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夢も希望もありゃしない  作者: 音切風太
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花の国の王子とクランシオーネさま

「カガク、ロボットが出たようだぞ、さっきの番組も悪野さんが出るまで大騒ぎだったんだ」


 雑談の端で、父親がカガクにそう話しかけてきた。

 目玉焼きを食べながらそれを聞いて、カガクは少しだけスッキリしていた。

 せっかくの悪野のインタビューもロボット騒ぎで影に隠れちゃったわね、可哀想に、ざまあみろ、と。


「ごちそうさま」


 食べ終わり、行ってきますと外に出ると、涼しい風が流れて行った。

 カガクは秋が好きだった。

 しかし、これからは変な思い出のある秋としてカガクの記憶に焼きつくことであろう。

 魔法の国の住人、ロボット、そしてドレス。

 苦々しく思いながら、錆びた階段を降り、通学路を突き進む。

 でも魔法の国だったのは昨日だけ、今日からまた現実の世界に戻ればいいのだ。

 夢も希望もないこの世界に。

 途中、通りがかる数々の生徒から視線が飛んできた、それは好奇に満ちた目であり、戸惑いに満ちた目でもあった。

 昨日魔法を見られたからかもしれない、ドレス姿でバイトに行ったからかもしれない、しかしカガクは突き進む、そんなウワサ自分の実力でねじ伏せてやる気だったからだ。

 学校が近くなると、校門の前で二人の人物がカガクを待っていた。


「ブヒイ!」


 まず駆け寄ってきたのが、ボサボサ頭の大きな少年、桃川である。


「瑠璃川さん!ロボット王国のコスプレイヤーだって本当ですか!」


 何でそんなことになってるの、カガクはさすがに頭を抱えた。


「瑠璃川さん!大丈夫です!僕が付いてます!瑠璃川さんをロボットの国なんかに連れて行かせません!」


「いや、桃川、ちょっと黙っててくれる?」


 手で桃川を制し、頭を上げると、そこにはコスモスの花があった。

 いや、いつも花を持ってる美術教師、塔木だ。


「大丈夫かい?瑠璃川さん、昨日ロボットの近くに君がいたとかで、少し噂になっているようんだんだ、無理はしない方がいい、少し保健室で休むのも……」


 塔木はいつも通りのぽやっとした顔で、カガクを心配そうに覗き込んでいた。

 甘いマスクと言えばそうだろう、実際女生徒には人気があり、恋をしてフラれた生徒がいると聞いたのは一回や二回ではない。


「瑠璃川さん?」


 不思議そうな顔をする塔木を、カガクは凝視する。

 王子、というなら、こんな人物を言うのかもしれない。


『花の国の王子とクランシオーネさまは恋人だったです!きっと転生しても結ばれるです!』


 ふいに昨日ミラクルくんが残して行った台詞が頭をよぎる。

 そして、カガクは、まだぽやっと首を傾げている塔木の持つコスモスに目をやった。


『花の国の王子は最後にクランシオーネさまに、自分だと分かるように印を持って生まれ変わるって言ってたです!』


 カガクはミラクルくんの言葉を振り払うように顔を振る。

 冗談じゃない、魔法の国の伝説かなんかの思う壺になってたまるものですか。

 そう思うと、塔木の目を見て微笑み、


「塔木先生、大丈夫です、そんなに私はヤワではありません、でたらめな噂なんてねじ伏せてあげますよ、では」


 さっそうと歩き出した。

 桃川は「ブヒイ」と言いながら頬を紅潮させながら、そんなカガクの後ろを付いてくる。

 その後ろで、塔木はコスモスを持って首を傾げていた。

 靴を履き替え、廊下を歩くその姿は、誰にも邪魔できる雰囲気ではなかった。

 それはいつものカガクであり、いつものカガクでないようだった。


「桃川!」


 カガクは歩きながら桃川を呼ぶ。

 突然呼ばれて、桃川は「ブヒイ!」と返事をした。


「ブヒイ言うな!あんた!私に付いて来たい?」


 桃川はしばらく意味が分からずぼんやりとカガクを見ていた。


「私に一生付いて来たい?って言ってるのよ!」


 少しの時間の後、ようやく意味の分かった桃川が、顔を真っ赤にさせて大きな声で言った。


「付いて行きます!」

「じゃあ今日からビシバシ行くわよ!勉強!スポーツ!すべて一流になってもらうわ!私に見合う男になってもらう!良いわね!」


 桃川は、両手を握って夢見る乙女ポーズをすると、


「ブヒイ!」


 と大きく返事をした。


「ブヒイ言うな!」


 嬉しそうな桃川を後ろに従えながら、カガクは考えていた。

 これで花の国の王子らしき塔木とは結ばれることはない、ざまあみなさい魔法とやら、そう、世の中は一も二も現実、現実が物を言い現実が勝利するの。

 魔法の世界なんて、金輪際私の世界から消えてもらうわ。


「桃川!付いてきなさいよ!」


 立ち止まらず、振り返らずカガクは桃川に告げる。

 私の名前は瑠璃川カガク、夢の世界なんて、私にはいらないのよ。


「はい!」


 桃川は元気に答える。


 その頭、ボサボサの髪のてっぺんに、近づかないと見えないであろう小さな花が、ぴょこんと咲いた。

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