第100話 趣味
グリフォン騎士団の工兵は優秀だった。畑を耕したり整地したり、家を建てたり子供達の面倒を見たり、驚く程協力的だった。週休2日なのとイザベラが居るので工兵はご機嫌で仕事をこなしていた。
「いきなり楽になったな」
「そうっすね、何時もの様に突然状況が変わるっす。最近慣れたっすよ」
「次は何しようか?飽きてきたんですけど~」
忙しく働いている時は何も考える余裕がないのだが、暇になると色々と無いものが欲しくなってくるのだ。俺は破滅型の人間なんだな~と頭では理解しているが感情の制御は難しかった。
「インスタントラーメンが食いたい」
「俺はネットがしたいッス」
「それじゃそろそろ魔族の国に帰るか?」
「大丈夫っすかね?家出してきたから周りの人が怖いっす。特にシルフィーネの姉さんが怖いッス。俺なんかただの人間だから、虫をひねり潰す様に殺されるっすよ」
「あいつが怒り出したら怖いな。ちゅ~か、誰が怒り出しても怖いよな!魔族だしな」
「やっぱり帰るのやめましょうよ。まだ死にたく無いっす、新婚だし」
「だよな~、あいつら怖いもんな」
こっちに来てから約半年、手駒も増えて生活も楽になってきたら色々不満が出てきたのだ。例えれば転職して仕事を覚えて少し余裕が出てきた状態みたいなものかな。金の余裕は全くなかったが金や贅沢には興味が無いから平気だった。嫁のマーガレットは面白くて美人だったから不満は無いのだ、だが何だか落ち着かないのだ、平和なのが退屈になってきたのだ。勇者も同じ感じらしく、なんとなく不満って感じだった。この感覚が分かり合えるのも同じ異世界人だからなんだろう。
「そんじゃ思いっきり趣味に走るか?」
「何企んでるっすか?イザベラに怒られない事なら協力するっす」
「嫁たちは喜ぶと思うぞ、俺の趣味と実益を兼ねた遊びだからな」
俺の計画ってのは人造湖の制作なのだ。シスコン達を脅す為に勇者が吹き飛ばした森の大穴を利用して人造湖を造ろうとしていたのだ。勿論俺や工兵20人で出来るような工事じゃないから、勇者の魔法で造ろうと思ったのだ。後は勇者をその気にさせれば良いだけだ、つまり俺が勇者をだま・・違った、説得すれば良いだけだな。別に人造湖でなくても良いのだ、俺は何か造ってる時が一番落ち着くのだ、貧乏人の子として生まれたから何かしてないと落ち着かないのだ。かといって仕事は面白みが無いから嫌なのだな、はっきり言って困った人間なのだ、自覚は有るのだが治らないからしょうがないな。せめて皆の役に立つものでも造ろうとした結果がこれなのだ。
「人造湖って何っすか?役に立つ物っすか?」
「お前彼女とボートに乗ったこと有るか?」
「無いっすよ。だって俺、彼女いた事無いっすから。いきなり結婚したからデートもした事無いっす」
「そうだろう、そうだろう。人造湖が出来たらボートを浮かべる予定だ。想像してみろ、イザベラとボートでデートする未来を・・・」
「むふ~!!!俺、頑張るっす!明日から人造湖が出来るまで休まないッス!」
「ふっふっふ、焦るな!ボートだけではないぞ。魚やエビなんかも養殖して家族でバーベキューなんて言うのはどう思う?」
「うき~!!!俺は今から造るっす!1週間位寝なくても平気っすから!」
勇者の説得は簡単だった、なんせチョロい勇者だからな。あいつの弱点はよく知ってるのだ。次は嫁達の説得だな。イザベラは頭が良いから理論的に話せば大丈夫だし、マーガレットは基本的に俺のすることに反対しないので平気だった。
「湖を人工的に造るのか、凄い計画だな」
「この世界では珍しいかもしれないが、他の世界では良くある話なんだ。観光や娯楽に使えるし、渇水時には畑に水を供給することも出来るんだ」
「成程、利点が多いわけだな。・・・で欠点は何かな?」
流石はイザベラ、ギルマスをやってただけの事はあるな、にやっと笑って俺に言いやがった。非常に頭が良いな、旦那とは大違いだ、俺の利点だけ攻撃を簡単にかわして見せた。こういうタイプは詐欺や宗教に引っかからないしっかりものだ勇者は良い嫁を貰ったようだ。
「普通なら巨額の費用と時間が掛かるのがネックになるな、だが今回は勇者が中心となって行うので費用は勇者の飯代くらいなのものだ。嘘くさい話だが利点ばかりなんだ」
「つまり私の旦那が役に立つ訳だ、良かろう私は賛成だ」
「まあ待てイザベラ殿、魔王が事前に我々に話をするのだから必ず問題点が有ると見た」
「ちっ!余計な事言いやがって・・・・」
俺の嫁が余計なことを言うので仕方なく問題点を話してやった。問題点ってのは治水工事の難しさの事だ川の流れを変えたりすると思わぬ被害が出たり、地形が変わったりするのだな。この点については俺にも良く分からないので説明出来ないって事だ、データも持ってないし経験不足で予測も出来ない事を嫁たちに伝えたのだ。
「川の流れを変えるとそんなに被害が出る事があるのか?信じられんな」
「考え無しに無茶すると有るかもしれないって感じだな、だから俺が慎重に川から水路を造る予定なんだ、勇者に任せると無茶な水路を造りそうだからな」
「ふ~ん、ちゃんと考えているのだな。ならやってみれば良い。子供達や領地の事は私に任せておけ」
「任せたぞ、マーガレット。お前の財産増やしてやるからな」
嫁の説得も完了したので次の日から勇者と一緒に人造湖の制作に入った。やはりと言うか当然と言うか勇者は早く水を引くことばかり考えていた。水を引いても底が抜けていたら意味のないことを話して先ず人造湖の底の改修から始めた。早い話水を入れても漏れないようにしたのだ。直径500m近い湖なので勇者のフルパワーでも1週間も掛かる大工事だった。勇者が湖の底の工事をしている時に俺は測量モドキをしていた、器具無しで地形を調べるのは物凄く難しかった。水を引くために地面の高低を知りたかっただけなのだが、水を流してみたり、玉を転がしてみたりして1週間をかけてやっと湖に水を引けそうな地点を特定できたのだ、久々に頭を使って作業したので楽しかった。そして俺と勇者がコソコソ作業していると工兵や子供達が見学に来ていた、人造湖は珍しいから興味が有るのだそうだ、辺境にも治水工事が有るが何十年もかけて行う工事らしいので俺達のやってる工事は驚異的な見世物なんだそうだ。
「人工湖完成したっす、明日からはいよいよ水路っすね」
「そうだな、来週中には水が引き込めるぞ。後は簡単だ」
「しかし、本当に造るとはな。工兵に聞いたら普通は100人単位なら50年位掛かる工事らしいぞ」
「勇者と魔王が組むと凄いな」
「ハハハハ!もっと褒めろ!いい気分だ!」
「へへへ、気分が良いっす!」
嫁の手のひらで踊らされてる俺達は更に頑張った。次の週には引き込み用の水路が完成して、湖に水が溜まるようになってきたのだ。それと同時に工兵と子供達に協力してもらって魚や川エビを捕獲して人造湖に放流してもらう様にした。後は餌を適当に撒いておけば増える予定だった。結局3週間で人造湖は完成してしまった。勇者の力ってオールマイティで凄いものだった。
「出来ちゃったな!」
「本当に出来るとは思わなかったっすよ」
勇者の努力と汗の結晶が目の前に広がっていた。直径500mの人工湖だ、水面がキラキラ光って綺麗だった。その後ボートを浮かべて満面の笑みを浮かべた勇者とイザベラがデートをしていた。俺達夫婦は子供達と湖で泳いだり、湖畔でバーベキューをしたりして遊んでいた。勿論工兵達も面白がって俺達の真似をしたり、湖畔に小さな家を建ててくれたりしていた。
こうしてのんびり暮らしていたんだが、イザベラ宛に急使がやって来たので、のんびりした日常は終を迎える事になった。まあ原因は俺なんだがな。