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残りの猶予は

猶予として5枚

ああ泣いてはいけない。こらえるのだよ私。

わかっていたじゃないか、世間はそんなに甘くはないのだと。

そういえば、彼も忠告してくれていた。私には警戒心が足りないと。きっといつか辛い目に会うから、もっと周りを見るべきだと。


ああ今ならば彼の言葉が身にしみるよ、彼はきっとこのような状況を予期していたのだよ。彼は私には想像もつかないほど物事を理解するのが早いのだよ。現在から一手どころか二手も三手も先を読むその姿に、いつもほれぼれしていたものだよ。

けれどそんな彼は、今は私の目の前で気まずげに眼を伏せてしまっている。悲しくなった。

私が部屋に入ってきたことには気づいているだろうに、こちらを見てもくれないのだから。


いつからいたんだ、だって?つい先ほどさ。


私は先ほど、部屋の中から聞こえる言い争う声をいぶかしみながら扉を開け、そして衝撃を受けたのだ。それは私が避けるべき事態だったのに起こしてしまった出来事だった。

室内には、後輩の泣き顔のかわいいあの子もいる。今は泣いてはいない。こちらは私の登場に驚いて声も出ないようであるよ。




彼のほうを見やる。

彼は、何度も忠告を受けながらも、その過ちに気付くこともまして正すこともできなかった私に呆れているのだろうか?それ見たことかと思っているだろうか。


ああ、そうだったらとても辛いだろう。もしかしたら、今この、私と彼が目をそむけている今回の出来事よりも私にとっては避けたかったことかもしれないよ。

彼はいろいろな意味でかけがえのない人だから。

彼を失ってしまったら彼に対する思いはどうなってしまうのだろうか。日々鏡の前で気付かされるこの気持ちは。そういえば今朝は、昨日からの雨もあってかいつもより髪の毛のおさまりが悪かったのだよ、鏡の前でつい唸ってしまったのは御愛嬌であろう。学校中の女子が知りたがっている、彼のさらさらな黒髪の秘密を私に友人のよしみで教えてはくれないだろうか。

ああでも彼は私をもう友とは思ってはいないかもしれないのだった。

私は今日、友人だけでなく、さらさらな髪も永遠に失ってしまったのだろうか。



ああ待ちたまえ自分。

ついつい逃避してしまっていたよ。しかもまた考えを口に出してしまっていたようだ。

ほら彼もこちらを変な顔で見ているよ。あの表情は私が独り言を知らず知らず言った後によく見るものだ。



私の話す内容は、彼にとってなかなか突拍子もないものらしく、彼は呆れたような、でも母が子供を見守るようなやさしい表情でいつもそばにいるのだよ。私はそれが格別に好きなのだ。


よかった、まだ大切な友を失わないで済むかもしれない。それに加えて美しい髪も手を伸ばせば間に合うかもしれない。


不幸中の幸いか、今回の被害は少ないのではないかと予想できるのだよ。

おとといの放課後の時点で、あれらは確か5枚だったと記憶しているのだ。もちろん私の配慮が足りなかったせいで犠牲になったのだから、たとえ30枚の中の5枚といえども軽んじてはいけない。

彼もよく言っていたではないか、一手を笑うものは一手に泣くと。




今回私は、家から持ち込んだ激辛煎餅5枚を、ここ最近続いた雨による湿気で失ってしまった。




泣いてはいけないのだよ私、さあ涙をこらえるのだ。

目の前にいる、泣き顔のかわいらしい、そしてたびたび涙目になっている後輩のこの子だって泣いていないじゃあないか。ただし目と口はこれ以上ないほど丸くなっているが。こらこらそんなに開いたら君の大きな目が落っこちてしまうかもしれないよ、気をつけなさい。



そう、私が泣くべきではない。

私の不注意が原因で起きたことである。たとえ直接の加害者は湿気であり、自然災害に分類されるとしても、警戒を怠り、煎餅の入った袋の口を完全に閉めずに帰ってしまった私は、間接的な加害者なのであるよ。


大切な友の忠告を受けながら今回の事態を防げなかった私は本当に愚かであるが、このことによって、今後は周囲の状況を把握し、警戒心を持つように心がけることが可能になるだろう。

今回の事件を教訓にし、天候事情まで配慮できるようになったのならば、私は彼の友人の一人でいられ続けはしないだろうか。


そこまで思って私が顔を上げると、苦笑し呆れた表情の彼と、安心しているのか傷ついているのか判別しがたい微妙な顔をしたあの子がいた。



ちなみに、被害にあった煎餅は、私が食べきろうとしたのだが、二人が手伝ってくれた。

あの子はやはり涙目になっていたのだけれど、思ったよりは味が落ちていなくてよかったのだよ。




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