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異世界旅団「セフィリア」の世界紀行  作者: ざわこ
生命の旅団、結成
1/2

プロローグ:生命再起

 ーーーこの世界に神様なんていない。

 ーーーどれだけ神様に縋り、祈り、救いを求めても手が差し伸べられることは、なかった。

 ーーー自分だけが取り残され、孤独を味わっていく。これからはそんな生活を坦々と過ごしていくだけ。

 ーーーそんな世界に生きることで何を得られるのだろう?

 ーーーもし何かを得たとしても、こんな世界じゃ、また失うだけ。

 ーーーもうたくさんだ。だから俺は、消えることにする。

 ーーー一言、言い残すとすれば。




 この世界に神様なんて、いない。



            9月28日 新ヶ矢  生人




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その部屋はモデルルームと言えるほど手入れが行き届いていた。家具は程よく空間を空けながら設置されていて、埃も見当たらない。

 部屋の入り口から見て右手にはシンプルなシングルベッドがあり、まるで新品のように整頓されていた。

 そして部屋の左手。そこには備え付けのクローゼットと、木製の学習机がある。その机の収納棚は隙間なく教科書等の勉強用具が詰め込まれている。

 机には唯一、開かれた日記とペンが置かれている。開かれたページの日付は九月二十八日。まさしく今日の日付を指している。

 カーテンが完全に閉められているので部屋に籠ると時間がわかりづらいが、現在の時刻は午後5時である。すなわち、日記は帰ってからすぐに書き足されたということになる。

 そんな整えられつつもどこか味気ない部屋の前に一人の少年が立っていた。

 少年の名は新ヶ矢 生人(アラガヤセイト)。市内の高校に通うごく普通の高校生だ。

 人の第一印象は顔で決まると言うが、彼の顔は柔和なもので、日本人が持つ黒髪と、黒い瞳。その眼差しは穏やかで、初めて彼を見る人にも悪印象を与えないであろう。

 だがそんな優しげな生人の表情もここ最近は翳りを見せていた。

 まるで世界に絶望しているかのように。

 

 「母さん…父さん…楽乃…」


 生人は今ここにはいない、この世界にはすでに存在しない家族の名を呟く。その声が誰もいない部屋に響き、再び静寂が訪れる。それは生人の孤独をより助長しているようにも見える。

 生人は足音もなく部屋に入り、すぐに一つの作業に取りかかった。

 まず、先程家の物置から取り出した細めの縄をほどき、それの片方の先を人の首が入れるほどの輪っかを作り、もう片方の先端をしっかりと天井に固定する。

 出来上がったのは自分を害するための吊り縄。

 これを作るという一手間だけで、整えられていた部屋に狂気が混じる。部屋の薄暗さと相まってさながら一種の処刑部屋のようだ。

 生人はそんな狂気的な縄を前にして、表情を殺し、恐怖を強引に押さえつけ、何も感じていないふりをする。


 「これで……いいん、だよな。もう、世界に絶望させられなくても済むんだよな…」


 一つ、自分の覚悟を確固たるものとするために自分に言い聞かせる。なのに、まだ足の震えが止まらない。心臓の鼓動も一秒ごとに大きく、加速していっている気がする。

 自ら死を望んでいても、身体がそれを拒否する。人間の本能が、生物としての本能が死を拒んでいるのだ。

 足りない。


 「世界は、俺を助けてくれなかった」


 一つ、呟く。足の震えは止まらない。まだだ。まだまだ足りない。


 「母さんも、楽乃も、父さんまでも救いを与えてくれなかった」


 また一つ。心臓の鼓動は止むことを知らない。まだだ。まだまだまだ足りない。


 「なのに、俺はのうのうと惰性で今を生きている」


 もう一つ。身体中の毛がよだつような恐怖。それが原因で気持ち悪い汗が溢れてくる。まだまだまだまだまだーーー


 「そんな生に意味はない。だから、俺は死を選ぶ。えら、ぶはず、なのに……」


 どうして。どうしてこんなに俺は、俺の本能は生に縋っているのか。何故、生きることを選ぼうとするのか。

 ここまで来て覚悟が足りないとは何とも自分は情けないのだろう。

 自分の弱さに呆れ果てていた時、生人の目に開かれた日記が映る。生人が帰宅してからすぐに書き綴った最後となるはずの日記。

 何故かはわからない。けれども生人の身体は、そこに引力があるかのごとくゆっくりと吸い寄せられていった。

 表面が土のような茶色で、僅かに装飾が施されたシックな日記。少々高級感が漂う日記には意外と厚みがあり、今日の日付が書かれているのは大分後ろのページであり、生人はこの日記を一年以上前から記している。

 生人は虚ろげな目でありながらも今日のページに書かれたある一文に目を奪われる。

 ーーーこの世界に神様なんていない。

 その文を読んだ瞬間、生人は弾かれたようにある日付が記されたページを探す。

 探す日付は一年前の7月17日と、今年の6月23日。この二つの日付が今の生人を形作った。

 ーーーすなわち、二人の家族が生人を残し、いなくなった日。

 あの日を思い出せば、この貧弱な意思を固められるかもしれない。

 そう信じて、日記を荒々しくめくっていく。ページに深い折れ目が出来ても気にせず、一心不乱に探す。


 「どこだ、どこだ、どこだっ!」


 生人はページをさらにめくり、遂に7月16日と書かれたページを見つける。

 この次にあの日を記した、一つめの絶望がある。

 さっきまでの荒々しさが嘘のように、ページの端を摘まむ指の力が弱くなっている。だがここでは絶対に立ち止まらない。ここで立ち止まることは死んだ家族への面子が立たない。

 そして、生人は心の恐怖を強引に振り払い、決意し、そのページをめくる。そこに記されていたのはーーー


 「7月、18日?」


 生人は自分が絶望した日付より一日後の日付を見た瞬間に思い出す。何故自分はこんな簡単なことに今まで気づかなかったのだろう。

 生人は7月17日、すなわち妹の楽乃が死んだ日を日記に綴っていなかった。当然だ。自分の肉親の一人が死んだ日に日記を書くことなど頭にあるわけがない。

 稀に、敢えて書き記そうとする人間もいないことはない。だがそういう人間は決まって精神が強いのだ。心に強い衝撃があっても、普段通りのことをする。そんな強さを生人は持ち合わせていなかった。

 そもそも。

 わざわざ日記を読まずとも良かったのだ。そんなことをせずともあの悲嘆は、喪失感は昨日のことのように思い出せる。そんなことも忘れてたとは、自分はどうかしていた。

 一度、そのことに気づくと先程よりも心が安定しているように感じた。


 「忘れるわけないんだ。だから俺はここで、こんなことをしているんじゃないか」


 あの日々が鮮明に記憶に残っているからこの決意をした。でなければ生を諦めるという恐ろしいことを実行しようとはしない。

 恐怖はまだある。震えだって収まったわけじゃない。だけど、それ以上に他の感情が上回って、結果的に生人の行動を後押ししていた。


 「これで終わりにしよう」


 縄に手をかけ、首を輪に近づける。汗が吹き出してくる。が、ひるまない。ここで立ち止まらない。世界への絶望を、孤独を、自分の中の無神論をただひたすらに信じ、終わりへと近づける。


 「さよならだ」


 そして生人は遂にその首をかけた。苦しみの後に意識がシャットアウトし、生人から「生」が失われた。


 9月28日、午後5時41分、生人は世界に別れを告げた。

 カーテンの隙間から美しい斜陽がわずかに覗いている。それと同時に、生人の厚い日記のページが不自然に1ページ、めくられた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 



 ーーー視界が白い。辺りには何もなく、何かを認識するための感覚も全てが失われている。

 そもそも、自分は何なのだろうか。何故ここにいるのか、何故自分は思考を働かせることができているのか、理解ができない。

 だがその状態もすぐに終わりを告げるように、意識がフェードアウトしていくのが感じられた。

 そんな状態の中で、自分が誰かに呼ばれているような不可思議な感覚を覚えた。

 それを探ることは出来ないままに、意識が完全に落ちた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ーーー身体が酷く重い。感覚としては高熱を発している時のものと似ている。だが身体中が熱いわけでも頭痛が激しいわけでもない。強いていうならその身体の重さが脳にも影響しているようで、思考が鈍くなる点は発熱時と似ている、と思う。

 思考が働いていない為、何もかもが霧がかかったように思い出すことが出来ない。

 まず、自分は何者で、名は何だったのかということを懸命に記憶から引っ張り出そうとする。


 「……っ、俺、は生人…そうだ、新ヶ矢生人だ。ただ、の17歳の高校二年の、はずだ」


 掠れるような声で自分という存在を呟く。その時に喉が乾いていることに気がついたので、唾を飲み込んで喉に僅かな潤いをもたらす。

 自分の名を呟いたことで、少しだけ思考が回り出す。それに呼応するようにして身体中の感覚器官に信号が伝わり、各部の機能が戻ってくるのを感じ取れた。

 まず、最初に働いたのは視覚だった。目蓋は依然として重かったが、少しずつ目を開け、視界が開けていく。

 徐々に目蓋の裏に景色が焼き付いてくる。

 不明瞭な視界ではあったが、それでもそこから見えた光景に生人は思わず自分の目を疑う。


 「なんだよ…これ…」


 その光景を一単語で表現するとしたら、それはまさしく「紫」であろう。

 濃淡は違えども視界全体がが全て紫色で埋め尽くされる感覚を生人は覚える。

 まず、空の色が紫水のような淡い紫色で覆われていて、遥か遠くまで紫のグラデーションを描いている。

 その空の中にいくつかまとまった雲がある。その雲は、空より少しばかり濃い紫で描かれていることと、雲自体の影が相まって、色の具合が濃く現れていた。

 次に、大地に目を移すと、これもまた壮々たる光景だった。

 その最たる特徴と言えば、地面から突き出ている無数の鋭利な結晶だ。

 さながらアメジストを素材とした槍のごとき神秘的な結晶は大小様々で、巨大なものはゆうに高さ三メートル以上はあろう。

 更にその結晶を生やしている大地の表面も異質だ。

 現在生人の身体はうつ伏せの状態から顔だけを上げている体勢だ。

 しかし、体が大地と密着しているはずが、全くその感覚である大地の荒々しさが得られない。

 例えるならば、それは硝子に近い。僅かに感じる冷たさや、意図されて造られたかのごとき滑らかな表面。とても自然の産物とは思えなかった。

 そも、ここが自然だと断定することは出来ないのであるが。

 そんな現実離れした光景に目を奪われていた生人はふと自分が死んだということを思い出した。


 「そうだ。俺は自ら死んだんだったな…て、ことはここは所謂天国ってやつか?もしかしてお迎えってやつが来たりするのか…?」


 そんな想像をしながら生人はまずこの体勢を解いて、澄んだ紫の大地に立つ。目線が変わると更に奥の光景も見渡せるようになり、先程より圧巻のものへと変わった。

 一応土払いの仕草をしてみるが、当然土が落ちることはない。

 ちなみに今の生人の服装は帰宅時のものと変化はない。まだ夏服の期間のため、上は白のYシャツに、下は黒の通常の学生服だ。

 

 「さて、俺はどうすりゃいいんだろうか。このまま来るかわからん迎えを待つだけってのもな………てかそれ以前に」


 ーーー本当に俺は死んだのだろうか?

 いや、死んだことに間違いはないはずだ。あの、世界が白く染まっていき、何もかもが遠のいていく感覚はまさしく死だ。

 だのに何なのだろうか。この生きている感覚は。

 目覚めた時のやたらに重く感じる身体だったり、感覚器官に訴えてくる刺激 だったり、これほどなく現実味がある感覚ばかり。

 更に加えて、先程はあまり意識していなかったことだが、どう考えても死んでいるとは思えないことがある。

 それは、心臓の脈動が明確に感じ取れることだ。

 こればかりは生きていることを実感せざるを得ないものだ。


 「ということは……どういうことだ?死んだのに生きている?………やっぱり訳がわからないな…」


 一体全体、何が起こったのか。このまま結論の出ない考えを巡らせても、無意味な時間を過ごすことになる。

 生人はとりあえずここから移動することに決めた。というのも、辺りに人間がいると思えないし、生きているするならばいつかは必ず空腹になるだろう。そんな状態になったら移動など出来なくなり、二回目の死を迎えるだけだ。流石に二回も死のうという勇気を生人は持ち合わせていない。

 だから移動出来る時にして、とりあえず人を見つけなければいけない。

 生人は近くにあった細めの結晶に手を触れてみる。硬質で、美しい結晶だ。それが視界を埋め尽くすほどに存在している。

 正直、ここは全くの未知の世界だ。一歩でも下手なことをすれば生命を落とす可能性だってある。

 だが、存在しない神に祈るごとく、ただ黙ってこの場に留まっている訳にもいかないだろう。

 だから、ひとまずは生を求めてみよう。それからでも、再び死ぬべきか或いは生を選ぶかは決められるだろう。


 「じゃあ、出発するか。さあ、この先何があることやら……」


 そう言って、なぜか生き返ってしまった新ヶ矢生人の異世界での第一歩が始まりを告げた。

前回の物語から設定変更して再投稿しました。

まあそんなに変わってないと思いますので、よろしくお願いします。

というかほぼ初投稿と同じです。

よかったら感想など頂ければと。

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