第2話
家に入っても、彼は玄関につっ立って、おどおどしていた。
「上がっていいよ。うちもお母さんパートでいないから、たぶんそっちと同じくらいに帰ってくると思う」
「…」
ほんと、しゃべんないな…
私もあまり会話が得意なほうじゃないから、だんだん焦り始めた。
居間のソファに座らせて、私は台所でお菓子と飲み物の用意をする。
ちらりと彼のほうを見ると、体をこわばらせてじっと動かない。
居心地悪そうだなあと、私は申し訳ない気持ちになってしまう。
「はい、ポテチとチョコとジュース。ごめん、これしかなかった」
「…」
「どうぞ」
「…いただきます」
ぼそっとつぶやいて、ポテチを手に取りちびっとかじっている。
おなかはすいているんだろうけど、ほとんど話したこともない女子高生と二人きりじゃ、好きなものもおいしく感じないか…
「えっと…カケルくんだったよね、今何年生だっけ」
「…5年生」
「へえ、私高2」
「知ってる、りっちゃんでしょ」
「えっ」
突然、カケルくんが私の愛称を呼んだので、思わず小さく叫んでしまった。
「お母さんがりっちゃんって呼んでるから、家では俺もりっちゃんって言ってる」
「へえ…」
どんな場面で彼が私の名前を発するんだろう…
まあ多分「りっちゃん○○で見たよ」とか、そんなようなことだと思うけど。
「六に花って書いて、リッカって読むんだよ。面白いでしょ」
「ふうん」
「雪って意味なんだって」
「なんで?」
「雪の結晶って見たことあるでしょ?あれ、六角形で花みたいな形してるから、六花って言うんだってさ」
「知らなかった」
ふふふと私が笑うと、彼もつられて笑った。
結構かわいい顔をしてる。
ちょっとだけ髪を伸ばしていて、サッカーとかやってそうな、いわゆる女の子にモテるタイプだと思う。
「カケルくんはさあ、どういう漢字書くの?」
「えっと…カって書いてロって書いて、下に木って書いて…王様の王に、流れるの右側」
「…」
てっきり「翔」とか「駆」とか、よくある漢字だと思っていたが、ここまで凝った名前だったとは…
本人も自分の名前を伝えるのにすごく苦労している。今時の子であることを痛感した瞬間だった。まあ、私もまだ高校生だけど。
「えっと、架琉であってる?」
「うん」
「えっと…すごいかっこいいね、今っぽい」
「クラスの子は、もっと読めない子いっぱいいるよ」
「そうなんだ…」
そんな他愛ない話をしているうちに、インターホンが鳴った。
「あ、おばさんかな?」と言いながら、私は小走りで玄関のほうへ向かう。
「あ、りっちゃん、ごめんなさい、うちの子、預かっててくれたんでしょ?!」
「いえ、ほんと数十分なんで。架琉くーん、お母さん来たよ!」
まだ30代の架琉くんの母親は、美人で小学生の子供がいるとは思えないくらい、若々しい。
このお母さんなら、子供に凝った名前つけそう…と少し偏見の目で見てしまった。
架琉くんははっとして、急いで母親のもとへ駆けてくる。
「もう、なんで鍵ちゃんと持ってかないのよ!」
「だって…」
「りっちゃんだって忙しいんだからね!ほんと、ごめんね、どうもありがとうね」
「いえいえ、また来てね」
私が笑顔で手を振ると、架琉くんは恥ずかしそうに小さく手を振り、母親に連れられて黙って出ていった。