第1話
同じマンションの隣に住んでる小学生が、玄関の前で座り込んでいる。
ほとんどしゃべったことはない。
たまに出くわすとぺこりと小さく会釈されるくらいで、まともに話すことは一度もなかった。
どうしよう、たぶん家の鍵忘れて入れないんだ…
確か、おばさんフルタイムで働いてるって言ってたもん。
上ってきた階段から5、6メートルほど離れたところで、私は思わず立ち止まった。
だって、無視して自分だけ家に入るなんて、ちょっとかわいそうだし…
だからと言って、家に入らないわけにもいかないし…
仕方なく、私はゆっくりと彼がいる方へ向かった。
数歩歩いたところで、彼はふと私のほうを見た。
しかし、次の瞬間あからさまにがっかりした顔になる。
今、お母さんが帰ってきたと思っただろ…
私は思わず、一瞬だけ彼を睨み付け、そのまま前進した。
彼は何事もなかったかのように、体育座りの膝に顔をうずめた。
「…家、入らないの?」
構わないで欲しいのかも、と思いつつ、勇気を出して話しかけてみた。
彼は「え…」と声を漏らしながら、むくりと顔を上げる。
「鍵、忘れた…」
「…だよね」
思った通りの展開に、やっぱり無視して家入っちゃえばよかったと後悔した。
だって、この後、この無力な私にどうしろと…
「…」
「…」
「…お母さん帰ってくるまで、うち入ってる?」
「…」
思い切ってそう問いかけたが、ふるふる、と黙ったまま首を振っている。
そのあと何度か誘いの言葉をかけてみたが、それでも彼はかたくなに拒んだ。
子供って、変に頑固なとこあるよなあ…と私はしみじみ感じたが、これ以上何を言っても無駄なようなので、「じゃあ、私家入るね」と言ってさっさとその場を後にした。
鞄をベッドの上に置いて、制服から部屋着に着替え、しばらくスマホをいじくっているうちに1時間ほど経過したが、やはり隣が気になるのか、終始そわそわして落ち着かない。
もう忘れちゃったけど、確か小学生って3時ごろ帰宅だったと思うから、たぶん3時間くらい経過してるよね…
いろいろ考えるうちにいてもたってもいられなくなり、私は自室を出てそうっと玄関の扉を開けた。
さっきと同じ態勢の小学生が、私を見上げている。
「…」
「ごめん、なんか気になって…」
「…」
「お母さん、何時くらいに帰ってくるの?」
「…7時くらい」
「まだ1時間くらいあるけど…」
「…」
小学生はほとんどしゃべらない。
子供って、他人に対して本当に無口…まあ、私もそうだったけど。
「やっぱり、うち、入れば?風邪ひいちゃうよ」
「…」
「おなかすいたでしょ?お菓子しかないけど、用意するよ?」
「…」
先ほどとは様子が違う、かなり迷ってる。
さすがに、すこし薄暗くなってきたし、寂しくなってきちゃったんだろうなあ。
「ね、新聞入れるとこにメモ書き入れといてあげる。お母さんが帰ってきたら、うちに寄ってもらえるようにしとけば大丈夫だよ」
「…」
「はい、立って。足しびれちゃうでしょ」
私が手を差し伸べても、彼は躊躇してなかなか腕を伸ばそうとしなかったが、私が少し強引に手を掴むと、恥ずかしそうな顔をして、ゆっくりと立ち上がった。