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赤と黒の龍騎士

作者: むー


「待たせたな、ピイ」

 そう言うと地面に伏せていた全身赤い鱗に覆われた龍が長い首をもたげた。

 まるで早くしろと言いたげな様子に思わずレイクは苦笑した。

「もう始まってるだろうな……急がなくては」

 翼に邪魔にならないように鞍を乗せ、そのまま跨る。すると心得たように太い手足を踏ん張り飛び上がる。

「グオオオオオン!」

「ははっ俺も久しぶりにお前と空を飛べるのがうれしいよ」

 歓喜に包まれた赤龍が一気に最高速に達する。景色が一変する。

 あっという間に湖を超え、山を超え、平原を超え、そして見えてきた城砦。まだ遠くのかなたに小さく見えるが、黒い煙が上がっているのが見えた。

「ピイ急げ! やはり魔族との戦が始まってる!」

「オオオォォォン!」



1、


 地響きと共に爆発音が轟き、何かが粉砕される音が鳴り響く。その音に慌てて指揮官のセウシールは叫んだ。

「何事だっ!?」

「報告申し上げますっ!!」

 すぐさま伝令兵が飛び込んできた。

「大手門が破壊されました!!」

「何だと!? 何が起きた詳細に報告しろ!!」

「わかりません!!」

 セウシールは思わず伝令兵の頭を殴りつけそうになった。

 城砦にこもり、開始早々に大手門が突破されたのだ。その理由がわからないと言われたのだ。いくら冷静でいろと言われても無茶な注文だ。 思わず声を張り上げた。

「ふざけるな!! 魔族どもは大型の攻城兵器を持ってきていたのか!?」

「そんな様子は一切ありませんでした! 一瞬にして大手門が――粉々にっ!」

「バカな――っ!」

 大手門は堅牢な作りになっていたはずである。そのため左右の城壁に防衛人数を用意したのだ。それが突破されたとなると状況は著しく悪かった。

「ちいいいい、大手門の状況を見に行く! サンマール参謀、一時的に指揮権を預ける。私は現場にて指示を出す」

「はっ! お任せ下さい」

「伝令兵、付いてこい」

「か、かしこまりました!」

 伝令兵を数名連れて司令部を飛び出した。

 大手門周りは混乱の極みに達していた。

 粉々に吹き飛んでいる門の残骸が、衝撃の大きさを物語っている。焦げ跡も残っているところを見ると爆破されたのだろう。

「中央に兵を集めろ、左右の城壁は一大隊を残して全て中央に来るように言え!」

「はっ!」

 伝令兵が駆けていく。

 中央を破られているこの状況では、左右に人員を割く真似はできない。

 最低限の守備力を残して、突破された中央を厚くする。

 大手門が破壊されたからと言って、すぐに崩れるようでは城砦の意味がない。だが、厳しい状況に変わりはない。

(耐えるんだ、耐えればきっと……)

 予想通り、魔族側は中央突破を狙ってきた。ゴブリンやスケルトンといった下級妖魔たちが門をくぐってくる。

「連弩撃てえええっ!」

 一斉射撃でしらみつぶしに打ち抜いていく。

 さすがにたまりかねたゴブリンたちは引き気味になる。

「今だ、道を塞げ!!」

 その隙に門に障害物を置かせる。これで少しばかり時間が稼げるだろう。

 親友である、紅蓮の騎士が絶対に来てくれる。その一念で全員に耐えるよう指示を飛ばす。

 だが、必死に作った簡易バリケードが無残にも破壊される。

「トロールだ!!」

 叫び声が上がる。もうもうと立ち込める煙からそいつは堂々と姿を現した。

 身の丈が人の三倍もあり、真っ黒いはまるで鋼鉄のようだ。樽のような足で一歩踏みしめるごとに地面を揺らしている。化物という言葉がぴったり当てはまる。丸太のような腕から繰り出される一撃は、兵士たちを次々なぎ払っていく。

 それを見やってセウシールは悪魔の指示を飛ばす。

「グロースター卿!」

「吾輩の出番であるな」

「……お願い致します」

「あい、畏まった」

 切り札である戦力を投入する。

 伯爵にして将軍の地位にあるグロースター卿とその手勢はガチガチに身を固めた重装歩兵だ。

 トロールと相対して勝てる見込みなど一切ない。むしろ死兵として送り出す。

 それでもだ、全体が負けるよりも……。という悪魔の計算のもと送り出したのだ。

 すべては……。あの紅蓮の騎士を待っているからだ。

 グロースター卿とトロールの死闘が始まる。が、やはりというべきか、勇将であろうとトロールに敵うものではなかった。

 重装装備であるから、丸太のようなトロールの一撃もなんとか防いでいる。とはいえグロースター卿の手勢が一人、また一人と倒れていく。

 グロースター卿自身、いつやられてもおかしくない状態だった。それだけトロールというものが化物なのだ。

(次の手は……次の手は、無い……!)

 指揮官という立場でありながら、どうしようもない状況に絶望感で一杯になった。

 グロースター卿が吹き飛ばされる。もはや身を躱すスペースがなかった。

 これまでだ、そう思ったとき。空が赤く染まる。

 思わず空を見上げたセウシールは驚きに目を見張る。

 見上げたのは自分だけではないようで、全員が空を見上げていた。誰かが声をあげた。

「赤龍だ!」

 待っていた存在だ。本当に来たのかと、胸が高鳴った。

「東の空だ。東を見てみろ!」

「本当に赤龍だ! 赤龍騎士が生きていたんだ!」

「この戦勝ったぞ!」

 はっと我に返ったセウシールは声を張り上げた。この流れに乗らないわけにはいかなかった。

「全員に告ぐ! 王国最強の騎士がここにある! この戦我らの勝利だ! 全員励めよ!」

 各地から鬨の声があがる。それはもう歓喜に包まれた声だった。

 それに答えるように、紅蓮の輝きが降り注いだ。赤龍のファイヤーブレスである。狙いたがわず、トロールを焼き焦がす。

 辺りにトロールの焼け焦げる異臭が立ち込めたが、誰ひとり意に介さなかった。これ幸いとばかりに弓矢の雨を浴びせた。

 先程まで、鋼のように皮膚を通さなかった矢が面白いように刺さる。トロールはあっという間にハリネズミのようになってしまった。だが、そこまでされてもトロールはまだ生きていた。

 恐るべき生命力だがグロースター卿が迷わず槍を一閃させる。トロールの首が飛び、巨大な体躯がゆっくりと崩れ落ちたのだった。

 それを見た兵士たちは雄叫びをあげる。その士気は天にも届きそうだった。

「中央は赤龍騎士が守ってくれる。総員ただちに持ち場へ戻れ!」

 セウシールの指揮を飛ばし、慌ただしく動き始める。誰もが勝利を感じていた。

 しかし、またもや空が光る。それは禍々しい色だった。

「黒龍だ……」

 誰かが言った。その声を聞いてセウシールは思わず呻いた。

「バカな……奴も来たのか……?」

 確かに空を埋めたのは、黒い炎だった。それは黒龍だけが吐くことのできるブレスだ。間違いない。

 赤龍騎士と黒龍騎士は相対するように空を飛んでいるのを目視した。その様子をみやってセウシールはため息を付いた。

「だから、あのとき止めをさせと言ったのだ……」

 親友へ呪詛にも似たつぶやきになったのは、この際仕方ないだろう。



2、


 遠くの空からみたこの戦、かなり押し込まれているようだった。

「ピイ、急ごう」

 レイクは赤龍の首を叩く。その意思を感じ取ったようで赤龍はスピードを上げた。

 風を感じるこの感覚も随分久しぶりな気がした。 

 城砦がみるみる近づいてくる。すでに大手門が突破されていた。

「まずいぞピイ! あれはトロールだ!」

 トロールの姿はよく知っていた。かつて森に住んでいたとき暴れていたのを見たことがある。普通の人間にどうにかできる生物ではない。

 改めて赤龍の首を叩いた。この意図も汲み取った頼もしい相棒は大きく息を吸い込む。

 トロールが、単騎で戦っていた騎士を吹き飛ばす。

「今だ!」

 合図を受け赤龍がファイヤーブレスを吐いた。狙い違わず、トロールだけを焼き焦がす。完璧なブレスだった。

 その横に腕を組み、こちらを睨みつける人物が見えた。久しぶりにみた相変わらずの仏頂面に思わず苦笑する。だが、すぐに引き締める。

 大手門の真ん前を占領するため、龍首を巡らせようとした。――瞬間、後方が昏く光る。

「――っ!?」

 声にならない声を上げ、必死に回避行動を取る。

 レイクのすぐ脇を黒炎弾が通りすぎ、地上で爆発する。

 この光に嫌というほど覚えがあった。振り返り叫ぶ。

「邪魔をするな!」

 案の定、全身を黒一色に身を固めた黒龍とそれに跨る騎士がいた。双角のフルフェイス兜から表情は読み取れないが、鋭い視線を浴びせてくる。

「わたしと戦え」

「それは後でやってやる、今はそれどころではないんだ!」

「わたしには関係ない。この国が――世界がどうなろうと知ったことではない。わたしは最強の龍騎士ということを証明したいだけだ」

 抑揚のない言葉だった。 

 戦い前の興奮や恐れを一切感じないさせない純然たる殺意がそこに感じ取れる。レイクはいい諭すように話しかける。

「わかった。すべて終わったら改めて――」

「黙れ、そんなこと信じられるか。皆を守りたいなら、わたしを倒してから行け」

「本気で言っているのか!?」

「当然だ。この状況であれば、お前は本気にならざるを得ないだろう。わたしを倒さなければ地上へ助けに行けないんだからな」

 レイクは焦った。こちらの言いたいことをわかっているだろうに、信念を優先させてきているのだ。やっかいこの上ない。

 レイクは唸るように言った。

「……俺はお前も助けたい」

「ふざけるな!」

 黒騎士は初めて感情を顕にした。乗り手の感情を理解して黒龍が黒炎弾が放つ。

 相対していたので躱すことは容易だったが、恐ろしい程手懐けられている証拠に背筋に冷たいものが奔る。

 ちらりと地上を見る。

 トロールを倒しても、門が破られた事実に変わりない。

 次々に小物妖魔たちが侵入し、兵士たちと激しい戦闘を繰り広げている。

(早く助けに行かなくては……)

 行く手を遮る黒龍騎士を見据え、覚悟を決める。

 こちらの気を感じたのだろう、黒龍騎士が言ってきた。

「どうやらやる気になったようだな」

 黒騎士が鋭い殺気を放ってきたが、その様子をみてレイクは一つ妙案を思いついた。

「一ついいか?」

「何だ?」

「俺が勝ったらこの戦争だけで良い。手伝え」

「舐めるなああああああ!」

 黒騎士が叫ぶと同時に、猛突進してきた。こんな一撃をくらっては簡単に地上に叩き落とされるだろう。

 レイクは赤龍を上昇させ躱す。――と同時に急降下。通り過ぎた黒龍に襲い掛かる。

「おらぁ!」

 黒龍のほうもこの動きは察知していたようだ。旋回し迎え撃つ構えを見せる。

 騎乗の二人は槍をぶつけ合い火花が散る。

「わたしが、わたしが最強の龍騎士だ。お前なんかに、お前ごときに……負けるかあああっ!」

 黒竜騎士が激情に任せて槍を振るうが、その穂先の正確さは恐ろしいものだった。

 一合ずつ冷静に対処するが、改めて見る黒龍騎士の実力に瞠目する。

 レイク自身も赤龍に跨るくらいである。実力は並以上だと自負しているが、それでも黒龍騎士の攻撃は苛烈を極めた。

 早く目の前の黒竜騎士を排除し、地上を助けに行きたかった。この様子では簡単には済まないだろう。

「地上が気になるのか?」

 唐突に黒竜騎士が訪ねてきた。

 図星であるレイクは少し言葉に詰まったが、気を取り直し凜と声を張り上げた。

「当たり前だっ!」

「わたしは人間が勝とうが、魔族が勝とうが関係ない。これまで通り一人で生きていく」

「……どうしてそうなってしまったんだ?」

「最初からわたしはこうだ!」

「……一人じゃなかっただろう?」

「だまれ!」

 黒竜が炎弾を放つ。しかし乗り手の動揺が黒竜にも伝わりその威力はお世辞にもよくなかった。

 赤龍にも炎弾を出させ相殺させる。

「俺を助けたのはお前だろう!」

「――言うな!」

「ガキだった俺は、のたれ死ぬ寸前、お前に助けられた」

「その話はやめろおおおっ!」

「――っく」

 黒騎士の絶叫に黒竜が捨て身で突っ込んできた。

 レイクは身を翻そうとしたが、少し遅かった。直撃する。

 すさまじい威力に、レイクは鞍上から振り落とされてしまった。

 空中を落ちていく気持ち悪い浮遊感と、上下がなくなる感覚に、頭がパニックを起こす。

 しかし、レイクが地上に叩きつけられることはなかった。

 体当たりを食らった赤龍がなんとか体勢を立て直し、レイクを受け止めたのだった。

 だが、黒竜の体当たりを食らった影響で、赤龍の胴体から血が流れていた。

「すまんピイ……大丈夫か?」

「ゴアアァァァッ!」

 愚問だったようだが、それでも傷の様子を見る。それほど酷くはないようでほっと一安心する。そうして一人と一匹は黒竜騎士を見据える。

 猛スピードで突っ込んで来ていた。

「また来るぞっ!」

「ガアッ!」

 レイクは不敵に笑った。

「素直に食らってやる義理はないな」

「オオオォォォッ!」

 レイクは赤龍の首を叩いた。それだけでこの赤龍は乗り手の意図を読み取った。

 赤龍が炎弾を吐いた。

「甘いぞっ!」

 黒竜騎士が叫ぶと同時に黒竜は相殺するように黒炎弾を吐き出す。

 二つの炎弾は二匹の間でぶつかり爆発を起こす。煙がもうもうと立ち込め、視界を遮る。その煙の中を赤龍は突っ込んだ。

「なっ――!?」

 煙の中から一気に距離を詰めた赤龍は、そのままの勢いを利用して黒竜にぶち当たり首筋に噛みついた。

 黒竜は苦痛に身を歪めたが、すぐさま赤龍の右翼に噛みつく。

 二匹の苦痛のうめき声が響くが、互いに噛みついたその牙は離さない。

 きりもみ状態で落下し、それにともなう浮遊感が体を支配する。

 レイクは歯を食いしばりそれに耐えた。

 どんどん地上が近づいてくるのがわかる。恐ろしかった。

 しかし、ここで離す訳にはいかなかった。必死に恐怖心と戦う。

「バカ、離させろ! このままじゃ地面に叩き付けられるぞ!」

「うおおおおおおっ!」

 ぎりぎりまで粘り――離す。

 落下していく二匹は、上昇しようと試みる。

 だが、それは地面に到着するのを数瞬遅らせるだけだった。地面にめり込むように着地する。

 騎龍は平気でも、騎乗している二人には吸収しきれない衝撃だった。

 たまらず投げ出される。

「ぐうっ!」

「があっ!」

 レイクは投げ出されるのがわかっていたので、受け身を取り立ち上がる。

 たが、黒騎士はそうもいかず、地面にもろに叩きつかれ悶絶したのだ。それでもよろよろと立ち上がろうとする。

 そうはさせじとレイクが斬りかかった。

 その動きを察知した黒騎士は、素早く腰にある剣を抜き放ち迎え撃った。剣がぶつかり合う音が響く。

 レイクは押しつけるようにしながら言った。

「お前の負けだ」

「……くっ」

「俺に剣で勝てると思うのか?」

「だまれっ」

 レイクはさらに剣を打ち付け、相手をはね飛ばす。

 こらえ損ねた黒騎士は体勢を崩し、その瞬間を狙ってレイクは剣を閃かせた。一瞬早く黒騎士が飛び退ったが、金属の切れる甲高い音が響いた。

 黒騎士の兜が割れた音だった。

 中から長い銀髪がこぼれ、太陽の光をあびてキラキラと輝く。黒騎士の素顔にレイクは思わずみとれた。

 何度見ても女だと認識させられるその顔は絶世の美女と言ってもよかった。

 キレ長な目に長いまつげが悔しげに揺れ、肌の色は浅黒く、ツンと特徴のある長い耳は少しばかりしおれている気がする。

 ダークエルフがゆっくりと立ち上がった。レイクははっと我に返り先ほどと同じ言葉を言った。

「お前の負けだハーシェンノーン」

 陶器を思わせる顔を悔しそうに歪め、睨み付けてきた。

「たかが兜を切っただけで何を粋がっている!」

「俺はお前を殺したくない」

「ふざけるなと言っている。戦場で死ぬ覚悟はできている」

「俺はお前に恩がある」

「……よせ」

「村が襲われ俺だけが生き残った」

「やめろ……」

「本当だったら俺はあそこでのたれ死んでいた」

「やめろおおおっ!」

 ハーシェンノーンが斬りかかってきた。しかし、先程までのキレはない。明らかに動揺しているのだ。

 レイクは簡単に受け流し鍔迫り合いに持ち込んだ。

「何で俺を助けた!?」

「ぐっ……わたしの人生最大の汚点だ、なっ!」

 剣が彈かれる。女性で非力なダークエルフにも拘わらずこの剣捌きは驚嘆に値した。

 レイクは油断なく構えなおす。

「俺は覚えてる。お前の手の暖かさを、爺さんの飯のマズさを!」

「お前がお爺さまを語るなっ!」

「爺さんは偉大なドラグテイマーだった! そのおかげで俺はここまで成長できた――感謝している」

「だったら何故……何故っ!!」

 ハーシェンノーンが斬りかかってきた。レイクは正眼に剣を構え、そして……。

「はぁっ!」

 ハーシェンノーンの剣を叩き折った。

 驚愕の表情を浮かべたハーシェンノーンだが、すぐさま殴りかかってきた。

 素早く反応したレイクはさらに一歩踏み込み、ハーシェンノーンを抱え込むように抱きしめた。耳元で囁く。

「お前の負けだハーシェ」

 抱きすくめられたハーシェはレイクの腕の中でジタバタもがいた。

 しかし、固く締められているレイクの腕を振りほどけないとさとると。ハーシェは観念したように口を開いた。

「レイ……」

 かつての愛称を口にした途端、先ほどまでの鋭い殺気はすっかりと消え失せた。レイクに体を預けるように力を抜く。

「何でわたしを置いて出て行ったの……?」

「……すまない」

「ピイちゃん、おっきくなったのね」

 ハーシェが赤龍を見上げる。その目は懐かしげに細められていた。

 見つめられた赤龍は鼻息を一つし、黒龍に向き直る。黒龍もそれに答えるように赤龍に近づく。

 赤龍と黒龍は互いに噛み合ってできた傷を舐め合う。その様子を見やって、ハーシェが笑った。

「ピイちゃんはよほどあなたが好きだったのね。まさかついて行っちゃうなんて」

「ああ、俺もちょっとびっくりした。一人行くつもりだったからな」

 昔が懐かしかった。いくらでも話ができそうだった。

 戦争中でなければそうしていただろう、しかし状況はそうも言ってられなかった。

 下級妖魔たちが、落ちた騎龍を取り囲むようにしているのだ。レイクが言った。

「のんびりしている場合じゃないな――ハーシェ手伝ってくれ」

 しかしハーシェは放された瞬間、先程までの凛とした雰囲気を纏って答えた。

「断る」

「何故だ!?」

 断られると思っていなかったレイクは心底驚いた。

 ハーシェはそんな様子に落ち着き払った声色で言った。

「わたしは誰かさんのおかげで体がぼろぼろなんだ。これ以上動くことは出来ない」

「な、それはお前が――」

 途中までレイクが言ったのをハーシェは身振りでやめさせる。

「だから、わたしはここで休息を取る。ホーク、寝ている間わたしを守ってくれ」

 その命令を受け、黒龍が大きく嘶く。

 レイクは驚きに目を見張った。

「お前……」

「勘違いするなよ、後ろの城砦を守るつもりは無いんだからな」

 ぷいっとそっぽを向いて言うハーシェを見やって、レイクは思わず微笑んだ。 

「お前、もう少し素直になった方がかわいいぞ」

「な、なにバカなことをっ! わたしは騎龍に乗ると決めてから女であることを捨てたんだ。――いいからさっさといけっ! 一休み済んだらわたしは去るからな!」

「わかった。頼んだぞ」

「フン」

「ピイ、行こう!」

 頼もしい相棒に声をかける。するとすぐに赤龍は首を下げ、乗るように示した。

 レイクは飛び上がるようにして、慣れた鞍上に収まる。

 いつものように首を叩き飛び立つ。

 それを見届けたハーシェンノーンはぽつりとつぶやいた。

「……がんば、れ」

 遠ざかっていく赤龍騎士にそれは届くはずもなかったが、振り返りにやりと笑った。

 ハーシェンノーンは恥ずかしさのあまり顔が熱くなるのを感じた。

「オオオォォォッ!」

 だが、待機させてあった黒竜が威嚇するように唸りだした。

 下級妖魔たちの包囲網は完全にできあがったようだった。臨戦態勢でいた。

「まったく無粋な奴らだ。――フン、さっさと来い」

 それが合図となり、妖魔たちが飛び掛ってきた。



3、


「セウシール指揮官、黒龍が中央に陣取り妖魔と戦い始めました!」

「なんだと――どういうことだっ?」

「わ、わかりません」

「どけっ」

 思わず伝令兵を突き飛ばしてしまったが、この祭しかたないだろう。高台に上り城壁の外を見る。

 黒龍がその巨体を活かして下級妖魔たちをなぎ払っている様子が見て取れた。その横でキラキラと光る銀髪が舞うように閃めく。思わず唸ったセウシールだ。

 伝令兵が遅れて到着する。

「こ、これは一体……黒騎士はダークエルフだったんですか? しかも女……?」

「そうだ。赤龍騎士の幼馴染だそうだ」

「知っているのですかっ?」

「……少しだけ聞いただけだ。――っとこんなことをしている場合ではない。黒龍が時間を稼いでいるうちに陣形を組み直す。まずは負傷兵を回収しろ」

「かしこまりましたっ!」

 セウシールが新たな指揮を出し、伝令兵が掛けていこうとする。だが思いなおし止めた。

「おいっレイ……いや、赤龍騎士はどうした?」

「どうやら敵本陣へ向かったようですが」

「何だと!? 一人で決着をつける気かっ! 

 伝令兵は「どうやらそのようです」とだけ言ってきた。まるで赤竜騎士は無敵だと言わんばかりの口調だった。

 しかしセウシールはそこまで楽観的にみなかった。

「指示を変更する。騎士は馬を引け。打って出るぞ!」

「そ、それではここを守る兵がいなくなります! そもそも数が違いすぎます。今、野戦に出るなど……」

「バカ者! 黒龍があそこに陣取っている限り、この城がこれ以上傷つくことなどありえん! いいから早く伝令を回せ!」

「は、ははあっ!」

 伝令兵が慌てて駆けていく。それを見届けてセウシールはこの戦で何度目かわからないため息を付いた。

「無茶をしすぎだ……」



4、


「いた、妖魔の指揮官だ!」

 黒龍が暴れている影響か、妖魔たちの統率が失われていた。

 いままで隊列を保ち突撃していたのが、バラバラと動いているのが上空から見て取れる。

 その中で異質の空気を纏っている場所があった。おそらくそこが敵の本陣だろう。

 赤龍を最高速に乗せ、一気に近付く。すると相手はこちらに気づいたようだ。周りが忙しなく動き出す。

 相手の指揮官はレイクにとって、忘れたくても忘れない奴だった。

「お前がこの軍の指揮官だとはな……魔王サタン」

「まさか龍騎士のお出ましとはな……どこかで会ったか?」

「忘れたとは言わせないぞ! 二十年前お前は俺の村を襲ったっ!」

「ほう、そのときの生き残りかよ。すまんな数え切れないほど襲ったもので、どちら様かわからんな」

「ふざけるな! レイクだ――ブエナ村のレイクだ!」

「……村の名に覚えはないが、貴様の名は覚えている。そうか、あの時のガキかよ……」

「何故、魔族の王であるお前が直々に村をつぶしに来た!?」

「魔神様の命令だ」

「魔神……だと?」

 今までレイクは魔王に復讐することを生きる糧にしてきた部分がある。だが、今の話が真実だとすれば、魔王よりも上の存在がいるということだった。

 魔王は実行犯に過ぎず、元凶である親玉はどこかにいる。

 レイクは内心の動揺を抑えつつ、気丈に言った。

「もし……そうだとしても、今ここでお前を倒し戦争を止めさせる!」

「それは無理だ」

「無理じゃない。今の俺ならお前くらい倒せる!」

「フフフッフ……確かにお前は強い、私は魔王の中でも戦闘力は低いからな」

「魔王の、中……?」

「そうだ。私以外にも王がいる。まぁほとんどが怠けものだがな」

 驚愕の事実だった。王と呼ばれる強力な魔族が他にもいると言うことは、人間やこの世界にとってこの上なくまずい状況だった。

 レイクが戸惑っている隙に魔王は言ってきた。

「それでは、私はここで退散しよう」

「ふざけるな! そんなことはさせない」

 慌てて近づくが遅かった。魔王を中心に、光輝く魔法陣が浮かび出す。

「なっ……これはっ!?」

「魔王たるゆえんの魔力を見せてやる」!

「くっ――!」

「それではまた会おう。妖魔どもに食われんよう注意してくれ」

「まてっ! ぐああああああっ!」

 魔法陣から何かが飛び出してきた。それはレイクと赤龍にまとわりつく様に鈍く光る。

 効果はすぐに現れた。

「ぐっ……か、体が重い……!」

 横を見ると、赤龍も同様の様子だ。とてもじゃないが飛べる状況ではないだろう。

 自信の体重が三倍になったかと思うほどの感覚にめまいが起きる。

 妖魔たちが雲霞のごとく集まりだした。

「くそっ!」

 呪詛にもにた呻き声を漏らし、少しでも自身の体重を軽くしようと紅蓮の鎧を外す。

 地面に落とした鎧がドスンと音と共に地面にめり込む。どうやら自分とその身につけたものが重くなっているようだ。

「ピイ、ブレスは出せるか?」

 レイクの指示を聞き、首を持ち上げようとするものの地面に伏してしまう。

 自重が重い分、レイクよりも効果が大きいようだ。レイクが自分の剣を抜き放とうとするが、重すぎて抜くのが困難だった。

「ぬぐ、くっくっかぁ!」

 気合の声を上げ何とか抜く。これだけでこの重労働であるからもはや絶望的だった。

 妖魔たちに完全に囲まれている。その数はざっと見積もっても五百匹ほどだろうか、状況は最悪と言ってもいいだろう。

 地響きが聞こえた。

 包囲網が徐々に狭まる。一匹目が飛び込んできた。

「おおおおおっ!」

 雄叫びを上げ、そいつを一刀両断に屠る。 

「簡単には死んでやらんぞ――なぁピイ」

「グオオオオッ!」

 頼もしい雄叫びに勇気をもらった。

 一匹でも道連れにする心構えで、自由にならない体を動かす。

 そのレイクの気迫と赤龍の雄叫びに妖魔たちは一歩引いた。体が動かなくても殺気は発せれるし、後ろに居るのは赤龍である。その声は下級妖魔を軽い恐慌状態に陥れた。

 もともと統率の取れてない妖魔たちである。その動きはあっという間に伝染する。

 気圧された妖魔たちはそれでも名残惜しそうにウロウロしている。その動きが致命的だった。

「全軍突撃――ッ!」

 鬨の声を上げ、騎士たちが突っ込んできた。目を見張ったレイクは勝手に納得した。先ほどの地響きはこれだったのかと。

 レイク以上に妖魔たちのほうが驚いたようだ。あっと言う間に散り散りになってしまった。

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す下級妖魔たちではあるが、騎兵たちは追撃能力に長けていた。圧倒的な速度で追いすがり次々に屠っていく。

 レイクはこの光景に呆然と見ていた。そこに一人の騎士が近づいてくる。

「ギリギリ間に合ったようだな」

「セウ!?」

「今となってはその名を呼ぶのもお前だけだな……レイ」

 旧友との再開にレイクは目を細めた。久しぶりにあった親友はずいぶんと煌びやかな衣装を身につけていた。

 レイクは思わず茶化した。

「ずいぶんと偉そうじゃないか」

「フッ……聞いて驚け、今じゃ近衛兵団司令官なんだ」

「はあ!? お前が司令官、どうしてそんなことに……数年前に会ったときは一兵卒だったじゃないかっ」

「俺も正直よくわからん。――さてと、もうそろそろ良さそうだな」

 セウシールはそう呟いて隣にいる騎士に何かを伝えた。

 その騎士はすぐさま腰にあった角笛を取り出し、高々と吹き出した。

 その音を聞き、追撃を掛けていた騎士たちが帰ってくる。合図である角笛を鳴らし合いながら連絡を取っているようだった。どうやらほとんど被害なく追撃を終えたようだ。

 その様子を見やって安心したようにセウシールが言ってきた。

「この戦はお前が勝たしてくれくれたようなもんだ。一言いってやれよ」

「そんなんじゃないさ」

「いいや、周りを見てみろよ」

 そう言われて辺りを見回す。

 すると自分たちを取り囲むように、騎士たちが待機していた。

「ここにいる全員、お前に命を救われたんだ。ほら、勝利の声を上げろよ。お前にはその権利がある」

「それは指揮官のお前が……いや、わかった」

 指揮官の仕事だろうと言おうとしたのだが、セウシールの揺るがない表情を見て、言う通りにすることにした。自由になった右手に剣を握り高々と上げた。

「俺たちの勝利だ――っ!!」

 その掛け声に全員が一丸となって勝利の雄叫びを上げた。誰もが歓喜に酔いしれていた。

 レイクは何気なく空を見上げた。

 黒龍が飛び去っていく姿が見えた。レイクが微笑んだのを目ざといセウシールが問いかけてきた。

「どうした?」

「いや、何でもない」

 セウシールが苦笑しながら続けた。

「ま、お前の勝手だけどな、尻に敷かれるなよ?」

「愚問だな。あれでいて結構可愛いところがあるんだ」

「ケッ言ってろ」

 お互いに顔を見合って笑いあったのだった。


おわり。 


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