第九回『そして彼らはいつまでも幸せに暮らしましたとさ』選手権
「あなた達は今、幸せですか?」
面接官の問いかけに、向かいに座っていた彼らは一斉にうなずいた。
「「「「ええ。私達は今とても幸せです」」」」
「いいでしょう。それでは第九回『そして彼らはいつまでも幸せに暮らしましたとさ』選手権を始めます」
面接官が満足げにうなずき、彼らに笑いかけた。リリィは椅子に座りなおし、ごくりとつばを飲み込んだ。この選手権でなんとか優勝したい。そうすれば、私達の生活はきっともっと『幸せ』になれる…。
『そして彼らはいつまでも幸せに暮らしましたとさ』選手権のうわさを聞きつけたのは、つい最近のことだった。何でも街の大富豪がお金を持て余し、貧しくも健気に暮らしている人々にささやかな資金援助を行っているらしい。その資金援助を受けるためには、大富豪が開催する面接試験に合格しなければならない…そんなうわさだった。
「でも…怪しくないかしら。ただでそんなにお金を受け取って、あとでやっぱり返せとか言われたりしても困るわ」
「あら、そんなことないわ。第一回優勝者の白雪さんなんか、莫大な資金援助のおかげで三丁目に豪邸を建てられたんですけど、未だに『幸せ』そうですもの。返せなんて話、誰からも聞いたこともないわ」
「そんなにたくさんの人がもらってるの?」
「ええ。もう十人くらい…。かぐやさんも、人魚姫さんも、有野ママ兄さんも、みんな…。私だってそう。あなただって夫の稼ぎだけじゃ、ねえ?」
「そうね…」
最初は半信半疑だったリリィも、前回優勝者だというアリスの話を聞いて心を動かされた。そういえばアリスも、数ヶ月前より何だか身なりが良くなっていて、髪もつやつやと手入れが施されていた。よっぽど生活が潤っているのだろう。
「出てみるだけ出てみなさいよ。お金があっても幸せとは限らないけど、生活に余裕は出てくるわ」
こうしてアリスに背中を押され、リリィも選手権会場へと足を運んだ。
「ではまずは、自己紹介を…」
「はい。ワシはとある国で王様をやっておる、イワンと申します」
「イワンさんね。よろしく。ところで、何故あなたは裸なんですか?」
「裸じゃあありません。これはワシの国を訪ねてきた着物屋に作らせた特殊な洋服でして。何でも、おろか者、馬鹿には見えない服という代物なんじゃ」
一番右端に座っていた恰幅のいいおじいさんから、早速自己紹介が始まった。リリィは緊張して頭が真っ白になっていたが、おじいさんの言葉に思わず右に目をやった。おじいさんは、リリィの目から見ても確かにパンツ一丁で、何も着ていないように見えた。面接官も首をかしげた。
「…おかしいですね。私には、あなたが裸のようにしか見えません。私が、馬鹿なのでしょうか」
「はっはっは。そんなことはありません。実は、ワシにも見えてませんから」
おじいさんはそういって豪快に笑った。
「じゃがね、この見えない服を着ていると、なんとも不思議なことが見えてきましてな。まるでワシの服が見えているかのように振る舞い、こびへつらう者。笑い飛ばしてくれる者。馬鹿にした目で見てくる者…。彼らの一面を知り、誰を信頼できるかが分かったということでは、ワシは幸せ者だと言えるじゃろう」
「なるほど。イワンさんは、特にお金に困っているわけでもなさそうですね。何故この選手権に?」
「はい。実はワシは一度、この見えない服を着てパレードに出かけ、赤っ恥をかいたことがあるんです。『王様は裸だ』とね。だけど今では、ワシはこの服に感謝すらしておる。この選手権で優勝して、ワシはみんなに知らせたいんじゃ。どんな不幸も過ちも、自分しだいで幸福に変えていけるということを」
「分かりました。ありがとうございます」
面接官がにっこりと笑った。
「では次の…うさぎの方」
「はい」
「聞かせてください。あなたは今、幸せですか?」
「もちろんです」
リリィは真っ赤な目をした白うさぎをちらりと見た。パイプ椅子の上にちょこんと座ったうさぎは、面接官の質問にはきはきと返事をしていた。
「私は以前、自分がこの世界でもっとも足が速いとかん違いしていました。ですが、先日のレースで、カメ選手に負けてしまったのです」
「負けたんですか?それは幸せなことではないのでは?」
「とんでもない!私は嬉しかったんですよ。とうとう競い合えるライバルが現れたことが。今まで私は、正直おごっていました。何せどんなレースでも常に一番になってきたわけですから。彼が現れなかったら、私は選手としてダメになっていたでしょう」
うさぎは次の南アフリカで行われるレースに参加するため、資金が必要なんだと熱く語った。面接官は動物の世界で行われるレースにかなり興味を示していた。リリィはひざの上でそわそわと指を絡ませた。
どうしよう。もうすぐ私の番だ。生活の足しになればと、軽い気持ちで参加してしまったが、もしかしてすごく、場違いかもしれない。何を話せばいいんだろう。私には彼らみたいに、感動的な過去も胸打つストーリーもない。私の人生なんて脇役も脇役、平凡以下そのもので、いつか見た物語の主人公達とは大違いだ。
「では、次の方…リリィさん?」
「え?あ、はい…」
突然指名され、リリィは慌てて立ち上がった。
「あなたは今、幸せですか?」
「え?あ、その…」
「?」
「分かりません…。私はもしかしたら、その、幸せだって自信がなくて…」
リリィの言葉に、会場がざわつき始めた。面接官はしばらく黙ったままのリリィを見つめて、やがて静かに口を開いた。
「…いいでしょう。ですがリリィさん、今回は『誰が一番幸せか』を競う選手権ですので、あなたは選考外となります。また自分が幸せだと自信が持てたら、お越しください」
「はい…あの、ごめんなさい…」
リリィは泣きそうな顔をしながら椅子に座りなおした。そしてすぐ、次の選手の自己紹介が始まった。やがて会場が活気を取り戻す中、リリィはただ一人俯いていた。
「おかえり。どうしたんだい?ただいまも言わずに…」
リリィが家に帰ると、夫が不思議そうな顔をして玄関を開けてくれた。リリィはその声を聞いてやっと、自分が自宅に向かっていたのだと気がついた。外の道は雪が降り積もり、今夜は一段と冷え込んでいたが、それでもリリィの心ほどではなかった。
「何かあった?」
「…いいえ。何にも無かったわ」
リリィは夫に促されるように家へと入った。夕食の支度をしてくれていた夫が、嬉しそうにビーフシチューを子供達の皿に取り分ける姿を、リリィはただぼんやりと眺めていた。
「…どうしたんだい?食べないの?」
立ちっぱなしのリリィを見て、彼は不思議そうに首をひねった。
「…ねえ、ジャック。私達って、幸せなのかしら?」
「えっ…」
「ごめんなさい。でも…私、一体何が幸せなのか分からなくなっちゃって…」
リリィは今日の選手権会場での出来事を夫に話して聞かせた。
「…それで、私何も答えられなかったの。私は普通の人として、普通に暮らしてるだけ。どこかの国のお姫様でもないし、このままじゃ来月の食費だってままにならないわ。このままで私達、『いつまでも幸せに暮らす』ことなんてできるのかしら」
「できないかもしれないな」
「え…」
リリィは驚いてジャックを見つめた。
「たしかに僕らは王様でもお姫様でも、物語の主人公でもなんでもない。だから『いつまでも』なんて保証はできない」
「ジャック…」
「でもいつか僕が、君にそんな物語を作るよ」
ジャックはそういってリリィに笑いかけた。リリィは目を丸くした。
そうだ。何を悩んでいたんだろう。別に選手権で優勝して、自分が一番『幸せ』だなんて決めてもらわなくても、いいんだ。
「必要ないわ。だって私、今幸せな気分になれたもの」
リリィは、もう笑顔を取り戻していた。食卓をはさんで、二人は照れくさそうに微笑みあった。夕食を終えると、二人は手を取り合い窓の外を見つめた。ガラスの向こうでは雪が降り積もり、今晩中には止みそうにもない。暖かい暖炉の火に包まれ、二人はそっと窓辺で寄り添いあった。そして彼らは、いついつまでも…。




