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「ただしい後輩のさそいかた」

 

「はっ! ……ゆ、夢? よかった……」


 気が付くと、薄暗い部屋の中にいるようだった。一瞬またマジックショーかと思ったけれど、今回は箱に閉じ込められてはいなかった。起きた直後特有のもやがかかったような意識のままで辺りを見てみる。目に入ったのは本棚と、床に無造作に積み上げられた本やファイルの山。

 ということは、ここは……部室? なぜ、ぼくはこんなところにいるんだ? ダメだ、頭がボーっとする。どうもまだ寝ぼけているようだ。


「ようやくお目覚め? よもぎ君」


 ぬっ、と誰かがぼくの顔を覗き込んできた。その顔を見て一瞬で意識が覚醒する。たった今、夢の中で年齢制限確実なマジックショーとは名ばかりの惨劇を繰り広げようとした人物だった。


「うわぁっ!? せ、先輩?」

「何よ、よもぎ君。いきなり、人の顔を見て大声をあげて。まるで命からがら逃げ出した被害者が、電動ノコギリ持った殺人鬼に自宅で出くわしたみたいじゃない」


 当たらずとも遠からずといった具合である。フレディの悪夢から目覚めたら、目の前にジェイソンがいた衝撃に、バクバクと勝手に跳ね回る心臓をおさえて、状況を把握しようとつとめる。


「あれ、えーと……ぼく、今、寝てました?」

「完璧にね。気持ちよさそうに寝息までたててたわ。何故か、途中からうなされているようだったけれど。人が喋っている最中に居眠りとは、キミもなかなかいい度胸しているじゃない」

「あー、それは、あの、すいませんでした」


 相手がいつのまにか寝ていたなんて、確かにあまり気分のいいものじゃない。


「ああ、そのことについてはもういいわ」


 意外にも、先輩はあっさりと許してくれた。

 おかしいな、普段の先輩なら、ここぞとばかりぼくをなじるというのに。


「代わりに、よもぎ君の寝顔をたっぷりと堪能させてもらったから」


 そういって、にっこりと微笑む先輩。花咲くような笑顔だ。だが、


「……先輩、ぼくに何かしましたか。いえ、何をしましたか」


 この人が、のんきに眠っているぼくという格好の獲物を目の前にして、はたして何もしないだろうか、いや、しないはずがない。


「そんな、乙女の口から言わせるものじゃないわよ」


 先輩が顔を赤らめつつも視線を逸らす。ぼくと目が合うのが恥ずかしい風をよそおって。


「よもぎ君があまりにもよく眠っているものだから、つい、我慢をしきれずにキミの口に――蜂蜜とガムシロップを塗りたくっただけよ。糖分で歯をコーティングするように念入りに」

「なんてことするんですか!」


 言われてみると、確かに口の中がベタベタするし甘い味がする。まずい、虫歯がないのがひそかな自慢だというのに。


「『面白そうだからやった。特に反省はしていない』」

「嘘でもいいから、せめて反省しているって言ってください!」

「『自分に嘘はつきたくない』」

「無駄にかっこいいですね!」

「ま、それはともかく。加害者の私が言うのもなんだけど、よかったらこれでも飲む? 少しは洗い流せるかも」


 先輩が笑いながらペットボトルを差し出した。本当に加害者の言うことじゃないが、ありがたく受け取ってふたに手をかける。


「なんと、お値段サンキュッパ」

「金取るんですか!?」

「三万九千八百円」

「しかも高っ!」

「嘘よ。本当は三千九百八十円」

「あ、なんだ。それなら――って、それでも高い!」

「じゃ、三百九十八ドルで」

「また高くなった!」

「あ、ひょっとしてよもぎ君はドンが好み? それともリラがいいかしら」

「もう勘弁してください」

「じゃあ、私の善意はプライスレスということで」


 不毛なやりとりの後、やっとのことで液体を口に流し込む。

 ってこれ、ミルクティーじゃないか。似たような甘さが口の中に広がったけど、少なくともガムシロ100%よりはマシだろう。そのまま二度、三度と液体を口に含んでは飲み込む作業を繰り返す。


「できるだけ念入りにやっておいたほうがいいわよ。よもぎ君、結構長い間熟睡していたから。虫歯って、睡眠中に進行するのよね」

「さらっと怖いこと言わないでくださいよ。そんなに長い間寝ていたんですか? っていうか今って何時です?」


 窓から外を見ても外灯のまばらな明るさが混在した暗闇と、夜空に輝く月と星が見えるだけだ。この部室にしたって薄暗いと思ったら、唯一の光源は窓から差し込むわずかな月明かりのみ。蝋燭が、床に並べられたいくつもの皿の上で溶けかけたまま固まっていたが、火は吹き消されたのだろう、そのどれにも明かりは点いてない。


 六月も終わりで夏へと突入し日没が遅くなってきたといっても、こうまで暗いなら、ひょっとしたら八時近くになっているかもしれない。だったら早めに帰らないと門限を破ってしまう。携帯で時刻を確認しようとポケットに手を伸ばす。けど、


「あ、あれ? 無い」


 携帯が無い。別のポケットも探ってみるが、やっぱり無い。すわ落としたかと周囲を見るも、薄暗い室内は思った以上に見通しが悪くて、それらしい物体は見当たらない。それでも手を伸ばして辺りを探る。


「よもぎ君、何か探しもの? それともコンタクトレンズ落とした人のモノマネ? だとしたら似ていないと言わざるをえないわね。もっと頭を下げて地面に這い蹲るような姿勢じゃないと」

「違います。探しものの方ですよ。なぜか見当たらなくて。……ああ、もうちょっと明るければ……」


 そうつぶやくと、後ろから光が当てられた。振り返ると先輩の手許てもとから光が発生している。どうやら、先輩が自分の携帯のライト機能を点けてくれたようだ。お礼を言って携帯探しを続行する。


「何か大切なものを探してるの?」

「大切っていうか、門限から遅れそうなときはちゃんと連絡しろって言われてるんです。だから、早く見つけて時間を見ないと。門限が八時半なので」

「意外と厳しいの? よもぎ君のお家」

「いや、そういうわけじゃないですよ。ちゃんと連絡いれれば大丈夫ですから……駄目だ、見つからないや。あ、そうだ。先輩の携帯から電話をかけてもらえませんか? そうすれば着信音で場所が分かるはず」

「ふむ。今までの話から察するに、探しものは携帯電話?」

「そうですよ。言いませんでしたっけ」

「じゃあ、はいこれ」


 先輩がライトを消して、携帯電話を差し出す。受け取ったところで気が付いた。


「これ、ぼくの携帯じゃないですか!」

「最初から携帯を探してるって言ってくれれば、すぐに渡せたのに」


 やれやれ、とばかりにわざとらしく肩をすくめる先輩。ひょっとしてこの人、最初から分かってやっていたのか……? いやいや、今はそれよりも時間だ、時間。

 ぱかり、と折りたたみ式の携帯を開く。すぐにディスプレイに現在時刻が表示された。


〈6月30日 PM 23時 38分〉


「……………………」


 頭の中が一瞬で真っ白になった。寝坊して、時計を見たときの全てを悟ったあの感覚と同じだ。ど、どうしよう。門限破りなんてレベルじゃない。


「よもぎ君。分かりやすいぐらいに顔が真っ青だけど、お家への連絡なら私が代わりにしておいたわよ。悪いと思ったけど、キミの携帯を使ってね」

「本当ですか。あ、だから携帯を」

「そのとおり。感謝しなさい。電話したのは八時前だし、多分大丈夫でしょう」

「ありがとうございます! ああ、よかったぁ……。でも、さすがにここまで遅くなったことはないし、本当に大丈夫かな」

「大丈夫。きっと、心配してないはずよ。『お宅の子供は預かった』ってちゃんと伝えておいたから」

「それ別の心配してますから!」

「ただ、何故か途中で声を聞かせてくれって言ってきたのよね。今は声が出せる状態じゃないって伝えたら、何かひどく慌てていたようだったけど」

「絶対に勘違いされてる!」


 帰宅したら、手帳と金属の輪っかを持って犯罪を取り締まる公務員の方が我が家にお邪魔しているんじゃなかろうか!? いや、さすがにそんなことはないはずだ。多分、おそらく、いや、きっと。

 どこまで本気か分からない言動を連発する先輩とあれやこれや話しているうちに、段々と記憶がハッキリしてきた。なぜ、自分がこんな真夜中に部室で先輩と二人っきりでいるのか。


 先輩に頼まれたからだ。

 百物語の手伝いを。


 先輩曰く、百物語とは古くから伝わる怪談会だそうだ。何人かが集まって、手順どおりに奇談・怪談を語っていき、語り終わるごとに火の点いた蝋燭を吹き消していく。そして、最後の百話目を語り終えると本物の怪異が出現する……らしい。そのため、この怪談会がよく行われた江戸時代では九十九話を語り終えたところで最後の一話を語らずに百物語を終えるのが様式であった、などという日常生活を送るうえで役立つ機会がまったく見出せない知識を、放課後の部室で大体この三倍ぐらいの情報量でぼくにとうとうと語ったあと、先輩はこう続けた。


『というわけで、私たちで百話語り終えてみましょう。いいわね?』

『いえ、辞退させ』

『答えは聞いてない!』


 どうやら、先輩は平成八代目がお気に入りのようだった。ちなみに、ぼくが好きなのは平成十一代目だ。

 ……っていやいや、そうじゃなくて。


『いくら夏だからってまだ六月ですよ。肝試しにはちょっと早いんじゃあ……』

『季節なんか関係ないわよ、明日にはもう七月だし。本物の妖怪が出現するかが知りたいんだから。実際に私、五月頃に自宅でやってみたことがあるもの。そのときは何も起こらなかったけれど』

『それじゃ、すでに結果でているじゃないですか』

『あのときは失敗よ。あとから考えると問題点が見つかったわ』

『問題点? なんですか、それ』

『一人でやったんじゃ、とても怪談会とはいえないわ』

『もっと早く気づきましょうよ。具体的には始める前に』

『それに』

『それに?』

『考えてもみなさい。部屋を真っ暗にして大量の蝋燭ろうそくに火を点けたあげくブツブツと不気味な話を一人つぶやいている、自分の娘を目撃してしまった親の気持ちを』


 想像してみた。ごはんだよー、と子供の部屋の戸を開けてみれば、電気もつけずに部屋は真っ暗。闇の中にゆらゆらと揺れる蝋燭の灯に照らされた娘は、何事かをつぶやいては機械的に蝋燭を吹き消していく。

 うん、これは危ない。


『確実に、心の健康を心配されるでしょうね』

『ギリギリのところでバレなかったわ、本当に危うかったけれど。とにかく、そういうわけだから引き受けてくれるわよね、よもぎ君。順調にいけば、下校時刻には間に合うはずだから。ありがとう』

『何でお礼言ったんですか』

『先にお礼を言っておけば断れないでしょう?』

『すいません。今日は急用ができる予定がありまして』

『ああそう、ふうん。用事があるなら仕方ないわね。残念だけど、諦めるわ』

『じゃあ先輩、そういうわけで――』

『あ、大変よ、よもぎ君。後輩に頼みを断られたショックがあまりにも大きすぎて、私の身体が不自然な痙攣けいれんを起こしているわ』

『それは大変ですね。先輩も早く帰った方がいいですよ』

『ええ、そうするわ。ただね、一つ問題があるのよ。このままでは、痙攣を起こした私の指が携帯を誤操作してしまうかもしれないの。そうなったら最後、キミのあの秘密を激写した例の写メが誰彼構わず送信されたり、あるいはネットに拡散してしまうかも――』

『止めてください、お願いします』


 先輩がにやりと猫笑いを浮かべる。


『ねえ、よもぎ君。人間って、助け合いができるはずよね』

『相手の弱みを握って、一方的に言うことをきかせるのは助け合いではありません。人はそれを脅迫といいます』

『そして、人は脅迫には屈するしかない』

『悲しいことですけどね!』


 ……お前の罪を数えろ!


 こうして、ぼくは百物語に付き合わされることとなってしまった。けれど妖怪フリークの先輩と違って、ぼくは怪談などのソッチ系の話は詳しくない。もっぱら聞き役に徹して、いつのまにか眠ってしまったようだった。

 そして、今に至る。


「さあ、よもぎ君。続きよ、続き。キミが寝ちゃったもんだから、途中から私一人だけで話しつづけたのよ。一人が延々と喋ってるだけじゃ、百物語じゃなくて怪談ナイトじゃない」

「そのことはすいません、あやまります。でも先輩、ぼくたち、こんな夜遅くまで学校に残ってていいんですか」

「ダメに決まってるでしょ」

「何開き直ってるんですか! 先輩のことだから、どうせ部活動の一環とでもごまかして許可取ったんでしょうけど、こんな深夜まで残るのはさすがに問題のはずですよ」

「あら、意外と詳しいのね、よもぎ君。でも大丈夫、心配はいらないわ。もともと申請してないから。見つからなければ、どうということはないもの」

「逆に問題ですよ! 許可取ってないんですか!?」

「そうよ。だからこそ、こんな夜遅くまで学校に残っていられるんじゃない」


 ふふん、と得意そうに胸を張る先輩だったが、どう考えてもここは誇る場面じゃない。見回りの先生とかにでも見つかったら、いったいどうする気なんだ。


「大丈夫よ。その時は、よもぎ君が首謀者しゅぼうしゃだったって説明するから。私を睡眠薬で無理やりに眠らせて、訳の分からないオカルト儀式に参加させようとしたって涙ながらに訴えるわ」


 とんでもないことを言い出した。わざとらしく、しなをつくり、ハンカチで目許めもとを押さえるという迫真の演技付きである。


「加害者のくせに、なにしれっと被害者の席に座ろうとしてるんですか。大体、そんな突拍子もない話が信じられるわけないでしょう」

「多分、信じるわよ。私、表向きは成績優秀品行方正な優等生だし、ここに本物もあるもの」


 そういって、先輩はどこからか小さなポチ袋を取り出して目の前で振ってみせた。水に溶けたら無色透明無味無臭、名探偵が見つけたらペロッと舐めて正体を確かめそうな真っ白い粉末が、手の動きに合わせて袋の中で踊っている。


「何ですか、その見るからに怪しい粉は」

「怪しい粉じゃありません。れっきとした睡眠薬です」

「何で一介の女子高生が、そんなものを持ち歩いてるんですか!?」

「それは当然、よもぎ君にこっそり飲ませるために――あ、いえ、実は私、最近、不眠症に悩んでいて」

「不穏な事実がダダ漏れですよ! なんて物騒な……!」

「よもぎ君、物騒なのは睡眠薬じゃないわ。それを犯罪に使おうとする人間よ」


 どの口が言うんですか、つまり先輩でしょう。


「まあ、細かいことは置いておいて。百物語を再開しましょう」

「……これが細かいことって、どんだけ百物語の方に比重がかたむいてるんですか」

「見つかるのがイヤなら、さっさと終わらせて帰ればいいのよ。そうすれば、よもぎ君も問題児として捕まることはないし。そうでしょ?」


 にやにやの猫笑いを絶やさずに同意を求める先輩。怪談会が良識ある大人の手で中断された場合、ぼくを主犯として差し出すことが、すでに先輩の中では決定済みのようだ。

 まあ、どちらにしろ、断ったところで先輩の指が震えて携帯が誤操作されるに決まってるから、ぼくに拒否権はないわけなのだが。しかし、せめてもの抵抗として言いたいことは言わせてもらおう。


「というか、事前説明では完全下校までには終わるって話だったじゃないですか。もう、そういうレベルはるかに超えてますよね」

「よもぎ君。キミって時々、馬鹿――いえ、阿呆――いえ、少々考えが足りないというか、低能というか――いえ、理解力の足りない頭の働きの残念な人間というか――」

「もう、素直に馬鹿って言ってくれませんか」

「え、イヤよ。そんなこと言ったら、キミの悪口になっちゃうじゃない。私、人の陰口は言わない主義なの」


 そりゃこれだけ表立って言ってたら、陰で言う必要なんかないでしょうよ。


「いい? よもぎ君。百物語というのはね、全部で百の怪談を語るものなのよ。では、ここで問題です。一話語り終わるのに必要な時間は、どのくらいでしょう?」

「…………あー、そういうことですか…………」


 ようやく、ぼくは自分の考えの足りなさに気がついた。計算してみれば分かるが、一話を五分で語り終えたとしてもそれを百回繰り返せば五百分。平均的な睡眠時間の目安よりも多いくらいだ。開始時間にもよるだろうが、下手すりゃ夜が明けるだろう。


「一話一分で語り終われれば、二時間もかからずに終わるでしょうけど。ま、現実的に考えれば無理な話よね」


 理想的なパターンだけを説明し、都合の悪いことは口を閉ざす。そのことを追求された場合の返答は、『きかれなかったから言わなかった、自分は何一つウソは言ってませんよ』。

 断言しよう、これは悪質な詐欺の手口だ。


「つまり、先輩は最初からぼくを騙すつもりだったと」

「まあ、そのとおりといえばそのとおりだし。違うといえばウソになるわね」

「それ、もう認めちゃってますよね」

「世の中にはね、便利な言葉があるのよ。『効果には個人差があります。すべての人に同等の効果を保証するものではありません』。つまり、キミが私の言葉をどう捉えようとすべては個人差!」


 うわー、この人殴りたい。

 今なら衝動に任せて行動しても、裁判員の心証は悪くならないと半分本気で思う。いっそのこと、普段から感じている積もり積もった不満をブチまけてやろうとしたが、


「大体ですね、先輩は――!」

「ねえ、よもぎ君」


 不意に、先輩はぼくに顔を近づけると小さな声でささやいてきた。互いの姿がひとみに映りこみそうな至近距離に、思わず口を閉じてしまう。


「そんな大声だしたら、ほんとに見つかっちゃうわよ。静かにしないと……ね?」


 そう言うと、先輩はぼくの目を見つめたまま、静かに笑いかけた。

 わずかな月明かりに照らされ、暗い部屋の中で朧気おぼろげに浮かび上がる先輩の優しい笑み。触れればそのまま空気に溶けてしまいそうなはかなさが、目の前に確かにあった。

 ……普段のにやにやの猫笑いではない、時折、不意打ち気味に浮かべる透明感のあるこの笑顔は反則だと常々思う。

 頬が熱い。体温が上がっていくのが自分で分かった。火照る顔を隠すために顔を背ける。

 先輩の様子を横目にうかがってみれば、いつのまにか、あの笑顔は夢か幻のように消えていた。完全に、いつもどおりのにやにやの猫笑いに戻っている。

 そのことを少しだけ残念に思いつつも、ぼくは不自然に思われない速度で視線を戻した。平常心を保ち、言葉を返す。


「わかった、わかりましたよ。じゃあ、もうさっさと百物語再開して終わらせましょう。それでさっさと帰りましょう」

「私、キミのそういう諦めのいいところ好きよ」

「で、あと何話なんですか?」

「それを言いたかったから、よもぎ君が起きるのを待ってたの」


 そう言って、先輩が何かを差し出した。遮光板のようなものに覆われた、火の点いた一本の蝋燭だ。これ以外の蝋燭は全て火が消え失せてる。

 つまり、先輩は語り部として大変優秀だったようで。


「残りはたったの一話よ」

 

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