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黒髪の少女 Black hair of Her  作者: 中島研一
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ある夏の日 A Summer Day

高校に入学してから三ヶ月、誰とも話した記憶がない。

実際、友達と呼べる人は、校内のどこにもいなかったし、

だから今日も、授業が終わるまで、

教室の端でずっと寝ていたのだ。


気付くと、担任の教師が帰りの伝達事項の連絡を始め、

それが終わると、いよいよ皆帰ろうとするのであったが、

僕は未だに立ち上がる気すら起きなかった。 


足が勢い良く机の金属部を鳴らし(ジャーキングというらしい)、やっと起き上がろうとすると、もう夕方であることに気が付いた。生徒は一人もいないようで、教室の後のドアから、この時期にしては珍しい、涼しい風が流れ込んできていた。


学校の帰りには、たまに別棟の図書館に寄る。

大体において、貸借をするか、なんとなく時間を潰すかの2パターンあるのだが、夏休み前のテストが近づいていることを担任教師が言っていたことを無理矢理思い出し、少しの間勉強することに決めた。


図書館、というくらいであるからなのか、小中学校の一教室としての役割くらいしか持たない図書室とは蔵書量が全く違った。

本はほとんど読まなかったのに、高校に入ってからは、極端に読む量が増えた。だというのに、利用者はむしろ減っているように思えた。これも読書量増加の要因である。


ここで少し僕の自己紹介をしようと思う。


僕は都心近くのS市で生まれ育ち、中学の時に、現在通う高校があるK市に引っ越してきた。理由はおいおい話そう。

中学校生活は、とても優しい人達が沢山いて、僕に構ってくれ、特に不自由なく送り、無事終えることができた。

しかし、前述のとおり、高校ではなかなか知り合いすら出来ないのである。おそらく、僕があまり友達の必要性を感じていなかったからであろう。もちろん、自分からは話しかけようとしたこともない。けれども、話しかけて貰えれば、きっと嬉しいと思うのだ。なので、この時期の僕には社会的通念から来る、一種脅迫観念めいたものが取り憑いていたように思う。

そして名前は、三山、という。

こうすると、自分の名前が何か大きい影響を与えるのではないかと思うのだが、そんなことはない。


図書館の空気は、教室棟よりは冷えていた。自分のクラスには一人もいなかったのに、他教室では、吹奏楽部や軽音楽部が演奏をしていたり、グラウンドでは運動部が練習していたり、教室棟の出入りは少なくなかった。そして案の定、今日は図書館にふたりしかいない。


実は図書館には常連客がいる。たまに行くと必ずいるので、おそらく毎日来ているのであろう。黒髪を肩まで伸ばしている女子であるのだが、中学生と高校生の見分けもつかない僕にとって、年上なのか同級生なのか、全く判別できなかった。

しかし、図書館でふたりきりの状況である確率が高いこともあって、僕は暇があれば彼女を見てしまっていた。いや、見惚れてしまっていたのだ。それほど、彼女は端正な女性であった。


いつしか、僕は適当な理由を決めて図書館に足を運ぶようになった。そして、今日も勉強をしつつ、窓際の椅子とテーブルで読書する彼女を何気なく目にしてしまっていた。


少し強い風が吹き、窓ガラスを鳴らした。彼女が一瞬窓を見て、それから本に視点を戻すとき、僕と目があった。

僕ははっと気づいて目を逸らそうとしたが、その綺麗な目から、逸らすことは出来なかった。


「...あの......何か...」


そんなことを数十秒している間に、彼女の方から口を開いた。


「本、お好きなんですか」


何か弁明しようと思ったが、つい先ほどまで考えていたことが、不意に口をついて出た。


「...はい......好きですよ...」


彼女は一瞬笑って、それからすぐいつものように本を読み始め、

僕は居た堪れなくなって、図書館を出た。

風が吹いているせいか、朝の天気予報で見た気温よりも、温度は低く感じられた。しかし僕の頭は彼女のことで一杯で、体は少し熱を持っていた。





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