第101話 緊急事態
勇者夫婦が湖にボートを浮かべのんびりとオールを漕いでデートしていた、一方俺とマーガレットは魚を焼いて食べて冗談を言い合って熟年カップルの貫禄を見せていたある日の昼下がり。隣町のギルドから急使がやって来た。
急使ってやつは初めて見たが赤い旗を立てた馬で周りから見ても直ぐに分かるようになっていた。俺はそんな事を知らなかったがマーガレットやイザベラは知っていたので直ぐに急使の所に走っていった。どうやら緊急事態の様だった。後から聞いた話だと普通は白旗、次が黄色、赤旗は緊急なのだそうだ。
「何かあったんですかね?」
「さあ?でもそろそろ何か有りそうな時期では有るな」
「はあ?どうしてッスカ?」
「俺達がのんびり暮らせた事が今まで有ったか?いつも何かが起こっていただろう?」
「確かに、何時も何かが起こるっす。それも魔王さん絡みで」
「そうでもないぞ、誘拐事件やお前が干からびたのは俺じゃない。お前のせいだぞ」
「あちゃ~、そうだったッス!じゃあ今回も俺っすかね」
「さあ?何となく俺が悪いような気がする・・何となくだが」
イザベラとマーガレットがギルドの急使相手に真剣な顔で話をしている。イザベラはともかくマーガレットが飯のおかず以外で真面目に考えているのは珍しい、相当深刻な内容の様だった。その後急使は慌ただしく違う方向へと走っていった、休憩も取らずに違う場所に知らせに行くくらいなので緊急事態で間違いないと思う。多分国にとっての一大事なのだろうな。因みにここは田舎なので情報は全然入ってきていなかった。
「お~い、イザベラ。何か有ったのか?深刻そうな顔してるが」
「うむ、緊急事態だ、私は今すぐギルドに帰る」
「おい、サトウ。付いて行け!」
「わかってるッス!」
慌ただしく馬の支度をして勇者夫婦はギルドの有る隣町へと急いで帰って行った。そしてマーガレットも馬の支度をしている、自分の領地の村を回って警戒するように伝えるのだそうだ。
「村に警戒ってさ、何の警戒だ?」
「ドラゴンだ!最近王都の上をドラゴンが飛び出したらしい」
「ドラゴン・・・」
急使からの知らせは1週間位前から王都上空をドラゴンが飛び出した報告だった、最近では王都だけでは無く別の都市の上空もドラゴンが飛ぶ様になって来たのだそうだ。今のところ被害は無いが住民達は恐怖で家から出なくなって来ているらしい。イザベラはギルドに戻って情報収集、マーガレットは住民にドラゴンに注意する様に知らせに行くつもりだった。
俺は大慌てで驢馬の支度をして勇者の後を追う事にした、俺は魔力がないので通信玉が使えないからだ。ドラゴンが動いているならば長老に聞けば事情がわかると思ったのだ。それにドラゴンに攻撃の意思が有っても長老たちが説得すれば辞めさせられるはずだった。念の為に工兵達に上空の監視をしてドラゴンを見つけたら建物か森の中に隠れるように命令した。この大陸でもドラゴンは絶対の存在だった、小型のドラゴンなら軍隊で勝てるかもしれないが中型以上のドラゴンは無敵に近く、大型のドラゴンは天災レベルの存在の様だ。普通の人間は建物に隠れる以外の手段はなく軍隊でも対空手段が殆どないので追い払えればラッキーって感じだった。
「俺は勇者を追う!マーガレットは住民に知らせたらギルドに来い!」
「分かった、直ぐに追いかける!」
驢馬に跨った俺はギルドの街へと向かった、俺のロバは大型なので馬には負けるが普通の驢馬やポニーなんかより速くて強いのだ。この大陸に来て初めての一人旅は結構心細かったが急いでるので仕方がない。ドラゴンによる犠牲者がいつ出るか分からないのだ、子供達が食われたりしたら取り返しがつかないからな。
俺は夜も休まず月明かりで進んでいった、こういう場合は馬よりもタフな驢馬で良かったと思う。驢馬は馬みたいに神経質でもないしとても強い生き物なのだ、瞬発力は馬に負けるが持久力は遥かに上なのだ。俺はヘロヘロだったがブラック企業で48時間勤務していた経験が有るので結構平気だった、ホワイト企業の甘ちゃん達とは基礎体力も根性も違うのだ、まあ俺自体も驢馬みたいなものだな。見た目は悪いがタフなのだ精神も肉体もな。1日半後やっとギルドの街に着いた、体中痛いし気分も最悪だがまだ休めない。
街は住民も少なく露店も出てなかった、人の気配はするのだが皆家の中にいる様だ。人通りが無いのだ、異常な事態だな・・・いやドラゴンがそれだけ驚異って事か。
「イザベラに会いたい、何処にいる?」
「ギルマスは今会議中だ、お前は誰だ?」
「じゃあイザベラの旦那を呼んでくれ。旦那の友人だ」
ギルドに顔を出したら皆ピリピリしていた。色んなクエストで俺達は有名だったのでギルドの職員が渋々サトウを呼びに行ってくれた。
「あれ?どうしたんっすか。領地は大丈夫っすか?」
「それなんだがな、状況はどうなってる?」
「ドラゴンが飛び回ってるからこの国の連中が怖がってるそうっす、経済活動も無くなって国が崩壊しそうな状況らしいっす。嫁はドラゴン対策で忙しいみたいっす」
「そうか、じゃあチョット来いよ。通信玉で長老に連絡したら何か分かるかもしれん」
「あっそうか、魔王さん長老のマブダチだったっすね」
勇者を連れて誰にも見られない所に行く。通信玉で魔族と連絡を取ってるところを見られると非常にまずい。なにせ人類の敵ナンバーワンの魔王だったからな。俺に恨みを持ってる人間は何万人もいるのだ、普通の人間だったら恐怖で発狂してるところだろうが、俺は元々狂ってるから平気だった。
「チェクメイトキングツー、チェックメイトキングツー、こちらキング、オーバー」
「貴様!魔王何処にいる!」
「うへ~!誰だお前!」
「儂の声を忘れたのか!薄情者が!腕輪だ~!」
「・・・・連絡終わり、オーバー・・・・」
男爵が出るはずなのに腕輪ちゃんが出た、おまけに凄く怒っていて怖いので直ぐに通信玉を遮断した。家出したことを怒ってるようだ、これ以上通信して場所がバレたら殺される。俺は逃げることにした、ドラゴンより腕輪ちゃんの方が怖いのだ、なにせ奴は次元跳躍まで出来る化物なのだ。
「サトウ、俺はマーガレットの領地に逃げることにする。魔族の国は物凄く怒ってる様だからな。俺のことは誰にも言うな、あいつらにバレたら殺される」
「不味いっすね、腕輪ちゃんが怒ってるって事はシルフィーネの姉さんも怒ってるっす。俺も怖いから逃げたいっす・・・けどイザベラをドラゴンから守りたいし・・・・」
「今から俺とお前は他人だ。見たことも会った事もない!分かったか!」
「・・・・分かったっす。こっそり会いに行くっす」
「うむ、それしかないな。・・・達者でな!」
「魔王さんこそ、上手いこと逃げ切って欲しいっす」
俺は疲れていたが死にたく無い一心でまた驢馬に乗ってマーガレットの領地を目指した。あそこは田舎で人も来ないので隠れるには都合が良いのだ。「なんでこんな事になるかな~」俺は驢馬の背中で心底疲れてつぶやいた。