか。」
「上手く行ったら、石鹸とシャンプーもあげるから頼むよ。」
「このシルフィーネ、命に代えましてもグリフォンを用意いたします。」
「そこまでしなくて良いから、気楽に頑張ってくれ。」
シルフィーネとの話し合いも上手く行ったので部屋に帰って見たら、トランザムとサキュバス達が何やら揉めていた。
「何揉めてるんだ?」
「魔王、こいつら私をイジメるんだ。」
「魔王様、こいつは人間ですわ!信用できませんわ!」
「あ~、サキュバス達。言っておくが俺も人間だぞ。信用出来ないのか?」
「・・・」
「それにこいつは魔女だ、とても役に立つんだぞ。今度グリフォンに乗って魚を運んでもらうんだ。」
「へ~、グリフォンになったのかい。魚運ぶのにグリフォンとはね~。」
異質な者が急に入って来た時に拒絶反応が起こるのは仕方ない、当然の事なのだ。だが俺はサキュバス達とトランザムには仲良くして欲しかった。身近に居る者が仲が悪いとこちらにもダメージが来るのだ。その時は俺は全員追い出して一人で生活する予定だ、一人は気楽で良いからな。
「お前達に一つ言っておくぞ!皆で仲良くするならここに居ても良いが、喧嘩するなら全員出て行って貰うからな。」
「分かりました魔王様、仲良くしてみますわ。」
「別に仲良くする必要はない、喧嘩をするな。嫌なら住み分けろ。」
家族でも仲が悪いのなんて幾らでも居るのだ、全員が仲良くなんて出来る訳無い。最低限のマナーを守って喧嘩しない様にして貰えばそれで良いのだ。それからは表面的には彼女達は落ち着いた様だ、トランザムは一人で孤立してる様なものだが、魔女だからか、それとも生まれつき精神的に強いのか知らないが平気な顔をしていた。
「へ~これがグリフォンか。デカいな。」
「大丈夫なのかい、私が食われたりしないだろうね。」
「オレ・クワナイ。マオウノシモベ」
「お~、お前喋れるのか。宜しく頼むぞ。」
「流石高位魔獣だね、喋る魔獣は初めて見たよ。」
「名前有るのか?」
「ナイ」
「それじゃ、お前は今からイーグル・ワンな!トランザムと一緒に魚の運搬頼むぞ。分け前をやるからな、頑張ってくれよ。」
魚に関しては何時もここに魚を運んでくる西の商人に言って用意させていた。ここまで運ばなくて済むので喜んでいた。時間が節約できるし怖くないからだ。グリフォンの背中に振り分け式の箱を付けて魚を運ぶどの位運べるか分からないので今回は少量にする予定だ。
「じゃあ魔王様、行って来るよ。」
「お~、頼んだぞトランザム。イーグル・ワン」
朝方グリフォンに乗ったトランザムが西の国に飛び立って行った。帰って来たのは夕方だった。グリフォンもトランザムも何だか疲れている様だ。まあ無理も無いな、初めてのお使いだからな。その内なれるだろう、人間慣れだ。
「お帰りトランザム。」
「魚持ってきたよ。魔王様。」
今回は50キロ程の魚が手に入った。やはり氷の重さが加わるのでこれ以上は無理な様だ。しかし、ここらあたりでは新鮮な魚は貴重品なのだ。シルフィーネに10キロ程の新鮮な魚を持っていったら喜んでいた食っても良いし、売っても良いのだ。そして、その晩は魚の塩焼きにムニエル等を作ってサキュバス達と食べた。これでトランザムは地位が上がった、知らない女から、美味しい魚を運んでくる魔女となってサキュバス達から認められたのだ。