「ただしい放課後の過ごし方」
先輩曰く、「青春とは、人生において無駄に過ごすべき時間」らしい。自分がやりたいことをやりたいようにするのがもっとも正しく、かつ楽しい使い方なのだと。たとえ、それが他人から見て無駄なことにしか見えなくてもだ。そういう意味では、先輩は立派に青春を謳歌していると言えるだろう。
それはいい。
そのこと自体は別にいい。
彼女が自分の時間をどのように使おうが、本人が言うように楽しければ、それはそれでいいんじゃないかと思う。
でも、先輩。お願いですから、それにぼくを巻き込むのだけはやめてください!
こんな、妖怪に追いかけられるような非常識かつハタ迷惑な事態がデフォルトな放課後に引っ張り込むのだけは!
「ハリネズミのような毛、犬のような鳴き声、爪が刃物のように鋭い、三匹の空を飛ぶイタチ。これは十中八九、鎌鼬でしょうね。有名どころだから、よもぎ君でも知っているわよね」
隣でぼくと同じく、己の身の安全確保の為に全力疾走しているはずの先輩が、今まさに後ろから迫り来る妖怪達を、やけに呑気な声で解説している。
「この状況で、なんで先輩はそんなに冷静なんですか。あいつら段々追ってくるスピードが上がっている気さえするんですけど!」
「まあ、そうでしょうね。鎌鼬っていうのは、つむじ風に乗ってすれ違いざまに人を切り裂いていく風の化身のようなものだもの。人間より早いのは当たり前でしょ。鎌鼬には、一匹バージョンと三匹バージョンがあるんだけど、見たかんじ三匹が連続で襲いかかってくるタイプみたい。ちなみに、なんで三匹揃ってジェットストリームアタックをかますのかっていうと、一匹目が対象を足止めして、二匹目が斬りつけて、三匹目が薬を塗るからだそうよ。あ、どうして薬を塗るのかは」
「そんな豆知識よりも早く対処法を思い出してください!」
どこか嬉しそうに妖怪雑学を披露し始める先輩に大声で叫んでみたのだが、
「そうは言っても、妖怪って種類ごとにどうすればいいのかが違うもの。風の妖怪一つとっても、例えばムチとか精霊風とか、数え上げればキリが無いわ。ひょっとしたらまったく別の妖怪かもしれないし、完全には確信がもてないわね」
「いや、さっき十中八九間違いないって言ったじゃないですか!」
「人は過去の言動に縛られては生きていけないわ。未来を見据えることが大事なの。よく覚えておきなさい、よもぎ君」
「じゃあ未来のためになにか考えてください! 具体的にはあの妖怪の正体とか弱点とか撃退法とか!」
「そうね。今思い出したんだけど、鎌鼬は切り傷に特徴があるらしいわ。それを確認すれば正体が確信できるはず。と、いうわけでよもぎ君、確かめたいからちょっと立ち止まって切り刻まれてくれない?」
おい。この先輩、正気で言ってるのか?
「ぼくは学校で血だらけになって死ぬ趣味はありません!」
「大丈夫よ。鎌鼬の斬撃って傷が深いわりに出血が意外と少ないそうだから」
「死因が出血多量から斬殺に変わるだけでしょう!」
ああ、何でこんなことになってしまったんだろう。平和な現代日本の学校で、妖怪に襲われるなんて非日常な出来事が日常化する事態に。
落ち着け、落ち着いて考えるんだ。冷静になればきっと分かるはず。
……いや、考えるまでもない。あの日が原因だ。
昨日、一反木綿に首を絞められかけたのも、一昨日、児泣き爺に押しつぶされかけたのも、いや、そもそもこの学校が、本物の妖怪が出没する霊界スポットみたいなものになってしまったことも。
全部、あの日が原因だ。