第四話 私、ピンチです!
今回はちょっと長めです。
ガサガサと揺れる茂みから急いで飛び退くと反対方向にダッシュする。
目指すのは20m程先に見えている私の張った万能結界だ。
ダッ!! と私が走り出して直ぐに、後ろに赤い体毛の狼が飛び出してきた。
真っ赤な瞳に少し硬そうな真っ赤な毛並み、ピンと立った大きな耳、ズラリとたくさんの大きな牙が並んだ口、これまた大きな鋭い爪。
おめでとうフィオーネちゃん、立派な肉食動物さんとエンカウントだよやったね!! ……嬉しくない、物凄く嬉しくない。
ってかおまえのDNAどうなってんだ保護色どうした、どこに忘れてきた、そんな体色でどうやって自然界生き抜いてんだよ意味わかんないよ!?
とっさに鑑定をするとあいつはファイアーウルフって種類で、Lv.25、ランクC+の魔物らしい。ちなみに火属性の魔法を使用してくる厄介な魔物だ。なにそれ酷い。
自分だけでどうにもならないと遠吠えで群れの仲間を呼び寄せるなんて恐ろしい習性がある。
やめれ。
いや、本気でやめれ。
自分ひとりで無理と分かったら増援呼んで集団リンチとか何それ鬼畜か。
レッドウルフ(?)とかいうやつの上位個体で、レッドウルフの群れに稀に生まれるんだとか。
上位個体なら、やっぱり群れのリーダーなんだろうか。
とりあえず追いつかれてはたまらないので、足止めに泥沼とか土壁とか落とし穴を土魔法でつくっておく。
思い通り向こうも足止めにうまくかかってくれたから、成果は上々かな。
やーい間抜け、引っかかってやんのー!! プププププ、とか心の中で笑っていたら罠から抜け出してきたファイアーウルフに力作の土壁を体当たりで一発で吹き飛ばされた。ショックだ。
……か、体が丈夫なんだね…………。
私が無事に結界のところに飛び込むと、すぐそこまでファイアーウルフが迫ってきていた。
……ギリギリセーフ。
もう少し逃げ込むのが遅かったらあのファイアーウルフの胃袋におさまっていたかもしれない。指さして笑ってる場合じゃなかった。もうちょいで死んでた……。
……いかん、想像してしまった。
ブンブンと頭を振ってその考えを消すと、急いで結界の中央まで退避して結界の強度と炎魔法耐性を強化しておく。
その直後バチンッ!! と音がしていそいで振り向くとファイアーウルフが結界にぶつかって吹っ飛ばされていた。
結界に綻びができてないか確認するけど異常なし。
恐るべし万能結界。
ファイアーウルフは、もう一度ぶつかってきて、やっぱり吹っ飛ばされたあと、大きく息を吸って頭を真上に向けた。
まずい、このモーションはまさか……
「アオォーーーーーーーーーーンッ!!!!」
やっぱり遠吠えだ、増援をよばれちゃったよ!
ファイアーウルフはこちらを睨んでグルルルル…と威嚇してくる。
うわぁ、目がガチだ。本気だ、殺気がやばい。やばい。マジでやばい。何がやばいって明確に言えないくらいにとにかく全部やばい。
これじゃあ迂闊に逃げれないじゃないか!!
籠城するにしても限度があるし、ずっとこのままってわけにはいかないよね……。
……となると、私はこいつらを倒さなきゃいけない訳だ。
でも魔力は温存しときたい。
かといって私に剣術やら体術やらの経験なんて、真剣どころか模造刀すら触る機会が滅多にないような平和な日本に生まれた私には皆無なわけでして……。うん、素手は無理。
そうこう考えているうちに、レッドウルフは着々と数を増やしている。
全部で200匹近くいる。
いや、お前ら数多すぎだろ。レッドウルフ自重しろ。
結界のあたり一面真っ赤だ。
これでもう逃げられない。
どうする、私。
とりあえず、誰かいる可能性にかけて、魔法で花火を打ち上げてみるか。
「花火」
ドーンと青色の花火があがる。
誰か気づいてくれるかな。
誰かに頼るばかりでも行けないから自分でも風の刃やら水の矢やらで少しずつ頭とか喉とかを狙って倒していく。
頭が吹き飛んだりして血が吹き出て、正直怖いし罪悪感がないわけじゃないけど、私が生きるために悪いけどファイアーウルフやレッドウルフたちには死んでもらうしかない。
そうして10体ほど倒したころで、ガサガサっとまた茂みが揺れた。
200体程で増えるのが収まっていたから、てっきりもう来ないんだとばっかり思っていたけどまだいたのだろうか。
バッと何かが飛び出してきて私は反射でキュッと目をつむる。
「おい、聞こえるか!? 誰かいるのか!!」
男の人の声が聞こえた。
おそるおそる目を開けると、レッドウルフの向こうにみえたのは、ワインレッドの髪と瞳をした青年だ。
髪は短く、つりあがった瞳が野生的なワイルド系イケメンだ。また赤色!! と突っ込んだのはここだけの秘密だ。
良かった、助けに来てくれた。安堵で思わず涙が出る。
「たすけてくだしゃい!」
身体がまだ幼いせいで噛み噛みだけど、私はここだと自己主張するように大声を張り上げる。まともに喋っていなかったせいで少し声が掠れて喉が痛いけど我慢我慢。
「なっ、子供……!? ……わかった、そこで大人しくしてろ! 今助けてやる!」
「あい!!」
青年は大剣を取り出すと大剣の重さをものともせず軽々と振り回し、レッドウルフを駆逐していく。
私を助けるために戦ってくれている彼になにか出来ることはないかとたいして中身の詰まっていない頭をフル回転させて考える。今の私に出来ることだと……やっぱり魔法だろうか。
だとしたら補助系の魔法だよね……。
よし、ものは試しだ!
「身体能力小強化、火魔術•炎魔法耐性シールド展開、彼の剣に一時的に水魔法付与」
いろいろ噛んじゃったけどなんとか魔法は発動できた。
まぁ、無詠唱で出来るくらいだから、ちょっとくらい言葉を間違えたって大丈夫なんだろうけどね。
今回噛み噛みだったのは…、あれだよ、初めて人に会って滑舌の悪さを他人に露見して恥ずかしかったんだよ。
言い訳くらい許してください……。
青年は、ビックリしてこっちを見たけど、またすぐにレッドウルフを倒すために視線を戻した。
30分程するとすっかり倒し終わって、青年はこちらに歩いてきた。
「大丈夫か?」
「あい。たすけてくだしゃってあいがとーございまちた」
「どういたしまして。怪我は無いか?」
「あい。おかえしゃまでどこもけがはちていましぇん」
もう呂律がまわらなせいですごく恥ずかしいけど、身体は3歳なんだししょうがないと諦めようではないか。
ちゃんと発音できなくたって良いじゃないか。だって私は3歳だもの。
「そういえば、どうしてこんな所にいたんだ?」
「わかりましぇん」
「君の名前は?」
「ふぃおーね・れんじあだとおもいましゅ」
「思いますってなんだ、思いますって」
「ふくのえりにかいてありまちた」
「……ん? 自分の名前を知らなかったのか?」
「あい」
不思議に思った青年が眉を顰めて聞き返して来た。
コクリ、とうなずきながら返事を返せば、わかりやすく表情が険しくなる。
「両親はいるのか?」
「わかりましぇん」
「どこから来たのかのわかるか?」
「わかりましぇん」
「君は誰だ?」
「わかりましぇん」
「…………記憶の始まりはいつだ?」
「きょうのあしゃでしゅ。めがしゃめちゃら、ここにいちゃのれしゅ。じぶんがだれかもどこからきちゃのかもわからなかっちゃのれしゅ」
「………………やっぱり記憶喪失か」
「……? ……ここはどこなのれしゅか?」
やっと私の記憶喪失に気づいてくれた。
でも、あまり根掘り葉掘り聞かれても困るし、スルーして自分の聞きたいことをきいていく。
「クリムゾン国の北の端の魔の森という場所だ」
「おにーしゃんは、わたちがだれかちっちぇいましゅか?」
「レンジア姓な……すまないが心当たりはひとつもない。あぁ、俺の名前はジェイドだ。好きに呼べ」
「じぇいどしゃん?」
「あぁ、それで構わない」
「わたちはこれからどうしゅればいいでしゅか?」
「……心配しなくていい。魔族の国では幼い子供は国が保護して育てる決まりになっている。もちろんこの国もな。と言っても子供を捨てるという行為は子供の出生率が低い魔族にとっては、とても重い罪だ。今、この国では君以外孤児はいない」
「しょうなのれしゅか?」
私以外の孤児がいないとか凄いな。
どんなに子供を大切にしていたって天涯孤独になってしまう子供はどの国でもそれなりにいるだろうに。
「だから心配しなくていい」
「………あいあとーございましゅ」
「敬語も使わなくていい。まだ子供なんだ。気にするな。君みたいな年の子に敬語を使われるなんてこの国なら逆に怒られるぞ。そんなちいせぇうちから可愛げねぇ!! ってな!」
「あい!」
クスクスとジェイドさんが面白そうに笑う。
私も笑顔で返事を返した。……あんま笑えなかったんだけど。
「……やっと笑ったか」
「?」
「何でもない、フィオーネは気にするな」
ジェイドさんが何か言ったけど聞き取れなくて聞き返してみたけど笑って誤魔化された。
くそう、そんな笑顔もかっこいいとかイケメン狡い。
「ほら、俺がついててやるから寝てろ。普通なら子供はもうとっくに寝てる時間だぞ」
「あい」
いつの間にか日は落ちて周囲は真っ暗で、ジェイドさんが出した明かり以外に光るものはなかった。時々聞こえるレッドウルフらしき声にビクリと身体を震わせると、大丈夫だというように優しく抱きしめられた。うわぁ、なんかすごく安心する……。
膝の上にのせてもらってポンポンと背中を一定のリズムで叩かれる。
疲れていたのか、私はあっけなく眠りに落ちてしまった。
おやすみなさい……。
2017/03/04 加筆修正