出来損ないのフランと本物のセドリック王子
あるところにフランチェスカと言う女の子がいました。みんなからフランと呼ばれていて、両親が貴族で立派な仕事をしているので、この国の王様はセドリック王子とフランを結婚する約束を赤ちゃんの時に結んでいました。
フランはとっても真面目で一生懸命な子でした。王子様の結婚相手として、たくさん勉強したり、バイオリンの練習を頑張っていました。
でもフランの妹や弟たちは天才でした。フランが習っていない事を勉強が出来たり、出来ない曲をスラスラと弾けるのです。これには教えている先生達も驚くほどでした。
フランも決して勉強が出来なかったり、バイオリンが下手な訳ではありません。むしろ、たくさん勉強や練習をしているので先生からは【よく出来ている】と言われています。
だけどフランの妹や弟を比べられてしまい、両親から【出来損ない】と影で言われているのをフランは気が付いて悲しくなりました。
そしていっぱい勉強や練習をしているフランの後ろで意地悪な妹 ベルナデットは言います。
「そんなにやったって上手くならないじゃない、フランお姉様」
「ベルナ、でも上手になりたいの」
「でもどんなに練習したって、私よりも上手にならないでしょ」
得意げに言うベルナにフランは何も言い返せません。だって今フランが練習している曲だって、ベルナは二年前に出来たのですから。
更にベルナは言います。
「お母様が、セドリック王子様の結婚相手をフランお姉様から私にしようって、王様に言いましょうって言っていましたわ」
その話しを聞いてフランは泣きたくなるくらい悲しくなりました。それでもフランは勉強も練習も頑張りました。
しばらくして秋の演奏会がありました。貴族の子供たちがピアノやフルートなどの演奏を国の人たちに発表していました。
もちろんフランもバイオリンで演奏します。だけどその前にベルナが難しい曲を披露しました。
「わあ、あの子、ものすごく難しい曲を弾いているね」
「あんなに小さいのに誰よりも難しい曲を綺麗に弾きこなしている」
「凄いな」
聞いている観客は感動してため息をつきます。演奏していた子たちも舞台袖で「やっぱり凄いね、あの子」と言って聞き入っていました。
ベルナの演奏が終わると割れんばかりの拍手が起こりました。得意げな顔でカーテンシーをしてベルナは舞台袖へ戻りました。
その次がフランの演奏です。間違えず綺麗に弾けましたが、観客はベルナの演奏の感想を言い合っている人の声が聞こえました。
「あの子の演奏、凄かったね」
「今の子の妹さんらしいよ」
「えー、でもお姉さんの方は難しくない曲だよね。出来ないのかな?」
近くの人が「うるさいですよ。静かにして」と注意して黙りましたが、フランは聞いていて悲しくなりました。それでも間違えず綺麗に堂々と弾きました。
演奏会が終わったら、演奏者だけのパーティーをしました。
大人でも難しくて弾けない曲を弾いたベルナにはたくさんの子が集まっていました。
「凄いですね。あんなに難しい曲、先生でも弾けないって言っていますよ」
「私達と同じ子供なのに凄いです」
みんな褒めてくれてベルナは嬉しそうな顔で「あんなの簡単な曲よ」と言いました。
「私の姉 フラン姉様はセドリック王子様と結婚する予定です。だけど私と交換するかもしれないってお母様は言っていましたわ」
「まあ、そうなの?」
「でもその方がいいわ。あんなに難しい曲を弾けるのだから」
ベルナは勝ち誇った顔で遠くにいるフランを見ました。フランは一人で隅っこにいて、落ち込んでいました。
それに気が付いたセドリック王子が「どうしたの?」と話しかけました。
「あ、大丈夫です。ちょっと疲れてしまいました」
「もしかして、あの子達の会話を聞いていたの?」
チラッとセドリック王子がベルナと友達の方に目を向けました。ベルナたちは気が付いていません。
セドリック王子の質問にフランは無言で頷きました。
「悲しいよね。比べられるのは」
「でもセドリック様のピアノは素晴らしかったですよ」
「ピアノじゃないんだ。僕は剣術が苦手なんだ」
しょんぼりした顔でセドリック王子は言います。初めて聞く話にフランは「そうなんですか」と聞きました。
「うん。僕は剣術を学んでいるけど、他の子よりも下手だから大会に出ない方がいいって剣の先生から言われているんだ。僕の年でお父様や叔父様は剣術大会に出て優勝しているんだ。だから剣の先生から『セドリック王子は、どうしてこんなに弱いのでしょう』って陰で言っているのを聞いたんだ」
「そんな」
「お父様や叔父様や剣の先生から『ピアノよりも強くないといけない』って言われるんだ。僕は王様になるんだから、強くないとみんなを守れないって」
そしてセドリック王子は「僕はお父様や叔父様と比べられるのが辛いんだ」と言った。
フランも天才的なバイオリンの才能を持つベルナや自分より頭のいい弟と比べられるのを思い出して、「悲しいですよね」と言い、ある事を思いついて言います。
「でもセドリック様は赤ちゃんの頃は病気がちだったってお母様から聞きました。だから昔と比べて、今の方が強いですよ」
フランの言葉を聞いてセドリック王子はキョトンとしましたが、嬉しそうな顔をして話しました。
「フランも去年より難しい曲を弾いていたね。昔よりずっと上手くなっているよ」
こうしてフランとセドリック王子は昔と今を比べながら褒め合いました。それはこのパーティー後も続けました。
***
いくつかの季節が巡って春になりました。冬の間は王子様を会えなかったフランですが、セドリック王子の剣術が上手くなり、強くなったという噂を聞きました。
そして春の剣術大会が開かれました。貴族の男の子達が木の剣を持って、一対一で戦います。これに初めてセドリック王子が出ると聞き、フラン達家族は応援しに行きました。
フランは観客席からセドリック王子を見ましたが昔と変わらない姿と思いました。そして対戦相手はセドリック王子より強そうとフランは思い、不安になりました。
しかしセドリック王子は素早い動きで相手を圧倒し、勝ちます。その後もどんどんと勝って行き、ついに決勝戦まで勝ち残りました。
最後の相手は去年の優勝者です。優勝者はセドリック王子より遥かに大きい子で、大会に出ている子の中で一番強そうでした。そんな相手でもセドリック王子は果敢に戦います。
「やあ!」
「うわ!」
セドリック王子が放った一撃が相手の剣を弾き、落としました。剣を落としたら、負けになるルールです。
「勝者 セドリック!」
審判がそう言い、セドリック王子は「やったー!」とガッツポーズをしました。
表彰式でセドリック王子はトロフィーをもらうのを見た後、ベルナは「ねえ、セドリック王子様の所に行きましょう!」と言って、控室に向かっていきました。
控室へ向かう廊下は大会に出た男の子達がいっぱいいました。彼らは自分の先生から指南を聞いたり、黙々と帰る支度をしたり、負けて悔しくて隅で泣いている子もいました。その子達の手を見ていると、マメがいっぱいでした。中には包帯を軽く巻いている子がいる事にフランは気が付きました。
そんな時、ベルナが「あ! セドリック王子様!」と言って、セドリック王子に駆け寄って行きました。
「かっこよかったですよ! セドリック王子様!」
そう言ってベルナはセドリック王子に抱き着きました。
フランはちょっと嫌そうな気持になりましたがセドリック王子の手を見て、変だと思いました。彼の手はとても綺麗な手だったのです。それがフランには不思議に思いました。
剣術大会が終わってしばらく経ちました。いつもだったらセドリック王子とフランはお茶をしたり、一緒に演奏の練習や勉強をしていました。でもセドリック王子は言いました。
「今度からベルナやフランの弟と一緒にやりたい」
「どうしてですか?」
「だってベルナや弟たちの方が演奏も上手いし、勉強も出来るんだろ」
「私もご一緒してもいいですか」
「フランはダメ。だって出来損ないって言われているから」
セドリック王子はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべてそう言いました。フランは言う事を聞いて一人で練習や勉強をしました。そして思いました。
あの子はセドリック王子じゃないかも……と。
***
夏が始まりそうな頃にセドリック王子の誘いで、ベルナとフランはメイドや騎士達と一緒に幻想の森へとピクニックへ行きました。
この国にある幻想の森はユニコーンや不思議な生き物がいっぱいいると言われています。特に羽のついた小さな妖精もよく見る事が出来ますが、注意しないといけない事があります。
「妖精はいたずら好きなので、人の子に化けて成りすまそうとします」
幻想の森を管理している老人は言います。
「だから絶対に散歩道から出ないようしてください。もし化けられてしまったら、本人を探してください。化けられた本人が『お前は偽物だ!』と言えば、妖精に戻ります」
更に夜になると冥界へ続く川が出来るという伝説があり、森に入る時は人が作った散歩道を通らないと帰れなくなるなど、管理人の老人は話します。
たくさんある幻想の森の注意をフランは真剣に聞きましたが、セドリック王子とベルナたちは聞かないで小声でお喋りしていました。
ようやく管理人の老人の話しが終わって、フラン達は幻想の森のハイキングへ行きました。セドリック王子の腕を抱き着いてベルナは一緒に歩いています。フランは気にしないで歩きます。
昨日は雨だったので、森の木々の葉は雨に濡れて日が差してキラキラと輝いていました。それをフランは綺麗だなと思いながら、妖精やユニコーンを探しながら歩きます。その時、物影がフランの目に飛び込んできました。それは小さな妖精ではなく子供のように見えました。
幻想の森で子供なんているのかしら? もしかしたら迷子かな? とフランが思いました。
「フラン、何かいるよ!」
ベルナの声でフランはハッとしました。すぐにベルナが指さすところを見ました。だけど何もありません。フランは「何がいたの?」と聞こうとしましたが、その前に背中をドンと押されてしまい転んでしまいました。最悪な事に転んだ場所は水たまりがあり、フランは汚れてしまいました。
フランは「うう、酷い……」と泣きそうになりました。それをセドリック王子とベルナ達は大笑いしました。泣くのを我慢してフランは立ち上がりました。服は泥だらけになってしまいました。
「フランは出来損ないだね」
セドリック王子は笑って言い、更にベルナは言いました。
「フランお姉様。セドリック王子が、フランお姉様と変えて私と結婚したいって言っていましたよ」
勝ち誇って言うベルナにフランは「別にいいです」と言って、今まで思っていた事を言いました。
「だってセドリック王子様は偽物でしょ!」
ベルナは「フランお姉様がおかしなことを言ってますわ!」と言って笑います。でもセドリック王子は顔が真っ青になっています。
ベルナの言葉を気にしないでフランは更に言います。
「だって剣術大会の選手たちはみんな手がマメだらけだったり、皮が潰れて包帯を巻いて出ていました。みんないっぱい練習したからです。だけどセドリック王子様の手はとても綺麗です。練習しないで優勝なんてあり得ないです。だって……」
「あり得ますよ! セドリック王子様が天才だからです!」
フランの話しを被せて、ベルナは言います。
「フランお姉様はいっぱい練習しないと出来ないから無いから分からないと思いますが、天才の人はちょっとしか練習をしなくても出来ますわ。だからセドリック王子様は剣の才能がある天才なんですよ! そうよね! セドリック王子様!」
「……ああ、そうだ。その通りだ!」
顔を真っ青にしていたセドリック王子はベルナの言葉に自信満々で頷きます。
だけどフランは違うと思います。秋の頃に剣術が苦手と言っていたセドリック王子が、いきなり上手くなる事なんてあるわけないですから……。
フランはそれを言おうとしたら、セドリック王子に「それにしても、よくも僕を偽物と言ったな!」と言って怒りました。
「お前なんかお父様に言って結婚相手をベルナにしてもらうから。お前とは婚約破棄だ!」
難しい言葉を言ってフランをセドリック王子は押しました。再びフランは尻もちをつくと、みんなは大笑いして去って行きました。
一人残されたフランは立ち上がらず、ポロポロと泣いてしまいました。
「大丈夫ですか?」
そう言って誰かの声が聞こえました。顔を上げるとフランと同じくらいの年の男の子です。だけどびっくりするほど服がボロボロになっていて、体も汚れていました。
差し出された男の子の手も真っ黒になっていましたが、フランは手を握って立ち上がりました。
「ケガは無いですか?」
「大丈夫です」
この男の子の声、聞いた事がある。それに汚れているけど、何となくセドリック王子に似ている。フランはそう思って「もしかしてセドリック王子様ですか?」と聞いた。男の子はびっくりしましたが、力なく頷きました。
「もしかして妖精と入れ替わってしまったんですか?」
「そうなんだ。剣の先生から冬の間、鍛えようって事になって、この森の散歩道をランニングしていたんだ。それで先生と二人で走っていたけど、先生が早くて僕がついていけなくて、どんどん離れてしまったんだ。しかも散歩道から外れて、森の奥に入って……」
「迷子になっちゃったんですか」
「うん。それでようやく散歩道から出てお父様やお母様の所に行ったんだ。そしたら、僕に化けた妖精がいたんだ」
セドリック王子様の話しはどんどんと小さくなりました。目は潤んで泣きそうです。
「僕に化けた妖精は剣が上手くて先生も倒せるくらい強かったんだ。そしたらお父様もお母様もすごく喜んでいて、僕は悲しくなったんだ。僕って気づかないし、強い僕の方がいいんだって思ったんだ」
「そんな……」
「それでも僕は化けた妖精に『偽物だ!』って言おうとしたんだ。そしたら王子を守る騎士に止められちゃったんだ」
「それで、どうしたんですか?」
「幻想の森に入ったんだ。あそこには人の言葉が分かる動物が多くて、僕の事情を知って住処を教えてくれたり、食べ物とかくれて今まで生きてきたんだ」
フランは「でしたら、一緒に帰りましょう」と力強く言いました。
「私もセドリック王子だって言います。だから一緒に帰って……」
「無理だよ……」
セドリック王子の目から涙が溢れました。
「だって僕の偽物は剣術大会で優勝したんでしょ。それでお父様は『さすが私の息子だ』って自慢をしたって噂で聞いたんだ。それが偽物だったら、みんなガッカリするし、この先ずっと偽物の方が強かったなって比べられちゃう」
「……」
「みんな本当の僕より妖精が化けた僕の方がいいんだ」
「そんなこと無いです!」
フランはそう言うがセドリック王子は散歩道から外れて森の奥へと走って行きました。慌ててフランも追いかけます。しかし見失ってしまいました。
「どうしよう。セドリック王子様がどこに行ったのか分からなくなっちゃった」
「ホウ、ホウ、セドリック王子を探しているのかね」
木の上にフクロウが止まってそう言いました。するとウサギやリス達がやってきて「あっちに向かっていったよ」「早く追いかけて」と言いました。
「ありがとうございます」
「早く追いかけなさい。もうすぐ夜が来て、冥界に続く川が出来る」
フクロウがそう言い、フランは「分かりました」と答えました。だけど、どうやって川が出来るんだろう? と不思議に思いました。
森の奥へと行くと日の光が届かなくなり、やがて暗くなりました。空を見上げると星が出ていました。
「ああ、もう夜になってしまったわ……」
フランはそう言いながら歩いて行くと急に足が水に濡れてしまいました。びっくりしてフランは後ずさりをして、周りをよく見ました。
木々がドンドンと水に沈み込み、波が生まれて月明りに照らされていました。確かに川が出来ていました。
そしてキラキラと白く光る蝶が見えました。
あっという間に森の一部が川になってしまい、フランはどうしたらいいか分からなくなってしまいました。泳いだら冷たいし、真っ暗だからどこに泳いだらいいか分からないからです。
そんな時、一艘の船がやってきました。船には老人が長いオールを使って漕いでいます。何となく森の管理人の老人に似ていると思いました。
「やあ、お嬢さん。どうしたのかな?」
「実はセドリック王子を探しているんです」
「王子なら白い蝶になって冥界へ行ってしまったよ」
老人の言葉にフランは「え! そんな!」と悲鳴のような声が出ました。
「どうにかセドリック王子を連れ戻したいんです」
「だったら、この船に乗りなさい。私も一緒に冥界に行くつもりだから」
「ありがとうございます」
「でも冥界の王の許しをもらわないと、連れ戻すことは出来ない。それはお嬢さん一人でやりなさい」
老人の言葉にフランは「分かりました」と言って船に乗りました。
船は川に落ちた葉のように風に乗って進んでいきます。船の先には小さなランプくらいしか灯りが無いですが、月明りで少し明るかったです。
冥界は月明りが明るい世界のようです。
ようやく冥界へと着くと老人に教えてもらった冥界の王のいる場所を教えてもらいました。冥界の王は川辺の近くにある庭園にいるそうです。
庭園は綺麗な花々が咲き誇っていました。そして妖精達がジョーロで水をあげています。でもその妖精たちは羽がちぎれていたり、折れていたりしていました。フランは何でだろう? と首を傾げながら、一人の妖精に尋ねました。
「冥界の王様に会いたいのですが……」
「いいよ。ちょっと待っていて」
そう言って妖精は走って行き、一人の男性を連れてきました。
フランはちょっと怖くなりました。何せ、男性の頭には角が生えていたからです。それに顔も怖くて、しかも手の爪が猛獣のように尖っていました。
フランは怖い気持ちを抑えて言いました。
「あの冥界の王様。白い蝶になったセドリック王子はどこですか?」
「言えない」
「あのセドリック王子とお話して、連れ戻したいんです。お願いです。教えてください」
冥界の王はぶっきらぼうに「駄目だ」と言った。フランは「どうしてですか?」と聞いた。
「冥界から来た者は、元の世界に帰らないというルールなんだ。それにあの王子は元の世界に絶望してここに来たんだ。帰るとは思えんぞ」
「それでもセドリック王子には元の世界に帰っていただきたいんです」
「……」
「お願いです。会わせてください」
必死にフランがお願いすると冥界の王は渋い顔をしたが、少し笑って「だったら、条件がある」と言いました。
「私と結婚する事だ!」
「え?」
「冥界の王と恐れられる私と結婚するんだぞ。怖いぞ、角もあるし、爪も尖っている。どうだ、結婚したくないだろ」
「大丈夫です。結婚します」
フランの言葉に冥界の王は「へ?」と言う声が出ました。
「今、妖精がいたずらで王子に化けているんです。しかも妖精は乱暴で、将来王様になるのにこれではダメです。だからセドリック王子に戻って『偽物』って言わないといけないんです」
「……」
「私、出来損ないって言われているんです。妹や弟たちの方が天才で優秀なんです。だから元の世界から居なくなっても大丈夫なんです。セドリック王子様と結婚する約束をしていましたが、妹のベルナに変えようって話しになっているんです」
「……」
「だからお願いします! セドリック王子様に会わせてください」
「……分かった。あっちの赤いサルビアの花壇にいるから話してやれ」
そう言って冥界の王は困った感じで言い、去って行きました。
早速、真っ赤なサルビアの花壇へフランは向かいました。一面、赤いサルビアの花壇に真っ白な蝶が止まっていました。フランが近づくと蝶もやってきました。
「セドリック王子様。冥界の王からお許しが出ました。元の世界に戻りましょう」
「……」
「私、考えたんです。剣や楽器が出来て、出来ない子を意地悪する王様なんて最悪だと思いませんか? ぜひ妖精に『偽物だ!』と言ってください」
そう言うと蝶はひらひらと花壇から出て、庭園を出て行こうとしました。しかしフランは庭園の出口で立ち止まります。
「ごめんなさい。私、冥界の王と結婚する約束をしました。だからここでお別れです」
蝶はフランの傍に居ようとしました。でも「ごめんなさい。ここでお別れです」とフランが泣きながら言うと、フッと飛んでいきました。
蝶は川を越えて飛んでいくのをフランはずっと眺めていました。
***
セドリック王子は幻想の森の散歩道で目を覚ましました。冥界で長い時間、蝶になって飛び、疲れて倒れたように地面に落ちたのを思い出しました。
セドリック王子は自分の手や足を見ます。ちゃんと人間の手足でした。人間に戻っています。そしてフランの事を思い出し、泣き出しました。
そんな時、「フランチェスカ様ー」と言う声がたくさん聞こえてきました。周りを見ると、王子を守る騎士達がフランを探していました。すぐにセドリック王子は向かいます。
「ねえ、フランチェスカ様を探しているの? 僕、居場所を知っているよ」
「本当か?」
「うん、だけど、その前にセドリック王子と会わせてほしい」
騎士達は嫌そうな顔になったので、セドリック王子が「だったらフランの場所を言わないよ!」と言いました。騎士達は渋々、「分かった」と言い案内しました。
王の別荘に着いて、セドリック王子はある部屋に入りました。そこには妖精が化けたセドリック王子はニコニコと笑っていました。王様やお后様、フランの家族は不安そうにしています。特にベルナは震えていています。
「ねえ、何で怖がっているの? ベルナ」
「セドリック王子様。フランお姉様が居なくなって心配じゃ無いんですか……」
「いいじゃん、あんな奴が居なくなって。ベルナだって出来損ないって言っていたじゃん」
「言っていたけど、居なくなれって思っていません。もしかして私達が虐めたから、居なくなっちゃったのかしら」
「そうじゃない? 何が不安なの?」
震えるベルナに不思議そうな顔で見る偽物のセドリック王子。その様子を王様やお后様、フランの家族も気が付いて不気味そうな顔で見ていました。
部屋に入った騎士達は「この子がフランチェスカ様の居場所を知っているようです」と言って、セドリック王子を紹介しました。
その時、偽物のセドリック王子は顔が真っ青になりました。そして「こいつを摘まみだせ!」と言う前にセドリック王子は叫びます。
「お前は偽物だ!」
そう言った瞬間、偽物のセドリック王子はポンっと音を立てて小さな妖精になりました。元に戻った妖精は慌てて外に逃げ出しました。
びっくりした王様やお后様、フランの家族でしたが、すぐに妖精の仕業と分かりました。王様とお后様は本物のセドリック王子を抱きしめて「良かった、無事で」と言って喜びました。
セドリック王子は王様とお后様から離れて、すぐにフランの行方を言いました。
「フランは冥界にいます。早く助けないと」
「冥界は死者の行く場所だ。もう助かることは出来ない」
「だけどフランは僕を助ける為に冥界に行ったんだ。しかも冥界の王と結婚する約束までして。だから冥界の王と話し合いをしてフランがここに帰ってこれるようにします」
そうしてみんなの制止を振り切って、セドリック王子は幻想の森へ走って行きました。散歩道を抜けて、セドリック王子を助けた動物たちの所に向かいます。
「やあ、どうしたんだね? セドリック王子」
「フクロウさん。フランが冥界にいるんです。どうにか行く方法を知らないですか?」
「冥界にだって?」
「駄目だよ!」
「そこは死んじゃった者が行くところだよ」
フクロウとセドリック王子の会話を聞いた他の動物たちが集まってきて、「行かないで!」と言います。
セドリック王子は悲しそうな顔で言います。
「フランは僕を助ける為に行ったんだ。だから今度は僕が行って助けなないと……」
そんな話をしていると、動物たちが「あ、誰か来る」と騒めきました。茂みをかき分けて来たのは森の管理人の老人でした。
「お久しぶりです、セドリック王子。冬以来ですな」
「え? お爺さん。僕と妖精が入れ替わっていた事を聞いたんですか?」
「いや。だが今のセドリック王子は本物だろう。だが周りは分からず、妖精に化けた者が偉そうにしていた。私が偽物と言っても、妖精は元には戻りませんよ」
そしてセドリック王子に老人は「冥界に行きたいんですね」と言いました。
「でしたら、あなたに化けていた妖精を連れてきてください」
「えー、何であいつを……」
「それが冥界へ行き、フランお嬢様を元の世界に戻す方法ですから」
そう言うと老人たちは動物たちに「今、妖精たちが集まって大騒ぎをしている。そこに王子を案内しなさい」と言いました。
老人の言う通り、動物たちとセドリック王子は妖精たちがたくさんいる場所に行きました。すると妖精たちが一人の妖精に殴ったり、蹴ったり、羽を引っ張ったりしていました。
「あっちに行け! 偽物!」
「お前は仲間じゃない!」
「妖精じゃない!」
そう言って妖精たちは暴力を振るいます。暴力を振るわれている妖精を見ると、セドリック王子に化けていた妖精でした。
動物たちとセドリック王子が近づくと、妖精達は気が付いてすぐに逃げていきました。でもセドリック王子に化けていた妖精は地面にうずくまったままでした。羽がボロボロに折れて、一枚取れています。
セドリック王子は「大丈夫か?」と聞きますが、妖精は黙ったままです。ケガで痛い訳では無く、うずくまって泣いていました。
「フランが元の世界に戻れるためにお前が居ないといけないんだ。一緒に来てくれ」
「歩きたくない」
「じゃあ、おんぶする」
セドリック王子は妖精をおんぶして、動物達と一緒に森の管理人の老人の所に戻りました。
管理人の老人はセドリック王子におんぶされている妖精を見て「酷くやられたな」と言いました。
「妖精にいじめられていたでしょう」
「はい、偽物とか仲間じゃ無いと言われていました」
「もうこやつには人間の臭いがプンプンしますからね」
「……」
「妖精にもルールがあるんですよ。人間に化けて脅かすのは一日まで。それ以上やったら、人間の臭いがつくから。だかこやつは冬からずっとセドリック王子のフリをしていました。今更、森に戻っても仲間が快く引き入れてくれるわけが無いのです」
話しを聞いてセドリック王子は化けた妖精がほんの少し可哀そうと思いました。
そう言いながらおんぶしている妖精に「さあ、自分で立ちなさい」と言います。妖精は嫌な顔をしましたが、「降りる」と言って自分で立ちました。
「それじゃ、冥界に行きましょうか。今日は川が出ない日なので歩いて行きますよ」
そう言って管理人の老人はランプを持って歩き出しました。セドリック王子は動物たちに「みんな、手伝ってくれてありがとう」とお礼とお別れを言います。動物たちも「気を付けて」と言って見送りました。妖精は無表情でついて行くだけでした。
森は薄暗くなり、日の光が見えなくなりました。ついには真っ暗になり、管理人の老人が持つランプしか灯りがありませんでした。
「王子、ごめんなさい。偽物になって」
ずっと黙っていた妖精がポツリと呟くように言います。セドリック王子は「いいよ」とか「許す」とか言いたくなかったけど、「うん」と頷きました。
どこまで行くんだろうとセドリック王子は思っていると、遠くに小さな灯りが見えました。そこへ向かって歩いていると、ランプを持った角が生えた恐ろしい冥界の王とフランが居ました。
セドリック王子は思わず走り出してフランの所に行きました。
「フラン、大丈夫?」
「セドリック様。私は大丈夫ですよ」
フランの言葉に一安心したセドリック王子に、冥界の王は不満げに「大丈夫に決まっているだろ」に言います。
「お疲れ様です。冥界の王よ」
「本当だ。それでこの子が人間に化けていた妖精か。もう妖精の世界にいられないから冥界の庭園の手伝いをしてもらう。こちらに来なさい」
そう言って冥界の王は妖精の方に手招きしました。妖精は怖がっていましたが、冥界の王の所へ向かいます。
「約束通り、妖精を連れてきたから、お嬢さんを帰してもいいだろうか」
「ああ、もちろんだ。管理人」
フランはセドリック王子と一緒に管理人の老人と帰ります。
真っ暗な帰り道なのでフランとセドリック王子は手をつないで、ランプを持つ老人の後を付いて行きます。
セドリック王子は今まで不思議と思っていた事を言います。
「何でフランをすぐに帰したのかな? 冥界の王はフランを結婚するつもりだったんでしょう?」
フランはクスクスと笑い、管理人の老人も笑って答えました。
「冥界の王は脅かすつもりで『結婚する』と言ったんですよ。冥界の王の見た目は恐ろしいですから、フランお嬢さんが怖がって素直に帰ると思ったんです。ところがフランお嬢さんがあっさり『なる!』と言ったので、逆に困ってしまったんですよ。だから人に化けた妖精とフランを交換するという約束をしたのです」
管理人の老人はそう答えて、フランは「冥界の王とは、婚約は無くなりました」と明るく言いました。
「冥界は生きた人が来る場所ではないのです。もう二度と来てはいけませんよ」
そう管理人の老人が言うと「ほら、朝日が出ます」と言って指を指しました。
朝日は少しずつ闇を照らしました。森の木々を照らして、森の動物達や妖精たちも起き始めました。
そしてキラキラした朝日に照らされてフランとセドリック王子は幻想の森を出て、自分達の両親の元に帰って行きました。
帰った後、セドリック王子はフランに言います。
「ねえ、フラン。僕の結婚相手はフランだからね。僕は偽物と分からない子と結婚したくないから」
その後、大人になると二人は立派な王様やお后様になりました。




