惑星間探偵事務局KSK
飛び立て!惑星間探偵事務局KSK
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宇宙は広い。そりゃあもう止めどなく広がっていて、島国の人がお参りしていた時代は「88カ所くらい平気だろ!」と思ったら歩けど歩けど終わらなくて驚いたらしい。それよりさらに広い。比較対象が小さすぎるけど、人間はそのスケールの生き物だから「これより大きい」くらいしかもうわからない。表そうとすると逆にわからなくなるので、私はもうこれでいいと思っている。
それでも飽くなき探究心で人類は西暦4015年の現代になって宇宙を開拓していた。惑星間のネットワークを確立して、宇宙船で航行する。他の星系の人もいるけど文明がどれくらい高度かというとあまり変わらない。みんな宇宙に出るのが精一杯だった時期があって、遠くに行けない。だんだん活動範囲が広がると「たまたま近かった」というレベルの話が大事になって、なにせ規模が段違いなのでここは運任せ、宇宙初の未知との遭遇は地球人の方が未知の人だった、と思っていたのと少し違う感じになった。
一つ一つはそれが限界だった文明はそれぞれに知り合うと行き来できるようになった。向こう側に受け取り装置を置いておけばワープできる。一つあったのだからもっとある、といういつのまにか自宅にいる昆虫のような考え方であたりをつけて文明を探すと、本当にたくさんあった。宇宙人をゴキブリ扱いするなんてひどいじゃないか、という時代はもう終わっていて、いろんな星系の人がいると「我々の祖先を侮辱するのか!」と怒られるのでゴキブリをバカにすることがもうない。昔の地球人は無知だったなあ、とみんなで言っている。世代間ギャップというやつだ。
どんどん結びついて惑星間で国家やコロニーが作られる。そんな時代になると惑星上の国籍はなんだかどうでもよくなった。亜米利加とか仏蘭西とかジャポンとか、宇宙の向こうから見たら「何が違うんだよ」と言われる程度の差しかないのでバカらしくなった。その代わり地球という括りや、どこのコロニーの出身?という会話がされる。地球は汚いので行ったらゴミを持ち帰りましょう、と言われている。場所によってはゴミを固めて作った島があるのに、なんでいけないんだろうと思う人がよくいる。自分たちでこの島を作っていたのに。
私は歴史を専攻していたから、参考書や資料集に書いていたそんな話がときどきよぎる。大学は自分で決めたけど、たぶん間違えている。就職に困って星を渡り歩いて、「地球人でしょ?結婚したら産休取るだろうし」と嫌がられている。卵生の人ならそこまで休まなくていい。だから私のことはあんまり取りたくないようだ。だから、本当はこういうところには来たくないんだけど。
「カリンカ・ホークスさんですね。来年大学を卒業して、ご実家は火星基地……」
探偵事務所ケイエスで来客対応に出てくれた男の子は、まだ15歳くらいだけど働いているしっかり者。偉いなあ、と感心していた。こういう私立探偵事務所に来ていると知られたら何をしているのかと思われて就職に影響するかもしれない。でも、今日は来ないといけなかった。簡単に要件を言おうとしたら、一緒に聞いた方が話が早いと所長さんを呼んでくれた。若いけど頼りになりますよ、と言って奥の部屋の戸を叩く。
「カゼノさーん、予約のお客さん」
所長のカゼノさんは、扉の向こうで物音を立てた。今何時だ?と言っているのでまず間違いなく寝ていた。私は少し早く着いたのでビックリされたようだ。二人は時間はまだだとかもう来てるとか言い合って、声で眠いのがわかる所長さんは来たがらない。受付の男の子は、気が進まないのか表情を曇らせて言った。
「カリンカさんは22歳の女子大生ですよ」
電光石火の速さで扉が開いた。男の子は慣れたものでぶつからない位置にいて、所長さんは私に、おはようございます!と声を張り上げた。私を見て目を輝かせているが、ここは変態の事務所なのだろうか。
「シリカ!こういう方が来るときは言っておけよ!」
「お客さんが来るって言いましたよ」
所長さんは扉の向こうから聞こえた寝ぼけた声がウソのようにはつらつとしている。ウソのようなのはこっちの姿だろうか。わざとらしいし。私を応接用の椅子に座らせて、所長さんは言っていた。
「どんな依頼もお任せください、張り込み、追跡、ペットの捜索!どんなことでも!」
なんでそんな体力勝負の話ばかりなのだろう。探偵って別に推理をする人じゃないからこれが正しいのだけど、段取りとか要領とか悪そうだ。悪そうだというより、すでに悪い。一応してほしいことがあるので、ビジネスライクに話した。ビジネスしてるのは向こうなのにな。
「父の会社が、トラブルに巻き込まれまして」
ご令嬢ですか!通りで!と食いつくポイントが少しズレていたのを無視して、こっちの話を通す。父の小さな運送会社はアステロイドベルトを通る技術があるので安泰だった。長距離移動はワープでするけど、星系の中は宇宙船で行き来する。速さと頑丈さはトレードオフするから、いろんなものが飛び交うあたりは専門の業者に頼むのだ。父の会社の設備は古い仕様で、逆に今は作っていない使い分けの利く宇宙船があった。最新のものは高いから中小企業は使わない。だから競合相手が出にくいのだ。
その宇宙船の一つが、交通事故。宇宙空間で出くわしてぶつかったので結構危なかった。相手はアルファ星系地球人、血筋は地球で向こうで生まれた人。アルファ星系生まれだから偉い、という考えの持ち主ですごく怒った。お互いの宇宙船はレッカーされて、証拠品として押収された。こうなるとアルファ星系の法律と地球の法律はどっちを優先するのか、という話があって、大事な話なのに決まっていなくて宙ぶらりん。そうとう強い証拠がないと声が大きい方が勝ってしまう。声が大きい人は無茶な人と相場が決まっていて、こっちは企業だから無茶しづらい。だから言いくるめる方法が欲しかった。
なるほど、お任せください!と心配になる引き受け方をした所長さんは、代金は必要経費プラス出来高報酬と条件を提示した。割り引くこともできるという。どれくらいですか?と聞いたら、私の手を取ろうとした。
「こちらで経費を出しますので割り引いた分お食事を一緒に……」
お茶を持ってきたシリカ君が所長さんの手を叩いた。だいたいこのタイミングとわかっていたのだろう、余裕がある動きなのにちょうど手をつかむ直前。冗談だよ!と言う所長さんは、ちょっと焦っていた。大丈夫だろうか。でもここに頼むしかない、あんまり大きな声で言いたくない話なのだ。
※
父の会社は運送業だから、特殊免許を持ってる現場の人か事務や経理の人でないと働けない。娘だからって入るとその分誰かがあぶれて、入れる方も入る方も気まずい。その辺は父さんも私もだいたいわかっている。特に父さんは社長と言ってもいつも会社とか現場にいるからあまり距離がなく、何かしでかすと社員に叱られる。風通しが良くて寒いくらいの会社だ。偉そうにすると良くない、となんとなく思っている父はもうこれでいいらしい。
就職先として父の会社は使えず、求人情報を検索していた。まだ内定をくれる会社はない。世間の風は冷たい、宇宙時代ともなると絶対零度かというほど冷たい。それに、私はあまり考えていなかった。情報を見ているけど、読んでいない。頭に入らない。気になるのだ。そんなとき、父さんから電話。トラブル相手が示談にしてくれるかもしれないという。本当だろうか、そんな感じではなかったけど。それよりも、と私は父さんに聞いた。父さんは大丈夫と言っていたが心配で、就職活動のついでにアルファ星系に寄ろうかと考えた。
アルファ星系の人たちは外骨格をところどころに残した人間型だけど、もういろんな人が入り乱れていて地球人もたくさんいる。血筋の話なのであまり関係ないけど。目の下にある甲皮にマニキュアを塗っているのを見ると、私は爪しかできないし少しうらやましい。サッカーの大会のときに試しにやってみようかな。今度火星でやるからおじいちゃんちのの近くだ。
空港には、サングラスにフォーマルなスーツを着た二人が雑踏に混じっていた。まず地球人、みんなラフな服装なのにあの格好だから浮いている。私は声をかけた。
「カゼノさん?」
カゼノさんは驚いて飛び上がった。カリンカさん、こちらは今内偵の最中です!と言わない方がいいことを口走る。サングラスを外したシリカ君がカゼノさんを止めて、仕事に戻らせた。いつ動きがあるかわからないから、目を離さないように、って。ここで会ったのは巡り合わせだ、運命だとカゼノさんは言っていた。私が頼んだ仕事だから私が来る範囲にある。巡り合わせというのはこの範囲の中のことだから、珍しいことではない。シリカ君があきれていると、その肩越しにカゼノさんが何かを見つけて走っていった。二人で残されたので、大変だね、と言おうとすると、シリカ君が不機嫌そうに言った。
「何しに来たの?」
……別の用事で、と答えると、仕事中にあまり近寄らないように言われた。トラブル相手は私のことを知らないから、と言ってもずっと怒っていて何かと思ったら、個人的に不機嫌らしい。
「カゼノさんはあんたみたいな人に弱いんだ、いつも止めるのが大変なんだよ。バレそうになるし」
バレる?何がバレるの?と聞くと、シリカ君が怒った。
「あんたみたいな女性がカゼノさんとひっつくと僕はどうなるんだ!」
……変わらないと思うけど、と言うと私もあきれられた。でもシリカ君は事務所のデスクワーク担当だから所長さんに彼女ができても特になんともない、と思う。もし何かあるとしたら、そういう話だけど……。そういうこと?と聞くと、シリカ君が親指と小指を立てた。ああ、そうか。でも今の時代はそんなの誰も気にしない。大昔にLとかGとか言い出したときはその直後にどんどん細分化されて収拾がつかなくなり、誰かが「もうみんな好きにして!」と叫ぶとようやく上手くいった。その後はそもそももう気にする意識がみんなないんだから、私はなんとも思わないんだけど。
「バカ言え、カゼノさんはノーマルなんだぞ!」
シリカ君がそういう考えだと知ったらカゼノさんとの関係が変わる。多少なりとも距離が開いてその分他の人、つまり女性に間口が開く。だからそれを悟られないように女性をシャットアウトする必要があって、神経を使うのだそうだ。LとかGとかとは関係ない怖い話だったから、大丈夫、近づかない!と勢いで言っておいた。大声で言っていたからカゼノさん以外には知られてなんともないのだろう。波風立てないように、という地球人魂で黙っていることにした。そしたら、警報。空港で何かがあったらしい。
滑走路に火が上がっている。大陸間を航行するための大気圏内線で事故があったようだ。燃えている飛行機は、掲示板の表示と見比べるとアルファ星系標準時間で4529に着陸予定の便。私は身の毛がよだった。
「……父さん……!」
燃える飛行機をちゃんと見ようと窓に駆け寄ると、男たちが話しかけてきた。地球人系もアルファ星系も、他の星の人たちもいる。何かの目的で固まっているのだろうか。
「ご令嬢、父上に代わって話を聞いてもらおう」
父の会社の宇宙船は航行の難しい小惑星帯でも行き来できる。これを譲ってくれれば、話が終わるという。父さんは断ったから、こうなった。この人たちがやったらしい。私が宇宙船をくれれば乱暴しないですむと言っていた。これ以上トラブルを抱えられない、早く父さんを探さないと。もうそれでいいと言ってしまえばいいのに、私は口に出せなかった。男たちは私の腕に手を伸ばした。
「ここではなんだから、来てもらおうか」
その手を払ったのは、私じゃなかった。私と変わらないような細腕が、男の腕をねじ上げて、悲鳴を上げさせる。シリカ君は男の手首に親指を突き立ててつかんでいた。
「地球人だったら、この辺だよね」
アルファ星系人の仲間が横やりを入れようとすると、シリカ君が相手の膝を小突いた。関節の構造はこうかな?と軽く蹴っただけで、簡単に倒れた。他の星の人が、顎の下に指を一本突き立てられて息もできずに動きが止まった。
「不便だよねえ、呼吸腺があると」
シリカ君は男たちを牽制して、帰れ、とうなるように言った。乱暴できなくなった男たちはすぐに帰っていった。驚いていた私は我に返って、ありがとう、とお礼を言ったけど、シリカ君は別にいいという。そして、窓の向こうで飛行機が爆発した。父さん!と叫んだけど、杞憂だった。避難は完了していた。何人か逃げ遅れていたけど助けてくれた人がいて、父さんもその人に助けてもらった、と聞いて胸をなで下ろした。助けてくれたのは、知っている人だ。
私はカゼノさんとシリカ君と一緒に、二人の宇宙船にいた。父さんは気絶していたけど、カゼノさんに担ぎ出された。その前に誰かと喧嘩をしていたらしくて、少し遅れたという。報道によると空港の裏に十数人が倒れていたらしい。そんな人数に勝てるのだろうか。でもそんなこと今はどうでもいい。
「あんた、何隠してる?」
カゼノさんはいつになく真面目に聞いた。おちゃらけた感じがなくて、私も答えなきゃいけないと思った。本当は、トラブルとかなんでもいい。示談ですむならそれでいい。でも、宇宙船を返してほしかった。
母はずっと前に出て行った。父さんの会社が軌道に乗らなくて、母は一人でどこかに行った。私と父さんはだいぶ待っていたけど、会社が持ち直しても帰ってこない。今はどこにいるかも知らない。今より小さかった父さんの会社の社用車で、一度ドライブしたことがある。父さんも母さんも楽しそうで、幼かった私には家族で一緒にいた唯一の記憶だった。他には何も残っていないんだ。
「なんで言わなかった?」
問い詰められて、泣きそうになった。言いたくないに決まっている。危ないのにこんなことを言ったら、誰も聞いてくれない。相談しようにも言い出せず、とにかく取り返すために黙っていた。唇を噛む私は、自分がなんで泣いているのかわからなかった。カゼノさんは、そうか、と言って操縦席に向かった。
「二人とも、シートベルトを。見つかったらややこしいから」
そう言ってエンジンをかける。シリカ君は慣れた様子で席に着いた。どこに行くの?と私が聞くと、カゼノさんは素知らぬ顔で言った。
「言えばいいんだよ。依頼内容は変更だ」
離陸に少し時間をかけて上昇、その間にこちらにあったことをカゼノさんは聞いた。暴漢に襲われたときシリカ君が助けてくれたと聞いて、カゼノさんは嬉しそうだった。
「そっか。シリカ、ありがとうな」
「カゼノさんが教えてくれたからですよぉ!」
めちゃめちゃうれしそうなシリカ君を見て、「別にいいってそういうことか」と納得した。シリカ君にとっては、一挙両得。片方はどうでもいいと思っているかもしれない。シートベルトをつけると、宇宙船は大気圏外で加速した。
小惑星帯の大回りにある惑星の、衛星。すごく不便な場所だけど、たまに航行する船がある。何をしているかはもう調べがついているという。あまりにかっとばしている一直線に向かうのでいろんな人がついてきた。主にパトロール隊。追いつかれると捕まっちゃう!と焦ったけどとカゼノさんは乱暴な運転で撃ち出された捕縛光線を全部かわした。目を回していると衛星の近くに来て、やっぱりいた宇宙船、ナンバーがない。そのまま突っ込んでギリギリでかわすと後ろにいたパトロール隊の船の一つがぶつかった。格納庫から出てきたのは、白い粉。あんなにばらまかれて、宇宙船に乗っていなかったら頭がどうかしてしまう。もちろん宇宙なので宇宙船に乗っていないなんてことはなく被害は出なかった。パトロール隊はそっちにつきっきりになって、こっちは放っておかれた。カゼノさんは一息ついて笑った。
「ちょっと早めに完了。お食事でもどうですか?」
誘われたけど、一緒にいると怪しまれます、とシリカ君が封殺してそれ以上はなかった。宇宙船はのんびり別の星に向かった。
※
父の会社の交通事故は密売組織が起こしたものだった。取引場所は今よりもっと安全で便利な場所がよく、この場合の安全とは「見つかりにくい」小惑星帯の中。だから宇宙船が欲しかったようだ。調べてもらえれば事故内容が故意の衝突で間違いないから、当たり屋だったわけだ。父の会社は被害者扱い、大きな支障はなく組織の人たちは捕まった。
「ありがとうございます!」
頭を下げていると、そんな必要はないという。それより顔を見せて、オレの目を見てください。まっすぐ。そう私に頼むカゼノさんを遮ってすぐにシリカ君が仕事に話を振った。依頼内容は最初と変わって、事実上遂行していない。でも無茶したからこっちの経費はかさんで、ここは相談しないと……ただでも計算がややこしいのに、私には言い出しにくいことがあった。
「あの、お金が……」
父の会社周りでそういうことがあったので仕事が大幅にストップして業務を維持するのが精一杯、しばらく実入りがなかった。父もそうなのに私は就活生、そもそも自分のお金がない。そんな身元のそんな立場なので企業はどこも敬遠して、内定をもらえずに就活シーズンを終えた。今日から立派なフリーター!笑い事ではない、特に私は自分のことだから笑っていられない。
あーあ、とシリカ君が頭を抱えていた。しかし、カゼノさんに名案があるという。問題が全部まるごと解決するすごいアイデアらしい。
「ここで働きませんか?事務所に華があるとお客さんも喜ぶ」
ここで働いて給料をもらって、一部を返済に充てる。金融機関ではないから利子はつかない。借金にならないし、就職もできる。返し終わったあともいてくれればいい!そしたらそのうち……シリカ君が話を遮って、雇う余裕はない、と言っていたんだけど、カゼノさんがすごくスピーディーに計算を始めた。得意なのかと思ったら、「普段はまるっきりできない」とシリカ君が言っていた。
「ほら、これでいけるぞ!」
……いいんですか?と書類を見たシリカ君が言ってたけど、構わないという。いろいろやりくりして捻出してくれたようだ。小さな事務所なのに、悪くない話だった。いいんですか?と聞くと、ぜひ!というカゼノさん、嫌ならいいんですよ、と怖い顔で言うシリカ君。こっちも大変なので多数決的に、私は探偵事務所の所属になった。カゼノ、シリカ、カリンカ。事務所の名前は「KSK」となった。最初はKKSと言っていたカゼノさんの案を、シリカ君の希望でKSKに。怖いなあ。私にとっては割といい職場だけど、所長さんのお給料は半減しているらしい。




