6話
にこっとぷれい。通称にこぷれ。
設立3年目の若い事務所で、業界内では中堅クラス。といっても業界ツートップの企業が大半のリスナーを囲い込み、それ以外の大小様々なVTuber事務所が乱立してリスナー確保に東奔西走しているこの業界では、3年目で中堅クラスに食い込んでいることはとんでもなく凄いことらしい。
所属ライバーは8名。チャンネル登録者数は大体10万〜20万。
元は個人VTuber「獅子森レオナ」として活動していた人が、活動が軌道に乗って「今後はもっと人を巻き込んで、大勢で大きく楽しいことがしたい」と事務所を立ち上げたのが創設のきっかけ。
コンセプトは獅子森レオナのそれを受け継いで「女の子が憧れる大人カワイイVTuber」。
VTuberは(日本のオタク文化の通例に従って)若年層、概ね高校生から大学生ぐらいにデザインされたアバターが多いけど、にこぷれはコンセプト通り、アバターは比較的年齢が高め(20代中盤〜後半程度)。VTuber文化も定着してからそれなりの年数が経ち、女性リスナーも徐々に増えてきた。 また、従来の男性リスナー層も平均年齢が上がってきており、 そうした背景から「大人向け」のコンセプトを全面に打ち出し、これが大いにウケた結果、にこぷれは急成長を遂げた。
男性リスナーが圧倒的多数なVTuber業界において、総チャンネル登録者の女性リスナーの割合が6割を超えるという業界内でも異色のファン構成を誇るのが最大の特徴。
以上が花ちゃん情報によるにこっとぷれいの概要。
そのにこぷれの社長さん、つまり獅子森レオナ本人にお姉同伴で会ってきた。どうしても直接お礼を言いたかったらしい。場所は事務所近くのカフェでお姉の車に乗って行った。
お礼を言われるほどのことじゃないと思うんだけどね。まぁ厚意は素直に受け取っておこう。
お姉とはどういうつながりなのかと思ってたら、大学時代の同期らしい。というかレオナさんもギャルだった。ギャルしかいないなこの小説。黒のパンツスーツ姿だったけどお水っぽさはなくて、シンプルにかっこいい大人の女性って感じでちょっと憧れる。てかスレンダーなのにおっぱいでっっっっか。明るめのハニーベージュの髪は腰まである上にボリュームが凄くて、まるで鬣のよう、ネコっぽい目つきと合わせて本当にライオンみたいな印象がある。鬣あるのはオスライオンだけど…。
普段着でいいと言われたから黒のスウェットワンピにスニーカーで行ったけど、レオナさんはスーツだしお姉もカジュアル寄りとはいえセットアップだしで、なんだか自分だけが子どもっぽくて少し恥ずかしい。いや実際に子どもではあるんだけども。
「ほんとうにありがとうね」
と両手で握手されて言われた。表情が本当に嬉しそうだったのでお世辞とかではなさそう。
「いえ、私はゲームしただけですし」
「そういうのが質なんだよー」
そうなのか。
VTuberのファンっていうのはライバーの…というか中の人のちょっとしたプライベートのエピソードとか(冗談で済まされる程度の)アクシデントなんかを好むらしい。んで普段あまりそういう話をしないし隙もあんまり見せない緋影レンが「寝落ち+身内登場+神プレイ」というトリプルコンボをキメたことがバズるきっかけにもなったんだとか。
「ウチも最近少し成長率が停滞気味だったからさ。今回のことはいい刺激になったのね」
「箱のメンバーも勢いに乗って数字伸ばしてるからね。本当に感謝してるのよ」
なるほどなあ。うーん、でもやっぱり私がしたことは本当にタダのきっかけでしかないと思うけどなあ。
「でもにこぷれさんや緋影レンの人気とか話題性がなければ、ただのアクシデントで終わったと思いますし。やっぱり功績の大半はお姉や獅子森さんたちのこれまでの努力の結果だと思いますけど」
「なんていい子………!!!」
獅子森さんが感激して「いくらでも奢っちゃうから何でも頼んで」と言ってきたけどそんなには食べられないってば。
お茶を楽しみながら最近の配信業界の話題や流行りのギャル系ブランドなんかについてひとしきり盛り上がったあと、やっぱり正式にライバーデビューしないかと言われたけど、お断りした。私自身はそんなに面白い人間ってわけでもないからね。たまにゲストで盛り上げるぐらいでいいと思う。そもそも大人カワイイのコンセプトに合わないし。
獅子森さんは気を悪くした様子もなく「気が向いたら連絡してね」と名刺を置いて去っていった。
名刺の名前は桐野玲花とあったが本名かな、これ。関係者の身内とはいえ、知っていいんだろうか。
★
帰りの車の中。お姉はどこかご機嫌な様子でハンドルを握っている。
「お姉はなんでVtuberやろうと思ったの?」
これはずっと気になっていた。お姉は人並みに社交性はあるけど好んで人前に出たがるわけでもなかったし、特別オタクってわけでもなかったから。
「最初はあの子に誘われたからよ」
お姉は少し考えてから言った。
「獅子森さん?」
「そう。あの子自身も個人でVtuberデビューしててね。事業が軌道に乗ってプロデュースも始めたから一緒にどうか、って」
けど、とお姉は続けた。
「続けてこられたのは、やっぱり楽しかったからかしらね」
「Vtuberが?」
「そうね。最初はあたしに需要なんてあるのか半信半疑だったし、うまくやれるか不安だったけど…ファンになってくれる人がいて、配信を楽しみにしてくれてる人がいる。誰かの居場所になってあげられる。それはとても嬉しいし、楽しいことよ」
「…前のおっきな会社辞めるのと引き換えでも?」
前の会社は誰でも名前くらいは聞いたことのある大手で、エンジニアとしてはそこに所属していれば安泰だった、はず。詳しいことは知らないけど。
「あそこで働くのも充実してたけど…辞めたことに後悔はないわ。今が楽しいから」
「楽しい…」
「そう。配信活動も、仲間と一緒に仕事をして会社を成長させていくのもね」
もちろん、楽しいことだけじゃないけどね、とお姉は苦笑した。
心無い言葉を投げてくる人や迷惑をかけて喜ぶ人、上手くいかないことやもどかしい思いもいっぱいしたのかもしれない。
それでも今が楽しい、というお姉の笑顔は本当なんだろう。お姉は私に嘘はつかないし。
「…お姉も、私にライバーになって欲しい?」
「それは言わないでおくわ」
「なんで?」
「あたしが言ったら、あんたはその通りにしちゃうでしょ」
それは…そう、かもしれない。お姉には返しきれないほどの恩義があるし。お姉が望むなら私は大抵のことには応えてしまうだろう。
「いいのよ、変なこと考えないで。あんたは自分のやりたいことをやりなさい」
「いいのかな…でも、私は」
「いいから。お姉様の言う事を聞いて。もう少し子どもでいなさいな」
子どもでいられる時間は短いんだから、とお姉は笑った。
「実感こもってて草」
「ぶっ飛ばしてやろうかこの妹」
お互いにけらけらと笑い合う。…そっか、急ぐこともないか。
ふっ、と息を吐く。なんか肩が軽くなった。なんでも深刻に捉えてしまうのは悪い癖かもしれない。
私が出しゃばりすぎることで、よく思わない人が出てくるんじゃないか、そうしたらまたお姉に迷惑をかけてしまうんじゃないか。そんなふうに思っていたけど、そんなことお姉はとっくに想定済みで、それを承知の上で好きなようしていいって言ってくれてるんだ。
だったら、もう少しだけ甘えてもいいのかもしれない。
そんな私を見てお姉も嬉しそうに言う。
「今日も配信するけど、出る?」
「うん。配信、楽しいし」
★
【妹ちゃん、ちっちゃくてかわいくて気に入っちゃった】
【わたしにくれない?】
【冗談でも人の身内にそういうこと言わない】
【気に入ったのは冗談じゃないんだけどなあ】
【でも同意があれば蓮理も文句ないよね?】
【…未成年のうちはやめて】
【あは】
【だいじょーぶだいじょーぶ♡】




