「ただしい助手のつとめかた」
気が付くと、周囲は真っ暗闇だった。
「え、何ここ」
身体を動かそうとして、動けないことに気づく。どうも首から下が長方形の箱のようなものに押し込まれているみたいで、自由が利かない。力をこめてみるも、ガタガタと揺れるだけだ。別に苦しいわけではないけれど、身動きが取れないだけでそこはかとなく不安な気持ちになる。
「レディース・アンド・ジェントルメン!」
突然聞き覚えのありすぎる声が響く。と同時に目もくらむような強い光が視界を白く塗りつぶした。思わず目をつぶってしまう。
「こら、よもぎ君。ちゃんと目を開けて。お客さんに失礼でしょ」
お客さん? いったい何を言ってるんだろう?
「あの、先輩? 状況がいまいちよくわからないんですが……」
ようやく光になれてきた目を開けてみると、思ったとおり声の主は先輩だった。この角度から見上げると、やや逆光になってしまうが、ぼくを見下ろす顔にはいつもどおりの、そして何よりも特徴的なチェシャ猫めいた笑いが浮かんでいる。
でもその格好が何かおかしい。普段の制服とは異なる全身黒ずくめの服に、鳩でも取り出しそうなシルクハット、花や剣に変わりそうなステッキと、早い話がとてもマジシャンっぽい姿だった。
「ふふ、似合うでしょ。よもぎ君もよく似合ってるわよ、その箱」
コンコンと先輩が手にしたステッキで箱の側面を叩く。うん、確かに先輩はその堂々とした立ち居振る舞いと衣装がよく似合っている。長い黒髪も魔術師めいた印象を抱かせるのに十分だ。しかしこっちは箱が似合うと言われても。
明るくなったところでよく見ると、箱にはカラフルかつ派手な感じの模様が描かれているのがわかる。なんだかマジックで使う箱のように見えるな。首を可能な限り回してみると、一段低いところにたくさんのお客さんがいるのがわかった。ぼくはステージのような場所にいるみたいだ。ああ、この光はスポットライトだったのか。
箱に閉じ込められた人間。舞台の上。お客。マジシャン。
……なぜだろう、羅列するキーワードからは嫌な予感しかしない。
「それでは大マジック、人体切断ショーの始まりです!」
「嫌な予感的中したー!」
「さーて、準備準備♪」
そういって先輩はどこからか巨大なチェーンソーを取り出した。入れ替わるようにステッキが消えている。これもマジック? いや、そんなことをいってる場合じゃない。何がなんだか分からないうちに事態が進行しようとしている。それも、ぼくにとって最悪の事態が。
「ちょっとまってください先輩! あなたいったい何するつもりですか!」
「なにって言ったじゃない。大マジック、人体切断ショーよ」
ギュイイイ! ギュイイイ! とチェーンソーが凶悪な音を妙にリズミカルに奏でる。先輩、それは楽器じゃない!
「そんなに心配しなくても、ちゃんとキミの身体は真っ二つに……」
「そっちが成功したら困るんですけど!」
「冗談よ。何をそんな怖がってるの?」
「訳が分からないまま危険なマジックの手伝いさせられて怖がらなかったらそいつは悟りを開いているに違いないってことです!」
そして凡人であるぼくは無我の境地に至ってはいない!
「大丈夫よ。私を信じなさい」
「信じなさいって言われても、ぼく、何の打ち合わせも受けてないんですよ」
「え? そんなの必要ないでしょう。マジックって種も仕掛けも無いんだから」
「はい? ……先輩、まさか本気でマジックには種も仕掛けも無いと思ってるんですか?」
「当たり前でしょう。マジシャンは皆そう言ってるじゃない」
「あれはあくまで建前ですよ!?」
「さぁ、世紀のイリュージョンの始まりです!」
「無視して話を進めないでください!」
「このマジックには種も仕掛けもありません」
「話を聞く気もありませんよね!?」
「刃物、箱にも一切細工はございません」
「お願いですからあるって言ってください!」
「今宵、皆様を楽しませさせていただくのは、私、土御門静音。そしてこの大魔術に協力してくれる忠実な助手は稲代よもぎ。二人が織り成す奇跡をご覧ください。今宵、ひょっとしたらお客様には滅多に観られないものをお観せできるかもしれません。そう、警察の現場検証とかですね、ふふ」
「なんて笑えないジョーク!」
「果たして、勇敢な助手は無事に生還できるのでしょうか!」
「これ絶対死人が出ます! そしてそれはぼくだ!」
「Let’s show time!」
「やめてー! 誰か助けてー!」
「もー、うるさいわね。ちょっとスタッフー、何か口ふさぐもの持ってきてー。え、無いの? じゃあ、これでいいか……んっ、と」
「む!? むー!」