第111話 決着
雷龍の攻撃で生きた心地がしなくなった王都の住民は今では俺達に必死で祈っていた。あんな恐ろしい怪物と戦える訳が無いのだ。賢者達が負ければ王都は消滅するしかない、王都住民の未来は賢者達に掛かっているのだ。泣きながら祈っていると、あの恐ろしい雷龍を帝国貴族のイザベラが倒し、更に2体の古龍を葬った。王都住民は神の奇跡を見たのだ。泣きながら俺達に祈ってる姿を見て俺も彼らの気持ちが良く分かった、芝居でもこんなに怖いのだから芝居と知らなかったらどんなに怖いだろう。俺なら気絶する自信が有るくらいだ。
残りの古龍は後2体、聖女に活躍の場を与えなくては成らない。そして仕上げは5人の勇者と長老との戦いって決まっているのだ。
「サキちゃん、スタンバイだ。祈るふりしてくれ」
「はい魔王様」
雷龍の攻撃に震え上がったサキちゃんだが、彼女もサキュバス族の族長だけの事は有る。気を取り直して腕の前で手を組み祈るフリを始めた。一方古龍3体を撃破するフリをしたイザベラだが、今は恐怖で吐いていた、勇者も魔力切れで隣でグッタリしてる状態だ。やはりこういう極限状態の場合に役に立つのは頭のネジが外れた人間なのだ、立ち直りの早い俺と何も考えていないマーガレットだけが元気だった。
光り輝く聖女が王都の住民皆に聞こえるように高らかに宣言した。
「ホーリーカノン!悪よ滅びなさい!」
聖女の体が光り輝く、その光に照らされた古龍はしばらく突っ立ていたが俺が忙しくウインクしているのに気がつくといきなり咆哮を上げ苦しみだした。地面を転げ回り尻尾でビタンビタンと地面を叩き出す、地面の振動がこちらまで届く程の演技だ。2分ほど地面の上を転げまわっていた古龍は王都の住民に沢山見られて満足したのか光になって消えていった。しかし俺の思惑とは違い王都の住民は歓声を揚げる気力さえなく今は只涙を流して祈ってるだけだった。
「不味いな、盛り上がらね~。怖がらせ過ぎたみたいだ」
「うむ、怖すぎて感覚がおかしく成ってるのだな。軟弱な奴らだ」
「どうしますか?」
「ここまで来たらどうしようもないな、打ち合わせ通りに行くしかない」
これからは古龍の長老との最後の決戦だ、これだけは昨日細かく打ち合わせしてるのだ。雰囲気は最悪だがアドリブをやる余裕もないので芝居を続ける事にした。観客が盛り上がらないのでこっちもイマイチ盛り上がらないのだ、恐怖のどん底に落としたのが拙かった様だ、逆転して盛り上がろうとしていたが人間の精神が脆いのを忘れていた。キャパを超える状況になると人は思考停止するのを忘れていたのだ、逆境になると本気を出す俺には分からない感情だったのだ。
「こうなりゃヤケクソだ!」
俺は地面でへたばっている勇者夫婦を捕まえて王都正面の右側に位置した。それをみた古龍はゆっくりと平原の左側に位置する。この位置が王都の正門から一番見える場所なのだ、最終決戦は皆によく見てもらおうと考えた位置取りなんだが、王都の住民は皆死んだ様な虚ろな目で俺たちを見つめていた。完全に俺の演出ミスだ、ここで俺達は王都住民の歓声を受けながら戦うハズだったのに、ゾンビみたいな連中が絶望の瞳を向けているだけなのだ。誰ひとり声を上げる奴もいやしない、「クソ!面白くね~!」こんな芝居直ぐに終らせてやる。
「行くぞ!ジジイ!」
「掛かってくるが良い!矮小なる人間よ!」
俺達5人の姿が再び7色に輝き出す、古龍はそれに合わせて黒々としたオーラを放出する。そして大地を震わせる咆哮と共に古龍が真っ黒なブレス攻撃を開始する。俺達5人からも金色の巨大なビームが古龍に向けて放出される。古龍のブレスと俺達の金色の希望の光が丁度中央で激突し轟音をあげた。
そうアニメで良くある攻撃が拮抗してるシーンなのである、この状態をわかりやすくするためにわざわざ俺達は左右に別れたのだ。さてさてここでお約束の相手の方が力が上ジャン状態だ。ジリジリ古龍のブレスが俺たちの方に近づいてくるのだ。
「く・・・このままでは・・・・・」
「死ねい!矮小な虫けらめが!」
俺は王都をチラチラ見ながら耐えているフリをしていた。ここで声援が欲しかったんだ。しかし誰も応援してくれないんだな。普通ならここで勇者が何かカッコイイ台詞を言って盛り上がる場面なんだが勇者は魔力切れで気絶寸前、小芝居をする余裕が全然ない。仕方ね~!くさい台詞は嫌いだがやるしかね~!
「俺は負けん!俺が倒れれば王都は消滅する!例えこの身が砕け散ろうとも貴様を倒す!」
「王都の皆我らに力を貸してくれ~!!!!」
マーガレットが俺のくさい台詞に合わせて王都の住民に叫んだ。住民の目に力が帰ってくる、死んだ目つきから強い意思を感じさせる瞳へと。そして一人の少女の「賢者頑張れ!」の叫びが王都住民達に野火の様に瞬く間に広がった。
「頑張れ!」
「賢者頑張れ!」
賢者!賢者!賢者!賢者!王都住民全員が肩を組み大声で声援を上げている、王も貴族も平民も無いただの人として俺達に声援と激励を送っていた。今王都の皆の心が一つになったのだ。本当は勇者頑張れって台詞になるはずだったのに失敗した。何で俺が主役になってんだメンドクサイ。
「おおおおおお~!!!!!」
ジリジリ古龍のブレスに押されていた形勢を一気に逆転する俺たちの金色の光。ゆっくり見せていると古龍が余計な芝居をしそうなので一気に行くのだ。
そして住民の希望を乗せた金色の光は古龍に激突し大爆発を起こした。苦しげな咆哮を上げ地に倒れる悪の化身古龍。その瞬間王都住民から大歓声が湧き上がった。光の粒子となって消えてゆく古龍、そして最後に古龍が言った。
「今は敗れてやろう・・・しかし我は再び・・・・・・」
そうだこれは古龍復活の伏線なのだ、古龍の爺さんはまたこの小芝居をする気なのだった。
そして俺達はゆっくりと王都の正門へ歩いて行く、俺とマーガレットに支えられた勇者夫婦と共に。僅か20分程の戦いだったがこの帝国に長く伝えられる話に成るだろう。吟遊詩人はこぞって歌い、王都の劇場では毎日公演され、酒場は今日の戦いの記憶で満たされるだろう。まあ元は俺の書いた小説の小芝居なんですがね。